提督に転職したら想像以上にブラックだった件 作:Sh1Gr3
その後の第十八駆逐隊は、無限に愚痴を零す霞と戦艦クラスの眼光を継続する不知火を引き連れて、入渠ドックへ向かった。本来であれば、提督の許可なく入渠することは規律違反であったが、秘書艦の名取がなんとかしてくれたらしく、滞りなく入渠することができた。
入渠後は流れるように食堂で遅めの夕食を済ませ、各々早々に自室へと戻って行った。
道中何人かの艦娘とすれ違い、話しかけようと歩み寄る艦娘も見受けられたが、みんな途中でその歩みを止めて離れて行った。とても話しかけられるような雰囲気ではなかったのだろう。特に不知火と霞が顕著であった。
自室に戻った陽炎は、さっそく荷造りを始めた。くたくたで今すぐベッドに潜り込みたかったが、なにしろ異動は明日だ、時間がない。だんだんと重くなる瞼を、無理にでも開かせていた。
不知火はというと、机に向かって今日の出撃の報告書を作成していた。不機嫌でも自分の仕事は投げ出さない辺り、さすがの真面目具合である。ただ、どうにもペンが進んでいないように見えた。
そんな不知火に、陽炎は荷物を整理しながら声をかけた。
「手止まってるわよ」
「……」
不知火からの返答はない。相変わらず背を向けたままだ。
ただ、不知火から話しかけるなオーラが滲み出ていることは、陽炎にも感じ取れた。思わずため息が漏れる。
「いつまでへそ曲げてる気? あたし明日には異動なのよ?」
「……」
「悲しいなあ。きっと異動先でも、ここみたいに散々こき使われて暴言吐かれるんだろうなあ。なんたって、噂の第八基地だしー」
ちらちらと不知火の様子を伺いながら喋る陽炎。しかし、不知火はだんまりを続けていた。
さすがの陽炎も、これには少しむっときた。
「ちょっと、なんとか言いなさいよ」
「……」
「そりゃあ、異動するのはあたしの自業自得だけどさ。でも、少しぐらいは慰めてくれてもいいじゃない」
不知火の背に言葉をぶつける陽炎。それでも不知火は黙ったままだったので、陽炎は「もういい!」と言って荷造りに戻った。
部屋にしばしの沈黙が訪れる。不意に不知火が呟くように言った。
「どう──とめ──ですか」
「え? なに?」
所々聞き取れない部分があり、陽炎は訊き返した。すると、もう少し大きめの声が返ってきた。
「どうして、止めたのですか」
「なにが?」
質問の意味がわからず首を傾げる陽炎。不知火が身体を陽炎へと向けた。
「不知火も霞と同じ気持ちでした。陽炎が止めに入らなければ、不知火はそのまま司令に手を出していたと思います」
「あー……あれね」
確かに、あの時の不知火はそれぐらいキレていた。かくいう陽炎も腹が立っていたし、それは霰だって同様だったに違いない。
しかし、横にそれ以上にキレている二人がいたので、逆に冷静になれた。そのおかげで、陽炎は霰に指示できたし、不知火を止めることができたのである。あれは我ながら英断だったと陽炎は思った。
「陽炎が止めなければ、異動命令も不知火に代わっていたと思います」
うつむきながら小声で喋る不知火。これには陽炎は呆れてため息を漏らした。
「なわけないでしょ。司令に手を出せばただじゃ済まないって、そう言ったの自分じゃないの」
「……」
再び沈黙。返す言葉がなさそうな感じだ。
陽炎がぼやき始める。
「心配だなあ。さっきみたいに、不知火が馬鹿なことしたら止められる人いないんだもん」
「……馬鹿?」
不知火が肩をぴくっとさせる。それに気付かずに陽炎は続けた。
「霞もちょっと危ないし、霰の負担が増えそう……大丈夫かなあ」
腕を組んで頭をひねっていると突如、不知火から鋭い視線を感じた。
その感覚は的中していて、見れば不知火は先ほどのような、戦艦クラスの眼光を陽炎に向けていた。
ごくりと唾を呑む陽炎。眼光を崩さないまま、不知火が口を開いた。
「馬鹿は陽炎、あなたです」
「……は? あたし?」
何を言われるのか、もしくはされるのか身構えていたところ、予想の斜め上の言葉が飛んできて陽炎は一瞬戸惑った。構うことなく不知火が続ける。
「もとはといえば、陽炎が暴れたのが発端です。それを馬鹿とは……その言葉、そっくりそのままお返しします」
「はあ? さっきと言ってることが全然違うじゃないの」
憤慨した陽炎が声をあげる。
「司令の前では自分の落ち度だって言ってたでしょうが!」
「それはそれです。今その話はしていません。今は陽炎が不知火のことを馬鹿と言ったことについて話しています」
「なんでよ、事実でしょ」
「違います。あれは陽炎を庇おうとした結果の行動です。不知火に落ち度はありません」
台詞の通り、まったく悪びれる様子のない不知火。
陽炎は流石にイラっとして、声を荒らげて言い返した。
「落ち度だらけよ! あれ止めなかったら、あんた解体されてたかもしれないのよ?!」
「最初に手を出そうとしたのは陽炎です。陽炎こそ、解体されても良かったと?」
「いいわよ全然! あんたを助けられるなら、異動だろうが解体だろうが怖くない!」
「それです。陽炎はいつも後先考えずに発言します。悪い癖です」
痛いところを突かれ、口をつぐむ陽炎。すぐにそっぽを向いて反論する。
「いいじゃないべつに。あんたは無事だったし、霰と霞もお咎めなし。あたしは第八基地に異動するだけですんだんだから」
「……だから馬鹿だと言うんですよ。呆れてもう話す気にもなりません」
そう言って、不知火は陽炎に背を向けた。
そんな不知火の態度にかちんときた陽炎が、声を荒らげる。
「ちょっと、なによその態度! 言いたいことがあるならはっきり言いなさいよ!」
声を張り上げたせいか、陽炎は肩で息をしていた。
陽炎に言われて、不知火は背を向けたまま「そうですね」と少しだけ考える素振りを見せる。ほどなくして、陽炎の方を向いて言った。
「異動してもお元気で」
この一言が、陽炎の逆鱗に触れた。かっと頭に血が上る。
陽炎は反射的に近くにあった枕を手に取ると、
「この落ち度だらけのバカ不知火!」
怒声とともに不知火に向かってぶん投げた。
枕は見事に不知火の後頭部に命中。衝撃で不知火は頭を前に倒し、驚きから声にならない声をあげた。
命中を確認して、陽炎はふんと鼻を鳴らした。
「ざまあみなさい。これに懲りたら、少しは可愛らしく──」
そこから先の言葉は出てこなかった。枕を拾い上げる不知火から、殺気にも似た何かを感じ取ったからである。
そして、不知火は先ほどまでとは比にならないぐらいの眼光で、陽炎を睨みつけた。
「不知火を怒らせたわね……」
「なによ、やろうっての?」
そんな不知火相手でも、陽炎は一歩も引かない。頭に血が上っている状態なので、もう引くという概念は存在しなかった。
互いに睨み合っていると、不知火が先に動いた。
「沈め!!」
手に持っていた枕を、陽炎に向かって思いきり投げ返した。枕は陽炎の顔面の真横を通過し、そのまま壁に直撃した。ドンと鈍い音が部屋に響く。
流石にまずいと思い、陽炎は慌てて不知火を止めようとした。
「ちょ、あんた少しは手加減しなさいよ!」
「問答無用!」
残念なことに、陽炎の言葉は今の不知火には効果がなかった。不知火が今度は自身の枕を手に取る。陽炎はたまらず立ち上がった。避けられるように空いたスペースへ素早く移動する。
その時、突然部屋の扉が開かれた。
陽炎の視線が一瞬、扉の方へ移る。陽炎と扉がちょうど重なった瞬間、不知火は枕を発射した。
「へぶっ?!」
枕は見事に顔面に命中して、声にならない悲鳴をあげた。
しかし、悲鳴をあげたのは陽炎ではなかった。間一髪、陽炎はしゃがむことで枕を避けることに成功していたのだ。
顔から枕が床に落ちる。枕を顔面で受けた霞は、不知火に負けないレベルの殺気を放っていた。
陽炎は「あちゃー」と手で口を覆った。これ以上ないぐらい最悪のタイミングである。
「枕投げ……楽しそう……」
「霞さん?! 大丈夫ですか?!」
霞の横から、この状況でも楽観的な霰と、霞を案じる日振の声が聞こえてきた。他にも大東、昭南が日振の横に並んでおり、二人は霞の殺気に驚いて目を丸くしていた。
それに気付いた霞は、瞬時に殺気を引っ込めると、枕を拾い上げて日振たちの方を見た。
「ほら、いたわよ」
そう言って、日振を先頭に大東、昭南を部屋に入れる。
三人を見て、不知火の殺気と眼光もすっかり元通りになった。
「不知火さん……ご無事でよかったです」
「ありがとう、あたいたちを庇ってくれて」
「ありがとうございました」
各々が感謝の気持ちを述べていた。
これには陽炎も、荒れた心が穏やかになっていくのを感じた。不知火はほんの少しだけ口の端を曲げると、
「あなたたちも、無事でなによりです」
先ほどまでとは真逆の、優しい目を三人に向けた。
日振たちが感謝の言葉を伝え終えると、霞が「もうすぐ消灯時間だから」と部屋に戻るよう促した。三人は改めて不知火に頭を下げると、自分の部屋に戻って行った。
三人が去って行ったことで、再び部屋には静けさが訪れた。しかしながら、先ほどまでのような殺伐とした空気は漂っていなかった。
陽炎も不知火も、もはやさっきの続きをやる気はなかった。これも日振たちの純粋な気持ちのおかげだろうと、陽炎は心の中で三人に感謝した。それは不知火も同じ想いだった。
二人は互いに目を合わせる。そして何か言おうとしたその時、代わりに霞が口を開いた。
「さてと」
途端に陽炎と不知火へ、視線を向ける霞。口元は笑っているが目が笑っていなかった。明らかに怒っている霞に、二人は息を呑む。
霞が一歩前に出た。
「やけに隣が騒がしいと思ったら、枕投げして遊んでたとはねえ。なんで呼んでくれないのよ、寂しいじゃない」
口調は穏やかだが、目に見えない威圧感が漂っていた。
弁明しようと、陽炎が言葉を振り絞る。
「いや、別に遊んでたわけじゃ……」
ちらりと不知火を見やり、助力を促す陽炎。それに気付いた不知火が頷いて言う。
「陽炎の言う通りです。遊んでいたわけでは──」
不知火の言葉は途中で遮られた。霞の投げた枕が、顔面に命中したからだ。
先の霞のように、「ぶっ?!」と声にならない悲鳴をあげて後ろに倒れる不知火。それを見た陽炎はぞっとした。
「か、霞……さすがにそれは……」
「ふん、ざまあみなさい」
鼻を鳴らして、霞が吐き捨てるように言った。後ろでは霰が「痛そう……」などと呟いている。
陽炎は倒れた不知火に歩み寄った。こちらもせっかく引っ込んだ殺気が、また溢れ出しているところであった。陽炎は「あらら」と苦笑しつつ頬を掻いた。
不知火は何事もなかったかのように立ち上がると、枕を片手に霞を睨みつけた。
「やる気ですか」
「上等よ。かかってきなさい」
二人の間にバチバチと見えない火花が散る。
慌てて陽炎が割って入った。
「ちょっと待ってよ、こんな時間に騒いだら司令に──」
「邪魔です」
陽炎の言葉は、不知火の一言で一刀両断された。その直後、枕が陽炎の顔を勢いよく通過していった。
「あ、危ないじゃないの?!」
「邪魔よ!!」
今度は霞の方から枕が飛んでくる。危うく顔面に当たりそうになったが、間一髪のところで避けた。
陽炎は瞬時に二人の間から避難する。そして霰のもとへ駆け寄った。
「ねえ、どうしようこれ……やばくない?」
「大丈夫……陽炎もこれ」
楽観的な台詞とともに、霰が枕を渡してきた。それを見た陽炎は戸惑った。
「え、いつの間に……さっきは持ってなかったよね?」
「取りに行った」
「えぇ……」
困惑する陽炎。確かに霰と霞の部屋は陽炎の隣にあるので、取りに行けないこともないのだが。
「霰って、こういうの乗り気なタイプだったのね」
「陽炎、明日から異動だし……今日ぐらいは……」
「霰……」
陽炎は不意に込み上げてくるものがあり、霰を抱きしめようとした。
「あっ、危ない」
霰の言葉はぎりぎりのところで届かず、飛んできた枕が陽炎の横顔にクリーンヒットした。
枕が床に落ちる。霰が心配そうに声をかけた。
「大丈夫……?」
枕を拾い上げる陽炎。それから微笑んで言った。
「大丈夫よ。それより、その枕貸してくれる?」
「あ、うん。いいけど……」
霰は先ほどの霞と同様、目が笑っていないことに気付いていたが、そこには触れなかった。
言われた通り枕を陽炎に渡す。
「ありがと。危ないから霰は離れててね」
そう言い残し、陽炎はすっと息を吸うと「いい加減にしろ―!!」と叫んで参戦しに行った。
霰は少しの間、血眼で枕投げをする三人を見て、自分も参戦しようと部屋に霞の枕を取りに走ったのだった。
この枕投げ戦争はその後もしばらく続いた。
そのあまりの騒ぎっぷりに他の艦娘もぞろぞろと集まり出し、収拾がつかなくなりそうなところで、秘書艦の名取と衛視が駆け付けた。そして四人の駆逐艦による枕投げ戦争を、強制的に終戦させたのだった。
翌日。
朝から陽炎は提督室に足を運んでいた。
というのも、昨夜秘書艦の名取に朝食前に提督室へ来るよう言われたのだ。歩きながら陽炎は、自分だけが呼ばれた理由について思考を巡らせていた。
枕投げ戦争のことを怒られるのかと思ったが、それにしては陽炎だけ呼ばれるのもおかしい。異動の件とは違い、あれは完全に連帯責任というやつだ。こればかりは陽炎も、一人で罰を受ける気はなかった。
とすると、やはり異動の件だろうか。提督の気が変わって、異動先が海外の泊地に変更になったとか。いや、それにしては通達が遅すぎる。
では解体か? いや、それもない。艦娘の解体は結構な大事で、こんな昨日の今日で正式に決定できるようなものではなかった。
うーん、わからない。なぜ呼ばれたのだろうか。
なんで呼ばれることになったのか、結局わからないまま陽炎は提督室の前で足を止めた。
扉をノックする。「失礼します」と告げて中に入った。
中には二人の人影があった。提督の姿はなく、秘書艦の名取と艦娘の大淀が立っていた。この基地に大淀は所属していないので、別の基地の大淀だろう。会話したことはないが、有名な艦娘なので顔だけは知っていた。
「……来ましたね」
「は、はい」
陽炎の入室に、大淀と名取が反応する。
何やら重苦しい雰囲気であったが、陽炎は前に進み出た。
「あたし名取さんに呼ばれて……」
「知っています」
くいっと眼鏡を上げて、大淀が言った。
なにやらお堅い感じの雰囲気だ。陽炎はどうもこの感じが苦手だった。
「あの、司令はどこに?」
「いません。あの人は提督の任を解かれました」
「……えっ?」
大淀の言葉に、目をぱちくりさせる陽炎。最後の方の言葉の意味が理解できず、思わず訊き返した。
「すみません、いないってどういう……」
「クビになりました。そのため、後任の方が着任するまでこの基地の艦娘には休暇を与えます」
「は、はあ」
「陽炎さんの異動は延期とします。具体的な日程は追って報せますので、それまではゆっくり休んでください」
「えっ、あの……」
「残念ですが、異動は決定事項です。取り消しはできません」
大淀は「それでは」と言って、そそくさと部屋から出て行ってしまった。
なにがなんだかわからず、陽炎は途方に暮れた。個人的には今聞いた話はすべて忘れて、早いところ朝食にありつきたいところであったが、名取がいる手前そういうわけにもいかなかった。
陽炎は頭の中で今一度、大淀との会話を思い返す。
確か提督がクビになったとか素っ頓狂なことを言っていたような。
「……司令クビになったんですか?!」
ようやく話を理解し、陽炎は大きな声をあげた。大嵐でも大雪でもなく、まさか本当にクビになるとは。夢にも思っていなかった。
そんな陽炎に、名取が苦笑いを浮かべた。
「びっくりだよね。私もまだ信じられないもん」
「名取さんは知ってたんですか?」
「うん、昨日ね。陽炎ちゃんたちの帰りを待ってた時に、大本営から通達が来たの」
そういえばと、陽炎は昨日の提督室の状況を思い返した。
机と床の散乱した書類たち、提督のあの言動。あれはもう、通達を知っていたからこそのことだったのだ。
しかしながら、いまいち実感が湧かない。本来なら提督がクビになることは、この基地の全艦娘が夜通し踊りたくなるほど、喜ばしいことのはずなのだが。
「なんか、あまり現実味がないですね」
あははと笑いながら喋る陽炎。
「まあ、あれだけ好き放題やってればクビになって当然でしょうけど」
「……そうだね」
なにやら複雑そうな表情の名取。なんとなくだが、秘書艦として何か思うところがあるのだろうと陽炎は思った。
それは陽炎の知るところではないので、頭の中から消し去る。そして言った。
「名取さん、あたしたちのために色々とありがとうございました」
「えっ?」
唐突に頭を下げる陽炎を見て、名取は困惑した。陽炎は続けて言う。
「名取さんのおかげで不知火を助けられました。本当に感謝しています」
「……それは陽炎ちゃんたちが頑張ったからだよ。私は何もしてないし、できなかったの」
「いえ、そんなことは」
「ううん、できなかったんだよ」
そう言って、名取は目を伏せた。
陽炎に名取の心中を理解することはできない。ただ黙っていることしかできなかった。
名取が目を伏せたのは一瞬で、すぐに視線を戻すと微笑んで言った。
「朝食まだだよね。みんな陽炎ちゃんのこと待ってるよ。早く行ってあげないと」
「……はい」
名取の様子が気にならないと言ったら嘘になるが、とても話を訊ける空気でもなかった。
言われた通り、陽炎は名取に頭を下げて部屋を出た。
提督がクビになった報せは案の定、第七基地の艦娘たちを歓喜に打ち震えさせた。それは第十八駆逐隊も例外ではなく、不知火と霰は「当然だ」と言わんばかりの反応で、霞に至っては「ざまあみろ」と大笑いしていた。
その日の基地は、各々で休暇をどのように満喫しようかの話でもちきりだった。陽炎はそんな第七基地の艦娘たちを見て、ようやくこの基地はブラックな環境から解放されたんだと、実感が湧いたのだった。欲を言えば、もう少し早く──自分がこの基地にいる間に解放されたかったのだが。
休暇期間中は特にやることもなく、陽炎は自室で寝るか程よく自主訓練するかで時間を潰した。せっかくの休暇なのにという声もあがったが、陽炎自身あまり休暇という休暇を経験したことがなかったので、何をしたらいいかわからないというのが正直なところであった。
そんなこんなであっという間に陽炎の休暇期間は終了し、異動の日がやってきた。
第七基地の正門前。そこで陽炎と不知火は向かい合っていた。
「気が重いなあ」
陽炎はため息を吐きながら言う。
「ここよりブラックなところだったらどうしよう」
不知火が首を横に振る。
「それはないでしょう。不知火を助けてくれた艦娘は、不知火が出会ってきた艦娘の誰よりも強い方でした。そんな方がいる基地です、噂ほど酷いものではないと思います」
「そうかなあ。だといいんだけど」
とはいえ、不安ではある。
長年、苦楽を共にした仲間たちと離れるのは、思っていたよりも寂しいものなのだと、この瞬間に初めて実感させられた。
やはり、名残惜しいという気持ちは拭いきれない。
「その方は不知火たちと同じ駆逐艦です。性格も霞と不知火を足して二で割ったような方だったので、陽炎とも仲良くなれるでしょう」
と不知火。彼女なりに陽炎を励ましていた。
陽炎はくすっと笑って言う。
「不知火と霞を足して二で割ったら、愛想のない子になるんじゃないの?」
「陽炎の中では、不知火と霞は無愛想ということですね。よくわかりました」
「いや、まあ……でも二人とも可愛いから。そこは期待しておこうかな」
「……それはどうでしょうね」
目をそらす不知火。陽炎はまたくすりと笑った。
「じゃあね、不知火。霰と霞をよろしくね」
「はい。陽炎も元気で」
互いに別れの言葉を交わし、陽炎は不知火に背を向けて基地の正門をくぐる。そして「よしっ!」と気合を入れ、第八基地へ向けて歩き出した。
途中、何度も振り返りたい衝動にかられたが、陽炎は最後まで振り返らなかった。そんな陽炎を、不知火はその背が見えなくなるまで、見送っていた。
長くなりましたが、第七基地でのあれこれはこれで終わります。