GOD EATER;亜 {狂想円環のカーディナル} 作:秋並 真貳佳
「ガランディアーティ……何て?」
「むぅ……わからないならいいんだが」
俺がそう言うと先輩は口を尖らせた。
「ええ……聞くなら最後まで聞くのが筋じゃないかな」
気になるらしい。
「まぁ、気にしないでくだせぇよ」
「そんな言い方されて、どうやったら気にせずに済むって言うのさ」
「こう口ずさむのさ……『正義の在処はここにあり。故に嵐は過ぎさるしかできぬ、雷は黙るしかできぬ。考えずとも、おのずと』」
「ああもういいや」
ひどい。気になるっぽいから気にせずに済む方法を教えたのに。
「ただの長い文じゃないかな……少なくとも思考をストップさせる機能は無いと思うよ」
そんな真面目に考えられても困る。俺も使うっちゃ使うが信憑性は無い。小さい頃よく口ずさんでた、ただのおまじないだ。懐かしい感じしかしないタイプの。
さて今俺は薄汚れた倉庫っぽい所にいる。明かりも薄く、まさしく倉庫っぽい所だ。何で俺がこんな所にいるかと言うと、ここが俺の教室だからである。
さっきから俺と話しているのは先輩である。本名が気になるだろうが、先輩は先輩であり、それ以上でもそれ以下でもない。先輩は先輩なのだ。先輩は十代後半……いや中盤くらいかな?ぐらいの若さでかなりの技術力を持ったエンジニアだ。あまりプロフィールとか詳しいことはよく知らない。最近伸びてきた銀ショートの髪がまぶしい。先輩との出会いは三、四ヶ月程前、居住区で男に絡まれている所を助けたのがきっかけで、俺は今無職者{ヒモ}である傍ら、彼女に神機の手入れなんかを学んでいる。俺もさすがに生涯無職はまずいと思って、エンジニア兼開発者を目指して色々学んでいるのだ。
「そういえば先輩」
「無駄話は後。あなたまだアーティフィシャルCNSについてのおさらいしてないでしょ」
厳しい。
「……でこのアーティフィシャルCNSは……」
授業を再開した先輩をよそに、俺は後ろの自分の鞄に手を突っ込む。
「聞いてくれたらカレーパンあげたのに……」
ぐ、と詰まる先輩。ふふふ。この俺は欺けんぞ先輩。本心が丸見えだ。
「……神機にとって必要なもの、ではなく、神機そのものにおける……」
「カレーパイもつけたのに」
うじじ、と詰まる先輩。なんか自分に言い聞かせるように授業を続けている先輩。ふっふっふ。
「……大事な役割を果たす、いわば……えーと……いわば……いわば……」
「……冷やしカレードリンクもつけたのに」
「参りましたああ!聞くから!悪かったから!ね!だから見せびらかすようにちらちらさせるのは止めて!」
「あっはっは!続けてくださいよ先輩!授業の後で聞きますので!」
「ひどい!ひどいよリュウガ君!」
十分後。カレーセット一式を食べ終えた先輩に聞いてみた、のだが。
「それで先輩。聞きたいんですがね?あの……せんぱーい?」
食べさせてあげたのに、拗ねた先輩が背を向けて体育座りしていた。
「あんなひどいことをするリュウガ君は違うよ」
違うってなんぞ?確かに昨日から何も食べてないって言ってた人に食料をちらつかせて脅したんだから、まあひどいのはわかるが。
「あの日私を助けてくれたリュウガ君は……死んだ」
いくらなんでも話が飛躍し過ぎだろう。
「ああ……謝ります。もう二度とあんなことしないから聞いてください」
「……ホント?」
ホントも何も、あれはいつも徹夜仕事だから今日も何も食ってないんだろうと考えた俺がわざわざ買っておいたものだ。ちょっといじめたくなっただけだ。ああまで几帳面に傷つくとは考えてなかった。
「ホントですよ。だから聞いてくださいよ」
「……むぅ」
しばし俺をじとっとした目で見る先輩。……そんな真意を測るように見られても困る。
「……うん……信じとくよ」
なんでこんな重い感じになってんだ。俺そんな重罪は犯してないぞ。疑うな。
「で……何だっけ、私に聞いてほしいことがあるんだっけ?」
忘れてた。
「ああ、そうです」
「……その……そんなに聞いてほしいって言っても……告白はだめだよ?」
頬を少し赤らめた先輩が潤んだ瞳を向けながら言った。…はい?
「……違いますよ、全然」
「え……?男の子がしつこく聞いてほしいって言うのは……その……告白の……時だって」
誰が吹き込んだんだそんな偏った知識。というかそれはそれで俺、ふられてるんだが。傷つく。
「極東支部{アナグラ}のことです」
「え?アナグラがどうかしたの」
「今度本部から視察団が来るらしいじゃないすか。あれっていつ頃なんでしょう?」
そうだ、それが聞きたかった。ハルカが言うには近いうちらしいが、いつ頃だろう。
何故こんなことを聞くかというと、ちょっとばっかし興味があるからだ。親父も本部の特殊部隊に所属してたし、どんな人間が入っているのか知りたい。だから、まあその。コンタクトを図ろうという訳だ。
「ああ、あの件ね。もう来てるんじゃないかな」
「……なんだって?」
「いやだから、到着は確か今日の、えっと、正午くらいの予定だったんじゃなかったっけ」
もう一度言おう。なんだって?
「本当は来週のはずだったんだけど予定が繰り上がったとか」
……こうしてはおれん。早速会いにいってみようか。
「すんません先輩。今日の授業はここまでで」
「なっ!何それ!だいたいまだアーティフィシャルCNSの復習が……」
言うと思った。だがアーティなんとかより、今は特殊部隊のが大事だ。そんな気がする。
「復習ぐらいは自分でできますって!」
言いながら俺はノートやらペンやらを自分のショルダーバッグに入れていく。
「ちょっとぉ!今日はもっと実践的な内容に入ろうと思ったのにぃ」
なおも諦めずにうじじと噛み付く先輩。実践的、というのは惹かれるが、今は特殊部隊のが大事だ。そんな気がする。
「すんません!俺、ペストと赤痢と腸チフスを併発して死にそうだ!ってことで。じゃ!」
少し心苦しいが、今は特殊部隊のが以下略。先輩がまだなにか言おうとしていたので、上から言葉を重ねて静かにさせる。
「ああ先輩、一つだけ!ほっぺにカレー付いてますよ!じゃ!」
先輩はまた頬を赤らめて、ハンカチで口の横のカレーを拭きながら、ちょっと眉を寄せながら、ようやく口を噤んだ。
倉庫の扉から飛び出した瞬間に目に何か入った。……水滴だ。
そういえば雨だった。俺は忘れていた傘を持って外に出て、アナグラに向かった。
一般人は会えないぞ、と言われて追い返された。なんとまぁ、どうやら今回の視察団がいる間、アナグラへの入場は制限されるらしい。大掛かりだ。ちきしょう。まぁそんな簡単に会える訳も無いのだが、それじゃあ先輩に悪い。どうにかして会いたい。会ってみたい。
しばらく立ったまま居れば中に入れてもらえるかな、と思って、傘をさしつつ、さっきの入り口付近の受付の奴にずっとガンを飛ばしていると、後ろから声をかけられた。
「すいません」
敵か!
「誰だっ!」
「なッ……え……」
そこにいたのは、明るい茶髪のさらさらショートヘアの頭だった。敵ではないっぽい(当たり前か)、灰色のコート、黒いのぺっとしたミニスカートにニーソックスを身に纏い、白い傘をさしたちっこい背丈の少女。顔立ちは整っているが、今は驚いて口を開けたまんまだ。赤い光彩をした目が俺を見ている。
「……ちょっと失礼じゃないですか。初対面の人に向かってそれって」
すぐに不機嫌そうな表情に変わる。そりゃそうか。振り返り様に叫んで、ファイティングポーズまでとったもんな。
まぁそれは置いておき、俺は一つ気になったことがある。
何故手が震えているんだろう。
俺はなんと、この傘をさした少女相手にビビっていた。へたれじゃない。疑うな。
この少女、なんとなくスゴい……オーラみたいなのが感じられる、この威圧感。まるで鬼に遭遇した子供みたいに気圧される。なんなんだろう。何か違和感がある。
「ちょっと、聞いてます?」
じ、と俺の目を覗き込んでくる。……引き込まれそうな大きな目。長いまつげが縁取る、赤い目。手が震えてさした傘から水滴が飛ぶ。
おそるおそる声を出してみる。喉でひっかかる感じがする。
「……ぅ……ぅ俺になんの……用だ……?」
「用があるのはあなたじゃなくてそっちの受付の人。……あの、どいてくれます?邪魔なんですが」
なんかしゃくに障る言い方だな。
「悪いな。俺もこのおっさんには用があってな。で、俺が先に来たのだ。順番どおりにいくのが定石だろう?それくらいはわかるだろうな、子供でも」
今度はすらすら喋れた。こんな言い方をしてるのは、なんとなく気に入らないからだけでは無い。なぜか、この少女には油断してはいけない気がするからだ。
「……な……極東の男の人は礼儀も何も無いんですね。あと私は十七です。子供じゃないです」
なんと俺と一つしかしか違わないとは。
「黙れ!騙されんぞ……この俺は超神速{トップ•スピード}、騙されるはずが……」
そんなことを言ってると、聞かずにこの少女は俺を手でどけて受付の人の前に割り込んだ。動いても俺はそいつの目から視線を外さない。
「大変だったでしょう。ええと、用があるんですけど……」
「ああ助かりました。しつこくて困ってたんです。それで、用件は……」
……こいつら、俺をいないものとして扱い始めやがった。ちきしょう。
まあ、ねばっても無理だろうし、今はこの少女に場を譲るか。しょうがないよな。
「それで、あの角を右に……」
「えっと、ああ、わかります……」
しょうが……ないよな。別に立ち去りかけてるのに気にしてもらえないのが悔しい訳じゃないぞ。疑うな。
ちきしょう。
仕方ないな、と後ろを向いて立ち去りかけた、その時。
ゔぁんゔぁんゔぁん!!
な……なんだ?
いきなりサイレンが鳴り始めた。
「これは!?」
少女をどけて受付の奴に聞いてみる。
「おそらく……外部居住区にアラガミが!」
受付はすごい形相で空の向こうを見た。
マジかよ。
「仕方ないですね。私はハンガーに!」
少女が何か言っている。
「おっ……俺は?アラガミ侵入だからアナグラに避難させてもらえるんだろ!?」
「あ……そ……そうだな、緊急時だから入場を許可しよう!」
アナグラに走った。少女相手には敬語だったのに、とかは別に気にならなかった。この機会に便乗して例の特殊部隊と、とかも考えていない。
ただただ、一つだけ。いち早くこの中で待たなければ。
……ハルカ……!
俺は数十分後、ゴッドイーターに手を引かれたハルカをアナグラの中で見つけた。
「ハルカ!」
「あ……リュウ……」
全身びしょ濡れのハルカに走り寄る。当のハルカはどこかおぼつかない足取りだ。ふらついていて顔が真っ青だ。
「良かった、しばらく見当たらないもんだから……」
そう言うとハルカは息を切らしながらとぎれとぎれに言った。
「……はぁ……はぁ……うぅ……お、おおばや……う」
途中まで言ってハルカが泣き出した。……まさか。
「お……大林おばさんが……おばさんが……う、ううぅぅぅ……」
しゃがみこんでハルカは泣いた。そうか……おばさんが。
「お、おばさ……ううぅぅぅ…」
「ああ、もう言わなくていい」
おそらく目の前だったんだろう。相当つらかったはずだ。ハルカは勝ち気ではあるが、本当はかなり繊細で崩れやすい。
「う……うううううう」
泣き続けるハルカ。ふと、体を見てみた。いたる所をすりむいていて痛々しい。かなり急いで逃げてきたんだろう事がわかる。おばさんが*われるところを見て、必死に。これで泣かなかったらおかしい。見ている俺がつらいくらいだ。
ん?
「お前カメラは?」
この場でなんてことを聞いているんだ俺は。
「……急いでたから……ううぅ」
ちきしょう。こいつが手放したという事は相当ヤバい時だったということか。
「……ちょっと待ってろ」
立ち上がる俺。
「……え……リュウ取りに行くつもり……?」
もちろん。
「バカ!リュウも喰べられちゃうよ!」
「バカはお前だろうが!」
あれは俺たちの思い出の固まりだろう。自由の少ないこの世界で、唯一思い出をしまっておけるもの。俺もあれが大切だと思ってるんだ。
「思い出くらい取りに行かせろ!あれが無くなるのは俺も悲しいんだ!」
あれはハルカが小さい頃、ハルカが父親から貰ったもの、要は形見だ。どこまで悲しい思いをするつもりだよお前。
「さんざん大切にしてきたもんだろうが。お前はここで待ってればいい。俺が取ってきてやる」
かがんで頭に手を乗っける。
「……帰って、来る……?」
「当たり前だ。俺を誰だと思ってる。超神速{トップ•スピード}のリュウガだぞ」
後は聞かない。それだけ言い残して走った。
アナグラから出るのは案外楽だった。さっきの受付はどこかにいなくなっていたからである。
午前より明らかに強まった雨の中走り、息を荒くしてようやく辿り着いた。服がかなり重い。まあ、神速の俺は時間で言えば相当早くついたが。
居住区の俺たちの家は、相当ショッキングな有様だった。いたる所が崩れていて、瓦礫になっていた。廃墟。そんな言葉が似合う相貌になってしまった。
周りの他の家も似た状態になっていたが、自分の家は相当こたえた。ハルカの母親はアナグラの医療室に入院してて命拾いしたな、とか思いつつ家だったものに入って行く。
先ほど戦闘があったようだが、今は遠くの方から鳴き声が聞こえ、あとは降り注ぐ雨の音だけ。静かだ。それが逆に寂しい。
「……くっそ」
かなり中は進みづらい。おかげで埃まみれだ。服の水分が砂埃をくっつけている。
と、
「あったッ……!」
テーブルだったものの下に、俺と同じく埃まみれの見慣れた一眼が埋もれていた。引っこ抜いて起動するか確認する。ぶいーん、と音がしてちっこい液晶に会社のロゴが浮かぶ。よし。
廃墟から這い出て、辺りを見回してみる。改めて見て、悲惨だ。ここまで崩れたのはかなり希有な例じゃないか、ここでは。
……数時間前までここで日常してたんだな、俺。瓦礫の中に埋もれた写真立てが目に入った。そこに写った、満開の花のごとき満面の笑みをたたえた三人の子供と、五、六人程の大人。まだ俺が小さい頃の写真だ。近くには、病室を背景に、俺とハルカ、それともう一人、白いベッドに眠っている少女が写っている写真がそのままの状態で落ちていた。こちらは最近撮ったものだ。……思い出の詰まった写真箱がひっくり返されたらしく、見ていて胸が締め付けられた。
全て拾いたかったが、そうゆっくりしてはいられない。今はアナグラに急がないと、いつ奴らが来るかわかったものではない……
がらら、と音がした。軽い小石が落ちる音だった。
何か、と思って音のした方をなんの気無しに見た、俺は後悔した。
俺の家の一部が崩落して、隣の雑な作りの家と合体してしまっていたのだが、その敷地の境界あたりを隠していた瓦礫の陰から赤い水溜りが広がっていた。
別に見たくて見たわけじゃない。
人が。
動かず。
横たわって。
死んでいた。
見たことのあるような、無いような印象の小柄なシルエット。白いコートを来た、……少女だろうか?細い印象だ。
明るいショートカットがやけにさらさらしていた。
まさか、さっき、受付にいた……?
怖い。一刻も早くここから離れたい。恐らくこの子には失礼に当たるんだろうけど、今すぐ走って逃げ出したい。でも、足がすくんで動かない。動けない。
いきなり見慣れない死体を見て混乱していた俺が、後ろに足音を聞いたのはその時だった。
ぐ、ぐ、ふうう
家を後にしようとした俺の背後から、荒い息づかいが響いた。ぎょっとした俺は震える足を殴って、無理矢理に走った。降り続ける豪雨の中。後ろは見ない。見てはいけない気がする。畜生。畜生。さっきまでいなかったじゃねぇか。なんだよ。
俺は近所にあった教会だったものに逃げ込んだ。戦闘の後でかなりボロボロだが、確か出口が複数あったからまくには丁度いい、と思った俺は絶望した。……瓦礫で俺が入った入り口以外が塞がれている。無論後ろには引き返せない。まずい、まずい。
追い込まれた。
「畜生、畜生畜生!!ちっくしょう!何だよこれ!!」
奥にあった、小さいステンドグラスが二、三メートルほど上に付けられている壁を何回も叩いた。そこに届くわけもないのに。
まだ大丈夫
……あの時のあれを思い出す。そういうことかよ。
めし、と聞こえて後ろを振り向いてしまう。鬼のような形相をした化け物がいた。
ごがああああああ
メシメシとにじり寄ってくる白い化け物。ぐわぁ、と開いた口からは、肉の腐った匂いがしてきた気がした。やけにひどい匂い。壁によたれて尻餅をつく俺。足から力が抜けていく。……ここまでか。ハルカ、カメラ、渡せそうにないよ。……ごめんな。
ハルカ……ソラ……
<A,buek,sankudamm.>
バリイイイイイイン!!
「うおっ」
直上、斜め後ろのステンドグラスが砕けて、大量の雨粒と一緒に何かが飛び出す。その何かは、俺を飛び越え、そのままの勢いで目の前の化け物を、折りたたんでいた手から居合の容量で切り抜いて着地、足を軸にして回転し、もう一振り。切り裂いた。
そこでようやく、その何かは止まる。姿が見えるようになる。そして持っていた大きな得物を自身の後ろに回し、言った。
「大丈夫ですか、少年」
受付で会った、生意気な少女。
……お前のが年下だろう、とか場違いなことを思った。