提督に転職したら想像以上にブラックだった件 作:Sh1Gr3
「早速ですが、一言お願いします!」
「はあ……」
記者らしくメモ帳とペンを持つ青葉さんを前にして、俺は苦笑いを浮かべた。
そんなこと急に言われても何も思い浮かばないけど、そうだな……あえて一言述べるとすれば、「どうしてこうなった?」と逆に訊いてやりたいところである。
俺と青葉さんは、お昼休みということで食堂にいる。
いつもは売店で適当に買って提督室で食べているのだが、今日は違った。売店で昼飯を選んでたら青葉さんに声をかけられて、そのまま流れで食堂にといった感じ。
まあ断れないよな……異動してきたばかりなのに、哨戒任務もやってくれたし。
俺は昼飯のカレーを飲み込んでから、青葉さんに訊く。
「一言って何言えばいいんですか」
「そうですねぇ……では、今のご気分を率直にお願いします!」
「今の気分すか?」
意外な質問だと思った。そんなどうでもよさそうなこと訊いてくるのか。
うーん、今の気分ねぇ……。
「カレーが美味いっす」
「な、なるほど。カレーが美味しい──と」
メモ帳にペンを走らせる青葉さん。
たぶん、今俺が言ったことをメモしているのだろう。カレーの感想まで書くのか……。
「それでは、青葉もいただきます」
と、青葉さんはメモ帳とペンを置いて、目の前に置かれた自身のカレーを口へと運んだ。
今のうちに俺も、食べれるだけ口の中に流し込む──また取材なんてされたら食べづらいからね。
「やっぱりカレーは美味しいですね~」
「好きなんすか?」
「カレーが嫌いな艦娘なんていませんよ。艦娘にとっては、ある意味伝統的なお料理ですからね」
「へー、そうなんすね」
カレーが伝統的な料理か。初めて聞いたけど、軍の人なら当たり前に知ってることなのかな。
「そういえば、司令官は転職して提督になったんですよね」
質問されたので、俺はカレーを食べる手を止めた。
「そうですね。なんか受かっちゃったんで」
「なるほどなるほど。では今度は、そのことについて一言お願いします!」
再び、サッとメモ帳とペンを手に持つ青葉さん。
それを見て、俺は思わず苦笑い。真似事とはいえ、記者の鑑だな。
「後にしません? 昼休み終わっちゃいますよ」
「むっ……確かに、それもそうですね」
ちらりと時計を見た青葉さんは、またカレーを食べ始めた。なんだ、普通に聞き分けのいい人じゃん。
俺はカレーを食べながら、逆に質問した。
「午前中の哨戒どうでした?」
「特段問題なかったですよ。あとで報告書提出しますね」
「おお、あざす」
安心した。本当は陽炎さんと二人で哨戒に出てもらうつもりだったんだけど、それだと効率悪いからということで、分担してもらうことにしたのだった──分担は船団護衛が陽炎さん、哨戒任務が青葉さん。
俺的には人事情報上の練度が『乙』の青葉さんより、陽炎さんに哨戒任務を任せたかったんだけど、船団護衛に重巡を出す提督はいないと、陽炎さんと叢雲さんに叱責されて、仕方なくこの分担になった。
一応なにかあった時のために、叢雲さんが作戦司令室にいてくれたので、大丈夫だとは思いつつ。
とはいえ、待ってるだけというのはどうしても不安なんだよな。提督ってのはつくづく大変な仕事だよ──主に精神面が。
皿の上のカレーがなくなりかけたところで、青葉さんから質問が飛んできた。
「この鎮守府は、叢雲さんと陽炎さんしかいないんですか?」
「そうっすよ。自分が来た時は叢雲さんだけでしたね」
「ふむふむ……まさに噂通りの鎮守府って感じですね!」
心なしか嬉しそうな青葉さん。
噂って、絶対ろくな噂じゃないだろうな。
「そんなに有名なんすかここ」
「有名かどうかはわかりませんが、青葉の耳には届いていました」
それもそうか。自分から行きたいって言うぐらいだもんな。
──ちょっと訊いてみるか。
「大淀さんから聞いたんですけど、自分からここに来たいって言ったんですか?」
「えっ……あー、そうですね」
頬を掻きながらそっぽを向く青葉さん。
都合が悪いことを訊かれた、明らかにそんな感じだ。
「なんだか、司令官相手だと調子が狂いますね……」
そう言って、青葉さんはどこか困ったように笑った。
それからスプーンを置いて、また話し始めた。
「確かに、青葉は自分から望んでここに来ましたよ」
「やっぱりそうなんすね」
皿が空っぽになり、口直しに水を飲んでいると、
「訊いてきた割には、興味なさそうですね」
ムッとした顔でそう言われ、俺は慌ててコップを置いた。
「いやいや、そんなことないですよ! なんでなんすか?」
このなんでというのは、「なんで自分から望んでここに来たのか?」という意味だ──慌てて喋ったので、だいぶ省略してしまった。
すると、青葉さんは俺から目をそらして言った。
「まあ、一言で言うなら興味があったからですかね」
「ここにですか?」
「はい。噂の窓際鎮守府がどういうものなのか、取材してみたくなったんです」
「あー……なるほど」
そういうことか。叢雲さんの言ってた通りだったな。
いつも通り苦笑いを浮かべていると、
「青葉としたことが、取材する側のはずが取材される側になってしまいましたね」
そう言って、青葉さんはクスッと小さく笑った。
「本当は、訊かれたらごまかすつもりだったんです」
「そうなんすか?」
「当たり前じゃないですか。興味があったから異動してきただなんて言ったら、何言われるかわからないでしょ?」
「まあ……確かに」
陽炎さんみたいなタイプに、気を使うつもりだったってわけか……普通にいい人だな。
「でも言っちゃってよかったんですか? 自分一応、提督ですけど」
「大丈夫です。この時間で司令官が充分、お人好しな方だとわかったので!」
「はあ……」
途端に自信あり気に喋る青葉さんに、俺はまたも苦笑い。
ということは、これも情報収集の一環だったのか。ほんと、記者の鑑だな。
「そもそもです。青葉とお昼をご一緒してくれる時点で、取材してくださいと言ってるようなものですよ?」
「いや、全然そんなつもりなかったんですけど……」
あまりにも初見殺しすぎる。そんなの人事情報のどこにも書いてなかったぞ。
「いやぁ~、安心しました。司令官とは仲良くやれそうです!」
「そ、そうすか……」
その時、お昼休み終了を告げる時報が鳴り響いた。
青葉さんがスッと立ち上がる。
「ありがとうございました。楽しかったので、またご一緒させてくださいね!」
「……うっす」
少しだけ間を置いて、青葉さんの台詞に答えた。
青葉さんはクスリ笑うと、「お先に失礼します」と言って、お皿をさげに行った。
やれやれ、変わった人に目をつけられちゃったな……。
その日の終業後。
「はー、つっかれたぁ……」
疲労困憊の様子の陽炎さんが、ソファーに横たわった。
それを見た叢雲さんが、呆れたように言う。
「寝るなら自分の部屋で寝なさいよ」
「べつにいいじゃない。部屋だって誰もいないから、戻っても暇なのよ」
「青葉がいるでしょ。親睦でも深めてきたら?」
「……モウジュウブンフカメタ」
ゴロンと寝返りをして、虚ろな目でこっちを見てくる陽炎さん。
いつもはこんなに疲れてないのに、どうしたんだろう。体調でも悪いのか……?
「なんでそんな棒読みなのよ」
「だってあの人、あたしが休憩中の時もずっと話しかけてくるんだもん。取材だとか言ってさ」
「へえ、それはお疲れ様ね」
「おかげで全然落ち着いて休憩できなかったし……」
なるほど、だからそんな疲れてるのか。青葉さん、早速始めたな。
「二人は大丈夫だった?」
「自分は特に何もなかったすね」
「私もべつに」
疲弊した陽炎さんの質問に、俺と叢雲さんが平然と答える。
すると、叢雲さんの目が俺の方を向いた。
「あんた、青葉と昼餉とってなかった?」
「食べましたけど、普通に会話しただけで終わりましたよ」
「ふーん……青葉の奴、随分とご機嫌だったみたいだけど」
「へー、それはなによりっすね」
訝し気な叢雲さんの目を、業務PCを見ることでかわす。
別に後ろめたいことは何も話してないしな。ご機嫌ならそれはそれでOKだ。
ソファーに寝そべる陽炎さんから、「むー」と唸り声が聞こえてくる。
「なんであたしだけなのよ。叢雲はともかく、司令なんてこんなにお人好しなのに」
「青葉さんにも同じこと言われたっすね」
苦笑しながらそう言うと、
「ほら、早速なめられてるじゃない。だから司令らしくしてって言ったのに」
唐突に叱られてしまった。
今の今まで青葉さんの取材に対する文句だったのに、急に矛先変えてくるんだから……。
「まあいいじゃないすか。フレンドリーな方が自分も楽ですし」
「ちょっと叢雲! 司令が司令らしからぬこと言ってるわよ!」
「今更でしょ」
声をあげる陽炎さんに対し、叢雲さんが表情ひとつ変えずに言う。
しかし、陽炎さんはまだ不満なご様子。
「もう、叢雲がそうやって甘やかすから」
「そう? 仮にこいつが普通の提督だったら、あんただってそんな風に寝そべっていられないんじゃない?」
「そ、それは……そうかも」
さすが叢雲さん、わかっていらっしゃる。
うんうんと小さく頷いている間、陽炎さんの視線が痛かったけど、日報を書いているふりをしてやり過ごした。
「……まあいっか。あたしもこの雰囲気、嫌いじゃないし」
陽炎さんが呟いた途端、部屋の扉がノックされた。
なにかを言う前に扉が開いて、青葉さんが勢いよく入って来た。
「ども、恐縮です、青葉ですぅ! 一言お願いします!」
その台詞に、俺を含めて誰も何も言わない。
唯一、陽炎さんだけが「げっ!」と表情を歪めている程度だった。
だって、誰にお願いしてるのかわからないし……。
「えぇ……ここまで無反応だと、さすがの青葉も傷つくんですが……」
「なにしに来たのよ」
俺と陽炎さんが黙っているのを見かねたのか、叢雲さんが気怠そうに口を開いた。
中々棘のある言い方だが、意外と青葉さんは気にする様子もなく。
「改めましてご挨拶をと思いまして。朝はどうも青葉らしくなかったんですよねえ」
などと言って、あははと笑っていた。
すかさず、叢雲さんが呆れ顔で言う。
「陽炎もだけど、いちいちやり直す習慣でもできたの?」
「いやいや、あたしと一緒にしないでよ!」
そんな三人の賑やかな会話を聞きながら、俺は本当に日報を書き始めたのだった。