提督に転職したら想像以上にブラックだった件   作:Sh1Gr3

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続きです


やさぐれ叢雲さん

 着任初日。

 無事?叢雲さんとの自己紹介を終えて、とりあえずひと段落した。

 

 本格的な業務開始は明日からで、今日はまだお休み期間。

 とはいえ、慣れない職場と初めての業務だ。できる限りの準備はしておきたい。

 

 俺は持参したバッグの中から、仕事用道具を一式、机の上に広げた。机はエル字型になっており、椅子も二つ備えられている。今俺のいる場所が自分の席、もう一つの椅子はおそらく秘書艦の席だろう。

 

 秘書艦──研修の時に教えてもらったが、提督にはその業務を補佐してくれる艦娘がついてくれるらしい。それを秘書艦と呼ぶ。ど素人の俺には、非常にありがたい話だ。

 

 机の上に置かれた業務用パソコンや携帯、マニュアル。その中のマニュアルを手に取ろうとした、その時。

 自分の机の上の端っこに、何やら文字の書かれた紙の山が目に入った。

 

 なんだろう、あれ。メモ用紙じゃないよな……?

 

 「あら、やる気満々じゃない」

 

 その様子を見ていた叢雲さんが、感心するように言った。

 

 「正式な配属は明日からでしょ?」

 「そうですね。まあでも、暇なんでマニュアルぐらいは見とこうかなと」

 「ふーん」

 

 まるで興味なさそうなご様子。さっきの声色は聞き間違いだったようだ。

 叢雲さんがソファーに腰を下ろすのを見て、俺も椅子に座った。

 

 マニュアルを手に取りながら、ちらりと紙の山に目を向ける。

 そこには、明日からやらねばならない任務の詳細が、ずらりと書かれていた。

 

 「え、なにこれ……」

 

 思わず声が漏れ出た。

 もしかして、ブラック企業ならぬブラック鎮守府ですか?

 

 「叢雲さん、いまいいですか?」

 「なに?」

 

 ソファーに腰を下ろしていた叢雲さんが、こっちを見てくる。

 叢雲さんは、このこと知ってるのか……?

 

 「この紙の山なんですけど、これ全部明日からやるやつですか?」

 「あー、それね。いいわよ気にしなくて」

 「え、そうなんですか?」

 「どうせ他の鎮守府から送られてきたやつでしょ。うちの担当分はもっと少ないわよ」

 「へー、そうなんですね」

 

 俺はほっと胸をなでおろした。

 ひとまずさっきのブラック鎮守府という言葉は、取り消しさせていただこう。

 

 「嫌がらせみたいなものよ。着任したばかりで、右も左も分からない奴に自分の仕事を押し付けるの」

 「まじっすか……」

 

 嘘だろ。そんなのクビだろ普通。

 

 「あんた、本当に何も知らないで来たのね」

 「はあ……すみません」

 

 そんな呆れ顔をされても……こんな文化、さすがに前の会社でもなかったぞ。

 

 「ま、そんな心配しなくても大丈夫よ。うちのメインは任務をこなすことじゃないから」

 「えっ」

 

 極めて重要なことをさらっと言い放つ叢雲さん。言葉の真意を黙考する俺に、叢雲さんが続ける。

 

 「ここ窓際鎮守府だし」

 「……えっ?」

 

 叢雲さんは手をひらひらさせながらそう言うと、再びソファーに腰を下ろした。

 腕と足を組んで座るその姿は、なんとも絵になるなと思った。率直な感想である。

 

 いや、そんなことよりもだ。

 いまなんて言った?窓際鎮守府……?

 

 「なんですか窓際鎮守府って」

 「言葉通りの意味よ。特に目立ってやることもない、要は雑用担当みたいなものね」

 「えぇ……なんですかそれ」

 「普通の会社にもあるでしょ。窓際部署ってやつよ」

 「いや、それはあるとこはあるでしょうけど……」

 

 窓際部署とは、一般的には出世コースから外された人や、なにか問題を起こした人らの左遷先のような部署のことを言う。

 そんな人たちが集う部署なので確かに仕事量は少ないが、聞こえはかなり悪い。要するに、問題児たちの巣窟ってことだからだ。

 

 そんな鎮守府にいる俺って……まあ、新米だしいきなり多忙なところに配属されるよりはマシだけど。

 それよりも叢雲さんだ。窓際鎮守府にいるってことは、なにかやらかしたのか……?

 

 「おあいにくさま、私は別よ」

 

 俺の心の内を察するかのように、叢雲さんが言った。

 

 「私は自分から望んでここに来たの」

 「え、なんでですか?」

 

 自分から望んで窓際部署に来るなんて、よっぽど変わっているのか、それともやる気がないだけなのか。

 まあ普通の会社にも、そういう人は少なからずいそうだけども。

 

 「そりゃあ、楽だからに決まってるでしょ」

 「はあ……そうなんですね」

 

 普通にやる気がないだけでした……。

 もっとも、行きたい部署に行けるということは、艦娘の人事異動はホワイトなのかもしれないな。

 

 「ここって叢雲さんの他には誰がいるんですか?」

 

 俺はふと気になったことを訊いてみた。

 各鎮守府には、一定数の艦娘が在籍している。それは鎮守府の規模に比例する。この横須賀の各鎮守府を管理するトップ──横須賀第一鎮守府も、何百人と様々な艦種の艦娘がいると聞いた。

 

 この鎮守府は横須賀の他鎮守府とは比べ物にならないぐらい小さな鎮守府だが、それでも一人ってことはないと思った。

 なので、他にどんな人がいるのか気になったのだ。

 

 「いないわよ。今のところ」

 「……えっ?」

 

 予想外の返答。思わず目も口も開きっぱなしになってしまった。

 嘘でしょ。いくらなんでも一人って、少なすぎないか?

 

 「え、叢雲さんだけってことですか?」

 「そうよ、当然でしょ。誰が好き好んでこんな窓際鎮守府に来たがるのよ」

 「いや、そりゃあそうですけど……」

 

 やっぱりブラックなのでは?

 いくら雑用担当とはいえ、二人だけでなんとかなるのかよ。

 

 「二人だけって、大丈夫ですかね……自分なんにもわかんないんですけど」

 「なんとかなるでしょ。いつまでも二人だけってわけじゃないんだから」

 「確かに」

 

 その通りだ。それに、艦娘を建造するという手段もある。

 なにも、問題児ばかりが増えるというわけでも——。

 

 「ちなみに、うちは建造できないわよ」

 

 心の内で建造について考えていると、またも予想外の言葉が飛んできた。

 

 「どういうことですか……?」

 「言ったでしょ。ここは窓際部署なの。それなのに建造なんてしてたら、あっという間に人で溢れちゃうじゃない」

 

 ごもっともである。

 この鎮守府はかなり規模が小さいので、在籍できる人数も限られてくる。

 

 それはそうなんだけど……。

 

 「じゃあどうやって人増やすんですか?」

 「誰かが望んでここに来るか、問題を起こして左遷されて来るのを待つしかないわね」

 「はぁ……まじですか」

 

 ため息が漏れ出た。なんてところに配属されてしまったんだ。

 望んでここに来るということはやる気がないってことだし、問題を起こして来る人は怖い人に決まってる。どちらにしても、いいことがなさすぎる。

 そんな鎮守府で提督をやらせるなんて、やっぱりブラックに違いない。

 

 「だから言ったでしょ。せいぜい頑張りなさいって」

 

 そんな偉そうに言われても……大変なのは叢雲さんもなのに。

 楽だからここに来たって言ってたけど、ここまで詳細にこの鎮守府のことを知っているのなら、いくら楽だからって来ないと思うけどな。

 

 「叢雲さんはなんでここに来たんですか?」

 

 気になったので、改めて訊いてみることにした。

 偉そうだけど話は通じるし、色々教えてくれるし。意外と優しい人なのかもしれない。

 

 叢雲さんからの返答を待つ。

 しかし、これまでと違いすぐに返答が返ってこなかった。

 

 もしかして、これ地雷踏んだか……?

 

 「……疲れちゃったのよ。いいように使われるのが」

 

 少ししてから返答が返ってきた。明らかに声のトーンが下がった気がする。

 前の配属先で何かあったのだろうか。訊かない方がいい話だったかと、心の中で猛省した。

 

 ちらりと叢雲さんに目をやると、

 

 「それに着任する奴がね、面白そうな奴だったから」

 

 続けて叢雲さんが言った。そう喋る叢雲さんの声色は、また普通の調子に戻っていた。

 俺はほっと胸をなでおろして訊く。

 

 「自分がですか?」

 「他に誰がいるのよ」

 

 そりゃそうだ。

 でも、俺なんかの何が面白いんだろう。意味不明だ。

 

 「新人提督にはね、通常は初期艦てのがつくのよ」

 

 初期艦──新しく着任する提督の補佐をする艦娘だ。いわばパートナーのような存在である。

 

 「でもこの鎮守府には誰もいなかったから。ついでにその役を買ったの」

 「おお……ありがとうございます」

 「ついでよついで。ごらんの通り、私やる気ないから」

 

 ごらんの通り──確かに、叢雲さんはソファーに座るのをやめて寝そべっている。

 まあ、やる気がなくてもいいよ。こうやって落ち着いて会話さえできれば。大抵のことはなんとかなるだろ。

 

 「普通は怒るところなんだけど」

 「自分の方が新人なんで」

 「……やっぱり面白い奴ね」

 

 寝そべる叢雲さんの横顔から、ほんのわずかに笑ったのがわかった。

 俺は目の前のマニュアルを手に取り、上から目を通していく。

 

 どこが面白いのかは、その日が終わってもまるでわからないままだった。 

 

 

 




続きそのうち書きます。

誰を配属しようかが一番悩ましい。
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