「中将! 我々は決起すべきです! このままではこの国は終わりです!」
「その通りだ! 議員どもは人気取りしか頭にないのであります! この国の危険な状況を全く理解していない!奴らに天誅を下すべきであります!」
「いいですか、中将! 中東連合の新造艦によって、マーレ海軍が保有する戦艦全てが旧式となりました。これは恐るべき事態です。このまま新型戦艦研究計画を中止すれば、我が海軍は旧式艦艇の数だけは多い、烏合の衆となり果てます!」
「あのおぞましい巨人兵器は信用に足るを得ず! 我々は今こそ技術革新を急ぐべきなのです!」
「そうだ! 知性巨人は危険すぎる! マーレに恨みを持った者に継承されればどうなることか! 完全に制御できないものを兵器として利用するなど言語道断!」
「この国の行方を正すため、クーデターによって臨時政権を樹立するべきなのであります!」
うるさく唾を飛ばしながら喚く者たち。彼らの多くは海軍の青年将校たちだ。それに戦士隊を危惧する一部の陸軍将校や改革派の官僚たちが加わる。部屋の隅には古くに血を分けた一族の末裔たちもいた。彼らも意を賛同してこの場にいるのだ。
ローマン中将はそんな彼らを尻目に、会食場の窓からすっかり暗くなった空を見た。そして彼らに視線を戻す。
「この国は市民革命を経て、国民主権の民主国家に移行したのだ。その革命には少なくない血が流れた。
それを不意にして軍事政権を作ろうとほざくか? 貴様らは国家転覆を図る国賊だと自白するのか? この私の前で!」
ローマン中将は、その重い口を開いた。軍を引退した後も鍛錬を欠かせない彼の眼光は鷹のように鋭く青年将校たちを貫く。
「……で、ですが、中将! 政治家どもは植民地派の財閥と癒着するものばかり、もはや民主政治というより財閥政治でしょう。国民はそれに操られているだけです!」
「それは俺らも同じだろう。軍上層部は造船業界や武器商など軍産複合から接待されているはずだ」
ローマン中将の息子である、ツィルマン大佐も静かな声で反論する。この世に全くクリーンなものなど少ない。だが他人を糾弾する声だけはでかくなるもの。
「その話はよい。……そもそも名誉戦士隊の設立は、わが軍の不甲斐なさが引き起こしたもの。軍に向けられる国民の目も厳しい。先の戦争での我々の失態を棚に上げ、自分の意見が取り入れられないからと、クーデターを起こすというのは、軽慮浅謀に過ぎる」
「しかし、ローマン中将! そのまま巨人兵器頼りのドクトリンでは、陸海軍はますます陳腐化したものになるでしょう。このままではいかんのです!」
「……それは私も同意しよう。それならばそれを話し合いで解決すればよい。クーデターなど、そんなもの国民が納得するとも思えん。そもそも上手くいかんだろう」
「だからこそ中将閣下に前面に立って頂きたいのです! ローマン中将閣下やツィルマン大佐が決起に賛同するとならば、陸海の将校の多くが従うと思われます!現に海軍将校の半分は、中将閣下の下ならばと、奮い立っての蜂起を既に約束しております!」
「然り! シューペア家の御威光を以てすれば、クーデター直後の混乱も最小限に済むと思われます! その後閣下には臨時大総統に就任して頂き、この国の舵取りを担って頂きたいのです!さすれば必ず国もひとつにまとまることでしょう!」
ローマン中将に詰め寄って、尚も必死な形相で訴える青年将校たち。そこには確かに自国を憂う義憤の表情があった。
「はぁ……少しここらで休憩せんか。すまんが、ちと疲れた。それに貴様たちの言葉を良く反芻したいのだ」
「そうだな、親父。お前らも議論に熱を上げすぎだ。少し頭を冷やした方がいいだろう」
夕食の時間からずっと議論していたのだ。体は衰えていないとて、御年七十の老将軍に無茶をさせているのに変わらない。
ツィルマン大佐の言葉もあって、一時論議は中断。シューペア家の父と息子はともに会場を離れて、二階の中将の書斎へと向かった。
ツィルマンは二つのグラスを用意して、そこにウィスキーを注ぐ。一つを父親に渡した。それを合図に自分の父親に質問を投げた。
「……親父どうするつもりだ? クーデターに乗るか、乗らないか。どんな判断でも、俺は親父の意見に従う」
「ツィルマン……我が家の家訓を知らぬお前ではあるまい」
「『我が一族、政治に関わるべからず』か」
ツィルマンは書斎に掛けられている一つの肖像画を見る。
その人物こそ、シューペア家の家訓を作った人物であり、ツィルマンの大伯父でもある。そして世界の英雄でもあった。英雄へーロス、その人だった。
巨人大戦以降、シューペア家の地位はそこらの王族よりも高いものになった。なんせ英雄の一族なのだ。現在でもマーレ国内で一番名誉な一族とされ、その発言力は比肩するものはない。あのタイバー家でさえ霞むほど。そしてその影響力の大きさについて、一番危機感を持っていたのがへ―ロス自身でもあった。
英雄の一族がさらなる火種となっていはいけない。人類の矛であり人類の英雄たらんと、一族を家訓で縛った。影響力があるこそ、政治に口を出してはいけない。ただただ人類の守護者であれと。巨人大戦も元は内戦がきっかけだ。エルディア帝国の滅びを最も身近に見てきたのがへ―ロスなのだ。
「だが親父、時代は変わるもの。政治に関わらないというのは、シューペア家が政治について目を背け、その責任を放棄していたという意味でもある。その古い家訓こそ、捨て去るべき慣習ではないのか」
ローマン中将は渡されたストレートのウィスキー、その香りを確認した後、グビっと口に入れる。熱い感触が喉をチリチリと刺激する。
「……私はクーデターなど、国民を裏切る何よりも卑劣なものだと思っている。武力で達成した改革などは往々にして同じ武力で崩れるもの。
お前たちが面会を申し出た時も、冷静に諭し、それでも軽挙妄動に走ろうなら、私自ら成敗するつもりだった……」
ローマン中将のは拳を握り締める。だが顔は苦くて悶々とするもの。彼とて国を憂う若者たちを殺したくはない、それに……。
「……親父も迷っているんだろ。このままではこの国は緩やかに死んでいく。改革が必要だと。最近親父がよく政府に顔を出すようになったのも口を出すためだろう?」
「……ああ、そうだ。すでに私は家訓を破っている。……私は兼ねてより改革が必要であると政府に訴えてきた。あの青年将校たちと考えは違うが」
「違う考えとは? 名誉戦士隊のことか?」
「ふん、問題はそんなものではない。我が国は外敵を抱えすぎていることが最大の問題なのだ。列強全てと関係は悪化し、植民地では独立を企てる反乱分子が多く潜む。内外に敵ばかりを抱えて、わが国の帝国主義的外交はもはや限界なのだよ。根本的な解決は、巨人兵器や兵器の研究開発などではなく、敵を減らすこと」
「それはつまり……」
「植民地を独立させる。そうすれば敵は外だけで済む」
「官民が心血を注いで維持してきた植民地をむざむざ捨てるのか?」
「植民地の維持に国が疲弊しては元も子もないではないか。それに解放したところで、しばらく植民地政府だけで到底自衛などできんのだ。
独立させた後も、楔を打ち込むことは容易い。穏便に解放すれば、植民地たちを防波堤として利用できるだろう。その間に列強との争いやパラディ島問題を解決すればよい」
「国防の観点では合理的だな。だが……」
「そうだ。政府や参謀本部にはまったく聞き入れてもらえなんだ。いや、正確にはお茶を濁されたというべきだな。議員の多くが、植民地に利権を持つ財閥と組んでおるからな。国防には理がある策でも、政治が絡んではどうにもいかん。国民も国の威信が下がることを許容するかどうか」
「世知辛いな」
二人はもどかしい状況を紛らわすようにウィスキーを胃の中に入れる。それからローマン中将は決意したように言った。
「とはいえ、武力で解決しようというのはやはり論外だ。クーデターには賛同できん。だが、状況が切迫しているのも理解できる。未だ巨人の力で他国を抑えられている、今こそ改革する最後の機会だからな。
であるならば……仕方あるまい。
これより家訓を破り、国政に本格的に働きかける。まずタイバー公、彼と会談しよう。あの芸術脳も引っ張ってくれば、少しは役に立つ。次に植民地の旧王族たちと会合を設ける。最後にはなんとかして、政府を話し合いの場に引きずりだすつもりだ」
「では俺があいつらを説得しよう。あんな奴らでも軍人としては優秀なものばかりだ。殺すには惜しい」
「青二才だがこの国に足らんものが見えている者たちだからな。お前が変な気を起こさぬよう監視して、上手くコントロールするのだ」
「了解した、親父。……そろそろ戻るか」
ツィルマン大佐は名残惜しそうに、ウィスキーのボトルを見ながらため息をつく。
「そうだな、ったく、果たして私が本当に隠居できる日は来るのか」
中将は今後の自分の隠居に不安の言葉を零してしまう。
「フッ、親父はまだまだ現役だ。ジーニアの明るい未来のためにもしっかい働いてくれ」
「そう言われてしまえば、何も言えんわ、フハハハ」
自分たちの血を受け継ぐあの赤髪の少女のことを思えば不思議と力が湧いてくる。
ツィルマンにとっては愛する妻との初めての子であり、ローマン中将にとっても彼女は初孫。軍人一家の武骨な男たちだったが、そんな二人でもジーニアは目に入れても痛くないほど可愛く思える存在だった。
二人は最近のジーニアの成長について、少しだけ話し合った。やれあの子は万物の天才だと、絵も上手に描いただの、楽器も弾けるだの。洋服が何でも似合うだの。
そこには親バカと孫バカの二人の男がいただけだった。
そんな話をようやく切り上げて、二人が会食場へ戻ろうとしたときだった。
窓から眩い光がピカっと見え、その直後ドオォォォンンと、腹に応えるような音と地響きが二人の鼓膜を叩いた。
「……凄い雷だったぞ、一瞬昼間の様に光った」
「まったくだ。雨も降っていないというのに珍しいことだな」
ツィルマン大佐とローマン中将は、先ほどの雷の光と音の凄さに驚く。
「何かに落ちたかもしれんな。あっちは砂浜の方向だったか?」
「そうだ。……うむ、木に落ちて火でもついていたら大変だな。使用人に見に行かせるとしよう」
そしてツィルマン大佐は最後に酒を一飲みしようと、テーブルの上にあったウィスキーボトルに手をかけようとした。
だが途中でその手が止まる。
「……親父、なんだこれは?」
中に残っていたウィスキーが微かな波紋を作って、リズムよく揺れているのだ。
ローマン中将は、息子が奇怪な様相で見つめる、ウィスキーボトルを見た。
「こ、これは!?」
その時だった。それはまだ離れたところから発せられたようだが、感覚が鋭いシューペア家の人間には確かに聞こえるものだった。
ウオオオォォ、オォォォォォォォ、ウアァァァァ……
全身に鳥肌が立つような低いうなり声。
何なのかすぐに分かった。
巨人の咆哮。
「なんということだ! 至急皆を集めるのだ! 直ちに島を脱出せねばならん!! 」
「……っく、分かった!!」
ツィルマンはまず妻と娘にいる部屋に走っていき、ローマンは屋敷にいる人間に巨人襲来を伝え、各員に指示を出す。
この島の大きさは小さく、中心にある屋敷と大きな庭、それを囲む林、島の海岸を沿う砂浜、それしかない。つまり巨人から逃げる高い場所や地下施設など存在しない。
一刻も早く、島とマーレ本国を結ぶ連絡橋を渡るか、船で逃げだすか、それしかない。
「ダメです! 連絡橋の門兵と連絡がつきません! 電話線が切れているようです!」
「おのれ! エルディアの悪魔どもめ! 閣下を狙ったテロに違いないぞ!」
「戦うしかない!」
「大砲もないのに、勝負になるものか!!!」
「だが、この島から巨人を出せば、被害は拡大するぞ」
「そうだ!! ちょうどここの沖で第六艦隊の夜間演習が行われているはずだ!!」
「ではなおさら我々は早く逃げなければならない!」
巨人テロ。エルディア人差別の抵抗と評して、公の場所で自身の肉体を巨人化させ、民衆の殺戮や要人暗殺を行う。
マーレが建国されエルディアを要差別人種と指定してから、度々過激エルディア復権運動と連動し、巨人テロが起こるという歴史を歩んでいた。
屋敷にいた人々を会食場に全て集め、ローマン中将は家宝でもある槍を片手に使用人と話をしていた。
ツィルマン大佐も同じく槍を持ち、妻であるアマリリスさえ弓で武装している。青年将校たちの手にも小銃や拳銃がある。
各々武器を持って、使用人の報告がもたられされるのを待っていた。
アマリリスは心の中で祈っていた。先程の爆発音は本当にただの落雷で、巨人の叫び声は夫たちの聞き間違いであると。
そして屋敷の屋根に登って物見から帰ってきた使用人。この島で一番高い所は屋敷の屋根であり、この島の状況を把握できる。
「ハァハァ、…………き、巨人の数、およそ30体!こちらに向かっております! 地響きからお気づきかと思いますが、もうすぐそこに来ております! 砂浜から満遍なく発生した模様で、巨人を避けて海までたどりつくのはとても……」
顔面蒼白な使用人が声を震わせながら残酷な現状を報告する。
「30体だと!? 馬鹿な!」
「どうしてそんな数の侵入に気付かなかった? 警備は何をしていた?」
30体の巨人。それほどの規模のテロなんて数十年ぶりだ。
ますます慌てふためく人たち。
「今はそれを議論してもしょうがあるまい、連絡橋まで行けば逃げれるの……」
「――――ざ、残念ですが、旦那様、連絡橋には火の手が上がっておりました」
「なんと……」
さらに絶望的な知らせを聞くことになった人々。だが……彼らは知らない。約100年前の巨人大戦以降、マーレ人が巨人と相対するなど、それこそテロの時ぐらいだった。
だから彼らは知らない。巨人の足の速さを。砂浜からせいぜい2㎞しかない。島の中心の屋敷に到達するなどあっという間だということに。
悠長に会話する時間などないことを、知らなかったのだ。
突然屋敷が揺れた。レンガ造りの屋敷。そのどこかの壁の一角が何かによって崩されたのだ。
そして見えた。
朝の日の光を目一杯取り入れるために設計された一階の会食場の窓から、しゃがんでこっちを見る、でかい化け物の顔が。
オリ設定、てんこ盛りです。
マーレの軍事とか政治の話。
リアルの歴史を参考にしている部分があります。
長々としましたが、作者もちょっと齧った程度なので、マジレスはしないでね。