カードファイト!! ヴァンガード BraveBeyond   作:バビロン@VG

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♯2 Under Fighters/Ⅱ

 

青い空が澄み渡り、心地いい風が流れていった。

 

太陽の光が降り注ぐ学校の屋上。

少数の生徒達が、それぞれ時間を過ごしていく。

 

階段に続く扉の前で――

 

「――あんた、何考えてる訳?」

 

鶴見サヤが、朔導ナヅキにそう訊ねた。

迫力のある声。問い詰めるような響き。

 

ナヅキが首をかしげた。

 

「はい? 何の話しですかー?」

 

「とぼけないで! 昨日の事よ!」

 

怒ったように言うサヤ。

ナヅキが「あー」と口に出して、微笑んだ。

 

「アンダーグラウンドファイトの事ですかぁ? そうですね、昨日はとーっても、楽しかったですね~」

 

ゆるゆると話すナヅキ。

照れたように、頬に両手をあてる。

 

「今までで一番、燃えそうな感じでした~。サヤちゃん先輩って、強いんですね~。同じ学校だったのもびっくりです~」

 

のんびりとした口調。

サヤが若干、呆気にとられる。

 

「……あんた、普段はそんなキャラなの?」

 

思わずそう聞くサヤ。

ナヅキが「えー」と楽しそうに笑った。

 

のんびりとした空気が、2人の間を流れていく。

 

「あーもう、そういうんじゃなくて!」

 

声をあげるサヤ。

話しを仕切り直すように、ナヅキを指差す。

 

「あたしが話したいのはコインの事よ! コイン!!」

 

びしっと言い放つサヤ。

ナヅキがきょとんとした表情になる。

 

「コイン? あぁ、はい」

 

どうでもよさそうな口調。

ナヅキがポケットからコインを取り出した。

 

不可思議な紋様が刻まれた、赤い色のコインを。

 

「ちょっ!! こんな所で出さないでよ!!」

 

慌てるサヤ。

辺りを警戒するように見回し、手でコインを隠す。

 

ナヅキが悪戯っぽく微笑んだ。

 

「そんなに慌てなくても~。どこにでもあるような、ただの古いコインですよ~」

 

「そんな訳ないでしょ!」

 

勢いよく叱りつけるサヤ。

ナヅキが「ぴえん」と怯えたような声を出す。

 

赤のコインを、サヤがまじまじと見つめた。

 

「これが……願いの叶うコイン……!!」

 

ごくりと唾を飲み込むサヤ。

魅入られたような視線が向けられる。

 

ナヅキがわずかに眉を下げた。

 

「皆さん、それ言ってますよね~。コインを集めると、願いが叶うって~。そんなことないと思いますよ~」

 

ふりふりとコインを揺らすナヅキ。

いかにも興味なさそうにコインを扱う。

 

サヤがため息をついた。

 

「そりゃ、あたしだって本気で信じてる訳じゃないけど……。それでも、あんなに話題になってたら無視できないじゃない!」

 

コインを眺めながら答えるサヤ。

再び、ナヅキの方へと視線を戻す。

 

「で、あんた、このコインどこで手に入れたのよ?」

 

真剣な声色で訊ねるサヤ。

ナヅキがにっこりと微笑んだ。

 

「落ちてたのを拾ったんですよ~」

 

「それ、どこで?」

 

「私のお家ですよ~」

 

「はぁっ?」

 

聞き返すサヤ。

困惑したような表情が浮かぶ。

 

ナヅキが手を広げた。

 

「ちゃんと言うとー、私の友達が持ってたんですよ~。その友達が落としていったのを、私が拾ったんです~」

 

ほんわかと答えるナヅキ。

サヤが唖然とし、口をあんぐりと開ける。

 

「えっと……それで、その友達は?」

 

混乱しながら訊ねるサヤ。

にっこりと、大きな笑みを浮かべて――

 

「死んじゃいました☆」

 

ナヅキが、あっけらかんとそう答えた。

 

「……えっ」

 

絶句するサヤ。

目を見開いて、ナヅキの姿を見つめる。

 

ナヅキがきらきらと、その瞳を輝かせた。

 

「懐かしいなぁ。あの時は本当に、心の底から燃える事ができたんですよ~。互いに本気を出す事ができて、とーっても素晴らしいひと時でした~」

 

夢見心地のナヅキ。

噛みしめるように、言葉を続ける。

 

「それでそれで、私、あんな戦いがもう一度できたらなーって思って~。だから、アンダーグラウンドファイトに出入りするようになったんですよね~」

 

心の底から楽しそうな声。

ナヅキがうっとりとしながら両手を握り合わせた。

 

サヤが引いたように、後ろに下がる。

 

「えっと、その……」

 

どう話していいものか迷った表情。

しばしの間の後、サヤが口を開いた。

 

「それで……その。結局、それはいつの話なのよ……?」

 

気まずそうに言うサヤ。

ナヅキが「んー」と指を口元に当てる。

 

「分かんないですー。違う世界の事なので~」

 

飄々とした回答。

サヤが露骨に、眉をひそめた。

 

太陽の光が降り注ぎ、昼休みの時間が流れていく。

 

「……あー、もういいわ」

 

がっくりと肩を落とすサヤ。

頭に手を当てながら、疲れたように首を振る。

 

不機嫌そうな表情を浮かべて――

 

「あたしが言いたいのは、あんたがなんでコインを賭けるなんて馬鹿げた事を言い出したのかって事よ!」

 

サヤが、びしっとそう指摘した。

ナヅキが再び、首をかしげる。

 

「え? だって、別にいらないので~」

 

あっさりそう言い切るナヅキ。

サヤが怒ったような表情になる。

 

「あんたはそうかもしれないけど、他の連中はそうじゃないでしょ! あんなに派手に打ち出したりして、危険だって思わない訳!?」

 

たしなめるように言うサヤ。

ナヅキが「ほえ?」と声をあげた。

 

くすりと、ナヅキが悪戯っぽい笑みを浮かべる。

 

「えー、サヤちゃん先輩ってば、ひょっとして心配してくれてるんですかー?」

 

からかうような口調。

サヤが「なっ!」と顔を赤らめた。

 

「べ、別に、そういう訳じゃ!」

 

「またまたぁ、照れちゃって~。優しいんですねー、サヤちゃん先輩~」

 

笑いながら話すナヅキ。

サヤがますます、その顔を赤く染めた。

 

おもむろに、ナヅキが歩き出す。

 

「大丈夫ですよ~。私、これでも結構鋭いんですー」

 

自信に満ちた口振り。

サヤが不思議そうにその姿を見つめる。

 

入り口の扉のノブを掴んで――

 

「例えば、こんな感じで!」

 

勢いよく、ナヅキが扉を開いた。

外開きのドア。「きゃっ!」という悲鳴が上がる。

 

倒れ込むようにして――

 

「わわわっ!?」

 

天神宮ミユキが、屋上へと転がり出た。

慌てた表情。その場に倒れ込むミユキ。

 

サヤが訝しむような視線を向けた。

 

「はっ? 誰?」

 

鋭い声で訊ねるサヤ。

にっこりと、ナヅキが笑みを浮かべた。

 

「やっほー、ミユキちゃん~。昨日ぶり~」

 

親しげに挨拶するナヅキ。

ミユキが慌てたように立ち上がった。

 

「さ、朔導さん! これはえっと、その……!」

 

どぎまぎとした様子。

言い訳を考えるかの如く、どもっているミユキ。

 

ナヅキが手を振った。

 

「あ~、大丈夫だよ~。ちゃんと分かってるからー。ミユキちゃんも、サヤちゃん先輩みたいに心配して来てくれたんでしょ~?」

 

ぽわぽわと話すナヅキ。

ミユキが「へっ?」と気の抜けた声を出した。

 

サヤがその目を細める。

 

「なぁに? あんたもアンダーグラウンドファイトの会員な訳? まったくどうなってるのよ、この学校は……」

 

呆れたようにぶつぶつ呟くサヤ。

ミユキが「いや、ちが……!」と誤解を解こうとする。

 

サヤがナヅキに向き直った。

 

「話しを戻すわよ。あんたがあんな事言い出すから、裏世界はこの話でもちきりなの。いまに、あんたの元にたくさんの強豪が挑戦を叩きつけてくるわよ」

 

忠告するように言うサヤ。

ナヅキがその目を輝かせた。

 

「わぁ、それはとっても素敵ですね~!」

 

きらきらとした表情。

恋する乙女のように、ナヅキが顔をほころばせた。

 

すっと、ナヅキの雰囲気が変わって――

 

「そうなったら、きっと私の心を燃やしてくれる人も出てきてくれますよねぇ。ふふふ、楽しみだなぁ」

 

一瞬、その全身から異様な気配が漏れ出た。

異常なまでの威圧感。狂気を宿した目。

 

ゾッと、サヤとミユキがその姿に恐怖を覚える。

 

「……なんなのよ、こいつ」

 

小声で呟くサヤ。

その額にうっすらと、冷や汗が流れる。

 

昼休みの喧騒が、場違いなまでに明るく響いていく。

 

「……はぁ、忠告しようとしたあたしが馬鹿だったわ」

 

諦めた様子のサヤ。

ひらひらと、その手を振る。

 

「どうせ何言っても聞かないんでしょう? 好きにすればいいんじゃない? もっとも、アンダーグラウンドファイトも黙ってないだろうけど」

 

刺々しく話すサヤ。

ミユキがぎょっとする。

 

「えっ、どういう意味ですか? 黙ってないって?」

 

サヤが肩をすくめた。

 

「そのままの意味。そもそもこいつ、今9連勝なのよ。賭けを仕切る連中からしたら、強すぎる奴って邪魔なのよ」

 

じとっとした目付きで見つめるサヤ。

ナヅキが頬を膨らませた。

 

「そんな事を言われても~。私を燃えさせてくれないのが悪いんですよ~」

 

すねるような口調のナヅキ。

サヤがため息をついた。

 

「今までは興行的にも"超強い新人女子高生"って形で美味しかったからお目こぼしされてたっぽいけど、今回の件と併せていよいよ限界でしょ。そろそろトップ層とのマッチングが組まれるんじゃない?」

 

「トップ層ー?」

 

ほんわかと訊ねるナヅキ。

ミユキが「あわわわ」と青い顔になった。

 

「あ、あんな裏世界で活躍してる、トップランカーのファイターって事ですかぁ……!? それって、いったい……!?」

 

びくびくと怯えるミユキ。

サヤが険しい顔になって、腕を組んだ。

 

「あたしもそんなに詳しい訳じゃないけど。でも、有名なのは何人か知ってるわ。"黄金の慈愛卿"とか"咲き誇る魔女"とか。それと――」

 

言葉を切るサヤ。

神妙な表情を浮かべて――

 

「現在トップランカーの"雷鳴の帝王"」

 

サヤが、緊張したようにそう告げた。

重く張り詰める空気。凍りついていく時間。

 

ナヅキがかすかに、その目を見開く。

 

「……"雷鳴の帝王"」

 

繰り返すナヅキ。

どこか嬉しそうに、その言葉を噛みしめる。

 

3人の間を風が通り抜け、そして――

 

スマホから、メッセージの着信を知らせる音が響いた。

 

「ん?」

 

「えっ?」

 

一斉に鳴り響いた3つの音。

3人がそれぞれスマホの画面を注視する。

 

通知画面に、簡素なメッセージが表示されていた。

 

『アンダーグラウンドファイトからのお知らせ』

 

「こ、これって……!!」

 

メッセージを見て緊張したように言うミユキ。

サヤが慣れた手つきで画面をタップする。

 

そこに書かれた文字を読んで、サヤの目が鋭くなった。

 

「……へぇ」

 

ぽつりとこぼすサヤ。

ナヅキもまた、スマホを見て「おぉ~」と声をあげる。

 

震える指で、ミユキがメッセージ画面を開いた。

 

簡素な文章を、ミユキが読み上げる。

 

「あ、アンダーグラウンドファイトからのお知らせです……。次の対戦組み合わせが決定いたしました……。今回、対戦となるのは"紅蓮の太陽姫"と――」

 

たどたどしく言うミユキ。

ごくりと、唾を飲み込む。

 

冷や汗を流しながら――

 

「――"普通の少女"」

 

ミユキの声が、風の中に静かに響いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぱしゃりと、スマホのカメラの音が辺りに響いた。

 

薄暗い照明。シックな雰囲気。

クラシック音楽が厳かに、辺りの雰囲気を彩る。

 

カウンターに座る黒髪の少女が、スマホを見つめた。

 

「……んー」

 

画面に映った写真を確認している少女。

笑顔の自撮り。背景に映る、並んだ酒のボトル。

 

小さく、黒髪の少女がため息をついた。

 

「なんか、今一つ。照明の位置が良くないのかな。それとも、カメラの近づけすぎ?」

 

ぶつぶつと呟いている少女。

どこまでも真剣に、写真の設定をいじっていく。

 

ピコンと、メッセージが届いた。

 

『ママ:いつ帰るの?』

 

「あっ」

 

声をあげる少女。

壁にかけられた時計を見る。お昼過ぎの時間。

 

少女が渋々と、メッセージを打ち込んだ。

 

『ひっとみー:ごめん。すぐ帰るから』

 

ごめんなさいと謝る絵文字。

さらに、謝罪用のスタンプを送る。

 

すぐさま、メッセージが返ってくる。

 

『ママ:わかった。車と不審者には気を付けてね』

 

そっけない文面。

黒髪の少女が「了解」とだけ打ち込む。

 

それ以上のメッセージは、返ってこない。

 

ホッとしたように、少女が胸を撫でおろした。

 

「セーフ。でも、そろそろ帰らないとダメかな。早いとこ、写真を撮らないとね……」

 

考え込みながら話している少女。

自撮りするのを諦めて、スマホを横に構える。

 

パシャリと、カメラアプリの音が響いた。

 

色とりどりのフルーツが添えられた、

オシャレな盛り付けのデザート。洗練された見映え。

 

写真を見た少女が、満足そうに微笑む。

 

「うん。とりあえず、これでいいかな」

 

嬉しそうに言う少女。

SNSアプリを起動すると、文字を打ち込んでいく。

 

『今日は友達と一緒にオシャレなバーにいったよ~♡ お酒は飲めないけど、デザートが最高だった~♡ なんだか、大人になっちゃった気分♪』

 

「こんな感じ?」

 

しばし、自らの文章を眺める少女。

若干だが、その眉が困ったように下がる。

 

「んー、でも、これだとおじさんっぽいかな? どういう感じが普通なんだろう?」

 

悩む様子の少女。

穏やかなクラシック音楽が、その声をかき消していく。

 

しばしの逡巡の後、少女が息を吐いた。

 

「まぁ、今日はこれでいいか。諦めも肝心、と……」

 

画面をタップする少女。

先程の画像を添付して、投稿する。

 

ふぅと、少女が息を吐いた。

 

「これで一安心だね。そろそろ引き上げかな」

 

そう口にした瞬間。

SNS上で急上昇するワードに、少女が反応した。

 

「ん? 花園キハルちゃんの新曲?」

 

スマホの画面を見つめる少女。

素早く、その指が動く。

 

真剣な表情で、少女が情報を吟味していった。

 

「……なるほどね」

 

スマホを片手に呟く少女。

メモ帳を取り出すと、すらすらと文字を書いていく。

 

――クラシック音楽が流れていく。

 

ぱたんと、少女がメモ帳を閉じた。

 

「これでよし、と……」

 

小さく響く声。

疲れたように、少女が椅子にもたれかかった。

 

はぁと、その口から息が漏れる。

 

「やっぱり、普通でいるのって大変だなぁ。常に最新の情報を追って、自分に興味のないことも覚えて。皆、一体どうやって普通になってるんだろう?」

 

ぼんやりとした表情。

バーの天井を見つめている黒髪の少女。

 

流れていたクラシックの曲が終わって――

 

「ねぇ、君達も、そう思わない?」

 

少女が、おもむろにそう訊ねた。

椅子を回す少女。ゆっくりと、振り返る。

 

スーツ姿の男性が数人、バーの床に倒れ込んでいた。

 

溢れ出る苦悶のうめき声。苦痛の表情。

それぞれが身体を抑え、必死に痛みに耐える。

 

よろよろと、一人の青年が立ち上がった。

 

「て、てめぇ……!!」

 

柄の悪い口調。

スーツを着た目付きの悪い青年が、少女を睨む。

 

「よ、よくも、こんな真似を……!! いったい、俺達に何の怨みがあるってんだ……!!」

 

ぎらついた目の青年。

額から流れる血を抑えながら、息を切らす。

 

黒髪の少女が両手を広げた。

 

「別に、怨みなんてないよ」

 

あっさりと答える少女。

青年が呆然と、目を見開いた。

 

「なに……!?」

 

「私は依頼を受けただけ。怨みを買ったって言うなら、心当たりは自分で探しなよ。私のこれはあくまで仕事だから」

 

先程までと全く変わらない口調。

いかにも平凡そうな口調で、少女が話す。

 

ダンッと、青年が近くの机を殴った。

 

「ふざけんなッ!!」

 

怒りの形相。

青年が激怒して、少女を怒鳴りつけた。

 

くすくすと、黒髪の少女が笑う。

 

「あーあ、情けないんだー。そんなだから、誰かに恨まれちゃうんじゃない? もっと普通に生きなよ、普通に」

 

見下しきった表情の少女。

ゆらりと、席から立ち上がる。

 

「それにさ。私はちゃんと、ファイトで勝ったらチーム解散って条件を提示してあげたでしょ。おまけに、私が負けたら何をしても良いって」

 

妖しげな微笑み。

コツコツと、少女が青年に近づいていく。

 

青年の顔が、恐怖で引きつった。

 

「お、おい……!! 待て……!!」

 

震える声で言い、手を前に出す青年。

少女がゆっくり、歩みを進める。

 

「なのに、私が勝ったら因縁つけてきてさ。数に任せて、先に手を出してきたのはそっちでしょ? つまり、今のこの状況は君達の自業自得」

 

諭すように話す少女。

青年が怯えきって、その場でへたり込む。

 

床に座る青年の前に、少女が立った。

 

「クライアントはさ、君達に消えてほしいんだって。ついでに、その方法は私に任せるとも。だから――」

 

にこやかな口調。

少女がすっと、その腕を伸ばす。

 

ぎゅっと、握り拳を作って――

 

「――悪いけど、ずっと寝ててよ」

 

黒髪の少女が、輝くような笑顔を浮かべた。

青年の顔から表情が消え、真っ白になる。

 

ひゅっと、空気を切り裂くような音が響いて――

 

鈍い衝撃音と共に、どさりと何かが落ちる音がした。

不気味な静寂が流れて、少女が息を吐く。

 

「……手が汚れちゃった」

 

不満げに言う少女。

近くのテーブルのナプキンを取ると、手を拭う。

 

白が赤く染まるのを眺めながら――

 

「これで終わりだね、大した事なくて良かった。それにしても、乱暴な男って本当に最低だなぁ。私みたいな普通の女の子に殴りかかってくるだなんて……」

 

ぶつぶつと、黒髪の少女が呟いた。

穏やかな口ぶり。まるで動揺していない少女。

 

ピコンと、スマホから軽快な音が響く。

 

「……ん?」

 

スマホを取り出す少女。

画面を見つめる。

 

『ママ:いつ帰るの?』

 

「…………」

 

何の感情も浮かんでいない目。

すっと、黒髪の少女が指を伸ばす。

 

画面をタップして――

 

『定期メッセージの設定を、一時停止しました』

 

スマホの画面に、その文字が表示された。

冷たい雰囲気の少女。無表情のまま、口を開く。

 

「もっと普通にならなくちゃ……。皆と同じように、目立たないように……。普通に、普通に……」

 

ぶつぶつと漏れ出る言葉。

どこか強迫的に、少女がその言葉を呟いていく。

 

異様な空気が流れ、そして――

 

少女のスマホが、さらなるメッセージの着信を伝えた。

 

「あらっ?」

 

ぽつりと、声をあげる少女。

再びスマホの方へと視線を向ける。

 

『アンダーグラウンドファイトからのお知らせ』

 

簡素な件名。

少女がメッセージを開き、中の文章を読む。

 

メッセージを読み終えて――

 

「へぇ、次の組み合わせでって聞いてたけど、本当なんだ。あの依頼人、やるもんだねぇ」

 

黒髪の少女が、呑気な口ぶりでそう言った。

穏やかに微笑む少女。想いを巡らす。

 

冷たい殺気を纏いながら――

 

「"紅蓮の太陽姫"かぁ。どんな子なんだろ?」

 

どこにでもいるような"普通の少女"が、そう呟いた。

 

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