提督に転職したら想像以上にブラックだった件 作:Sh1Gr3
日々読んでいただいている方々、本当にありがとうございます。
陽炎さんが着任した翌日。陽炎さんは時間通りに、提督室へとやって来た。
「二人ともおはよ!」
大変元気の良い挨拶とともに、部屋に入ってくる陽炎さん。
俺も席を立ち、「おはようございます」と挨拶を返す。今の今まで、あくびが出そうになるのを必死にこらえていたのだが、おかげで眠気も吹っ飛んだ。
秘書艦席の叢雲さんも、眠そうながらも片手を上げて返事をしていた。
「随分と眠たそうね」
陽炎さんが叢雲さんを見て言った。
「いいの? 秘書艦がそんなんで」
「いいのよ別に。眠かろうがやることはやってるんだから」
あくびをしながら、叢雲さんが答える。
そのあくびを見て、俺も危うくあくびをしそうになった。
「ほら、そこの素人司令官も眠そうにしてるでしょ」
あくびを耐えきった俺に、二人の視線が集まる。
叢雲さんのはもう慣れたけど、陽炎さんのジト目が痛い……。
「えっと……とりあえず今日の予定でも整理しますか」
二人の視線を気にしない振りをしつつ、俺は話を切り替える。
「自分と叢雲さんはいつも通りとして……なんか他にあります?」
「昨日の演習の報告書、差し戻されてたわよ」
「えっ」
心の中で「まじかよ」と思いながら、画面を確認する。
叢雲さんの言う通り、報告書は差し戻されており、コメントのところに「こんなものを承認するな」とお叱りの言葉が添えられていた。
やっぱりちゃんと書いてもらうべきだった……反省だなこれは。
ちなみに、差し戻したのは横須賀鎮守府の提督、臼井さんだ。厳しい人だけど、こればかりはどこの世界でも差し戻されそうなので、文句は言えない。
「じゃあ、書き直しっすね」
「えー……あたしも?」
不満そうな陽炎さんの声。しかし、これに関してはやってもらうしかない。
「申し訳ないですけど……」
「うーん、でも書くことがないのよねえ」
頭をひねる陽炎さん。
すると、
「あんたは書けることいっぱいあるでしょ」
叢雲さんが頬杖をつきながら、陽炎さんに目を向けた。
「改善点だって、もっと書くことあるんじゃないの?」
「えー、例えば?」
納得いかない様子で訊き返す陽炎さん。叢雲さんは背もたれに背を預ると、腕を組んで話始めた。
「まず撃つまでが遅い。背を向ける敵相手に、なんで悠長に様子見なんてしてるのよ」
「あ、あれは……」
どうやら痛いところを突かれたらしい。俺には全然わからないけど。
「それと、すぐかっかしない。おかげでどこを狙ってくるか丸わかりだったわよ」
「いやいやいや! そんなことがわかる叢雲が特殊なだけだから! 普通の艦娘にはわからないわよ!」
ないないと、目を丸くして陽炎さんが手を振る。
「だいたい、なんでかっかしたってわかったの?」
「……なんとなく」
「なによそれ。ほんっとでたらめなんだから」
呆れたと言わんばかりに、陽炎さんはため息を漏らした。
そんな陽炎さんに、叢雲さんが追い打ちをかけるように言う。
「他にもあるけど、訊きたい?」
「もういい。……叢雲のいじわる」
そう言って、陽炎さんはそっぽを向いた。
確かに、話を聞いてると大人げないように感じないこともない。
「よかったわね。書くこといっぱいあるって」
「あ、あざす……」
苦笑いを浮かべつつも、俺は叢雲さんに感謝した。
そして、陽炎さんに視線を移す。
「申し訳ないんですけど、今日中とかでも大丈夫ですか?」
「えっ?」
途端に目を丸くする陽炎さん。それも一瞬で、すぐに我に返ったように口を開いた。
「あ、うん。それは全然大丈夫」
なんだろう、俺なんか変なこと言ったかな。
あまり時間置かずに再回送したかったんだけど、流石に自己中すぎたか……?
「あっ、一応期限は今週中なんで。無理そうなら今日中じゃなくても大丈夫です」
「ううん、平気。こんなの書こうと思えばすぐに書けるから」
そうなのか。俺の気にしすぎかな……。
「ノイローゼ」
不意に、物騒な単語が横から聞こえてきた。俺は思わず苦笑い。
「ならないっすよ。そんな簡単に」
「なに、ノイローゼって」
首を傾げて訊き返す陽炎さん。叢雲さんが肩をすくめて言う。
「艦娘の顔色ばかり気にしてると、あっという間にノイローゼになるって話よ」
「えっ……司令、大丈夫?」
情けないことに心配されてしまった。
顔色気にしてるのは否定できないけど、俺ってそんなにメンタル弱そうに見えるのか……?
「もしかしてあたしのせい? ごめん、全然そんなはつもりはなかったんだけど」
「いやいや、陽炎さんのせいじゃないっす!」
全力で俺は首を横に振る。
すると、急に叢雲さんが小さく吹き出した。
「ちょっと、笑わせないでよ。お茶零しそうになったじゃないの」
「全然笑かすつもりなかったんですけど……」
頬を掻いていると、陽炎さんまでくすっと笑いだした。
「確かに面白いわね。司令にこんなに気使われたの、あたし初めてだわ」
「お人好しなのよ。こういう奴に限って、精神病んで辞めてくんだから」
「あー、わかるかもそれ」
言われたい放題だな……。
でも、メンタルに関しては強い方……と思ったけど、初日のあれがまた来たら、それなりに焦るかもしれない。
「大丈夫よ司令、そんなに気使わなくて」
と陽炎さん。真っ直ぐと俺の目を見て喋っていた。
「まだここに来て二日目だけど、司令がいい人なのは充分わかったし。だからあたしのことは気にしないで、なんでも命令して。できる限り全力で頑張るから!」
「……うっす」
真っすぐすぎる視線に、俺は目をそらしながらも頷いた。
やっぱいい子すぎるよな。何食べたらこんないい子に育つんだろうか。
「さてと! それじゃ早速、雑用……じゃなくて、任務をこなしていくとしましょうか!」
陽炎さんが元気よく言った。
雑用と言いかけたこと──というか言っちゃってるけど、そこは俺も叢雲さんもスルーした。
「それで、何からやればいいんだっけ?」
「えっとですね……」
陽炎さんの問いかけに、俺は言葉を詰まらせる。
ちらっと叢雲さんに視線をやると、まるで「早くしろ」と言わんばかりに、顎をしゃくってきた。
はいはい、わかってますって……。
「それが、ちょっとまだ決まってなくてですね……要相談でもいいですか?」
「そ、そうなの? あたしは別に構わないけど……」
若干、困惑した表情を見せる陽炎さん。提督に要相談なんて言われたら、普通こうなるよなあ。
申し訳ない気持ちを抱きつつも、俺は昨日のうちに印刷しておいた任務一覧を、陽炎さんに手渡した。そしてソファーに座るよう促す。
「なんか新鮮ね。前の基地では命令に従うだけだったんだけど」
ソファーに腰を下ろしながら、陽炎さんが言った。
俺の想像する提督も、大体そんな感じである。ただ、今の俺にそれは難易度が高かった。
「命令しようにも練度がちょっと……そもそも命令するとか向いてないんですけど」
「そういえば、司令ってここに来る前は何やってたの?」
一覧に目を通しながら、陽炎さんが質問してくる。
そういえば言ってなかったか。叢雲さんが「お守」やら「素人」だとか連呼するから、察してるものだと思ってたけど。
「どこにでもいる普通のサラリーマンすね」
「えっ? 民間人だったってこと?」
予想外の答えに驚いたようで、陽炎さんは一覧から目を離して、俺に目を向けた。
俺は苦笑しつつ頷く。
「ばりばり民間人すよ。なのにいきなり、こんなところに放り込まれるっていう」
「うわぁ……それはキツイわね」
「そうなんすよ。ほんとブラックすぎてえぐいっす」
そう言った後、すぐに付け加えた。
「まあ陽炎さんほどじゃないですけど……」
陽炎さんのいた第七基地。話を聞く限りでは、相当ブラックな環境だったように思える。
それに比べたら、俺なんてまだマシだと思った。頼りになる先輩がいるというのは、本当にありがたいな。
「……なに?」
「あ、いや……なんでもないっす」
俺の視線に気付いた叢雲さんが、目を細めてこっちを見てきた。
ちらっと一瞬見ただけなのに、なんで気付くんだよ……。
「あんたたち、駄弁るのも結構だけど。今日中マストなやつは片付けちゃってよ」
叢雲さんから、遠回しに「仕事しろ」とお叱りの言葉が飛んできた。
今日中マストなやつ……確かに何個かあったな。
「なに? マストなやつって」
陽炎さんの疑問。俺はチェックしていたそれに目をやる。
「船団護衛が三件あるっすね」
「ちょっと待って、船団護衛もあたし一人でやるの?!」
一覧に目を戻し、驚愕する陽炎さん。俺が何かを言う前に、叢雲さんが淡々と言った。
「大丈夫でしょ。べつに遠出するわけじゃないんだから」
「いやいや、船団護衛って普通は四人以上の艦隊でやるものでしょ! あたし一人じゃ何かあった時に守りきれないわよ?!」
確かに。陽炎さんの言っていることはごもっともだ。
船団護衛は複数人で構成された艦隊で行うもの──研修でもそう習ったし、誰でも知ってる基本的な知識だ。
だから前に俺も、陽炎さんと同じことを叢雲さんに訊いた。
でも──。
「この基地のどこにそんな人がいるのよ」
陽炎さんの声は、叢雲さんの正論パンチによって一刀両断された。ちなみに俺が訊いた時も、同じことを言われた。
そう、この基地は致命的に人が足りない。なので、船団護衛も一人でやってもらうしかないのが現状なのだ。
「うそでしょ……ほんとに何かあったらどうする気?」
「何もないわよ。船団護衛と言っても、便宜上そう書いてあるだけだし」
「……どういうこと?」
訝し気に、陽炎さんが叢雲さんを見つめる。
叢雲さんは平然と、陽炎さんの疑問に答えた。
「そこに載ってるのは、深海棲艦の出ない航路しか通らないのよ」
そう言って、叢雲さんは肩をすくめて続ける。
「でもこのご時世、いくら安全な航路とはいえ、艦娘が誰一人護衛にいないんじゃ苦情がくるでしょ。誰かがやらないといけないのよ」
「……つまり?」
「護衛は名ばかりで、形だけってこと」
いわゆるお役所仕事というやつだ。
これを初めて聞いた時は「なんやねんそれ」と、つっこみそうになったのを覚えている。
「要は雑用ってことか。なるほどね」
納得した様子の陽炎さん。さすが、俺とは違い窓際基地への適応が早い。
「そういうこと。でもちゃんと護衛してる素振りは見せないとだめよ。護衛中にあくびなんかして苦情でもきたら、全部こいつのせいになるから」
叢雲さんがこっちを見て顎をしゃくった。
嫌なこと言うなぁ……前の職場でもあったけど、ここに来てまで苦情対応なんてしたくないぞ。
「それは……もししちゃったらごめんね、司令」
てへっと笑みを浮かべながら、陽炎さんが言った。
勘弁してほしいけど……あくびは生理現象だし、仕方ないと言えば仕方ないか。
「まあ……その時はその時っすね」
すると、陽炎さんはくすっと小さく笑った。
「冗談だって。あたし任務の時は真面目だから、ちゃんとやるわよ」
おお、なんという頼もしいお言葉。
「こんなの、前の基地と比べたら楽勝だし。一日中だって余裕よ」
「まじですか……」
胸を張って言う陽炎さんに、俺は思わず苦笑い。さすが、ブラックな環境にいただけあるなと思った。面構えも心構えも違う。
任務内容を確認し終えると、陽炎さんはソファーから立ち上がった。
「それじゃ、行ってくるわね」
「うっす。お願いします」
「いってらー」
部屋を出て行こうとする陽炎さんに、俺も立って頭を下げる。叢雲さんも、片手をひらひらさせていた。
陽炎さんがいなくなり、俺は椅子に座り直す。
ふぅ……とりあえず一段落かな。
「こんな感じでいいですかね」
「なにが」
叢雲さんに話しかけたところ、無機質な声で返事が返ってきた。
俺は気にせず話を続ける──もう慣れたからね。
「運営方針というか……当分は朝会的なのをここでやって、やることを三人で整理しようかなと」
「……いいんじゃない。提督はあんたなんだから、やりたいようにやりなさいよ」
先の演習の報告書とにらめっこしながら、叢雲さんは喋っていた。
急に優しい言葉が返ってきたため、俺は調子に乗って訊いた。
「なんか先輩からアドバイスないですか」
「誰が先輩よ」
叢雲さんの目が、報告書から俺に移る。心なしか、威圧感があるような気がする。
俺は気にしない振りをして、話を続ける。
「いや、いつまでもお守をしてもらうのも悪いじゃないすか」
「ならさっさと仕事覚えなさいよ。せっかく楽しにここに来たのに、全然楽できないじゃない」
理不尽な文句をぶつけられてしまった。
うーん、頑張ってる方だと思うんだけどなぁ……自分で言うのもなんだけど。
俺は肩をすくめて、会話を終えた。そして、自分の作業を開始しようとした時、不意に叢雲さんが口を開いた。
「まあ、思ってたよりコミュ力が高いのは認めてあげてもいいわよ」
「はあ……あざす」
なんか謎に褒められた。コミュ力ねぇ……別に普通だと思うけど。敬語な上に、さん付けで呼んでるし。
ただ、褒められて悪い気はしないので、余計なことは言わず大人しく褒められておこうと思った。