提督に転職したら想像以上にブラックだった件 作:Sh1Gr3
嵐の前の静けさ
波乱の予感を抱きつつ、青葉さん着任当日を迎えた。
「いいわね司令。司令らしく、しゃんとしてよ」
「うっす……」
朝会時、唐突に陽炎さんによる青葉さん出迎え時の作戦会議が始まった。
とはいえ、身だしなみを注意する以外で俺にできることなんて、ないんだよなあ。
「第一印象が大事よ。あたしの時みたいに、司令だと思われないなんて論外だからね」
「そんなこと言われても……」
もはや苦笑いを返すことしかできない。
そもそも提督らしいってなんだ? 臼井さんみたいに、提督オーラ全開にしろってことなら、俺には無理だぞ。
「はい、まずはその敬語口調をやめること! あとは名前も呼び捨て必須ね」
「えぇ……」
「ほら、あたしか叢雲どっちでもいいから。やってみて」
パンパンと手を鳴らされ、催促されてしまった。
厳しいなぁ……いきなり難易度マックスなんだが?
俺はちらっと、秘書艦席の叢雲さんに目をやった。意外なことに、叢雲さんは頬杖を突きながらも、俺の方に目を向けていた。
まるで動物園の動物になった気分だな……。
仕方ないので、こほんと小さく咳払いをしてから、まずは呼び捨てを実践──陽炎さん相手に。
「か、陽炎……?」
「なんで疑問形なのよ。あと声が小さい、もっとハッキリと!」
「カゲロー」
「ちょっと、いくらなんでも棒読み過ぎない? 全然呼ばれてる感じがしないんだけど」
厳しいご感想が返ってきてしまった。
しかしながら、俺にだって言い分はある。
そもそも、まだ会って三日目なのにフレンドリーすぎるのだ。これに関しては、陽炎さんのコミュ力が高すぎるだけだと思う。
それに、前いた会社では年齢に関わらず、みんな「さん」付けだったし敬語だった。長年染みついたそれを、いきなり変えろって言われても無理だろ!
「じゃあ次、敬語なし縛りね」
「えぇぇ……まだやるんすか?」
「当たり前でしょ! その敬語とタメ語の間っぽいのも禁止ね!」
厳しい……。
まあタメ語で喋ることは、親しくなれる機会でもあるから、別に嫌なわけじゃないんだけどね。
「じゃあ……任務の割り振りは青葉さんが来てからってことで」
「今日中マストなやつは?」
「船団護衛と、区域内の哨戒で──だな。うん」
敬語で言いかけたところを、慌てて言い直した。
これだいぶしんどいぞ……あと普通に恥ずかしい。
羞恥心から頬を掻いていたら、途端に陽炎さんが「ぷっ!」と思い切り吹き出した。
「あははは!! なによその言い方……!」
「え、なんか変すか?」
「変でしかないでしょ。なんで最後、満足気に『うん』て付け足したのよ」
陽炎さんはしばらくの間、「あー、面白い!」と笑い続けていた。
それは叢雲さんも同様で、顔を背けながら身体を震わせているので、たぶんツボったのだと思う。
なんだよ馬鹿馬鹿しい、やってられるか!
「ひー、ひー……もう、真面目にやってよね」
笑いすぎて出た涙をぬぐいながら、陽炎さんが言う。
どうでもいいけど、そんなに面白いか?
「あんたたち、漫才もほどほどにしときなさいよ」
呆れ顔の叢雲さんによる鋭いツッコミ。
自分だって笑ってたくせに!
そう心の中で文句を吐き捨てていた、その時──。
扉が三回、ノックされた。
俺を含む全員の目が、扉の方へと向く。
「来たわね」
「司令、あまり期待してないけど、しっかりね」
はいはい……提督らしくは無理かもしれないけど、流石に礼儀は弁えてますよ。
俺は一呼吸いれてから、扉の向こう側にも聞こえるぐらいの声で「どうぞ」と返事をした。
ガチャリ──扉が開く。
失礼します!という声とともに、青葉さんが入って来た。
「おや……? なんだか空気がピリピリしているような気が……」
この場にいる俺と叢雲さん、陽炎さんへ順々に目を移しながら、青葉さんは呟いていた。
まずい、このままでは無愛想な職場だと思われてしまう──俺は二人よりも先に、真っ先に口を開いた。
「お疲れ様です!」
「ほえ? あっ、お疲れ様です……」
椅子から立ち上がって頭を下げる俺に、青葉さんは一瞬だけ戸惑いの様子を見せたものの、すぐに俺と同じようにペコリと頭を下げた。
あれ、なんか変だったか?
提督って艦娘相手に「お疲れ様です」なんて言わないのかな。などと頭をひねっていると──。
頭を上げた青葉さんが、自己紹介を始めた。
「えーっと、申し遅れました。青葉型重巡洋艦一番艦、青葉です。よろしくお願いします」
「神城です。よろしくお願いします」
再度、互いに頭を下げ合う。
俺に続いて、叢雲さんと陽炎さんも自己紹介を始めた。
「叢雲よ。そいつの秘書艦やってるわ」
「陽炎型駆逐艦の陽炎でーす」
「あ、はい。お二人とも、よろしくです」
無事、自己紹介タイム終了。
叢雲さんが面倒な人だと言うから、若干身構えていたのだが……全然普通の人っぽいというのが、今のところの印象だ。
まあ、これから暴れないとは言い切れないので、油断禁物ではあるが。
「とりあえず荷物もあると思うんで、一時間後とかにまた来てもらってもいいですか」
「わかりました。それでは、また一時間後に来ます」
そう言うと、青葉さんは提督室から出て行った。
提督室がシーンと静まり返る。
今度は、陽炎さんが最初に口を開いた。
「なんか、意外と普通の人そうじゃない?」
「そうっすね……どっちかというと大人しそうな感じっすよね」
青葉さんの印象について、陽炎さんと会話していると、
「甘いわねえ」
ふっと鼻で笑いながら、叢雲さんが会話に加わった。
「ま、あのまま大人しくしてるわけないから。面倒な目に遭いたくなかったら、周りには常に気を配っておくことね」
えー……急に物騒なこと言い出すじゃん。
てかそんな生活してたら、あっという間に禿げそうなんだが。
「とりあえずは様子見ってとこか」
「ですね……」
陽炎さんの言葉に、俺は不安ながらも同意したのだった。
提督室を後にした青葉は、ルンルン気分で自室へと向かっていた。
「いやあ、面白そうな香りがプンプンでしたねぇ~」
そう独り言ちながら、提督室でのやり取りを振り返る。
部屋に入った瞬間のピリッとした空気、あれは警戒心や敵意からくるものだった。
特に、あの陽炎型駆逐艦──陽炎。彼女から発せられていたものだ。
青葉自身、陽炎とは面識がないので地味に心外ではあるのだが、おそらく情報が行き届いているのだろう。
これから青葉がしようと考えていることも、全てバレているはずだ。そのうえで、重巡である自分にもあの態度というのは納得ではある。
さすがは、提督に殴りかかった艦娘というべきだろう。あれは取材しようにも、骨が折れそうだ。
まあ、そこに面白みを感じているのだが。
しかし、それよりも──。
「司令官とその秘書艦……こちらはもっと面白そうですねえ」
青葉はメモ帳を開きながらペンを片手に、書き記された文字に目を通していく。
あの提督は、民間企業から転職してきたばかりのはず。それなのに、緊張はあれど初対面の艦娘相手に、言葉を交わすことへの迷いや戸惑いが一切なかった。
てっきりまだ艦娘慣れしていないと思い、挨拶時に早速一言もらう気満々でいたのに。
こちらの想定よりも艦娘慣れしていて、タイミングを失ってしまった。
「思ってたよりコミュニケーション能力が高そう、立ち回りに気を付けるべしっと」
提督について書かれたメモに、ペンを走らせる。
情報の修正が終わり、今度は秘書艦について書かれた──ほとんど白紙のページに目を移した。
秘書艦については、事前情報がほとんどなく白紙に近かった。
「まさか秘書艦が叢雲さんだったとは……でも、第一の叢雲さんとは別人でしたね」
頭の中に疑問符を浮かべながらも、秘書艦のページに得た情報を追記していく。
そして今後のことを考えれば考えるほど、その足取りは軽快なものへと変わっていった。
今まで「基地」と書いてきましたが、
ここからは「鎮守府」と書くことにします。
過去話も修正しますので、
ご静観のほどよろしくお願いします。