なるべくエタりたくないんですけど、こればっかりは小まめに息継ぎをして頑張るしかありませんね。性格的に不定期更新しかできないので、これからも長い目で見て下さると助かります。
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訓練兵団の訓練課程に冬山登山を行う訓練がある。どんな厳しい任務にも耐えられるように、精神と体力面を鍛えるのが目的だ。だがいきなり冬山に登るのは素人には難しい。二年もの厳しい訓練を経た兵士でも、時に自然は残酷な答えを返す。そのため夏の季節である今に、冬山訓練の予行練習として夏山訓練が行われる。予行練習と言ったが訓練の内容は、生半可のものでない、苛烈を極める。冬山訓練と厳しさを同程度にするために、いつもの訓練兵団基地から、訓練地の山まですべて徒歩で行かなければならない。
外側に携帯テントと外套を載せた背嚢を背負う訓練兵たち。背嚢の中にも衣類や食料などが詰まっている。それに立体機動装置を合わせて、全部の重さは約40㎏にもなる。マキマの所属班の六人は朝日に照らされながら、小走りで先を急いでいた。なぜならば山のふもとに行くまでにかかったタイムに応じて、その後の登山のための食糧が支給されるからだ。基地から山まで普通に歩けば三日かかるが、本当に三日かけてしまえば渡される食糧はほとんどない。そうなればそれ以降の訓練で自給自足で山を踏破しなくてはならなくなる。そのため今彼らは山の麓の訓練小屋を目指して、ほぼ不眠不休で歩いてたのだ。
マキマは小走りをしながら、自分の班員をちらりと振り返る。トラウテ、エリザベス、ソフィア、ゲルガー、モブリット。みんなげっそりとして、目の焦点が合っていない。いつも騒がしいゲルガーでさえ、昨日からほとんどしゃべっていないほど。全員気力だけで歩いてる。見た感じそんなところだろう。当たり前だ。昨日も今日も3時間ぐらいしか寝ていない。重い荷物持っての行軍なのだ。その疲労が抜けるわけがない。
「みんな、あと5時間ぐらい歩けば、正午には小屋につくと思う。そこでたくさん休めるよ。だから頑張って」
「「「「「……」」」」」
死んだ顔の班員たちをマキマは応援する。だが返事をする元気もないようだ。その中でもソフィアの足どりが覚束なくなり始めていた。危険な兆候だ。転んでしまえばケガをするかもしれない。そうして遅れてしまえば、ここまで頑張った意味がなくなる。
「ソフィアちゃん、荷物を貸して。持ったげる」
「……え、……だ、だめ、だよ。……迷惑を……かけれないよっ!」
苦悶の表情で拒絶するソフィアだが、マキマはひゅっと荷物を奪ってしまった。
「……っあ!」
「転んだりしたら、みんな遅れちゃうから。私はまだ余裕だしね」
「ハァハァ、持たせときなさいよ。あいつ……っ本当に余裕そうだしっ」
「エリーちゃんも持ってあげようか?」
「……っうっさい! アンタには貸しを作りたくないのよ!」
「トラウテちゃんは大丈夫?」
「……っ舐めるな。私を弱い女のような扱いをするんじゃない!」
(こっちも可愛げがないなぁ)
「おい、俺たちは心配してくれないのか? リーダー!」
「女の子に持ってほしいの?」
マキマはゲルガーの問いかけを同じく疑問形で返す。
「なわけねぇだろ!……っなあ、モブリット!」
「……っああ! でも次の休憩ポイントは……っ、まだかな?」
「もう少しで開けた場所に出るから休憩しようか」
みんなの顔に喜色の色が出る。
(この班はやる気が多いね。二人分の荷物はさすがに私も疲れそうだけど、リーダーを任されてしまったんだ。頑張ろう)
赤毛の三つ編みをゆらゆら揺らしながら、マキマは楽しそうに歩いてた。
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「ハアハア、俺たち一位じゃないか?」
「マキマ班! さすがだな。一着だ」
「「「「「いやったぁぁぁぁ!!!!!!」」」」」
教官が一番最初に麓の小屋に到着したことを知らせてくれる。
「今日はここで朝までじっくり休め。疲れているだろうからな。この場所には露天温泉がある。入って疲れを癒しておけ。だがくれぐれも気を抜きすぎるな。明日の朝から登頂開始だからな。夕食はこちらで用意しておく。山小屋での寝床は綺麗に使えよ。では解散してよし」
教官が指示を出して去っていく。
「はあ、疲れたァァァァァァァァ、今すぐ寝てぇぇ」
眠気と疲労が最大に溜まっているのだ。
「ダメよ、ゲルガー。こんなに汗と泥だらけなんだから。水浴びしにいかないと」
エリザベスがゲルガーを注意する。そういうことで、女子と男子に分かれ露天温泉に行く。露天温泉は渓流の川に沿って作られおり、女子が使える温泉は上流に位置する。マキマ、トラウテ、エリザベス、ソフィアたち四人は木の物影で服を脱ぎ、下着姿になる。
石で囲まれた温泉にみんなでつかる。渓流のせせらぎと森林からのマイナスイオンを優雅に吸込み、体は白く濁る温泉に包まれる。
「「「「あ、あああああああ~~~~~」」」」
疲れていた四人、いい湯加減に思わず声が出てしまう。
「温泉って、初めて入ったわ。こんなに気持ちいいのね……」
こう言ったのは、エリザベス。しばらく四人は無言で自然が作り出す温かい抱擁を堪能する。
「私眠くなってきちゃったです……」
目がウトウトしてしまっているソフィア。
「風呂では眠るなよ。のぼせると危険だ」
石に寄りかかって、入浴し慣れたようにくつろいでいるのはトラウテ。
「頭にタオルを巻いたらいいよ。こんな風に川の水で濡らして、そうそう。こうしたらのぼせにくくなるの」
長い髪を器用にまとめて、その上からタオルを巻いたマキマは、みんなに助言をする。
「頭がすっきりします! マキマさんすごいです!」
「とういうか、アンタ髪長すぎなのよ。よく訓練の邪魔にならないわね」
エリザベスがマキマの髪型について言及する。いくら屈強な兵士を目指しているわけだが、四人はうら若き乙女なのだ。身だしなみについての興味がないわけじゃない。
「……いうほど邪魔にならないよ。それにあの髪型気に入っているんだ」
「へぇ、アンタにも一応お洒落の概念あるんだ。リコが言ってたわ、休みの日でも制服で過ごしているって」
「制服は身分を表すもの。使い勝手がいいからね」
制服を着ていたら、街に行っても変にナンパされるようなこともない。そのためマキマはほとんどを制服を着て過ごしていた。反対にリコやナナバには着せ替え人形の如く、マキマは色々着るようにお願いする。マキマは友達のお洒落を見る分で、十分満足してしまっているのだ。マキマの着飾った姿も望まれるが、マーレからの潜入員としての顔も持つマキマにとって、無造作に自分の私物を増やすのは控えられた。もし何かあったときにすぐに行動できるように私物は常に整理している。そのお陰で友達からはすっかりミニマリスト扱いだ。
「もったいないですよ。マキマさん美人だし、それにスタイルも……」
ソフィアの目がマキマの豊かに育った双丘に行く。まだ少女といっていい年齢にもかかわらず、十分に大きい二つのたわわ。だが彼女は知らない。マキマの美しさのピークは19歳あたりだということ。その頃には、黄金比率のスタイルを獲得してしまう。まさにボンキュッボン。出るとこで出て、締まるとこは締まった完全体マキマさんになってしまう。今はまだ無垢な少女の可憐さが目立つが、成長すれば妖艶な大人の魅力も持ちあわす、完全体に進化するのだ。
「胸? それこそ兵士には邪魔なものじゃないかな」
マキマは自分の胸元に目線を下ろして言う。
「持つ者は持たざる者の気持ちを分からないものだわ」
残念ながらここにいるマキマ以外のお胸はお世辞にも大きいとは言えない。エリザベスが恨めしい声で持たざるものの三人の気持ちを代弁する。
「//どうやったら、大きくなれるんでしょう?」
ソフィアが照れながら呟いた。するとソフィアの後ろに回り込んで、背中から抱きしめ彼女の胸を揉むマキマ。
「//きゃっ」
「こうやって揉んだら大きくなれるかも」
「//やめてください」
マキマは最後に妖艶な微笑みを浮かべ、ソフィアから離れた。
「人の容姿なんて千差万別、人の好みもね。私にはとってはただの大きい脂肪の塊だよ」
「……馬鹿馬鹿しい」
「トラウテちゃんも揉んだけよっか?」
「ふざけるな、お前と必要以上に馴れ合う気はない」
エリザベスは取り留めない会話の中でトラウテを見ていた。
トラウテ・カーフェン、次席を争えるほどの実力者。憲兵上層部の親がいるため、憲兵狙いらしい。彼女はなんでも楽にこなしてしまうマキマを、快く思っていないみたいだ。
完璧無欠の首席候補のマキマを尊敬している訓練兵たちは多いが、その分妬みやっかみも多い。マキマの秘密主義な部分も併せて、敵とまではいかないが、良く思っていない人はいた。
それにゲルガーやモーゼス、トラウテ、ナナバ、エリザベス。成績上位陣の点数レースはマキマのせいでより厳しいものになっている。このままでは凄すぎる首席の影に埋もれてしまう。そのため、皆どの訓練でも気を抜かず、教官への評価に爪痕を残したいと思っているのだ。
今日までの歩行訓練でもこの班が一位を狙うことにしたのもこういう訳。エリザベスは思う。モーゼスたちに置いて行かれたくないと。マキマやトラウテを見ながら自分も頑張らなきゃ、そう考えていた。
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「ハアハア、今日からタイムを気にせずに山に登るだけとはいえ、疲れが完全に取れてないからキツいぜ」
「……でも、昨日一位だったからご飯には困らないよ!」
「そうか? パンにバター。じゃがいも、野菜の缶詰、ソーセージ。調査兵団の一般的な戦闘食糧だぞ。渡されたときはがっかりしたぜ。一位なんだからもっと豪勢にしてくれてもいいだろうが」
ゲルガーとソフィアが食糧についての感想を言い合う。
「おい、私たちはただの訓練兵でしかないことを忘れてないか?」
彼らのお気楽な言葉にたまらず副班長として、トラウテは彼らを窘めるのを忘れない。
「トラウテの言う通りよ。それに最下位は芋一人一つだけって話らしいわ」
生真面目なエリザベスもそれに乗っかる。一位だからといって油断は禁物なのだ。
「うげー! マジかよ。現地調達しながら登るんだろ? さすがに同情しちまうな」
それに対して歩きながらゲルガーは肩をすくめた。
「私たちも追加の食糧の現地調達は許可されているよ。昨日温泉に入ったあと、実は……罠を仕掛けに行ったの。何かがかっているかもしれない」
「……マキマ、アンタって人は昨日あんだけ歩いた後に、さらに山に入って土いじりしてた訳? どんだけ体力お化けなのよ」
「こんなに空気の美味しい場所だからね。折角なんだからジビエ食べたいなって思って」
「僕たちが疲れ果てて寝てた頃に……そ、そうなんだ」
「あ~、体力が有り余って、旅行気分の奴が本当に恨めしいわ~」
マキマの驚きの発言にエリザベスとモブリットが絶句する。
「はははは、さすがマキマさんですね」
そんな風にワイワイ盛り上がりながら、夏山訓練を順調にこなす彼ら彼女らの姿が林間の登山道で見受けられていた。
夏山登山、自分たちで周囲の景色と地図を睨めっこし見ながら登山することになるのだ。雪がない分行程は楽だが、一部の班では支給される食糧が少なく、現地調達する必要がある。一位のマキマ班はそれでも多くの支給がなされたが、どうせなら豪勢な食事を班で楽しみたいと思ったマキマは、前日から罠を仕掛けに行っていたのだ。この登山は昨日までと違いタイムを競うものでもない。それでもいつも成績を気にしている他の班員たちとは違い、どこか修学旅行ような気分のマキマ。公費でアウトドアが出来るなんて悪くないねと、思っているのはマキマだけだろう。そして狙い通り、罠には鹿がかかっており、その後山中で鹿肉パーティーを開催することになったのはまた別の話である。
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六人の旅は続く。だが旅にはハプニングがつきものだ。それを味わうのも旅の楽しさだが、時にそれがさらなるハプニングを引き起こしてしまったりをする。災難は突然起こり、そして人命なんて軽く奪ってしまうものだ。一つの出来事が思いがけないものを引き起こす。
いかに腕っ節が強い“マキマ”でも未来に起きることは分からない。
「熱い。ひどい高熱だわ。早く下山して治療しないと」
エリザベスはソフィアのおでこを触って言う。
「疲れが溜まりすぎたのかもな」
ゲルガーは深刻な顔をする。
「私がソフィアちゃんをおぶっていこう。予定通りそれで下山する」
まだまだ余裕のあるマキマがそれを提案した。
「分かった。マキマとソフィアの荷物をみんなで分担して持って行こう」
信頼できる班長のその言葉に他の班員たちも特に反対することなかった。おぶられる当人以外は。
「だ、ダメ、だよ。みんなに迷惑、かけたく、ないの。自分で、歩く、から」
ソフィアは赤い顔でよろよろ立ち上がり、自分の荷物を持とうとする。
「ダメだよ! そんな体調で歩いたらそれこそ危険だ! それに迷惑なんて思う人はいないよ!」
モブリットが大きな声でソフィアを制する。
「そうよ! みんな同じ班のメンバーなんだから! 友達でしょ?」
「そうだぜ、最初の無理に付き合わせたのは俺らだしな」
エリザベスが優しく語り掛ける。ゲルガーは少し罰の悪そうな顔をして言った。最初のレースで一位を目指すことを強く主張したのはゲルガーだからだった。
「とりあえず早く下山したほうがいい。相談なんだが、地図にはここに古い坑道がある。一部通り抜けられれば、時間を通常ルートより短縮できるだろう」
読図係でもある副班長のトラウテが、班長のマキマに提案する。
「わかった。そうしようか。……ソフィアちゃん、もし立場が逆だったらどうしてた? 班員で助け合うことも訓練の一つだよ」
「……みんな、本当に、ごめん、なさい。……そして本当に、本当に、ありがとう」
最後にマキマが班の結論を出し、ソフィアの頭を撫でた後彼女をおぶさる。しばらく罪悪感だからだろう、涙を見せていたソフィアはマキマの背で眠り始めた。
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六人は松明の明かりを頼りに古い坑道の中を歩いていた。ときおり蝙蝠なのか生き物の鳴き声が微かに聞こえる。
「この坑道いつ建てられたんだろう」
「祖父の代ぐらいじゃないか」
「どうして知っているの?」
「私たちが入った温泉あるだろ。ここの名目は訓練兵の基地だけど、普段は兵団のお偉い方の避暑地にも貸し出されている。幼いころ、私は親に連れられて来たことがあるんだ」
「だから温泉のつかり方知ってたんだ」
トラウテと話しながら歩くマキマ。トラウテはソフィアをおぶって両手がふさがるマキマのために前の明かりを照らしてくれている。
「エリザベス。遅れるな。お前の友人のためなんだぞ」
ちょっと後ろでペースを落として歩いているのはエリザベスだ。
「ハアハア、うっさいわね、薄情女! わかってるわよ!」
想定より荷物を多めに持っているのだ。歩くペースが落ちるのはしょうがない。
「みんな頑張ろう! マキマさん、ソフィアをおぶるのに疲れたらいつでも代わるよ」
「大丈夫。私の心配はいらない。それより先を急ごう」
「だから言っただろ、モブリット。マキマには疲れるなんて言葉は知らないんだよ」
モブリットとゲルガーは道に障害物や落とし穴がないか調べるために先頭を歩いてくれている。坑道の中は緩やかな下り坂になっており、山道を下るよりソフィアの負担が少ないだろう。しかし人が何年も入っていないため、時折岩や木材が道に散乱している。マキマたちが通っているのは、比較的大きい坑道。採掘するための小さい坑道が集約する道で、小さい無数の穴が存在し、覗くと不気味な暗闇を作り出していた。小さい坑道のいくつかは入り口から崩落しているものもある。今通っている道は採掘した鉱石を麓近くまで運ぶ通路だったのだろう。道幅は広く、しっかりと坑木により組まれているように見える。
だがそれでもマキマは出来るだけ先を急ぎたかった、坑木は外からは見えなくても、内から腐っているかもしれない。何にしろソフィアが高熱を出さなければこの道を選ばなかったのだ。あらかじめ教官に提出するロードマップにここを通るとは申告していない。とにかくマキマはこれ以上イレギュラーな問題を抱えたくはなかった。
しかしながら暗闇の中を松明だけで照らしてるためなかなか進み具合が悪い。疲れ気味のエリザベスがたまらず一度休憩を要請する。班員達が荷物を地面に置いて、各人が水をごくごく補給する中、マキマはトラウテに尋ねた。
「ねぇ、ここはなにを掘っていたのかわかる?」
マキマはトラウテに尋ねる。
「いや、そこまでは知らない」
「岩塩鉱だろうぜ。兄貴が鉱夫やってたからな。一度でかい岩塩をみたことがある。さっきそれっぽい石が落ちてたぜ」
答えたのはゲルガーだ。だが質問の意味が分からずエリザベスはマキマに聞く。
「んなこと聞いてどうすんのよ、マキマ?」
「一応ね」
「一応? ……まあいいわ、それよりソフィーにも水を飲ませてあげないと……、よいしょっと」
エリザベスがソフィアに水を飲ませるために保管しいた水を持ってソフィアに近づく。
コーン、カランコロンカラン
「あ」
疲れていたのだろう。エリザベスは地面にかけていた松明を蹴っ飛ばしてしまう。その拍子で松明は偶然にも近くの空いていた穴に落ちていく。
縦に深い穴だったのだろう。松明が穴の壁にカランコロンとぶつかる音を何度も立てて……。
ドオォォォォォーーーーーーーーーン
深いところで鈍い音がしたのがマキマたちに分かった。遅れて微かに地響きが感じられた。
「変ね、松明が落ちる音にしては大きすぎじゃないかしら?」
エリザベスがまったく悪気がなさそうに呟く。
「エリザベス、松明を無駄にするな」
トラウテがエリザベスにそんなことを注意する。
「何か少し匂わない? 金属の焼けたような匂いみたいな」
モブリットが不思議そうな顔で言う。この時点で事の重大さを理解しているのは、マキマとゲルガーだけだった。二人ともダラダラと冷や汗をかいている。
「オイオイ、これヤバイいんじゃないか!? 兄貴から聞いたぜ! そりゃ、ガスの匂いだ!!」
ガス突出。地下の採掘場および坑道掘進現場などで、突然岩石が高圧ガスとともに噴き出してくる現象。マキマも前々世に漫画で読んだことがある気がする。さっきの音は偶然地下深くに溜まっていたガスに引火した音だろう。モブリットが言った匂いとは、メタンガスかもしれない。とにかく溜まっていたガスが噴き出しているのは事実だ。まもなく本格的にガスが噴出する恐れがある。松明に引火すれば、本当にヤバイ。引火しなくても高濃度のガスにより窒息するかもしれない。
「総員、荷物と松明を捨てて、全速力で出口まで駆けなさい。これは命令です」
ゲルガーとマキマの様子が尋常じゃないのが分かる。ゲルガーは別にしても、あのマキマが冷や汗をかいている。詳しい説明もなしだ。マキマはすぐに病気のソフィアを脇に挟んでまるで丸太のように持ち上げた。なりふり構っていられる状況じゃないからか。
「「「え!?」」」
「爆死したくなければ走りなさい」
その言葉に全員が走り出す。本音は松明を消したいが、そんな時間も惜しい。匂いがしてる時点で早く離れた方がいい。五人はマキマが持つ一本の松明の明かりだけを頼りに、一心不乱で走る。
マキマはソフィアを脇に抱えて先頭を走りながら、自分たちの運の無さを嘆く。
(エリーちゃんの偶然落した松明が、偶然抜けてなかったガスだまりに引火するなんて、どんな確率なんだ!)
マキマは頭の中で怒涛の突っ込みを繰り出す。そんな中、全員が一生懸命走ったおかげで出口の光が見えてきた。
「きゃっ」
突然マキマの後方で叫び声がする。班員が後ろを振り返るとエリザベスが足を抱えてうずくまっているのが見える。足元が暗いせいで転んでしまったのだろう。
「おい! 大丈夫か!?」
ゲルガーそう声をかけた時だった。
ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン
とてつもない爆風と爆音が六人を襲い、皆の体は吹っ飛ばされる。その衝撃は凄まじいもので山全体で揺れが感じられるほどだった。マキマはソフィアを庇った。そして耳鳴りをする頭ですぐに理解する。本格的なガス突出が起こってしまったことを。置いてきた松明に引火したんだろう。すぐに砂煙の舞う中班員の安否を確かめるために立ち上がる。マキマの胸に抱いていたソフィアは無事だ。班員の咳き込み音が聞こえる。
「……無事なら一人ずつ名前を言いなさい」
「……ゲホゲホ、モブリット、無事だよ」
「……トラウテ、私も、無事だ」
「……げ、ゲルガー。少し頭を、打ったが、特に、問題はねぇ」
ゲルガーだけ言葉を途切れさせているが、問題はないという彼の言葉を信じるしかない。だが班員はもう一人いる。彼女の声が聴かれない。
「「「エリザベスは!?」」」
みんながエリザベスを呼んだときだった。坑道に再び突風が突き抜け、ものすごい風が班員達を襲う。ゲルガーたちは必死に踏ん張って流されないようにする。
戻しだ。爆心が空気を逆に吸込んでいるのだ。班員たちはまだここが安全地帯ではないことを理解する。だが戻しの風により砂煙が晴れて、エリザベスの位置が分かるようになった。エリザベスはみんなよりかなり離れた後方の位置で倒れていた。詳しい様子は分からないが動かない。気絶してしまっているようだ。
「もう一度破裂するかもしれない。早く出ないと」
トラウテがそう言ってすぐ、また何かが起こる。
ドゴゴゴゴゴ、ガラガラガラガラ。
突然地面が激しく揺れる。
「今度はなんだ!?」
ゲルガーが叫ぶ。
マキマは理解した。さっきの爆発で古い坑道が限界を迎えてしまったことを。
「崩落しているみたい。エリザベスは私に任せて先に逃げなさい」
「そんなソフィアも抱えて無茶だよ!」
モブリットが何か言うが、マキマも余裕がない。エリザベスは気絶している。そんな人間を素早く運ぶにはマキマがやるしかない。
「黙れ。私に従え」
こんな問答している時間も惜しい。マキマには坑道の壁が心なしかミシミシいっているような気がするのだ。
坑道の中を戻り、エリザベスに駆け寄る。自分たちが来た暗闇の道からものすごい音がしていている。地響きを耳に聞きながら、エリザベスに呼びかける。
「しっかりしなさい」
「……あ、……あぁ」
エリザベスは生きているようだった。僅かに反応を見せる。彼女をソフィアの反対側の脇に抱え、立ち上がった。出口まで走り出す。背後で嫌な音がする。地面の揺れが大きくなって、ついに周囲が崩落し始めている。走りながらマキマは後ろを小さく振り向く。なんとさっきいた場所の天井が崩壊していた。崩落に追いかけられているのだ。3人の少女たちをまるで洞窟が飲み込もうとしている。
出口にいるゲルガーたちが見えてきた。三人とも何か叫んでいるようだが、聞き取ることはできない。だが大げさなジェスチャーが、急げを意味しているのは分かる。マキマは二人を抱えながらものすごいスピードで走る。
「ーーー急げ!!!」
ゲルガーたちの声が聞きとれる所まで来た時のことだった。出口の天井が崩れ、マキマたちの前に大岩が落ちてくる。本気で走っていため、ぶつからないように体に急ブレーキをかける。後ろも崩壊している。だが洞窟の出口も崩落しつつあり、挟まれる。
二人を抱えたまま落下物を避けるのは至難の業だ。
「こっちが空いている!」
その声を聞いてマキマは瞬時に鋭い声かけする。
「ゲルガー、モブリット。キャッチして」
マキマの人間離れをした目により落下物のタイミングを計り、ソフィアを放り投げた。ソフィアの体が障害物をスレスレで避け、出口のゲルガーとモブリットにより受け止められる。
だが残された彼らの前でそのまま出口が完全に塞がってしまう。ゲルガーやモブリットたちからマキマたちの姿は見えなくなった。出口が塞がっても、坑道が崩落する音が止まない。そしてそのの音はそう遠くない所から聞こえる。ゲルガーたちはその残酷な音を聞くことしかできなかった。外へ脱出できなかった二人を潰しているであろう音。
音が鳴りやむまで呆然と三人坑道を眺める。しばらくしてやっと地響きが収まる。
「「「マキマー!! エリザベスー!!!」」」
三人で瓦礫に向かって名前を呼ぶ。だが返事はない。
「……オイオイ、嘘だろ? こんなことって……」
「あ、あ、……」
ゲルガーとモブリットはついさっきまでマキマと目が合っていたのだ。二人とも頭を抱え絶望の表情を浮かべる。残されたマキマとエリザベス。どちらもこんなところで死んでいい奴らじゃない。
厳しい訓練では劣等生がリタイアすることはあるが、マキマとエリザベスはどちらも成績上位者で、二人将来有望な兵士になるはずだった。夏山訓練で一緒に頑張った仲間、あと少しで麓の基地なのだ。もうすぐでこの訓練は終了する予定だった。二人の顔が思い浮かぶ。ゲルガーとモブリットは涙を浮かべた。
「なんでこんなことに……」
「五月蠅い! 泣くな男ども!!」
ゲルガーとモブリットを見てトラウテは声を張る。
「しゃんとしろ!! いいか、あいつらはそう簡単に死ぬたまか!? 違うだろ! 特にマキマは化け物みたいな奴だ!私たちの首席はどうやったら死ぬか議論してたのは噓だったのか!? 絶対生きている! 私たちは私たちで、できることをするんだ!」
泣くなと言ったトラウテも涙をこらえながら二人に発破をかける。
「とりあえずソフィアを麓の基地に運ぶぞ! そして応援を呼びにいくんだ。私とモブリットで基地に行く。ゲルガーはマキマたちに呼びかけ続けろ!」
「「……分かった!」」
生き残った班員たちは動き始めた。
初っ端から温泉回でした。完全に作者が書きたかっただけです。頭のなかで作者の欲望と、マキマさんはこんなことしない、っていう気持ちがずっと戦争をしています。
ガス突出の元ネタは、ゴールデンカムイです。そっちの不死身系主人公さんは、炭鉱で閉じ込められたのを牛山さんに助けてもらい脱出しました。マキマとエリザベスはどうなってしまうんでしょうか。さて次回もサービス、サービス!