カードファイト!! ヴァンガード BraveBeyond 作:バビロン@VG
薄暗闇の中に、静かなどよめきが渦巻いていた。
ひしめく人々。囁き合う声。
怪しげな雰囲気の闘技場の中、闇が蠢いていく。
深く暗い、漆黒の色の中で――
「…………」
鶴見サヤが、壁にもたれて視線を伏せていた。
その手に握られたデッキケース。憂いの表情。
暗闇の中の一枚を、サヤが見つめる。
沈黙の毒騎士 影潜者 モーダリオン
ノーマルユニット 〈3〉
(ツインドライブ!!) (ペルソナライド)
ケテルサンクチュアリ - エルフ
パワー13000 / シールドなし / ☆1
【永】【(V)】:あなたのターン中、あなたのオーダーゾーンに「監視された密会」が3枚以上なら、「影潜者」を含むあなたのユニットすべてのパワー+5000。
【起】【(V)】【ターン1回】:【コスト】[【エネルギーブラスト】(2)]することで、あなたの山札の上から7枚見て、あなたのオーダーゾーンの影潜者ゲージのない「監視された密会」と同じ枚数まで選び、影潜者ゲージのない「監視された密会」にそれぞれ1枚ずつ影潜者ゲージとして裏で置き、山札をシャッフルする。
【自】【(V)】:このユニットがアタックした時、【コスト】[【カウンターブラスト】(1)]することで、あなたの影潜者ゲージから「影潜者」を含むカードを2枚まで選び、それぞれ同じ縦列のRにコールする。
― 黒暗の騎士が姿を消したのち、彼が影潜者を統率している。
彫刻のような美しさを讃えた暗殺者が描かれたカード。
暗闇に紛れるように、その姿は闇に沈んでいる。
「……モーダリオン」
ぼそりと、その名を口にするサヤ。
様々な記憶がその胸の中に蘇り、消えていく。
壁から背を離し、そして――
「……これが、最後よ」
誰に言うでもなく。
闇の中、ぽつりとサヤがそう呟いた。
背を伸ばし、真っ直ぐその場で佇むサヤ。
その目を閉じ、深く呼吸を繰り返す。
静かな時間が穏やかに流れていった。
暗闇を切り裂く一筋の光が降り落ちて――
『――皆様、お待たせいたしました』
厳かに響く声。
白いスポットライトの光が、妖しげな美女の姿を照らす。
ばっと、その両手を広げて――
『ようこそ、アンダーグラウンドファイトへ!!』
高らかな声が、その場に響き渡った。
盛り上がりを見せる観客達。歓声が暗闇に鳴り響く。
妖しげな美女――水無瀬シキが微笑んだ。
『お集まりの皆様!! 今宵もまた、偉大なる戦いの時間がやって参りました!! 互いの死力を尽くした限界の勝負!! それらは私達の心を揺さぶり、高鳴らせる!!』
大きく声を張り上げているシキ。
観客席の方を向きながら、胸に手を当てる。
『自らの全てを賭けたファイター達!! その勇姿を私達が忘れることはありません!! 記憶の中で、その姿は永遠となるのです!!』
暗闇の方に視線を向けて――
『――例え、それが最後の戦いであったとしても!!』
シキが、マイクに向けて叫ぶように言い放った。
波打つ観客席。暗闇の中で、サヤが顔をしかめる。
白い光の中、その手を振り上げて――
『さぁ、皆様!! 戦いの準備は整っております!! 偉大なる挑戦者の姿を!! 存分にお楽しみ下さい!!』
シキが、不敵な笑みを浮かべて微笑んだ。
一斉に息を呑む観客達。僅かな沈黙が流れる。
腕を振り上げて――
『それでは、本日のファイターを紹介します!!』
シキの呼びかける声と共に。
凄まじい大歓声が、会場の中に巻き起こった。
耳をつんざくような歓声。地鳴りのような音。
会場内の床が、ぐらぐらといつになく揺れていく。
「わっ、わわわ……!!」
観客席の一角で声をあげているミユキ。
その隣りに座るナヅキがハァと息を吐いた。
「盛り上がってますねぇ~……」
周りの雰囲気とは異なる冷めきった表情。
いかにもつまらなさそうな様子のナヅキ。
シキが右手をあげた。
『暗闇に煌めく眩い姿!! 偉大なる挑戦の果て、辿り着いたのは最後の舞台!! 闇夜に踊る可憐なる舞踏者が今ここに!!』
響き渡る声。
暗闇の中、コツコツという靴音が響いて――
『"壮麗なる舞踏者"、鶴見サヤーッ!!』
光に照らされたスポットライトの下、
鶴見サヤがゆっくりとその姿を現した。
普段のドレスとは違う、高校の制服姿で。
「えっ」
困惑したような声を出すミユキ。
ざわざわと、観客席がざわめいていく。
シキがかすかに顔をしかめた。
「……あなた、最後の姿がそれなの?」
小声で訊ねるシキ。
サヤがフッと鼻で笑い、肩をすくめる。
「別にいいでしょ。引退したら、あたしはただの女子高生なんだから。むしろ、こっちの方が自然じゃない?」
そう問い返すサヤ。
やれやれと言わんばかりに、シキが首を振った。
「まぁ、それは勝手だけど。ちなみに言っておくと、私は個人的には認めてないから、あなたの引退」
「はぁ? あんだけ勝手に盛りあげといて、なにそれ?」
眉をひそめるサヤ。
シキが冷たい目を向けた。
「あれは演出用の台詞よ。私の考えとは違うわ」
きっぱりと言い切るシキ。
さりげなく、サヤの方へと近づいて――
「あなた、自分の実力を分かってないわけ? こんな所で引退なんて馬鹿げてるわ。さっさと撤回なさい」
小さく、それでいて鋭い口調でシキがそう告げた。
真剣な表情。サヤを見つめているシキ。
僅かな逡巡の後、サヤが顔を逸らす。
「……もう、決めたのよ」
ぎゅっと手を握りながら答えるサヤ。
2人の間、歓声だけが通り過ぎていく。
「……そう」
きわめて残念そうな声色。
シキがサヤから離れ、観客へと向き直った。
すっと、その左手を伸ばす。
『対するは、先日ほろ苦いデビューを迎えた超新星!! 敗北こそ喫したものの、しかしてその実力は折り紙付き!! 華麗なるリベンジと遂げる事ができるかー!!』
大きく言うシキ。
ちらりと、深い暗闇へと視線を向ける。
熱っぽい空気が揺れて――
『"白銀の邂逅者"、聖ニケーッ!!』
白い光の中で、シキの言葉がこだました。
闇の奥、鋭い靴音が反響していく。
銀髪の少女が闇から姿を現し、そして――
「……うぅっ」
震える声が、その口から漏れていった。
びくびくと緊張した様子のニケ。不安そうな足取り。
怯えきった目が、サヤ達の方へと向けられる。
暗闇の中、大きな影が蠢いて――
「――ハッ、ここがアンダーグラウンドファイトかァ?」
軽薄そうな口調。
薄金髪の、柄の悪い青年が深淵から現れた。
黒が混じった金色の長い髪に、朱色の瞳。
だらしくなく着崩された黒のスーツの中、
はだけた赤いシャツから肌色が覗く。
青年の口元、不敵な笑みが浮かんで――
「なんだ、大したとこには見えねェなァ! こんな掃き溜めみたいな場所に、強いファイターがいんのかァ?」
柄の悪い青年が、大きくそう言い放った。
溢れ出る傲慢な態度。嘲るような視線。
ヒャハハハという下品な笑い声が、辺りに響く。
「……は?」
鋭い声をあげるシキ。
目を見開き、呆然と青年の姿を眺める。
ごぷりと、深淵がさらに蠢いて――
「行儀が悪いよ、ビャクヤ」
低く鋭い声。
革靴の音と共に、暗闇からもう一人の少年が現れた。
黒い髪の小柄な少年。透き通るような色白の肌。
中学校の制服の上、黒い羽織を纏った姿。
いかにもつまらなさそうな表情がその顔に浮かぶ。
薄蒼色の瞳を向けて――
「僕達は客人だ。招かれた者として、ふさわしい振る舞いをしなよ」
黒髪の少年が、淡々とした口調でそう話した。
その身から放たれる、漆黒の威圧感。鋭い気配。
柄の悪い青年が、大げさに手を広げた。
「んだよミザク、ノリわりィなァ! せっかくの殴り込みなんだ、どうせなら盛り上げていこうじゃねェか!」
吼えたてるように話す柄の悪い青年。
呆れたように、黒髪の少年が目を閉じた。
どよめきが広がり、薄暗闇の会場を揺らしていく。
「だ、誰……!?」
目を見開きながら呟くミユキ。
青年達の前に立つニケが、気まずそうに顔を逸らす。
シキが険しい表情で腕を組んだ。
「あなた達――私の記憶が正しければ、プロファイターの弓削ビャクヤに、ディープオーシャンの嘉祥ミザクね?」
鋭い視線を向けているシキ。
黒髪の少年が「へぇ」と感心したように驚く。
柄の悪い青年がハッと声をあげた。
「アァン? なんだ姉ちゃん、俺達の事知ってんのかァ?」
面白がるように訊ねる青年。
不遜な表情。自らの胸に手を当てて――
「大ッ正ッ解ッ!! 俺は弓削(ゆげ)ビャクヤ!! れっきとしたプロファイター、この場で最も強いファイター様よッ!!」
柄の悪い青年――弓削ビャクヤがそう宣言した。
粗暴な振る舞い。自信に溢れかえった傲慢な態度。
ヒャハハハという笑い声が、闇に響いていく。
「最も強い? 僕がいなければでしょ?」
冷たい口調。
黒髪の少年が不服そうに口をはさむ。
冷たい威圧感が、辺りの空気を歪ませていった。
「知ってるなら話が早いね。僕は嘉祥(かしょう)ミザク、ディープオーシャンのファイター。階層(ゾーン)はアビサル」
静かな自信を秘めた声。
黒髪の少年――ミザクが鋭い目でシキを見つめた。
薄暗い空気が緊迫し、張りつめていく。
「ディープオーシャン……?」
眉をひそめているサヤ。
シキが苦々しそうに口を開く。
「ディープオーシャンは主に関西方面を拠点としている裏ファイト団体よ。所属ファイターは実力によって階層がわけられている。アビサルは下から2番目の階層ね」
「……下から?」
怪訝な表情になるサヤ。
ミザクが凍りつくような目を向けた。
「ディープオーシャンは底知れぬ深海。底へ潜れば潜るほど、光は消えて異形の者が増えていく。向こうじゃ下にいる方が強者なんだよ」
冷酷ささえ感じる言葉。
ミザクが醸し出す気配を前に、空気が沈んでいく。
光の中、ビャクヤとミザクが並び立った。
異様な迫力。滲み出る強力な気配。
突然の事態に、会場の雰囲気が飲み込まれていく。
シキがわずかに首をかしげた。
「それで、いったいどういうつもりかしら? 今日の対戦予定者は聖ニケよ。保護者同伴とは聞いてないんだけど?」
うっすらとした殺気を纏いながら訊ねるシキ。
ビャクヤがハッとわざとらしく声をあげる。
「対戦予定者だァ? こんな恥さらしのチビ女がか? おいおい、冗談はよしてくれよ!!」
けらけらと笑うビャクヤ。
ニケが「うっ……」と弱々しくうつむいた。
シキが鼻で笑う。
「あんたが何と言おうが、対戦組み合わせを決めるのは私よ。そもそもうちに登録がないあんた達に、対戦の資格はないわ」
見下したような視線を向けるシキ。
ビャクヤがにやりと大きな笑みを浮かべた。
「あァん? 対戦の資格だァ?」
馬鹿にしきった声。
その手がポケットの中に伸びて――
「――ならよ、こいつでどうだ?」
柄の悪い声で話しながら。
ビャクヤが荒々しく、光の中に腕を伸ばした。
きらんと、黄色のコインが妖しげな輝きを見せる。
「なっ……!?」
衝撃を受けるシキ。
大きなざわめきが、観客の中に巻き起こる。
ため息をついて――
「まったく……強引なやり方だね」
呆れたように呟いて。
すっと、ミザクもまた細身の手を宙に伸ばした。
その手の中で、緑色のコインが煌めく。
「うぇ、うぇ、うぇ……ッ!?」
困惑しきった様子のミユキ。
隣りのナヅキが「おー」と間の抜けた声をあげる。
2人の姿を見ながら――
「コインの所有者が、2人ですって……!?」
顔色悪く、サヤがそう呟いた。
巻き起こる混沌。様々な感情が入り混じっていく。
ビャクヤが観客席の方を向いて――
「出てこいよ!! 赤のコインの所有者!!」
そう、闇に向かって呼びかけた。
激しいどよめき。混沌がさらに深まっていく。
白い光が闇を切り裂き、そして――
「――ふざけないで」
その場に響き渡る声。
ミザクとビャクヤが振り返る。
キッと、鋭い目を向けて――
「いきなり現れて、勝手な事言ってんじゃないわよ!! 今日はあたしの試合の日なの!!」
サヤが、叫ぶようにそう言い放った。
激情を宿した瞳。烈火の如く怒っているサヤ。
ビャクヤがきょとんとした表情になる。
「お前、誰?」
心底興味なさそうな声。
サヤがビャクヤを睨んだ。
「あたしは鶴見サヤ!! そいつの対戦相手よ!!」
ニケの事を指差すサヤ。
ビャクヤが「あぁ」と呟いた。
「そういや、んな事が書いてあったなァ。てことはテメェか? 今日で引退するとかいう奴は?」
「えぇ、そうよ!!」
ハッと、ビャクヤが大きな笑みを浮かべた。
「おいおい、弱虫と負け犬が対戦する予定だったのか?」
馬鹿にしきった声。
サヤが「なっ……!!」と怒りを露わにする。
ガシッと、ビャクヤがニケの頭を掴んだ。
「ひっ!!」
小さな悲鳴をあげるニケ。
ぎりぎりと、ビャクヤが頭を締めあげていく。
「こいつといい、お前といい、コインも持ってないような雑魚共と遊んでる暇はねェんだよ。大人しくひっこんでな、ガキども」
にやにやと笑いながら低い声で話すビャクヤ。
ニケがじたばたと抵抗する。
「い、痛い……!! や、やめて……!!」
怯え切った表情。涙を流しているニケ。
ビャクヤが冷酷に笑う。
「あーん? てめぇ、勇者の生まれ変わりなんだろ? だったら見せてみろよ、愛と勇気の力ってやつをよォ!」
凄むように迫るビャクヤ。
ぎりぎりとさらに力を込めるビャクヤ。悲鳴があがる。
サヤが前へと出た。
「ちょっとあんた!! いい加減に――」
言いかけるサヤ。
瞬間、暗い殺意が這い上がって――
「――どいて、サヤちゃん先輩」
その場に響く低い声。
闇の奥、軽い靴音が響いて――
「後は私が、なんとかするから~☆」
桃色の髪の少女――朔導ナヅキが、その姿を現した。
その顔に浮かぶにこやかな笑顔。朗らかな雰囲気。
白い光の中に、学生服の少女の姿が浮かびあがった。
「朔導ナヅキ……!!」
ナヅキに視線を向けるシキ。
コツコツという靴音と共に、ナヅキが中央へと進む。
ナヅキが2人と向かい合った。
「君が赤のコインの所有者?」
淡々と事実を確認するミザク。
ビャクヤが「ハッ!」と声をあげた。
「おいおい、また女のガキかよ! いったいどうなってんだァ? ここの闘技場はよォ!」
馬鹿にしきったように言うビャクヤ。
ナヅキがにっこりと笑い、両頬に指をあてた。
「カードファイトに性別は関係ありませんよ~。それと、あなたさっきから態度が良くないです! ファイターに大事なのは相手を思いやる気持ち! ラブ&ピースの精神です☆」
きゃぴきゃぴとした口調でそう話すナヅキ。
ビャクヤが「あーん?」と柄の悪い声を出す。
乱暴に、ビャクヤがニケから手を離した。
「ラブ&ピースだァ? 寝ぼけてんじゃねェよ、ピンク女!!」
吼え猛るビャクヤ。
肩をいからせながら、ナヅキの方へと近づいていく。
「俺達の目的はあくまでコイン、その回収だ!! お前らみたいなカスファイター、そもそも眼中にねェんだよ!!」
荒々しく喋るビャクヤ。
その手が乱暴に、ナヅキの胸倉を掴んで――
「わかったら、さっさとコインをよこしやがれッ!! それとも、この場で俺とやり合おうってかァ!? 勝てっこねェけどなァ、貧乳女ッ!!」
凄むように、ビャクヤがナヅキに顔を近づけた。
漆黒の背景。相手を見上げているナヅキ。
笑顔を浮かべたまま――
ナヅキが、ビャクヤの顔面に拳を叩き込んだ。
凄まじい殴打音。床を踏み抜く衝撃。
放物線を描き、ビャクヤが後ろへ吹き飛ぶ。
鈍い音と共に、その身体が床に転げ落ちた。
「……はっ?」
ぽかんとしているサヤ。
シキがヒュウと口笛を吹く。
しんと、辺りが静まり返って――
「あらあら~? あれだけ自信満々にイキり散らかしてるので、てっきりもっと強いのかと思ったんですけど」
闇に響く明るい声。
拳を突き出した格好のまま――
「あなた――弱っちいんですねぇ☆」
ナヅキが、これ以上ないほどの満面の笑みを浮かべた。
薄暗闇が揺らぎ、そして――
「なにしてんのォォォ!?」
サヤの絶叫と共に、爆発するような歓声が巻き起こった。
会場を包み込む声援に拍手、足を踏み鳴らす音。
観客達が一体となって、ナヅキに称賛を送る。
「アッハハハハ!! やるじゃない、朔導ナヅキ!!」
面白そうに手を叩いているシキ。
サヤがドン引きしながらナヅキを見つめる。
冷たいため息の音が、歓声を切り裂いた。
「まったく、情けないなぁ」
呆れたように呟くミザク。
床に倒れているビャクヤを一瞥すると、前を向く。
「で、あなたが赤のコインの所有者なんだね。アンダーグラウンドファイト所属、"紅蓮の太陽姫"さん」
緑色に輝くコインをかざすミザク。
漆黒の威圧感がその身体から放たれていく。
ナヅキが嬉しそうな笑みを浮かべた。
「へぇ。あなたは、ちょっと燃えそうですねぇ~」
目を見開いているナヅキ。
その顔が狂喜の色に染まる。
互いの視線が交差し、そして――
「――おいッ」
地獄の底から響くような声。
凄まじい殺意が床から這い上がって――
「邪魔すんなミザク、この女は俺がぶッ殺すッ!!」
ゆらりと、ビャクヤがその場で立ちあがった。
赤く充血した目。鋭い刃のような殺気。
今までにない程の強烈な気配が、ビャクヤから放たれる。
「あらぁ~。お早いお目覚めですねぇ、お姫様☆」
わざとらしく驚いて見せるナヅキ。
見下しきった目。くすくすとした笑いがこぼれる。
ビャクヤが凄まじい貌で、ナヅキを睨みつけた。
互いの殺気がぶつかり、空気が歪んでいく。
「自分勝手だなぁ。まぁ、いいけど」
呆れたように呟くミザク。
腕を組み、どこか退屈そうな目を向ける。
白い光が、コインの所有者達を照らしていた。
「なによ、これ……!!」
呟くサヤ。
薄暗闇の中、怒りの表情を浮かべる。
「どいつもこいつも……!! 今日は、あたしの最後の……!!」
振り絞るように言うサヤ。
ニケが暗い表情のままうつむいた。
「……ごめんなさい」
涙声で謝罪するニケ。
サヤがキッと、その姿を睨んだ。
「なんであんたが謝るのよッ!! 悪いのはあいつらよッ!! てか、あんたも悔しくない訳!?」
怒り散らすサヤ。
ニケが肩を落とし、顔を伏せた。
「……いいんです」
消え入りそうな声で話すニケ。
全てを諦めたような雰囲気を漂わせて――
「私が弱いから……だから、仕方ないんです……」
ニケが、そう自分に言い聞かせるように呟いた。
打ちひしがれた姿。涙が零れていく。
その姿を見て――
『あ、あたし……! あたしは……!』
幼い日の光景が、サヤの中でフラッシュバックした。
心の奥にしまわれた記憶。苦い敗北の思い出。
サヤの中で、ニケの姿が幼き日の自分と重なり合った。
「ッ!!」
目を見開くサヤ。
過去のトラウマがじわじわと蘇っていく。
『サヤちゃんって、天才じゃなかったんだね』
顔も覚えてない同級生の言葉。
深々と残された心の傷跡が痛みを取り戻す。
暗闇が深くうねりをあげ、そして――
「……ふざけんな」
吐き捨てるような口調で。
サヤがぎゅっと拳を握りしめ、虚空を睨んだ。
過去の記憶がぼやけ、消えていく。
怒りの炎を胸に抱いて――
「……そこ、どいて」
泣いているニケに向かって、
サヤがイラついたようにそう告げた。
白い光に向かって、サヤが歩き出していく。
「……あっ」
言葉をこぼすニケ。
顔をあげ、暗闇の先に視線を向ける。
光に照らされた空間の中に入り込んで――
「――ちょっと、そこのピンク女!!」
鋭い声で告げるサヤ。
ナヅキが「ほぇ?」と視線を向けた。
「サヤちゃん先輩??」
不思議そうにサヤを見つめるナヅキ。
勢いよく、サヤが右手を伸ばした。
「コイン!!」
「はい?」
「コインよ!! あんた、2枚持ってるでしょ!! 1枚あたしによこしなさい!!」
荒々しい口調。
瞳の中、闘志を燃やしながら――
「――あたし、この前あんたに勝ってるでしょッ!!」
サヤが、叫ぶようにそう言い放った。
ざわめく観客席。シキが驚いたように目を見開く。
一瞬ぽかんとした表情を浮かべた後――
「……あぁ、そうでしたね!!」
全てを会得したように。
ナヅキが嬉しそうに微笑み、腕を振った。
キラキラとした銀色の軌跡が輝いて――
銀色のコインを、サヤが掴み取った。
「……なに?」
怪訝そうな表情のミザク。
光の中に現れたサヤへと視線を向ける。
銀色のコインを掲げ持って――
「これでどう!! あたしもコインの所有者よッ!!」
サヤが、ミザクを睨みつけながらそう言い放った。
真剣な表情。闘気を纏っているサヤ。
一瞬の間の後、大きな歓声が巻き起こった。
「鶴見サヤ!!」
嬉しそうに叫ぶシキ。
ミザクが額に手をあて、小さく息を吐いた。
その身体から漆黒の殺気が溢れて――
「やれやれ、しょうがないなぁ」
面倒くさそうな声。
ミザクがサヤの向かいに立ちはだかる。
薄蒼色の瞳が、神秘的な光を帯びて――
「なら、教えてあげるよ。光さえ飲み込む海の深さを」
ミザクが、敵意に満ちた目をサヤへと向けた。
睨み合う両者。凄まじい殺意が渦巻いていく。
腕を天に伸ばして――
『なんということでしょうーッ!! コインを賭けた戦いが再び勃発ー!! 伝説のコインの所有者、2対2のコイン争奪戦の幕開けですーッ!!』
シキの声と共に、
観客席が割れんばかりの大歓声が轟いた。
凄まじい熱狂が、会場を満たしていく。
勢いよく、シキがその腕を伸ばして――
『――改めて、本日のファイターを紹介しますッ!!』
高らかに謳われる言葉。
光の中、シキが左腕をあげた。
『れっきとした現役プロファイター!! 味方の犠牲さえ厭わない戦いぶりは、まさに闇すら怯える残虐な暴君!! その怒りは炎をかき消すことができるかー!? 黄のコインの所有者!!』
光の中に照らされる薄金髪の青年。
殺気に満ちた表情で、カードを並べていく。
髑髏と鎌が描かれたスリーブのカードを置いて――
『"天に仇なす暴虐者"、弓削ビャクヤーッ!!』
ぎろりと、ビャクヤがナヅキを睨みつけた。
「てめぇは絶対、完膚なきまでにブッ殺すッ!!」
その身体から放たれる凄まじい殺気。
空気が張り詰め、闇の気配が色濃く漂っていく。
シキが右腕をあげた。
『対するは、我らがアンダーグラウンドファイトが誇る炎の姫君!! その可憐な見た目から放たれる煉獄の焔は、戦場の全てを焼き尽くす!! 赤のコインの所有者!!』
光の中に浮かび上がる桃色の髪の少女。
流れるように、カードをテーブルに並べていく。
炎を模した紋章が描かれたスリーブのカードを置いて――
『"紅蓮の太陽姫"、朔導ナヅキーッ!!』
にっこりと、ナヅキが輝く笑顔を見せた。
「みんなーッ!! 燃える準備はできてるかなーッ!?」
両手をあげ、観客へと呼びかけるナヅキ。
歓声が起こり、ひしめく人々がその言葉に沸き上がった。
ナヅキとビャクヤが、互いに睨み合う。
シキが再び、左腕をあげた。
『底知れぬ深海に潜む闇のファイター!! 光さえも届かぬ海の底、そこにあるのは希望なき漆黒の失楽園!! ディープオーシャン所属!! 緑のコインの所有者!!』
光に照らされる黒髪の少年。
神経質そうに、カードをきっちりと並べていく。
神秘的な記号が描かれたスリーブのカードを置いて――
『"深淵の潮流"、嘉祥ミザクーッ!!』
ミザクが呆れたように、その目を細めた。
「騒々しいなぁ……」
不愉快そうに呟くミザク。
いかにもつまらなさそうに、視線をそらす。
シキが右手をあげた。
『対するは、地下世界で輝きを放つ華々しき栄誉の導き手!! その偉大なる軌跡の旅は、今宵の戦いで終幕となってしまうのかーッ!? 銀のコインの所有者!!』
光の中に浮かび上がる金髪の少女。
静かな様子で、戦いの準備を進めていく。
影の蜘蛛が描かれたスリーブのカードを置いて――
『"壮麗なる舞踏者"、鶴見サヤーッ!!』
キッと、サヤが目の前のミザクを鋭く見据えた。
「誰が相手だろうと関係ない。……これで終わりよ」
どこか苦しそうに呟くサヤ。
ニケが不安そうにその姿を見つめる。
全ての準備が整い、カードが出揃った。
睨み合っている2組。
その異様な気配を前に、空気がいびつに歪んでいく。
大歓声が鳴り響く中、腕を天に伸ばして――
『それではッ!!』
マイクを通して響き渡る声。
それぞれの手が、静かに前へと伸びる。
めくるめく闇の中に――
『コイン・スクランブル戦、開幕ですッ!!』
シキの声が、高らかに響き渡っていった。
ひと際大きく轟く歓声。大地がぐらぐらと揺れていく。
殺気が混じり合い、そして――
「スタンドアップ・ヴァンガード!!」
運命を導く声と共に、カードが表になった。