提督に転職したら想像以上にブラックだった件 作:Sh1Gr3
定時が近付いてきた頃。
俺と叢雲さんは、届いた一通のメールの内容に目を通していた。
「……面倒なことになりそうね」
「え、そうなんですか?」
叢雲さんの呟きを聞いて、俺は首を傾げた。
添付ファイルの中身──今度この基地に着任予定の、新たな艦娘の人事情報を見ながら。
「そこまで怖そうな人には見えないですけどね」
「誰も怖そうなんて言ってないでしょ。私は面倒なことになりそうって言ったのよ」
頬杖をつきながら、気怠そうに喋る叢雲さん。
確かに怖そうとは言ってないけど、じゃあなにが面倒なんだ?
黙考モードに入っていると、
「ねえ司令、あたしにも見せて!」
机を挟んで向かい側。そこに先ほど、遠征から帰ってきた陽炎さんが立っていた。
見せてというのは、たぶん人事情報のことだろう。
「だめよ。あんたは報告書を仕上げるのが先でしょ」
「えーっ!!」
横から叢雲さんの待ったが入り、心外そうな陽炎さんの声が提督室に響いた。
「だって、こんなに書いたことないんだもん! 今からやっても絶対定時じゃ終わらないわよ!」
陽炎さんは、今日だけで遠征を三回こなしている。
いずれに関しても、陽炎さん曰く「楽勝だったわ!」とのことだった。言葉通り、疲れている様子もないので本当に楽勝だったのだろう。
あと、今のところ特に苦情の電話もきていないので、俺も問題なかったものと思っている。
ただ、遠征に出た艦娘は、結果に問わず報告書の提出が義務付けられていた。
遠征に出たのは陽炎さん一人。なので、必然的に陽炎さんが三回分の報告書を書かなければならなかった。
それでさっきから、ぶつくさと文句の言葉を吐き散らかしていたというわけだ。
とはいえ、この部屋で書くと言い出してから、まだ10分と経っていないことは、言わないでおこう。
「書けるところまで書いて、あとは明日でいいわよ」
「ほんと?!」
叢雲さんの台詞に、ぱあっと陽炎さんの表情が明るくなった。
へえー、やっぱなんだかんだで優しいな──と思っていたところ。
「言っとくけど、演習の報告書はマストだから。それだけは終わらせなさいよ」
「あっ、忘れてた……」
ズーンと陽炎さんが肩をおとす。それから目が虚ろになった。
「叢雲は終わったの?」
「とっくにね」
「むぅ……ずるい! あたしなんて書く暇なかったのに!」
頬を膨らませて、文句の言葉をぶつける陽炎さん。感情の切り替えが早い。
まあ、秘書艦としてここにいる間、ずっと報告書を書けるわけだしな。言いたいことは分からないでもない──秘書艦としての仕事もこなすことが大前提だが。
「文句言ってる暇があるなら、手動かした方がいいんじゃない?」
「んもう、叢雲のいじわる!」
諦めたのか、陽炎さんはソファーに腰を下ろすと、報告書とのにらめっこを始めた。
いったん空気が落ち着いたところで、俺は話を戻す。
「それで、なんで面倒なんでしたっけ」
「なんでって言われてもねえ。そういう奴だから、としか言えないわね」
肩をすくめながらも、叢雲さんが教えてくれた。
どんな人であれ、面倒事を持ち込まれるのは勘弁だなぁ……。
気になったので続けて質問。
「知り合いなんすか?」
「……さあね。ある意味、知り合いとも言えるかもね」
「なんでそんな意味深な言い方なんすか」
思わず苦笑いを浮かべていると、
「そういえば、叢雲ってここに来る前はどこにいたの?」
報告書にペンを走らせる陽炎さんが、会話に加わった。
ちなみに、叢雲さんが前にどこにいたのかは俺も知らない。
「それだけ強かったら、やっぱ第一とか?」
第一というのは、横須賀第一鎮守府のことを指す。世間一般的な横須賀鎮守府と言ったら、第一のことだ。
あり得る。臼井さんとも知り合いぽかったし。
すると、これまた気怠そうに叢雲さんが口を開いた。
「忘れた。いたこともあったんじゃない」
「うわー、また濁そうとしてる! ここに来た理由も教えてくれなかったし、叢雲のけちんぼ!」
「あんたねぇ……子供じゃないんだから」
呆れた顔でため息を零す叢雲さん。
叢雲さん相手にここまで強く言えるなんて、やるなあ陽炎さん。
しみじみと感心している間も、二人の会話は続く。
「じゃあ、これだけは教えて」
「やだ」
「まだ何も言ってないわよ?!」
「だって、ろくなこと言わなそうな顔してるもの」
「……司令、叢雲ってエスパーなの?」
急に陽炎さんから訊かれたそれに、俺は「いやぁ……」と苦笑い。
流石に違うと思うが、読心術ぐらいは普通にやってのけそうではある。
「ねえ、司令も知ってるでしょ。零艦隊のこと」
唐突に、聞き慣れない単語が陽炎さんの口から発せられた。
零艦隊──まだ深海棲艦が出現して間もない頃。本土に押し寄せる深海棲艦の軍勢を、たった五人で全滅させた伝説の艦隊……だったはず。確か研修の時に座学でそう習った。
「叢雲が零艦隊じゃないかって、不知火が言ってたのよ」
「まじすか?」
俺はちらりと叢雲さんに目をやる。
叢雲さんが零艦隊か。なんか普通にあり得そうだなぁ……。
「わかんないですけど、それぐらいの貫禄はありそうすね」
「ほら、司令もこう言ってるわよ。どうなんですか、叢雲さん!」
わくわく顔で叢雲さんを見る陽炎さん。
すると叢雲さんは、心底面倒くさそうにため息を吐いて言った。
「そういう話が大好物なのよ。今度来る奴はね」
「今度来る奴……? それって、自分からここに行きたいって言った変わり者のこと?」
「そ。週明けには来るらしいわよ」
「へー、そうなんだ」
俺は二人の会話を聞きながら、人事情報に目を通していた。
青葉型重巡洋艦一番艦──青葉。
見た目はなんとなく高校生か、大学生ぐらいの印象を受ける。叢雲さんや陽炎さんと同じで、整った顔立ちと髪色や瞳の色から、一目見ればすぐに艦娘だとわかりそうだ。
うーん……顔写真を見る限りでは、叢雲さんの言う「面倒なこと」とは無縁ぽいんだけどなあ。
ざっくりと青葉さんの情報を陽炎さんにも話すと、
「あたしの知らない人ね」
そう言って、報告書から顔を上げた。
「それで、どんな人なの?」
「良く言えば新聞記者」
「……は?」
叢雲さんの回答に、陽炎さんは眉をひそめた。
俺自身も、頭の中に疑問符を浮かべた。なんだよ新聞記者って。
「その真似事をしてるような奴よ」
「ああ、そういう……」
「ここに異動して来るのも、ネタ集めのためでしょうね」
「なにそれ。そんなふざけた理由で異動して来るっての?」
「そういう奴なのよ。青葉って艦娘は」
達観したように喋る叢雲さん。陽炎さんに関しては、台詞から怒ってるように見えた──そりゃそうだよな、来たくて来たわけじゃないんだし。
俺はふと気になったことがあり、タイミングを見計らって口を挟んだ。
「ちなみに、悪く言ったらなんなんすか?」
「パパラッチね」
「え、最悪じゃないすか……」
「だから言ったでしょ。面倒なことになりそうだって」
そういう意味かー……確かに面倒くさそうだな。
「こんな窓際基地にいるあんたたちは、青葉のいい獲物でしょうね」
叢雲さんが肩をすくめる。「それ叢雲さんもでしょ」というツッコミは、すんでのところで飲み込んだ。
と、そこへ陽炎さんが声をあげた。
「冗談じゃないわよ。そんなくだらないことしてる暇がないぐらい、こき使ってやるわ」
おお、なんとも頼もしいお言葉。ちょっと物騒ではあるけど。
「司令、来週からじゃんじゃん任務こなしていくから。その青葉さんと一緒に」
「はあ……それは全然いいですけど」
「ビビらせてやりましょ。ここに来たことを後悔するぐらいにね!」
メラメラと闘志を燃やす陽炎さん。
その時、業務終了を告げる時報が鳴った。
「あ、やばっ! まだ報告書終わってない……」
ちらりと陽炎さんが、俺のことを見てきた。
俺は手を振りながら言う。
「全然いいすよゆっくりで。まだ自分も作業あるんで」
「ありがと! やっぱ司令って優しいわね!」
その言葉に、俺は何度目かの苦笑いで返した。
横から叢雲さんが、ふっと鼻で笑うのが聞こえてくる。
「そんなんじゃ、後悔させるどころか良いネタにされるのがオチね」
それを聞いて、俺は早くも青葉さんの着任に不安を覚えたのだった。
これが波乱の予感てやつか……どうかこの予感が、当たりませんように。