カードファイト!! ヴァンガード BraveBeyond 作:バビロン@VG
――始まりは、小さな噂だった。
深く暗い、闇の世界。
欲望と陰謀が混ざり合うその場所で。
どこかの誰かが、こう囁いた。
『この世界には、集めると願いが叶うコインがある』
闇の世界に漂う御伽噺。
その始まりの一節を謳った者を、知る者はいない。
漆黒の中に言葉が溶け込んで――
どこかで、コインの落ちる音が響いた。
『選ばれし者が、コインを手に入れられる』
ひそひそとした声。
怯えた浮浪者が、緊張したようにそう呟く。
コインの落ちる音が響く。
『コインには、不思議な力が宿っている』
スーツを着た若い男性。
貼りついたような笑みが、その口元に浮かんでいる。
コインの落ちる音が響く。
『コインは、別の世界で作られた魔法の遺物である』
降り注ぐ金色の光。華々しい社交場。
仮面を付けたセレブ達が、自らの威光に酔いしれる。
コインの落ちる音が響く。
『コインは、全部で5枚ある』
深淵に佇む、顔のない登場人物。
その空虚な穴には、漆黒の闇が渦巻いている。
あらゆる場所、あらゆる人物。
闇の中、数多の手が伸びて――
『探せ、コインを。集めろ、自らの手に』
濁った声が、暗闇の中に低く響いていった。
混じり合う思惑。張り巡らされる陰謀。
いくつもの声が、闇の中に響き渡って――
1枚のコインが、空中に現れた。
不可思議な紋様が刻まれた、赤い色のコイン。
チャリンと音を立てて、コインが地面に落ちる。
ころころと転がっていくコイン。
何かに導かれるように、暗闇を進んでいく。
茶色の革靴に、コインがぶつかった。
「…………」
桃色の髪の少女が、視線を足元へと向けた。
赤い色の古びたコイン。静かな姿。
奇妙な存在感を、コインは放っている。
身をかがめる少女。
地面へと、その指を伸ばして――
少女が、赤い色のコインを拾い上げた。
VANGUARD
BraveBeyond
爽やかな青い空に、柔らかな風が吹き抜けていった。
穏やかな気候、晴れ晴れとした天気。
朝の日差しが優しく、教室へと降り注ぐ。
ざわざわと騒がしい雰囲気の中に――
「先日お伝えしていた通り、転校生の方を紹介します」
教師の声が、静かに響き渡った。
スーツ着た女性教師。真面目そうな口調。
すぐ横に立つ少女に、視線を向ける。
「それでは、自己紹介を」
女性教師が促す。
少女が「はい」と言い、一歩前へと出た。
茶色いショートカットの髪を揺らして――
「皆さん、はじめまして! 今日からお世話になります、天神宮(てんじんぐう)ミユキといいます!」
少女が、元気よく挨拶した。
明るい雰囲気。にこやかな笑顔。
教室の中に、ざわめきが起こる。
にっと、微笑みを浮かべて――
「職業は華の女子高生! 最近ハマっているのは推し活動です! 将来の夢は世界征服なので、皆さん応援よろしくお願いしまーす!!」
ババーンと、少女――ミユキが妙なポーズを決めた。
やりきった表情。得意そうに、反応を待つミユキ。
しんと、その場が静まり返った。
無言のままでいる生徒達。時計の音が響く。
女教師が冷めた目線を向けた。
「皆さん、仲良くしてあげてくださいね。ではホームルームをはじめます。天神宮さん、どうぞ座って下さい」
「……はい」
幾分か小さな声で返事をするミユキ。
いそいそと、鞄を持って席へと移動する。
余裕そうな笑顔を浮かべたまま――
(ああぁぁあぁぁーッ!! 滑ったぁぁぁー!!)
ミユキが、心の中でそう嘆き叫んだ。
嫌な汗を浮かべているミユキ。いたたまれない空気。
ミユキの学園生活に、早くも陰りが見え始めていた。
チャイムの音が鳴り響いて――
「はぁー……」
お昼休みの教室。
お弁当を前にして、ミユキがため息をついた。
「まだ落ち込んでるのー、ミユキちゃん?」
机を合わせ、一緒に昼食を食べているクラスメイト。
別のクラスメイトがくすくすと笑った。
「ミユキちゃん、盛大に滑ってたもんね~。あれはかーなりヤバい感じだったよー」
「だねー。いきなりぶっこんでくるんだもん、あれはリアクションに困ったわー」
笑い合うクラスメイト達。
ミユキが「ぐぬぬ……!」と悔しそうに唸った。
クラスメイトが指を口元に当てる。
「ミユキちゃんって、摂津出身なんだっけー?」
「ま、まぁ、そうやけど……」
もじもじと答えるミユキ。
クラスメイトが「きゃー!」とはしゃいだ。
「わー、本物の摂津弁だー!!」
「ねぇねぇ、やっぱりお好み焼きでご飯食べたりするの? それともたこ焼き?」
次々と質問をしてくるクラスメイト。
ミユキが困ったように「あはは……」と笑った。
「いや、こっちに来たからには、ちゃんとこっちの言葉で喋るから……。お好み焼きでは食べるけども!」
たじたじになりながら答えるミユキ。
和やかな空気の中、お喋りに興じていく。
ゆるゆるとした時間の中で――
「ねぇねぇ、ミユキちゃん!」
人懐っこい口調。
クラスメイトが興味深そうな目をミユキに向けた。
「この噂知ってる? 願いが叶うコインってやつ」
唐突な質問。
ミユキが「へ?」と声をあげた。
「なにそれ? コインって……あの、硬貨のやつ?」
きょとんとしているミユキ。
クラスメイトがぱちんと指を鳴らした。
「そう、それ! こっちの方だと今、すごい流行ってる噂なんだよ~」
はしゃいだように話すクラスメイト。
両手を握りしめる。
「なんでも、異世界からやってきた魔法のコインってのがあって、それを5枚集めると願いが叶うんだって!」
興奮したような口調。
クラスメイトがスマホの画面をミユキに向けた。
怪しげなサイトが、画面には表示されている。
『願いが叶うコイン! 噂の全てについて!』
真偽不明の情報がまとめられたページ。
ミユキが「うーん」と眉を下げた。
「悪いけど、私の地元だと聞いたことないなぁ」
「そうなのー? えー、残念~」
しょんぼりとした様子のクラスメイト。
別のクラスメイトが馬鹿にしたように笑う。
「アハハ、そんな嘘くさい話、信じてるの? てか、ありえなくない? コインを集めたら願いが叶うなんて」
至極もっともな指摘。
ミユキが苦笑しながら頬づえをついた。
「うーん、確かに。いくらなんでも現実感ないかなぁ」
同意するミユキ。
クラスメイトがふくれっ面になる。
「あーもう、これだからロマンが分からない人達は。私達、女子高生なんだよ。もっと夢を見てもいいでしょ!」
わざとらしくすねた口調。
3人が声をあげて、笑い合った。
昼休みの時間が和やかに過ぎていく中で――
突如として、大きな歓声が教室の外で巻き起こった。
「ん? なに、今の声?」
不思議そうに、声のした方を向くミユキ。
教室の窓の向こう、中庭が騒がしくなっている。
クラスメイトが目を閉じた。
「あー、あれ。気にしないでいいよ、いつもの事だから」
冷めきった口調。
ミユキが立ち上がった。
「えー、そんな風に言われたら、気になるよー!」
面白そうに言うミユキ。
野次馬根性丸出しに、窓へと近づく。
小奇麗な中庭。生徒達の憩いの場所の中央で――
「俺と付き合って下さいッ!!」
背の高い男子生徒が、勢いよくそう告げた。
周囲で見守っている他の生徒達。大きなざわめき。
男子生徒の前、桃色の髪をした少女が微笑んで――
「いいですよー☆」
あっけらかんと、そう答えた。
「おぉー!!」と周囲から上がる声。賑やかな空気。
少女がにっこりと、大きく笑って――
「私に勝てたら、付き合ってあげます!!」
力強く、そう答えた。
無邪気な表情。天真爛漫に少女が微笑む。
歓声があがり、辺りの空気がさらなる熱気を帯びた。
「な、なにあれ……?」
ぽかんとして訊ねるミユキ。
後ろからクラスメイトが現れる。
「あーあ、またやってるんだー。ほんっと、男子って懲りないよね~」
呆れたように話すクラスメイト。
窓枠に肘をのせ、つまらなさそうな視線を向ける。
少女と男子生徒が、テーブルをはさんで向かい合った。
「ふぅー……」
精神を統一させるかのように息を吐く男子生徒。
少女は自然体のまま、ニコニコと微笑んでいる。
2人が手を伸ばして――
がっちりと、その手を握り合った。
「へっ?」
間の抜けた声を出すミユキ。
目を見開き、窓の外の光景を眺める。
どこからともなく、別の生徒が現れて――
「レディー……ファイッ!!」
掛け声と共に、カーンという音が響いた。
瞬間、腕に力を込める男子生徒。歯をくいしばる。
周囲から、応援の声があがった。
「あれ、腕相撲……?」
指をさしながら訊ねるミユキ。
クラスメイトはぼんやりと見つめている。
今の所、2人の腕は開始位置から全く動いていない。
「どうだ、チャレンジ成功なるかー!?」
期待に満ちた歓声。
男子生徒が顔を真っ赤にして、力を振り絞る。
少女が、にっこりと笑みを浮かべて――
「えいっ☆」
可愛らしい声と共に、
男子生徒の腕が一瞬にしてテーブルに叩きつけられた。
男子生徒の顔に、絶望の表情が浮かぶ。
別の男子生徒が両腕を振り上げて――
「決着だーッ!! チャレンジ失敗ー!!」
中庭に、大きな声が響き渡った。
巻き起こる大歓声。拍手の雨が降り注いでいく。
「イェーイ! 応援ありがとー☆」
手を振っている桃色の髪の少女。
きらきらとした笑顔を、周囲に振りまいていく。
一連の出来事を受けて――
「えぇっ、なにあれ……?」
引いたような表情を浮かべ、
ミユキが困惑しながらそう訊ねた。
クラスメイトがため息をつく。
「うちの昼休みにたまーに起こるイベント。誰が呼んだか、朔導チャレンジってやつ」
「さ、朔導チャレンジ?」
頭の上にたくさんの疑問符がつくミユキ。
別のクラスメイトが言葉を引き継いだ。
「さっき腕相撲してた子の事だよ。隣のクラスの朔導ナヅキさん。可愛い子なんだけど、天然っていうか、ちょっと変な所あるんだよね~」
「ちょっと……?」
「大いに変じゃない?」という言葉を飲み込むミユキ。
クラスメイトが指を伸ばす。
「始まりは今年の春、3年の先輩が朔導さんに一目惚れして今みたいに中庭で告白したの。そしたら朔導さん、『私に腕相撲で勝てたら付き合いますよー☆』って答えてさ」
「そうそう! で、その先輩ってのが、柔道部のエースでムキムキのマッチョマンだったの。だから照れ隠しか何かと思って、その条件を受け入れたんだけど――」
「負けたって事?」
話の顛末を察するミユキ。
2人のクラスメイトがこくんと頷いた。
「で、それが学園中で話題になっちゃって。それからは、あんな感じで色んな男子が朔導さんに挑戦するようになったって訳。それが朔導チャレンジ」
聞けば聞くほど理解に苦しむ内容。
ミユキがドン引きしたような表情になる。
「えぇっ、なにそれ……? ていうか、朔導さんはそれでいいの……?」
「さぁねー? でも、けっこう楽しんでそうじゃない? 私には全然理解できないけどさー」
どこか刺々しく言うクラスメイト。
いかにも面白くなさそうに、顔をそらす。
「うーん、そっかー……」
コメントに困るミユキ。
窓の外、中庭の方へと視線を戻した。
桃色の髪の少女――ナヅキが、楽しそうに笑っている。
「……んー?」
呟くナヅキ。
何かの気配を感じたように顔をあげて――
ナヅキとミユキの目があった。
「へ?」
少しだけ驚いたような声を出すミユキ。
見つめ返すナヅキの姿を、訝しそうに眺める。
2人の視線が交わり、不思議な空気が流れた。
校内に、チャイムの音が鳴り響く。
「ミユキちゃーん、次は移動教室だよー」
呼びかけてくるクラスメイト。
ミユキがハッとなって振り返る。
「あっ、分かったー。今いくよー」
慌てたように答えるミユキ。
視線を戻すと、既にナヅキの姿は中庭から消えていた。
太陽の日差しだけが、辺りを明るく照らしている。
「……変な子」
ぼそりと、ミユキがそう呟いた。
チャイムが鳴り、辺りが夕焼けの色に染まった。
「それじゃあね~、ミユキちゃーん」
手を振っているクラスメイト。
ミユキもまた「うん、またね~」と手を振り返す。
放課後の校内、下駄箱までたどり着いて――
「……ふぅ」
ミユキが、ホッと一息ついた。
安心したように、自らの胸に手をあてる。
「あ~、緊張したなぁ。自己紹介で滑った時は死んだと思ったけど、なんとか乗り切れたぁ……」
ぶつぶつと呟いているミユキ。
上履きを脱ぐと、茶色の革靴に履き替える。
「とりあえず、首尾は上々かな……。やればできるじゃん、私。あとはこの調子で、平穏な女子高生ライフを――」
鞄を片手に、歩き出すミユキ。
出口の扉へと近づいた瞬間――
死角から現れた一人の影と、ミユキがぶつかった。
「きゃっ!」
声をあげるミユキ。
どさりと、鞄の落ちる音が響いた。
「あっ、ごめんなさい! よく見てなくて……」
慌てて謝るミユキ。
顔をあげて――
「……あれ?」
思わず、ミユキがそう口にした。
ぶつかった人物を、はたと見つめるミユキ。
桃色の髪の下、にっこりと笑顔を浮かべて――
「大丈夫~。私は平気ですよー」
その人物――朔導ナヅキが、無邪気にそう答えた。
にこやかな雰囲気。糸のように閉じられた目。
ミユキが驚いたように、ナヅキを指差した。
「あっ、昼間の!」
「んー??」
首をかしげるナヅキ。
やがてぽんと、手を叩く。
「あっ! よく見れば、窓から見てた人ー」
納得したように話すナヅキ。
その目が開き、翠色の瞳が現れる。
「なんだか見かけない顔だなーって思ってたんだ~。覚えてなくてごめんねー。どのクラスの子だっけー?」
申し訳なさそうに言うナヅキ。
ミユキが「いやいや!」と手を前に出した。
「気にしないで! 知らなくて当然だから!」
慌てているミユキ。
名前と、今日転校してきた事を伝える。
ナヅキが納得したように頷いた。
「そういうことなんだー」
のほほんとした口調。
にっこりと、ナヅキが微笑む。
「教えてくれてありがと~。私の名前は朔導ナヅキー。隣のクラスだけど、これからよろしくお願いね~」
「あっ、ご丁寧に。こちらこそよろしく」
頭を下げるミユキ。
面白そうに、ナヅキがくすくすと笑みをこぼした。
2人の姿を、夕焼けが照らす。
「朔導さんって……腕相撲、強いんだね?」
昼休みの光景を思い出しながら訊ねるミユキ。
ナヅキが「んー」と口元に指をあてた。
「別に、普通だと思うけどねー。私より強い人なんて、世の中にはたくさんいるよ~」
ゆるい口調で話すナヅキ。
ミユキがツッコみたくなる衝動を抑えた。
夕暮れの光を受けながら――
「……それにさー、あれじゃ燃えないもん」
ぼそりと、ナヅキが小さく呟いた。
「へ?」と目を丸くするミユキ。
ナヅキがにっこりと微笑む。
「ううん、気にしないで~」
ニコニコとしているナヅキ。
その雰囲気に、ミユキがかすかな違和感を覚える。
ナヅキが鞄を拾い上げた。
「それじゃ、私は行くねー。またね、ミユキちゃん~」
「あっ、うん。またね……」
片手をあげるミユキ。
にこやかに、ナヅキが手を振り返す。
足早に、ナヅキがその場から立ち去っていった。
一人取り残されたミユキ。
誰もいない下駄箱にて、静かに佇む。
「……うーん、やっぱ、ちょっと変わってるなぁ」
素直な感想を述べるミユキ。
なんとも言えないもやもやした感じが、心に残る。
やがて、その場で息を吐くと――
「まぁでも、悪い人って感じでもなさそうだしなぁ。それに、私も人の事言えた立場でもないか」
ミユキが、そう結論を下した。
目を閉じているミユキ。うんうんと頷く。
「人間、誰しもちょっとくらい変な所があるものだし。人の袖見てなんとやら。くれぐれも自戒しないとね……」
一人、納得したように話しているミユキ。
ぐっと拳を握り固めて――
「よし、とりあえず今日は帰ろう! そんでもって、明日こそは皆の爆笑を掴めるような面白い話を――」
ミユキが決意を固めたその瞬間。
きらんと、何かが夕焼けの光を反射して輝いた。
「ん?」
視線を落とすミユキ。
光のあった方向を見つめる。
赤い色のコインが、下駄箱の床に落ちていた。
どこか古びた印象。くすんだ色合い。
不思議な存在感を、コインは醸し出している。
「……はっ?」
声をあげるミユキ。
何かに導かれるように、コインを拾い上げる。
その手の中、不可思議な紋様が浮かぶコインを見て――
「ぎょええぇぇー!? こ、これって、まさかぁ!?」
ミユキが、悲鳴のような声をあげた。
ぶるぶると、震える指でコインを持っているミユキ。
ハッとなって、気が付く。
『大丈夫~。私は平気ですよー』
鞄を落としていたナヅキ。
コインがあったのは、ちょうどその辺り。
つまり、そこから導かれる結論は――
「――朔導さん!!」
声をあげるミユキ。
遠くの方、ナヅキが校門から出る姿が見える。
わずかな逡巡の後――
「ちょ、ちょっと待ってー!!」
慌てて、ミユキがその場から駆け出した。