マキマさん顔で行く、進撃の巨人   作:トロマグロ将軍

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12:巣立ち、憧れを胸に

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「……すいません。少し力みすぎました」

 

 

「……ああ、……気をつけたまえ」

 

 

 若い訓練教官にそう謝った後、立体機動で飛び去る、マキマ・ランスを見送った。目の前の訓練用巨人模型。その模型は5m級の小型巨人を模したもの。だが頭部が鋭利に切断され完全に失っている。高高度から降下して、一気に袈裟斬りの要領で行われたのだ。彼女の尋常じゃないスピードに落下の位置エネルギーが加わり、さらに半端じゃない腕力で繰り出された斬撃がそのままうなじクッションごと頭部を切り落としてしまっていた。

 

 

「……どうやったら木製の模型の首を落とせるのだ」

 

 

 教官は不思議でならない。ブレードは巨人の肉を切ることを想定して作られたもの。薄いカッターで木の棒を切ってください。普通の人間はできないと答えるだろう。彼女はそういうことをやっているのだ。

 このようにマキマは巨人模型の首を落としてしまうことが度々あった。勢いがつきすぎてしまい、うなじへの攻撃侵入時、勢いを殺しきれずそのまま首コロリしてしまうのだ。もちろん職人が作ってくれた模型を壊されるのは、兵団にとってもたまったもんじゃない。マキマは教官たちに頼むから力の加減を覚えてくださいと言われてしまう。力の調節を頑張った結果、斬首する事例は大幅に減ったが、それでもたまに小型の巨人の首を飛ばす事故が発生してしまうのだ。

 

 若い訓練教官は一体ダメにされたことを上官に伝えにいく。

 

 

「どうしたんじゃ、浮かない顔で。 は! 今はマキマ訓練兵が飛んでおったの! ……さてはまたダメにされたのか?」

 

 

「……おっしゃる通りです」

 

 

「ったく、困ったもんじゃ、また請求書に書かねばならんのか」

 

 

 ここの訓練兵団基地のトップである彼はそう言うが、本当に困り果てたというより、やれやれと呆れている表情だ。

 

 

「もう彼女の訓練時間を減らしてはいかがですか? 彼女にとって訓練で学ぶことは、既にないと思われますが……。はっきり言って我々よりも上達者ですよ……」

 

 

「ここだけではない、調査兵団でもここまでのはそうはおらん。はっきり言ってわしが見てきた中での最高傑作の兵士じゃろうよ」

 

 

元調査兵団出身の彼だから言えることだ。

 

 

「そこまでですか……」

 

 

「キャッ」

 

 

突然彼らの頭上で甲高い悲鳴があがる。飛んでいた一人の女性訓練兵が木の枝にワイヤーを引っ掛けバランスを崩して落下する。

 

 

「危ない!!」

 

 

若い教官が叫んで援護のため立体機動で飛び上がろうとするが、彼らの頭上で一つの影がものすごい速さで通り過ぎる。それも近くの模型巨人をものすごいスピードで殲滅しながら。そしてついでというばかりに女子訓練兵を空中でキャッチした。

 

 

「大丈夫?」

 

 

「//マキマさん。……ありがとう。ケガはしてないよ」

 

 

彼女をお姫さま抱っこして、近くの木に停まる。

 

 

「気を付けて」

 

 

女子訓練兵を下ろして、そのまますぐに飛び去っていく。

 

 

「ほらの? マキマを空中で飛ばせておくのも悪いことばかりではない」

 

 

 彼はマキマにライフセーバーとしての役割を課していた。一人で好きに飛び回らせて訓練での事故を見張ってもらっているのだ。このように事故を見かけたら助けてくれる。女子の場合は優しく抱き止めてくれるのでかなり好評だ。男子の場合、服かワイヤーを捕まれて空中で宙ぶらりんにされるが。

 

 この教官は以前からマキマが本気で飛べば、誰もついていけないことを見抜いていた。班行動はマキマにとって手を抜いて班員に合わせること。ならば彼女の力を最大限に引き出す運用方法は、単独行動が一番だ。訓練兵団、卒業後もそれは同じであろう。教育者として彼は、未来も見据えてマキマという才能の塊を腐らせない、訓練内容を考えていた。

 

チームワーク? 一人の超人には、全てが意味をなさない。

 

 

「……ここは彼女には見えていないほど遠い位置だったと思うのですが。それにやはり速すぎる」

 

 

「空間把握能力が高いのじゃろう。彼女の目のよさはアンカーを撃つ場所に迷いがなく的確なことからも分かる。その分最速で移動に適した場所を刺せるらしい」

 

 

普通の人には離れて刺さったアンカーの位置を正確に見ることはできない。だいたいで判断するのだが、マキマは違った。常に最適な場所にアンカーを刺す。さらにワイヤーを巻き取るのに、少し工夫を入れているのだが、ここではそこまで触れない。各訓練兵の評価をまとめてある、書類を見て訓練教官は戸惑い気味で呟いた。

 

 

「筋力、器用さ、体力、俊敏性、集中力、統率力、馬術、立体機動、対人格闘、座学。全てが文句なし。というよりほとんどが常人の域を超えていて、評価項目の上を行っています。点数をつけられない」

 

 

 マキマを評価するとき、規定された評価項目が当てにならないのだ。例えば時間内にできるだけ倒しなさい。10体で10点満点です。そこで一人で軽く30体以上倒してきてしまうマキマは、10点以上、それ以上評価できないことになる。

 

 

 団長も彼女の紙を見た。そこには驚くべき数字と評価の言葉が並んでいる。

 

 

「ハハハハ、評価不能か。確かにこんな生徒、わしも見たことも聞いたこともない。欠点はどれどれ……、他者と進んで関わろうとしないこと。そして何を考えているか、分からん事か。……ふむ、性格面でも中々度し難いようじゃな」

 

 

二人が眺める書類、性格面の評価は続けてこう書いてある。

 

 

『しかし変に見下すこともなく、他者を思いやる感情はある。頼まれれば面倒見も悪くない。同期の中では尊敬の念を集めて慕う者も多い。リーダーのような他者を従える高いカリスマ性もある。一部の訓練兵の中に彼女をまるで崇拝しているような者もチラホラ存在している。憲兵団を志望しており、そのため訓練にはかなり前向きな姿勢を見せる。極稀にずれた言動をする場合があるが、教官には従順。はっきりとしないが特有の信念を持ち、その原理で行動しているようだ。なぜ他との交流に消極的気味なのかは不明』

 

 

多くはマキマにとってプラスの言葉が続く中、だが最後にはこのように付け加えられている。

 

 

『マキマ・ランス。どの分野においても規格外な兵士。しかしながら彼女の人格を評価するうえで、これだけは述べておかなければいけない。実際の彼女の性質は、“良く分からない”、この一言に尽きる。いかなる状況、そしてどの訓練においても彼女が表情を崩すことがない。それが彼女の心理面の観察を非常に困難にしている。よって上記の性格評価も、他の訓練兵たちの聞き伝手による部分が多くを占める。彼女の深層心理はまさにブラックボックスのようだ』

 

 

 訓練兵たちの性格面の評価を担当する教官は匙を投げていた。麗しいマキマのご尊顔が変化することが少なすぎるからだ。だからレポートの書類に、言い訳のような言葉が綴られているのは仕方がない。彼女はほとんどが真顔で、時折からかいの表情や微笑を魅せるだけ。人は限界状態の時に、本性が出やすい。だが彼女は少し不機嫌になっても、眼圧が高くなるくらいだという。外から担当教官が観察するくらいでは、何を考えているかさっぱり分からなかった。

 

 

「まあ、これもほとんど欠点の内に入らんじゃろう。彼女は訓練への姿勢を鑑みるに兵士としての意欲は十分じゃ。兵士として問題解決能力が高ければ、多少鉄仮面でも何も問題はない」

 

 

「……そうですね、今後彼女並みの兵士が現れることはないでしょう。まさに訓練兵団史上、最高傑作の逸材です」

 

 

 彼女が訓練兵団で残した“伝説”は数知れず。特に立体機動で達成したスコアは、凄すぎて意味が分からないほど。表情が変わらないということは、裏を返せば訓練兵団が与えたどんな訓練も、彼女には全く苦痛にならなかったこと。もちろん今期の訓練がぬるかったわけじゃない。死人も数人出ているのだ。それを軽くこなしてしまうのがマキマであった。

 

 だから彼女の表情が乏しいことは小さな問題でしかない。というより訓練兵団が彼女に、見習い兵士として成長できる苦い試練を、与えられなかったことの方が問題なのだ。教官たちの幾ばくかはそう考えるようになっていた。とにかくどんな課題を与えても、軽く解決してしまう、まさしく兵士として最高傑作の人材なのだ。

 

 

「そうじゃな。……それに彼女だけじゃない。今期の兵は“最高傑作”の背中を間近で見てきた者たちじゃ。彼女に影響を受けて、良い目をしておる」

 

 

 自習時間になり、数人の訓練兵が地面に下りたったマキマを囲む。指導を頼んでいるのだ。“異常に目の良い”彼女にお願いすれば、的確なアドバイスを返してくれるから。最近の恒例行事となった、この補習に成績上位陣はこぞって参加していた。今回は隊列維持の練習だろうか。全員で一緒に立体機動で飛びたつ。先頭を飛ぶマキマに、兵たちの追い縋ろうと必死な顔が教官たちから見えた。

 

 

「憧れというやつですね」

 

 

 先の訓練兵たちを見た教官の言葉は、どこか懐古の感情が乗っていた。教官は訓練兵時代を思い出しているのかもしれない。

 

 

「彼女に少しでも追い縋ろうと励む。彼女と進む道を違えても、脳裏の雄姿が憧れとして残り、今後の彼らの成長を支えるだろう。憧れとはそういうものじゃ。彼らは優秀な兵士になるだろうよ」

 

 

「……ええ、本当に。……時代を変える兵士になってくれるかもしれませんね」

 

 

「……ふふ、時代か。……そうだとよいの」

 

 

 二人の教官たちは感慨深い表情で述べる。教官である彼らも、最高傑作の誕生を間近で見たものたちなのだ。マキマの影響は教官たちにも及んでいた。もうすぐ今期の訓練兵の卒業を迎える。3年間の集大成を評価され、成績上位十人もここで発表される。

 

今期の訓練兵たち、彼らが一人前の兵士として旅立つ時はすぐそこまで迫っていた。

 

 

 

****************************

 

 

「心臓を捧げよ!!!」

 

 

「「「ハッ!」」」

 

 

 陽が沈んですぐの練兵場。整列した訓練兵たちの顔を焚火がてらてらと赤く照らす。整列休めの姿勢で佇む訓練兵たち。ここは3年前の入団式と同じ場所にもかかわらず、彼らの雰囲気は全く違うもの。厳しい地獄のような訓練を経験したのだ。面構えが違う。

 

 

「本日をもって訓練兵を卒業する諸君には3つの選択肢がある。壁の強化に努め、各町を守る駐屯兵団。犠牲を覚悟して壁外の巨人領域に挑む調査兵団。そして王の下で民を統制、秩序を守る憲兵団。無論憲兵団を希望できるのは、成績上位10名だけだ。ではこれより、成績上位10名を発表する。呼ばれたものは前に出ろ」

 

 教官が紙切れを取りだした。そこに成績上位10名の名前が書かれているのだろう。いよいよ成績上位10名が発表される時が来た。それに対しほとんどの兵士たちに緊張はなく、堂々としたもの。誰が呼ばれてもその者たちを祝福する。結果は結果だ。それを受け止める覚悟はできている。

 

 

「10番 ソフィア・フィッシャー!」

 

 栗色の髪の比較的小さい体格の少女が興奮気味の笑顔で前に出る。座学の成績は抜群、体力面が少し劣るがマキマたち周囲のカバーと彼女自身の努力で上位を死守した。よくお世話になったマキマさんには、恩を感じている。喜んで抱き枕になっていた。

 

 

「9番 モブリット・バーナー!」

 

 緑がかったベージュの短髪が特徴的だ。薄い顔立ちの優しそうな笑みを浮かべて前に出る。寛容な性格で、周囲への気配りやサポートが得意。器用貧乏な所がある。座学や馬術でも好成績を残す。

マキマさん‼ あんたワイルドすぎるよ‼

(馬術訓練の一幕、女子と二ケツしながら馬を自由自在に操るマキマを見て)

ぶはっ、マキマさんっ‼ 人の心はっ、ないんですか!? 

(対人格闘で当たりくじを引いて)

 

 

「8番 リコ・ブレツェンスカ!」

 

 銀髪短髪の小柄なメガネっ娘。堂々とした表情で前に出る。鋭い斬撃を持ち、小回りな機動が得意。知的で冷静沈着。小ちゃくて可愛い容姿のくせに、ちょっと皮肉屋な所がマキマのドストライク。マキマの初の友達で、彼女との距離の取り方は一番上手い。自分の意思をしっかり持つタイプ。猫可愛がりしてくるマキマの信奉者になるわけでなく、しっかり友達としての距離を保てるのも、意思が強い証拠である。

 

 

「7番 イアン・ディートリッヒ!」

 

 薄い金髪の長身の兵士が、微笑をこさえて前へ出る。ここに来る前は、駐屯兵を親に持つただの甘たれ小僧だった。けれども馴染みのリコやマキマの背中を間近で見る中、訓練兵の中で一番の成長を遂げる。まだ若者特有の青さがあるが、予測不明な事態でここぞという力を発揮する。マキマやエリザベスの落盤事件も教官が指示を出す前に、率先して救出チームを指揮していた。マキマは彼のことを未だにクソガキだと思っているが、仲間思いでありやる時はやる所は評価している。

 

 

「6番 エリザベス・マイヤーズ!」

 

 濡れ羽色のセミロングの髪をなびかせて、前に出たのはエリザベス。少し赤い顔は照れを含んでいるようだ。人一倍の負けん気と努力で成績を伸ばした。マキマとは例の事件以降仲良くなった。その後は積極的に彼女の指導を乞い、飛躍的に立体機動を向上させる。そこにはマキマの指導を吸収する素養があったことが確かに分かる。

(恋する乙女は甘く芳醇。夜のお供にこれほど最適なものはない)

 

 

 

「5番 ゲルガー・シュルツ!」

 

 この日にために、使用するポマードを変えたゲルガー。いつもより艶のあるリーゼントで気合が入っている。そのまま満足気に前に出る。彼の特技はがっしりとした体躯から出る豪快な斬撃と荒々しくも大胆な立体機動術。同期の中ではムードメーカー的存在。うるさいけど、場を明るくもしてくれる。精神面も成長した。ここへ来る前はそれなりに裕福な酒屋の五男坊だった。家業を継げないことにグれて、町のガキ大将をしていたが、13歳で訓練兵に叩き込まれた。実はガキ大将していた頃に、ナナバにボコされた経験がある。それ以来ナナバを目で追っているのは内緒。モーゼスとは初期は反りが合わず張り合っていたが、その内互いを認め合う良きライバルで、親友となる。マキマの人外パワーから出る、首狩り技や他の派手な技を習得したくて、マキマを付きまとうことも。

うざかったが、でも酒を貢いでくれるので、しょうがなく適当に教えた。(でも出来るとは言ってない)

 

 

「4番 ナナバ・シュミット!」

 

 一見すると男性に見えてしまうような中性的な美少女。金色の短髪が爽やかだ。そんなナナバがキリッとした表情で前に出る。立体機動の腕はトップクラス。長い手足としなやかな長身で魅せる無駄の少ない動きは、マキマでさえ“かっこいいね”と称するほど。対人格闘術ではマキマを師匠と呼ぶことも。その成果もあり、頭角を現していた。この子との同衾はフルーティーな香りがして、快楽物質を発生させる。意外と見た目に反して甘えてくれるところが非常に得点が高い。でも私はお父さんじゃないよ。

 

 

「3番 トラウテ・カーフェン!」

 

 ミディアムボブの薄い金髪がさらりと光りを反射させる。鋭く目を細めながらトラウテが前に歩みを進めた。釣り目がきつい印象を与えるが、十分の美少女である。戦闘モードのポニーテール姿が一部の男子の間でギャップ萌えを誘う。彼女は全ての科目で優秀な成績を残した。次席との差もほとんどない。親が憲兵のお偉いさん。親から優秀な憲兵となれるようなスパルタ教育を受け幼少期を過ごす。親の言いつけ通り首席を狙っていたが、同期に化け物がいたので不可能となる。初期はマキマに対抗心を燃やすが、悔しいとかいうレベルじゃなかった。若干選民思想に染まっており無能な同期を見下す反面、強さに対しては真摯で、純粋に実力によって人を判断する一面も。圧倒的な強さを持つマキマのことは尊敬しているが、心までは落ちない。同期の中で頑なに同衾を許さなかった。「馴れ合うつもりはない!!」

 女の子の嫌がることはしない主義のマキマさん。だから気配を消して寝床に忍び込まれていたことを、彼女はまだ知らない。上位陣がマキマに指導を受け強くなる中、途中から補習に参加するようになった。

 

 

「2番 モーゼス・ブラウン!」

 

 187cmという長身に、鍛え抜かれた筋肉。引き締まった顔の漢が前に進む。兵士としての高い才能を持ちながら、誰よりも愚直で努力の人物。立体機動の才能は特に高く、マキマが未来のリヴァイ兵長のまねをして遊んでいた回転切りを見て、唯一訓練兵ながらも成功させてしまったほど。同期の中で一番マキマの領域に近づけたことを、高く評価されている。公明正大で真面目過ぎる性格がたまに傷。だからこそ皆に頼られる兄貴分的存在でもあった。エリザベスという彼女がいるリア充でもある。友達の彼氏になった後は、マキマの態度もかなり軟化した。うん、指導してもいいけど、おみやげはないの?

 

 次席までの発表が終わる。発表している教官は持っていた紙を下に下ろした。なぜならばもう見る必要がないからだ。ここいる教官を含める全員が、この発表の前から、次に呼ばれる人物を確信している。皆の視線が一人の訓練兵に集まった。

 

 

「そして、首席! マキマ・ランス!」

 

 

 マキマが前に歩みを進める。その歩みはいつも通りは悠然としたもの。赤い三つ編みを後ろで揺らして、モーゼスの隣に立った。教官は今一度はマキマの表情を伺う。だが表情は相変わらず、読みにくい。しかと開かれた同心円状の瞳は、真っすぐ前を向く。そんな彼女の瞳は、一体何を映しているのか、訓練兵団入団式以降ついぞ教官には分からなかった。きっちりと結ばれた唇は、微妙に弧を描き、微笑んでいるようにも見えるし、そうでないようにも見える。首席という成績を残した彼女は今何を考えているのだろう。教官たちの思いを他所に解散式は進む。

 

 

「以上十名。……私は正直に言おう。今期の兵士たちは優秀であったと。諸君は血反吐を出るような厳しい訓練を耐え、さらに良い成績を残したのだ。諸君たちを私は誇りに思う。……皆よく頑張ったな。……ただし、これはあくまで訓練上の成績であり、実践で能力を発揮できるかどうかが重要だ。成績上位に入らなかったものも、よく考えておけ。自分に何ができるのか、何を為すべきなのかを」

 

 

教官たちは訓練兵たちの顔をもう一度見渡した。

 

 

「皆良い顔だ。今日は卒業の日、お説教はここまでにしておこう。……後日、所属兵科を問う! いいか! 例えどの進路に行こうとも、ここでの成長と学びを忘れるな! これからはお前たちが時代だ! 諸君が兵団の未来を切り開いてくれることを私は信じている! 南区訓練兵団、教官一同、諸君らの栄達を心より祈っている! 敬礼!」

 

 

 壇上にいた教官たちが一斉に、訓練兵たちに向かって敬礼をする。教官たちは一端の兵士となった訓練兵たちへ敬意を示したのだ。

 

 

「訓練兵、一同。敬礼」

 

 

 訓練兵を代表してマキマが号令をかける。訓練兵たちが教官たちへ敬礼を返した。練兵場に心地よい夜風がそよぐ。卒業を終えた訓練兵たちを祝福しているように。

 

 

******************************

 

 

「「「「「かんぱーーーーーーーい!!!!!」」」」」」

 

 

駐屯兵団の食堂を貸し切って、訓練兵団の卒業を祝う立食パーティーが開かれていた。乾杯の音頭が次々に取られ、果実酒や御馳走とともに皆思い思いに歓談を楽しんでいた。

 

 

「みんな! 聞いて欲しい! ……ここまでみんなで来れて、僕は本当に嬉しく思う。これもみんなが団結して支え合ったおかげだ。今後道を違えても、僕たちは仲間だ。次席の僕だけど、みんなに感謝を述べたい。みんなありがとう!」

 

 

「アハハハ、いいぞー、モーゼス」

 

 

「//か、かっこいいわー! モーゼス!」

 

 

イアンとエリザベスがモーゼスに声援を送っている。

 

 

「……モーゼスの仕切り屋も、これで見納めだと思うと、いつもとは違って何か感慨深いものを感じるよ」

 

 

「ハハ、リコは相変わらず皮肉屋だな。でも、仕切り屋がいて良かったんじゃないか。うちらの真のボスは仕切りたがらないからな」

 

そう言ってナナバは、モーゼスの演説を尻目に酒と御馳走に舌鼓を打っているマキマの方を見た。マキマはナイフとフォークを使いながら、上品に食事を続けている。流れるように手を動かして、丁寧な食器使いだが、彼女の飲み食いのテンポはかなり早くなっていた。

 

 

「……うん? ……みんなも食事楽しんでる?」

 

 

不思議そうなマキマを見て、リコとナナバは顔を見合わせて、微笑んだ。

 

 

ゲルガー「首席様の言う通りだぜ。この酒は、うちの商会が今日のために卸した品だ。ありがたく飲めよ、おめぇーら!」

 

 

マキマ 「うん、喉越しが滑らかで、食事にも合うね。美味しい。おかわりしてもいい?」

 

 

ゲルガー「さすが、マキマだぜ! 分かってる! いいぜ! どんと飲んでくれや」

 

 

ナナバ 「お酒のことだけは、意気投合するよな、ゲルガーとマキマは」

 

 

イアン 「酒だけじゃない、この肉料理を見てみろ。牛肉だ!! 信じらんねーぜ」

 

 

ミタビ 「うん、公費で肉を食えるなんて最高すぎる」

 

 

 イアンとミタビは、酒よりも貴重な肉料理にご執心なよう。訓練兵団の給食で肉なんて滅多に出ないのだ。いつもの食事より豪華なメニューに感激している訓練兵は多い。マキマもその内の一人だったりする。

 

ゲルガー「でもこんな風にみんなでワイワイやんのもこれで最後とはな」

 

 

ゲルガーは酒をちびちび飲みながら、思わずそう零した。

 

 

ナナバ 「ゲルガー……」

 

 

リコ  「私はこの三年間、結構楽しかったよ。そりゃ、きついときの方が多かったけど」

 

 

イアン 「そうだな。ここには色んな奴がいて、色んな考えの奴がいた。ぶつかる時もあったが、おかげで退屈しなかったよな」 

 

 

ミタビ 「ああ、本当に良い経験ができた」

 

 

皆少し湿っぽくなっているのかもしれない。

 

 

ゲルガー「ま、違う道に行っても、またいつか集まって、一緒に飲み明かせばいいんじゃねーか?」

 

湿っぽくなりすぎないように、ゲルガーはそう言った。皆も頷く。

 

 

ゲルガー「そんときゃ、マキマもちゃんと来てくれよな」

 

 

皆の視線がマキマに集まる。孤高が似合う首席はテーブルの上にあったワインの瓶を手に取り、そのまま直で口につけ飲む。彼女の扇情的な喉ぼとけがゴクゴク動くのが見える。

 

 

「……ぷはっ」

 

 

皆マキマの仕草が勿体ぶったものに感じる。

 

 

「…………前までご飯は穏やかに食べたいと思っていたけど、……騒がしく食べるのも楽しいね」

 

 

 

皆の顔がぱあーっと、花が咲くように明るくなる。

 

(行くとは言ってないのに)

 

彼女はそんな風に思った。

 

 

しばらく皆で歓談していると、モーゼスとエリザベス、それにソフィアが寄ってきた。

 

 

「食事も一段落ついた頃だ。ここらで出し物でもしないか」

 

 

「……モーゼスが歌を聞きたいっていうのよ、ねぇ、マキマお願いできない?」

 

 

「今日で最後だから、みんなで明るく終わりたいんです、マキマさん!」

 

 

 夏山訓練以降、たまに歌を希望されるので、マキマは何度か披露しており、それは今期の訓練兵のもはや恒例行事と化していた。男女ともに彼女の歌のファンは多い。マキマも歌を希望されるのは、なぜか悪い気がしないのだ。

 

 

「いいよ。……リコちゃんたちも一緒にどう?」

 

 

 パーティー会場にギターの演奏と賑やかな歌声が響く。明日から訓練兵たちは訓練兵ではなく、正規の兵士となる。皆それぞれの進路に進むが、今日までは三年間苦楽を共にした仲間なのだ。その仲間との最後の時間を楽しんでいた。

 

 

「よーし、盛り上がってきたな。次は教官のモノマネ選手権だ! どんどんぱふぱふ!!」

 

「じゃあ、俺からだ!!」

 

「アハハ! いいぞもっとやれ!!」

 

 

 

一人を除いて、彼らは知らない。

 

翌年には壁が破られることを。

 

壁は約100年間破られたことはなく、兵士のほとんどが巨人と直に相対することはない。

 

海の向こうから驚異が迫っていることなど、誰も想像すらしていない。

 

だから……楽観的な若人にとって、未来は明るく期待に満ちたものに見えた。

 

この時はまだ、、、

 

 

*******************************

 

 

 パーティーが終わり、皆兵舎に帰っていく中、酔ったわけではないがマキマは一人でいた。彼女は夜風を浴びていた。通りの階段で一人座黄昏れるマキマに声がかかった。

 

 

「あ、マキマさん、いたよ!」

 

 

ソフィアの声だ。

 

 

エリザベス「演奏を終えて、いないと思ったら、こんな所にいたのね」

 

 

モーゼス 「でも見つけられてよかった」

 

 

マキマは自分を探してたという彼らを見る。

 

モーゼス、トラウテ、ナナバ、ゲルガー、エリザベス、イアン、リコ、モブリット、ソフィア、ミタビ。

 

自分を含めて成績上位組が勢ぞろいだ。

 

 

マキマ  「……みんな何か用?」

 

 

リコ   「このメンツに覚えはないか?」

 

 

マキマは少し思案して、なるほど、と手を打った。

 

 

マキマ  「立体機動の補習組?」

 

 

ナナバ  「ご名答だよ、マキマ。私たちはマキマによく世話になっただろ」

 

 

イアン  「みんなで世話になった分、お礼しようってことになってな」

 

 

するとエリザベスが前に進み、一つの箱を差し出してくる。

 

 

ミタビ  「要するにお礼のプレゼントだよ」

 

 

マキマが受け取って箱の中を開けると、花をモチーフにしたネクタイピンが入っていた。

 

 

マキマ  「これは……百日草?」

 

 

エリザベス「そうよ! フフフ、綺麗でしょ? アンタ、ネクタイ好きじゃん」

 

 

マキマはネクタイピンを手に取ってみる。ピンクと銀色の装飾が輝やいてとても綺麗だ。

 

 

(アクセサリーなんて大量生産できるものではないから、良い値段しただろうに)

 

 

モブリット「結構みんなで悩んだんですよ。マキマさんに相応しいものをってね」

 

 

ソフィア 「そう高いものじゃないんですけどね。みんなで持ち寄って買ったんです」

 

 

トラウテ 「私は……発起人のエリザベスと、モーゼスがしつこくて、仕方なくだな、、、」

 

 

(それでも私のことを考えて、選んだプレゼントなんだろうね)

 

 

ゲルガー 「まあ、今期の出世頭なお前との縁は大事にしておきたいだろう? そん時に出世払いしてもらおうってとこだな、ガハハハ」

 

 

マキマ  「みんな、ありがとう。……大事に使わせてもらうね」

 

 

そう言ってみんなに、深々と頭を下げた。

 

 

モーゼス「喜んでもらえて何よりだ。マキマ、俺たちが好成績を残せたのも、君のお陰だ。僕たちは君から多くを学んだ。君が憲兵団に行っても、俺たちは応援するよ」

 

 

マキマ 「もう調査兵団に引き留めたりしないんだね」

 

 

モーゼス「『人には人の考えがある。人間は多種多様だということを理解しなさい』君に何度も言われたことだからな。それに、君なら憲兵団を内側から変えてくれるんじゃないかと、期待しているんだ。僕たちが君のお陰で成長したように」

 

 

(ここまで懐かれちゃうとはね、、、人間と言う奴は、度し難いね。成長か……って、あれ? 私、結構な原作改変しちゃってるかも? それに訓練兵団って、普通こんな仲良いもんなの?)

 

 マキマは知らない。皆が圧倒的な首席に憧れることで、奇妙な連帯感が生まれてしまっていることに。本来の歴史では、皆で歌を歌うような青春展開もなかったのだ。マキマの後悔はもう遅い。

 

翌日、それぞれが、兵科の選択をすることになる。今期の南区の訓練兵で憲兵を選んだのは、たったの二人。

 

 

マキマ・ランスとトラウテ・カーフェンのそれのみであった。

 




これでやっと訓練兵時代の話は終了です。次回から新章が始まります。

ちなみに教官モノマネ選手権で、マキマさんは座学担当教官のチョーク投げLv99を披露しました。
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