提督に転職したら想像以上にブラックだった件   作:Sh1Gr3

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演習を終えて

 演習が終わり、俺は提督室で二人から受け取った報告書に目を通していた。

 報告書といっても、そんな大それたものではない。どのような演習をしたのか、演習の中で実践できたこと、できなかったことに対する改善点等をまとめてもらうだけなので、そこまで難しくないと思われる。

 かくいう俺も、転職前はよく報告書を書いていたので要領を得ているのだが──。

 

 「これだけ……?」

 

 提出してもらった報告書を見て、俺は思わず二度見した。明らかに記載されている文字数が少ないのだ。

 叢雲さんは実践できたこと、改善点の両方とも「特になし」と記載している。

 陽炎さんに至っては、改善点のところに大きく「改善点なし。叢雲が強すぎる!!」などど、もはや文句の感想を記載していた。

 これ、報告書として回送してしまっていいのだろうか。上に回した時に怒られるの、俺じゃないの……?

 

 「いやあ、ぼこぼこにされちゃった」

 

 あははと笑いながら喋る陽炎さん。彼女はくつろぐようにしてソファーに腰を下ろしている。

 

 「まさかここまで強いとはねえ。おかげで報告書がスカスカよ」

 「それは私も一緒ね」

 

 秘書艦席の叢雲さんが、陽炎さんの言葉に同意する。

 それに対し、陽炎さんは開き直ったように言った。

 

 「ごめんね、あたしが弱いせいで」

 「べつに、誰が相手でも書くことは一緒よ」

 「うわ、むかつく! でも事実だから許しちゃう!」

 

 タイミングを見計らい、俺も叢雲さんに質問。

 

 「これ上に回した時、決裁通りますかね……?」

 「通るんじゃない。どうせ中身なんて見ないわよ」

 

 左様ですか。なら承認するしかないな。

 俺は二人から受け取った報告書に判を押し、承認済みとして処理した。

 その間も、陽炎さんの感想が聞こえてくる。

 

 「ある程度強いのは想定してたのよ。でもね、流石に想定外だったわ」

 

 半ば呆れ気味の陽炎さん。

 叢雲さんの強さは、それだけでたらめだったんだろうな。

 

 「司令も見てたでしょ? あたしの撃った弾に自分の弾ぶつけたのよこの子。意味わからなくない?」

 「やばいっすね」

 

 とはいうものの、傍から見てる限りでは、そのすごさはいまいち実感できなかった。

 素人の俺では、水柱がど派手に上がってたことと、砲撃音がやたら腹に響くのと、海上を滑る二人がかっこよかったぐらいの感想が精々だ。

 今の陽炎さんの話を聞いて、確かに神業だと思った。素人でも流石に難しさぐらいは想像できる。飛んでくる弾に自分の弾を当てるなんて、アニメや漫画の世界の話だけだと思っていた。それを平然とやってのけるなんて、やっぱり最強なんだな……。

 陽炎さんの話を聞いて、俺は叢雲さんに質問を投げた。

 

 「叢雲さん的にはどうでした? 陽炎さんは」

 「人事情報通りって感じね」

 

 すぐに返事が返ってくる。

 

 「ま、この基地の任務は任せても大丈夫なんじゃない」

 「おー。ありがとうございます」

 

 叢雲さんが太鼓判を押した。これは大きい。やっぱり演習やってもらって正解だったな。

 

 「ねえ、任務ってどんなのがあるの?」

 

 陽炎さんの質問。

 俺はディスプレイに表示された任務一覧に目を移す。

 

 「うーん、色々ありますけど……」

 「あたし出撃したいなー。早く練度上げて改二になりたい!」

 

 陽炎さんの要望に適した任務を、スクロールしながら探していく。

 と、俺が探している間に、横から叢雲さんが任務内容を説明してくれた。

 

 「資材回収に高速修復材の素材回収、船団護衛。装備調整、深海棲艦の生態調査、紛失物の回収エトセトラ。どれでも好きなの選んでちょうだい」

 「は? なによそれ。最初の方はいいとして、残りは全部雑用ばかりじゃない」

 「だから言ったでしょ。ここは窓際基地だって」

 「うっ……もう、出撃したかったのにぃ!」

 

 がくっとうなだれる陽炎さん。

 こればかりは本当に申し訳ないな……。

 

 「え、ちょっと待って」

 

 はっとした様相で、陽炎さんが唐突に声をあげた。

 

 「その任務、全部あたし一人でやるの……?」

 

 おそるおそる、といった感じで訊ねられる。

 なんと答えようか迷っていると、叢雲さんが平然と言い放った。

 

 「当面はそうなるわね」

 「……」

 

 ぽかーんと口を開けたまま、陽炎さんは硬直してしまった。

 そりゃそうなるよな……俺も経験済みなので気持ちはよくわかるし、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

 

 「はぁ……やっとブラックな環境から解放されたと思ったのに、あたしってつくづく運がないわ……」

 

 硬直タイムが終わるや否や、陽炎さんは大きなため息を零した。

 そんな陽炎さんに、俺は助け舟を出す気持ちで言う。

 

 「でも、もう一人増えるらしいんで。少しは負担減るとは思いますけど……」

 「え、そうなの?!」

 

 陽炎さんの表情が一気にぱあっと明るくなった。

 が、またすぐに曇り始める。

 

 「でも、その人も問題児なんでしょ? あたし嫌よ、問題児と一緒の艦隊なんて」

 「いや、その人は自分から行きたいって言ったらしいですよ」

 「は? なによその変わり者」

 

 確かに、変わり者なのは否定できないな。まだ人事情報が手元にないからなんとも言えないけど。

 

 「司令、その人ってどんな人なの?」

 「それがまだ情報ないんすよねぇ……ぼちぼちくると思うんですけど」

 「ふーん。ならその人が来るまでは、あたしが頑張るしかないってことか……」

 

 そう言って、陽炎さんは半ば羨ましそうに叢雲さんへと視線を移した。

 

 「叢雲は秘書艦だものねえ」

 「やってみる?」

 「えっ?」

 

 意外だと言わんばかりの陽炎さん。

 叢雲さんが釘を刺すように続けて言う。

 

 「言っとくけど、ここの秘書艦は大変よ。ど素人の司令官のお守と事務作業に、出撃中の艦隊との通信。もしやるなら、普通の秘書艦だとは思わないでね」

 「通信係まで秘書艦の仕事なの?」

 「他にやる人いないんだから仕方ないでしょ」

 「それは……それもそうね」

 

 叢雲さんの話を聞いて、陽炎さんは苦笑いを浮かべた。

 ていうか、お守って。ど素人なのは認めるけど、そんな風に思われてたのか……。

 

 「で、どうする? 代わる?」

 「いや、遠慮しとく。そもそもあたし、秘書艦経験ないし」

 

 結局、秘書艦は叢雲さんのままということで話がまとまった。

 ふと、叢雲さんが俺を見て言う。

 

 「陽炎には、明日から任務消化してもらうでいいわよね」

 「いいっす。なんなら二、三日休んでもらってもいいですけど」

 

 任務内容はある程度、目を通してある。期限的には二、三日休んでもらっても問題ない算段だ。

 なにより、しんどい環境にいたからこそ、少しぐらい休んでもらっても罰は当たらないと思った。

 

 「そうね……まあ後が少ししんどいかもしれないけど、それでもいいわよ」

 「どうします?」

 

 俺は陽炎さんに訊く。少ししてから答えが返ってきた。

 

 「ううん、大丈夫。ここに異動するまでに充分休めたから」

 「……了解っす。じゃあ明日からお願いします」

 「はーい!」

 

 大変元気の良い陽炎さんの返事。俺は心の中で感動していた。

 なんていい子なんだ……こんないい子をブラックな環境に閉じ込めたあげく、こんな窓際基地に追いやったあの人は、間違いなくごみ野郎だ。本当なら今すぐにでも帰してあげたいけど……。

 

 「司令、今日はもう下がってもいい感じ?」

 「そうっすね……」

 

 陽炎さんの質問に、俺は叢雲さんへと目配せする。特に何もなさそうな様子だったので、俺は頷いて言った。

 

 「大丈夫です。また明日の朝ここに来てもらえれば」

 「了解。それじゃ、また明日ね~」

 

 手をひらひらと振りながら、陽炎さんは部屋を後にした。

 陽炎さんが部屋を出て行った直後、パソコンから通知音が鳴る。

 メールだ。さっき密かに送ったメールの返信が返ってきた。内容に一通り目を通し、叢雲さんに共有する。

 

 「意外とそこまで牢獄じゃないかもしれないすね」

 「なによ、本当に訊いたの?」

 

 退屈そうに机上の書類とにらめっこしていた叢雲さんが、呆れたようにこっちを見てくる。

 俺は頷いて答えた。

 

 「はい。メールで」

 「呆れた」

 

 と、ため息混じりで一言。

 なんだよ、訊けって言ったの叢雲さんなのに。

 

 「で、なんだって?」

 

 今度は内容について問われたので、メールの内容を読み上げていく。

 

 「なんかおとなしく任務こなしていれば、そのうち戻れるみたいですよ」

 「へえ」

 

 実に興味なさそうなご様子だが、構わず続ける。

 

 「あとは改二になって、戦力として期待される人材になること……らしいです」

 「ふーん」

 

 全然興味なさそう……。興味あったの俺だけ?

 

 「あと一応、もう一人来るって言ってた人がいつ来るか訊いてみたんですけど」

 「……それで?」

 「明日には決まるみたいなんで、もう少し待てだそうです」

 

 メールの内容を伝え終えると、叢雲さんはつまらなそうに、ふんと鼻を鳴らした。

 

 「随分と悠長な話ね。まだまともに任務につけるの陽炎しかいないってのに」

 「まあ……そうすね」

 「あんたも、文句の一つでも言ってやったら?」

 「いや、無理ですよ……」

 

 なんて無茶な。まだ働き始めて数日の若輩者、かつ元民間人だってのに。命知らずにもほどがあるだろ。いくら大本営の大淀さんが優しいからって、甘えすぎるのもよくない。

 俺は話を変えるために、再度任務一覧を画面に表示した。

 

 「陽炎さんにやってもらう任務、どうします?」

 「提督はあんたでしょ。あんたが決めなさいよ」

 「まあ、それはそうなんですけど……」

 

 言われてみればその通りだ。なんでも叢雲さんにおんぶにだっこでは、お守と言われて当然だ。

 気持ちを切り替えて、任務一覧を上から下まで目で追っていく。

 しかし、どれから頼むのが最適なのかいまいち決め手に欠ける。期限的な観点でいけば、ある程度決められるのだが……。

 画面とにらめっこしていると、横から叢雲さんのため息が耳に入った。

 

 「そんなに迷うなら、陽炎と相談して決めたら」

 「……そうします」

 

 結局、叢雲さんの助言通り、陽炎さんと相談して決めることにした。

 なんだかんだで優しいんだよなあ、叢雲さん。ほんと、申し訳ないけど感謝です……。

 

 

 

 

 

 提督室を後にし、陽炎は自分の部屋にいた。

 私物の整理も一通り終わり、ベッドに寝転がっていたところである。

 艦娘の寮は基本的には二人一部屋だが、この基地にはまだ叢雲しかいないので、陽炎は一人で部屋を使うことになった。前の基地とは違い、広々としていて実に快適だ。窓際基地ということで、どんなおんぼろ寮かと不安な陽炎であったが、それも杞憂に終わった。

 ──もっとも、相方がいない寂しさと半々ではあるが。

 

 陽炎は支給された携帯電話を手に取ると、電話を始めた。ほどなくして繋がる。

 

 『もしもし』

 

 機械的な声が第一声に聞こえてきた。普段は電話することなどないので、なんだか新鮮だ。

 

 「あんたの声、顔見て話さないとAIっぽいわね」

 『……どちら様でしょうか? そんな悪口を叩く知り合いはいないので、きりますね』

 「あーっ! ちょっと待って、あたしが悪かったから!」

 

 どうどうと、電話相手をなだめる陽炎。しばしの無言の後、ため息が聞こえてきた。

 

 『はぁ……不知火は忙しいのです。用件はなんですか』

 「忙しいってなによ。あんたまだ休暇期間中でしょ」

 『休暇中でもやることはあります』

 「左遷されたお姉ちゃんを気遣う言葉の一つもないわけ?」

 『陽炎が暴れるからでしょう。……と、この話は散々したのでやめておきます』

 「……そうね。思い出したらまた腹が立ってきたわ」

 

 握り拳を作りながら、陽炎が同意する。

 というのも、異動前にこの件で一悶着あったのだ。提督に殴りかかった陽炎が左遷されるよりも、そもそもの原因を作った艦隊旗艦の不知火が左遷される方が理にかなっていると、不知火自らが名乗り出たのである。それを聞いた陽炎は当然怒り出し、周りを巻き込んでの大喧嘩と発展したのだった。

 頭の中で当時のことを振り返っていると、不知火が「ところで」と話題を変えた。

 

 『噂の窓際基地はどうですか。ちゃんと寝れそうですか?』

 

 あまりの物言いに、陽炎は吹き出してしまった。落ち着いてから口を開く。

 

 「あんたって意外と天然よね。真顔で言ってるのがさらに笑えるわ」

 『なんのことです?』

 「ううん、なんでも。今ベッドの上で寝転がって喋ってるから、大丈夫よ」

 『そうですか。それはなによりです』

 

 陽炎はほんのわずかに、電話の向こうで喋る不知火が、ほっと安心したかのように感じた。無表情ではあるが、これで心配性なのも可愛いところだと、陽炎は常日頃から思っていた。

 不知火がまた「ところで」と話題を変える。

 

 『司令はどんな方ですか? 陽炎の気に入らなそうな方ですか?』

 「そうねぇ……」

 

 陽炎は少しだけ黙考する。考えるまでもなく、前の司令と比べたら月とすっぽんなのだが、これを不知火にどう伝えたものか……。

 

 『もしまた殴ったら、もう行く場所はありません。今度こそ解体されてしまうので、その時は不知火を呼んでください』

 「ちょっとちょっと、あたし殴ってないわよ」

 

 慌てて訂正する陽炎。しかし、不知火は構うことなく。

 

 『同じことです。それで、どうなのですか? 窓際基地の司令なんて、ろくな方じゃないと思いますが』

 「それはないかなあ」

 

 陽炎は即答した。そのまま話を続ける。

 

 「司令はその辺にいるちょっと背の高い普通のお兄さんて感じ。話しやすいし、優しい人だよ」

 『……そうですか。陽炎がそう言うのならそうなんでしょうね』

 

 納得した様子の不知火。陽炎は「そういえば」と続けて言う。

 

 「叢雲と演習したよ。あの子もちゃんと強かった」

 『演習したのですか』

 

 これには驚いたようで、不知火の語気がやや強まった。同時にため息も聞こえてくる。

 

 『呆れました。異動早々、陽炎らしいですね』

 「まあね~。強すぎてぼこぼこにされちゃったけど」

 『当たり前です。あの方の強さは、その辺の艦娘の遥か上をいきます』

 「んね。ほんと、何者なんだろ」

 『わかりません。ただ、あの()()()と言われても納得の強さではあります』

 「うっそ! あれ実在するの?!」

 

 驚きの声をあげる陽炎。しかしながら、不知火は冷静沈着に肯定する。

 

 『実在はするかと。実在しないものを大本営が伝説として、記録に残したりしないはずです』

 「はえー、驚いた。明日訊いてみよーっと!」

 『はぁ……陽炎なら、どこへ配属されても大丈夫ですね』

 

 その声色は呆れ混じり、そしてどこか安心したような感情も混じっていた。

 電話越しの二人の会話は、そのまましばらくの間続いたのだった。

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