マキマさん顔で行く、進撃の巨人   作:トロマグロ将軍

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4:見知らぬ、古井戸の中

「「「に、逃げろー!!!」」」

 

 

そこにいた人たちは一心不乱に逃げた。背後で窓を破って化け物の腕が飛び込んでくるのが見える、誰かが一人捕まった。叫び声とともに、巨人が人を咀嚼する音が聞こえる。その音を背に、ある人は二階に、ある人は屋敷の厨房、ある人は部屋にあるベッドの下など、ばらばらに逃げた。

 

どこに逃げればよいか、誰が正解だったかは分からない。

とにかくあの恐ろしい化け物の姿を見てから、人間たちは組織行動をとることが出来なかった。

 

ローマン中将とそのツィルマン大佐、そしてその妻アマリリスと娘ジーニアの4人は、一部の人ともに庭に出る。ローマンやツィルマンは庭を抜け、連絡橋の方向を目指すつもりだった。そのまま泳いで本国まで逃げようと。

 

しかし庭にはすでに複数の巨人がいた。化け物の無機質な瞳がこちらを覗く。

 

 

「もう終わりだ!」

 

 

一人が絶望の声をあげる。

 

 

「総員!武器を持て、まだ希望は残っておる! 私と息子が道を切り開く! そのまま海岸まで走るのだ!」

 

 

「武器で目や足を狙え! とにかくひるませろ!」

 

 

英雄の一族。巨人殺しの勇者を先祖に持つ二人が声をあげた。そのおかげでなんとか士気を取り戻す。人々は団子になって走り出す。伸びてくる巨人の腕を二人が斬り飛ばす。銃を持った将兵が巨人の頭を撃つ。だが、全てをカバーできるわけではない。六体以上の巨人の中を進むのだ。何人も途中で食われてしまう。だが人を食っている間は巨人の足は止まる。その隙を見て皆は走る。

 

凄惨な光景だが、逃げるために他の人の犠牲を覚悟する他なかった。

 

 

 

「ぐあw、し、将軍! ご一緒出来て光栄でしたッ! ど、どうかご無事でッ! マーレぇー、万歳ぃーー!!」グチュア

 

 

 這う這うの体でなんとか一行は屋敷を囲む林まで辿り着いた。一行と言ったが、もう人間はシューペア家の四人だけしか残っていなかったが。残っていた部下の海軍将校が、たった今巨人に食われてしまったのだ。四人は林に逃げ込む。後ろを振り返る余裕などない。ジーニアも母親のアマリリスに手を引かれながら、必死に逃げた。

 

 林の中腹まで来た時、中将と大佐は追っ手がいないことを確認して、二人は足を止める。

 

 

「アマリリス、ジーニアを連れて先に行け!」

 

 

「なぜだ!?」

 

 

「泳いで逃げるにしても、島と本国の間にある海峡は水深が浅い! 巨人の多くは海でも追ってくるのだ!」

 

 

「そうだ。数を減らす必要がある!林の中では巨人も思うように動けん! そこになら勝機がある!」

 

 

義父と夫に諭されるアマリリス。少しの間逡巡する。

 

 

「私も戦います! 足手纏いではありません!」

 

 

「馬鹿者! お前は我らの宝だ! もしものことがあってはならん! 先に行け!」

 

 

勇敢にも可愛い声で参戦を希望するジーニア。だがそれを祖父に厳しく叱責されてしまう。

 

 

「分かったよ、義父様、ツィルマン。ただしもう一度会えると約束してくれ!」

 

 

大事な娘を見ながら、アマリリスは二人を置いて先に逃げる決意をしたのだ。

 

 

「ああ、お前を未亡人にさせるつもりはない!」

 

 

それを聞いて、アマリリスは娘の手を引っ張り走り出した。

 

 

グシャ、グシ、ガシュ、ゲシ

 

8mもほどもある木々が巨人によって踏み潰され、木々の悲鳴が聞こえる。ツィルマンの視線の端で二人の背中が木々の間を縫って遠ざかっていく。

 

 

「なあ、親父、さっきは数を減らすなどと言ったが、、、……全部ぶち殺してしまっても構わんだろう?

 

 

ツィルマンの雰囲気が変わる。先ほど妻娘に向けていた慈愛の表情など嘘のように、ニヤリと凶暴な笑みを浮かべていた。

 

 

「ふん、部下をたらふく食った木偶の坊どもに、思い出させてやるわ。我らが何の一族であるかをな」

 

 

対してローマンは首や手足の関節鳴らす。準備運動のように体を回しているが、その顔は怒りに満ちていた。

 

先ほどは複数の巨人に追われ、巨人と戦えるような障害物もない。だが今は違う。

巨人は繁茂する林の木に足を取られ動きが鈍くなる。

そしてなんとしても守らねばならない、“彼らの宝”もいない。

 

 

“これでやっと暴れられる”!

 

 

「ツィルマン、足裏の調子は問題ないか?」

 

 

「ああ、……最高だ。おっと、獲物が来たな。親父は左を、俺は右だ」

 

 

丁度木を潰しながら歩きにくそうにして、二体の巨人が寄ってくる。

 

 

「「はぁぁぁ!!」」

 

 

二人は“定石通り”持っていた槍を投擲した。ものすごいスピードで槍が巨人の顔面へ飛んでいく。

そしてなんとそのまま巨人の頭を貫いてしまう! 反対側まで槍の穂先が飛び出ているのが、その運動エネルギーを物語る。すでに駆けだしていた二人。そのまま脳を破壊されて棒立ちする巨人の背を、二人は駆け上がった。その姿は、まさにスルスルと木登りする豹のようだ。

 

何メートルもある高さの、巨人の背を登る。なぜそんなことが可能なのか?

 

それは、彼らが足裏のブーツにスパイクを仕込んでいるからだ。巨人の肉に食い込んで、外れなくするような特性の秘密兵器。足の内側にスイッチがあり、巨人に登る前に、足の内側同士をカツンと合わせると足裏のスパイクが飛び出るようになっている。

 

そのまま巨人の背を一気に駆け上がった二人は、うなじまで登頂して、腰に差していた二本のサーベルでうなじを切り取った。ズドーンと崩れ落ちる巨人の体と刺さる槍を利用して、地面に戻る二人。巨人を倒したにも関わらず、二人の息は変わらず平然としている。一応言っておくが、スパイクの存在があっても、垂直な肉の壁を登るには強靭な脚力が必要である。

簡単そうに見えるが、彼らは文字通り特殊な体質と訓練を受けているからこそできるのだ。常人は決して真似してはならない。

 

 

この林は巨人の馬鹿でかい体躯を鈍らせる場所、であるから……彼らにとって絶好の狩場。一対一で戦えるなら、巨人を屠ることは難しくはない。

 

英雄の一族、ここに極まれり。

 

遠い先祖より代々、巨人を殺す技術を受け継いできた。

巨人に対抗するために、職人技とまで言える技術は時代を超え、進化し昇華され今に至る。

実際に化け物と戦う機会がなくても、その技術を父や伯父たちから教わり、日頃の鍛錬を忘れたことはなかった。

 

 

 

「こんなものか」

 

 

「ふっ、安心しろ、親父。まだまだいる」

 

 

ツィルマンが指をさす方向から複数の巨人がやってくるのが見える。

 

 

千客万来だなァ!

 

 

二人はそのまま林での戦闘を継続することになる。

 

 

 

 その数分後、アマリリスとジーニア親子の方は林を抜けていた頃だった。

 

視界が開け砂浜や連絡橋が見える。連絡橋。大陸とこの島を結ぶ全長2㎞の橋で、車でさえ走ることが出来る丈夫なものだが……。

 

その橋は遠目で分かるくらい、島近くの部分で大きく損壊しているのが見える。橋の近くに停泊していた小型の蒸気船も、濃い煙を吐いて轟々と燃えていた。

 

どちらも巨人によってやられたのかもしれない。

 

 

「大丈夫。なんとかなる。お父さんたちが逃げる時間を稼いでくれる。お母さんと一緒に泳いで逃げるよ!」

 

 

「……う、うん」

 

 

巨人が蔓延る小島から脱出するためには、泳いで大陸まで逃げる方法しか残されていなかった。

 

 比較的浅く波も穏やかな海峡とは言っても、もちろん夜の海を泳いで渡るのはかなり危険だ。溺れないにしても、方向感覚が分からなければ沖に流されば、もう見つかりはしないだろう。だが巨人が迫っているのだ。やるしかない。今は人がいた屋敷に集まっているが全員食べられてしまえば再び散開して人を求め彷徨うだろう。何より自分たちを逃がすために戦う二人がいる。早く逃げなければならなかった。

 

 

 娘の手を取って、海へ向かって白い砂浜を走る。アマリリスは一端立ち止まった。そして砂浜に拾った棒を立て、その先端にハンカチを結ぶ。あとから来たツィルマン達に自分たちが逃げた方向を知らせるためだ。そして泳ぐために余計な服を脱いで、いざ海に入ろうとしたその時、アマリリスは夜の真っ暗な海にボートが浮かぶのを発見した。

 

 マジャイ族は非常に目がいい民族だ。雄大な自然が広がる新大陸。そこで狩りをして暮らすマジャイ族は普通の人より何十倍も目がいい。だから少しの月明かりで夜目が効く彼女は、洋上に浮かぶ船を見つけることができたし、船の中に5,6人ぐらいの人間が乗っているのが分かった。

 

海岸からおよそ400mぐらい離れた場所に浮かぶ船に、これ幸いと大声をだして、アマリリスは助けを呼んだ。

 

 

「おーい! 助けてくれー!」

 

 

泳ぐよりボートで逃げられるに越したことはない。

彼女の声を聞いたのだろう、船の上の人間は慌てて騒いでいるように見える。

こちらを認識してくれたことに、安堵する。漁船だろうか、とにかく運がいい。

 

だがアマリリスの頭のどこか、引っかかる。

なぜあの船は明かりも照らさずにいたのだろうか。まるで闇夜の海に潜んでいるようだ。

 

ヒュールルルルルル

 

アマリリスの頭上が明るくなる。ボートから放たれた照明弾だ。

 

 

「あの人たち、助けてくれるの?」

 

 

ジーニアがどこか不安そうな顔で、母に問いかける。

 

 

「ああ、これで私たちの位置をみつけくれ……ッ!? 

 

クッ、伏せなさい!!

 

 

ターン!!ターン! ターン! 不規則な破裂音。

 

 

咄嗟にアマリリスは娘の上におぶさった。

 

 

 そうあのボートの人員はアマリリスたちに、あろうことか銃弾を浴びせてきたのだ。

放たれた銃弾は辛うじて二人に当たらなかった。

 

 すぐにアマリリスは娘を抱いて立ち上がり、海とは反対側、つまりもと来た林の方向へ逃げる。戦争に参加したこともあるアマリリス。彼女にも銃の知識はある。だから波で揺れるボートからでの狙撃など、ほとんど狙えないことを知っていた。

それでも、ろくな障害物ない砂浜でじっとしているのはナンセンス。彼女の判断は早かった。

逃げる間も銃撃されているようで、甲高い銃撃音が響く。だが二人には当たらず、見当違いの所に着弾しているようだ。

 

二人は辛うじて林に逃げ込むことに成功する。

 

木に隠れてながら、アマリリスは海を伺った。

まだ照明弾が辺りを照らしている。

お陰で確認できた。

海岸を囲むように、複数のボートが存在していることが。

 

先ほど銃撃してきた、小型艇と同じような船がいくつも浮かんでいたのだ。

 

 

そして、……それだけではなかった。

 

 

目をこらすと、沖にはもっと大きな艦艇が。

大きさから見て複数の駆逐艦や巡洋艦だろう。

 

そのすべての艦艇の砲塔がこの島へ向いていた。

 

 

********************************************

 

海へ向かうことを諦めたアマリリスは、再び戻ってツィルマンたちと合流していた。

周辺の巨人を討伐し終えたツィルマンだったが、血相を変えて戻ってきた妻から驚くべき報告を受けた。

 

 

「それは本当か!?」

 

 

「はい、義父様。この目でしかと見ました」

 

 

「くそ! 何を考えている!? アマリリスをテロリストだと誤解したのか!?」

 

 

妻と娘が銃撃さらかけたとあって、ツィルマンは木に拳をぶつけて唸る。

 

 

「分からない。小船の奴らは真っ黒な服を着ていたぞ。あれは兵士なのか?」

 

 

疑問ばかりが募る。

なぜ巨人テロが起こっているのか。警備はどうした。

自分たちと改革派が滞在しているこの島を狙った犯行。

こんなにも手際がよい襲撃。

謎のボートの兵士たち。

ローマンたちは何か良くない流れを感じていた。

 

突然、島全体が昼間のように照らされ明るくなる。

 

探照灯照射だ。艦艇が目標を指し示すために、味方艦を導くもの。

海軍将校である二人にはこれが何を示すものか瞬時に理解する。

 

 

「まさか! まだ人が生き残っているにも拘らず、攻撃するつもりか!?」

 

 

「巨人を島から出さぬためだろう。とにかく議論している時間はない! まもなくここら一帯は砲撃で耕されるぞ!庭に古井戸がある。そこに逃げ込むのだ!」

 

 

先ほどアマリリスたちと合流したばかりの、ローマン中将とツィルマン大佐であったが、再会を喜ぶ暇などなかった。

 

 

「だが、そこに行くまでの道には、屋敷に群がっていた巨人がいるんじゃないか?」

 

 

アマリリスは冷静に状況を分析して言う。

 

 

「そうだな。だから、……すまん、アマリリス。お前も戦ってくれ。開けた場所では、どうしても手数が必要になる」

 

 

「フッ……そんな顔をするな。私も戦士なんだぞ」

 

 

アマリリスは弓を掲げて、悲しそうな顔の夫に微笑む。

その後ツィルマンとアマリリスはしゃがんで、二人で可愛い娘を抱きしめた。

 

 

「ジーニア、これからみんなで井戸に向かう。その間巨人たちが襲ってくるだろう。

 

 

父さんたちが守るから、お前は一人で井戸に真っ直ぐ向かいなさい。いいな?」

 

 

「私の可愛いジーニア。……先に井戸に入って待っているんだ。私たちもすぐに入るから」

 

 

********************************************

 

 

「井戸に近づけさせるな! アマリリス! 足を狙え!」

 

「ああ!」

 

 

 アマリリスは弓を放つ。矢は巨人の足に当たり、そのまま爆発した。

マジャイ族が使う爆発矢だ。巨人はバランスを失い、その隙をツィルマンが突く。

 

ローマン中将とツィルマン大佐、アマリリス、この島のいる最後の人間たち。屋敷にいた人間を食べつくした巨人たちは、今度は彼らを襲っていた。状況はどうみても劣勢。巨人を倒しても、また巨人がやってくる。武器の槍は健在でも、うなじを削ぐためのサーベルは既になまくらと化している。

この場は、アマリリスの爆発矢のお陰でなんとかもちこたえている状況だった。

いつ戦線が崩壊してもおかしくない絶望的な状況。

だが彼らに逃走という選択はない。

ジーニアが隠れた井戸はそこまで深くはない。巨人が手を突っ込めば、彼女はお終いだから。

 

無情にも新たに4体の巨人がやってくる。

 

 

「ツィルマン。今ので最後だ。もう矢がない……」

 

 

「……そうか。……アマリリスは井戸に入れ」

 

 

「くっ、断る。私は最後までツィルマンの横で戦いたい!」

 

 

断固とした声でそう言ったアマリリス。

 

 

「ならん! ジーニアを護るのだ。シューペア家の断絶だけはいかん」

 

 

息を絶え絶えになりながら、厳しい声で一喝する義父ローマン。

 

 

「アマリリス、頼む。愛した女が巨人に食われるのを、俺は見たくないんだ」

 

 

目を細めて妻を諭そうする、夫ツィルマン。

 

なおも巨人と戦いながら義父と夫に説得されるアマリリス。戦士である彼女は、頭の片隅では、冷静にこの状況を理解していた。

自分がここにいても何も出来ることはない。もし巨人の手に落ちればかえって、未だ戦おうとする夫たちの剣を鈍らすことになるかもしれないと。

 

アマリリスは軍人として戦場に向かうツィルマンにいつも言っていた。

 

『お前様の隣はいつも私だ。それは死ぬときもな。……だから私とジーニアの隣以外で死ぬな。無事に帰ってこい。……でもお前は勇敢な戦士だ。死は恐れるな』

 

苦渋の決断だった。

 

「……っく、くぅぅ! ……お前様、義父様、後を頼むっ」

 

 

アマリリスはは井戸を降りて行った。自分よりも、そしてどんな男よりも強いと信じる夫に後は託して。

 

 

 一方、ツィルマン。彼は、愛する自分の女に“頼む”と言われたのだ。

これを反故とすれば、男が廃るというもの。何よりも愛する妻と子を守って戦う以上の誉れがあろうか。

 

この場所を己の死地と定める。

 

 

「息子よ。良い嫁をとったな」

 

 

「当然だ。俺の自慢の女だからな」

 

 

二人は巨人に向かっていく。巨人たちをなるべく井戸から引き離す。そして隼のごとく駆け抜け、二人は二体の巨人を屠った。

 

しかし巨人のうなじ斬った瞬間に、ついに別の巨人の手に捕まる。

なまくらのサーベルを最後まで振るい抵抗するが……

 

その瞬間、地面が炸裂する。

 

駆逐艦、巡洋艦からの斉射。衝撃で地面がめくりあがり、島全体が噴火したように振動した。

 

「お父様! お祖父様!」「くぅぅっ!」

 

アマリリスは井戸の娘を抱きしめながら、砲撃の衝撃に耐える。

爆音が頭に響いて、生きた心地がしない。

 

 

しばらくして、先ほどの轟音が嘘のように静まる。砲撃が止んだのだろう。

アマリリスは外に出て、夫の安否を確かめたいが、それをしない。

 

巨人出現時。その簡単な殲滅法は一つ。火砲による飽和攻撃ただ一つ。

だから一度の斉射だけで済むはずがないのだ。

 

 

「……っ、大丈夫! 大丈夫だ!」

 

 

娘に言ったつもりだが、アマリリスは無意識に自分にも言い聞かせていた。

すると井戸の周囲で音が聞こえる。何かを引きずる音。

 

 

 

そしてずぐに音の正体が分かった。井戸の口から、夫の心配そうな顔……

 

 

 

 

――――ではなく、巨人の醜悪な顔がこちらを覗く。

 

 

そして丸太より太い腕がぞんざいに伸ばされる。狭い井戸の中では逃げる場所などなかった。

 

母は娘をかばい、そのまま巨人の手に捕まれてしまう。

 

「母様ぁぁぁぁぁ!!」

 

娘は巨人の手中の母を取り戻すべく、母の足に取りつく。

 

だが無常にもそのまま巨大な手によって二人引き上げられる。

 

 

「じ、ジーニアっ、て、手を離せっ!」

 

 

「いやっ!!」

 

 

このままではジーニアもろとも地上に引き上げられてしまう。

 

アマリリス大きな手に潰されかけられながら、娘に訴えかける。

 

だが、最愛の娘は言うことを聞いてくれない。

 

迷わずアマリリスは、自分の足にひっつく娘の何よりも可愛い顔を、足蹴にした。

 

おかげで娘はそのまま井戸の底に尻もちをついて、落ちてしまう。

 

 

「かああああさまあああ!!」

 

 

「じっ、ジー、ニア、生き、残りなさい。愛して……る」

 

 

アマリリスは精一杯、娘に微笑みかける。

 

娘にとって、最後の母の記憶となるだろうから。

 

そのまま地上に引き上げられてしまう。

 

 

――――可愛い我が子に加護あれ、マジャイの精霊たちよ。

    嗚呼、ツィルマン、私はここまでのようだ。

    結末は最悪だが、そう悪く無い人生だったよ。

    後悔などないさ。

    お前と出会えなけば、あの子にも会えなかったのだから。

 

 

真下には巨人の口。彼女は今まさに摘み上げられて、食べられる瞬間だった。

 

 

 

「汚ねぇ手で俺の女に、触るんじゃねぇぇぇぇぇ!!!」

 

 

ツィルマンがアマリリスを掴む巨人の手を輪切りにしたのだ。

 

そのままアマリリスをキャッチして、地面に落下する。

 

妻を助けたツィルマンだったが、先ほどの砲撃で、左半身を大きく損傷させていた。

 

あの一撃は残った右腕で成した奇跡の一撃だったのだ。血が滝のように噴き出している。

 

 

「ぐはっ、………最後まで、私を、……惚れ落とすとは、罪な、男だ」

 

 

「はぁはあ、……お前を守れなかった。すまん」

 

 

「……そう言うて、くれるな、お前様の、隣で死ねて、私は嬉しいよ」

 

 

愛し合う二人、その口が重なった。

 

 

********************************************

 

 

 

少女は井戸から見える空を見上げていた。

 

すぐに誰かが来てくれると思った。

 

 

だが母親が連れていかれた後、すぐに大きな爆音が響く。

空気を切り裂き、降り注ぐ砲弾が奏でるシンフォニー。

まるで神様が島に向かって何度も鉄槌を下ろしているよう。

無情にも、島の地表全てを薙ぎ払う音が聞こえる。

 

 

頭が割れるほどの轟音が続く中、少女はうずくまる。

 

 

それでも爆音は止むことはない。古井戸の中ただ、一人で残されて……。

 

 

震えるその小さな体を抱きしめてくれる人は、もう誰も現れない……。

 

 

永遠とも思えるほど砲撃が続く。

 

 

それが止んだ。

 

少女の体は上は砂埃まみれ、下は井戸の水でびしょ濡れ。

 

構いやしない。

 

すぐに上を見た。

 

 

少女はそれから井戸から見える空を見上げていた。

 

ずっと、ずっと、ずっと、ずっと……

 

目が乾いてきても、目を見開いて井戸の口を凝視した。

 

砂埃が目に被ってもそれでも見続けた。

 

首が痛くなるまでずっと上を見上げた。

 

両親や祖父たちが必ず戻ってきてくれることを信じていたから。

 

 

 

 

 

一人だった。

 

 

 

 

誰も来ない。

 

 

 

 

また砲撃が再開された。

 

 

 

 

 

 

 

この世を呪う。

 

 

 

 

自分の無力さを呪う。

 

 

 

 

この世界の残酷さを呪う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少女の心が壊れる音がした。

 

 

 

 

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