提督に転職したら想像以上にブラックだった件 作:Sh1Gr3
正直なところ、青葉は叢雲のことを侮っていた。
それは今日、初めて艤装を身につけた叢雲を見て、一目で直感したからだ。
自分と大して、練度に差がないということを。
それを踏まえた上で──。
もし仮に叢雲が零艦隊であったとしても、2対1かつ一発命中させれば勝ちという絶大なハンデの中で、引き分けはあれど負けることはないと青葉は考えていた。
それに叢雲は、青葉の能力も本当の練度も知らない。
これは大きなアドバンテージであり、ほぼ勝ちが決まったも同然──そう思っていたのだが。
「まさか、青葉以上に練度詐欺のお上手な艦娘がいたとは……」
横っ面に砲口を突きつけられ、青葉は肩をすくめた。
陽炎の砲撃によって生じた水柱。これを利用して完全に後ろを取ったはずなのに、いざ水柱が収まってみれば、そこに叢雲の姿はなく。気が付けば、青葉の真横まで移動していた。
しかもその間に、陽炎に砲弾を命中させ行動不能にまでさせる始末。
その証拠に、少し遠いところで仰向けに倒れる陽炎を見て、青葉は思わず苦笑いを浮かべた。
そんな青葉に、叢雲が淡々と言い放つ。
「あんたが勝手に見誤っただけでしょ。そのよく見える目で」
「! 気付いてたんですか?」
叢雲の言葉に、驚いて目を丸くする青葉。
能力のことまでバレていたとは、いよいよ完敗である。
「あと、練度詐欺? それそっくりそのままお返しするわ」
「な、なんのことでしょう?」
あからさまに目を背ける青葉を、叢雲は見逃さない。
「なにが乙よ。あんた、昇格試験わざと落ちてるわね」
「……バレました?」
「呆れた」
あははと笑う青葉に、叢雲は呆れてため息を零した。青葉に向けていた主砲を下ろす。
と、そこへ陽炎が合流した。
「もう、だからもっとハンデほしかったのよ」
ムスッと顔の陽炎。砲弾を額にくらったのか、しきりに額をさすっていた。
それをたしなめるように、青葉が言う。
「すみません陽炎さん、青葉の力不足でした」
「あ、いえ、あたしも派手に吹っ飛ばされたので」
陽炎がちらりと叢雲へジト目を向ける。
しかし、叢雲はそれには反応せず、提督の立つ桟橋の方を向いた。そして「終わったわよ」と一言、無線で演習終了を告げた。そのまま、なにやらやり取りを続ける。
叢雲と提督が話している間、二人は演習について振り返った。
「いやあ、まさかここまで強いとは。少しばかり想定外でした」
「だから言ったじゃないですか。せっかく好きなだけハンデありでいいって言ってくれてたのに」
「あはは、そうですね。次からはありがたく、使わせてもらうことにしましょうか」
ハンデについて二人が話し合った結果、2対1ということもあり、一発でも砲撃を命中させられれば勝ち──というハンデに落ち着いたのだった。
陽炎としては全然足りないと思っていたものの、謎に自信あり気な青葉を見て了承してしまった。それがいけなかった。今度は絶対に、もっとえげつないハンデでやってやると、陽炎は心に誓った。
すると、提督との通信を終えた叢雲が二人の方を向いた。
叢雲は「戻るわよ」と一言だけ言って、桟橋へと航行を始めた。二人もその後に続く。
「あーあ、疲れた。またすぐ船団護衛行かなきゃいけないの地獄だわ~」
ふと、陽炎が不満そうに言った。
実際そこまで疲れてはいないものの、先ほど吹っ飛ばされたことを根に持っており、それが漏れ出た感じだ。
それを聞いて青葉が苦笑していると、前を航行する叢雲が言った。
「間宮のアイスでもねだってみたら。あいつに」
顎をしゃくる叢雲。
その先には、桟橋から立ち去ろうとする提督の姿があった。
陽炎が勢い込んで訊いた。
「えっ! いいの?!」
「さあ。あいつ次第ね」
「頼んでみる!」
そう言って、陽炎は叢雲を追い越して桟橋へと向かって行った。
「なによ、充分元気じゃない」
その姿を見て、叢雲が呆れたように言った。前を向いたまま、青葉に訊く。
「あんたはいいの?」
「はい。青葉はそこまで疲れていないので」
「……あっそ」
ほどなくして、前方から陽炎の「しれぇ~!」と叫ぶ声が聞こえてきた。
その声が届いたのか、提督が桟橋にUターンして来る。
それを見た叢雲が、ふっと小さく笑ったのを青葉は見逃さなかった。
「今ここにカメラがないのが残念ですよ。その笑顔、是非とも収めたかったのですが……」
「そんなことしたら、どうなるか分かってるわよね?」
「ひっ……!」
振り返った叢雲のあまりの威圧感に、思わず小さな悲鳴をあげる青葉。
すぐに先の発言を取り消す。
「じょ、冗談ですよ! 青葉はそこまで命知らずではないです!」
「……どうだか」
訝し気な様子の叢雲であったが、やがて青葉から目を離して再び前を向いた。
青葉はほっと胸を撫でおろすと、話題を変えた。
「それにしても、ここは良いところですね。青葉は気に入りましたよ」
「そ。よかったわね」
淡々とした声で叢雲が続ける。
「もし出て行きたくなったらいつでも言ってちょうだい。すぐ大淀に掛け合ってあげるから」
「まさか。青葉はもう、ここから出て行く気はないですよ」
青葉の顔が、楽し気なものへと変わる。
「ここは牢獄というより、青葉にとっては楽園ですから」
「……確かに、あんたにとってはそうかもね」
「はい! 青葉は特に、向上心とかは持ち合わせていないので! ……あ、取材はまた別ですよ?」
「でしょうね。練度詐欺してるぐらいだものね」
「あはは、今まで誰にもバレたことなかったんですけどねえ」
少しも悪びれる様子もなく笑う青葉。
そんな青葉を見て、叢雲はやはり面倒な奴が来てしまったと、ため息を漏らした。
「どうでもいいけど、ここにいる以上は働いてもらうわよ」
「それはもちろん。働かざる者、食うべからずですからね!」
やたらテンションの高い青葉を前に、叢雲は頭痛に襲われそうになった。
頭を抑える叢雲に、青葉が質問する。
「それで、青葉は何をしたら良いですか?」
青葉の質問に、叢雲は頭から手を離すと、視線の先──提督と並んで歩く陽炎を見て答えた。
「空いた時間でいいから、陽炎を鍛えてやってちょうだい」
「ほぅ、それはそれは。重要な役目ですね」
「とりあえず、甲に昇格させる。そのまま改二レベルまで持っていければ万々歳ね」
「中々目標が高いですね……誰かを鍛えたことなどないので、正直自信ないんですけど」
「大丈夫でしょ。根性だけはあるから、あの子」
「それ、青葉の不安と関係ない気が……」
困惑する青葉をよそに、叢雲は「よろしく」とだけ言って、さっさと桟橋に上がって行ってしまった。
そんな叢雲の後を、青葉は肩をすくめつつ追いかけた。
「ん~っ! やっぱ間宮さんのアイスは最高だわ~」
鎮守府内のフリースペース。
そこで先ほど、酒保と呼ばれる提督と艦娘しか出入りできない店で買ったアイスを食べて、陽炎さんが満足そうに言った。
それにしても、アイス一個で300円か……地味に高いな。
「そうだ、不知火に自慢しちゃおーっと!」
ポケットから携帯を取り出し、アイスの写真を撮り始める陽炎さん。
不知火さんというのは、陽炎さんの妹の認識だ。仲が良いんだなと、微笑ましい気持ちになる。
俺も目の前に置かれたアイスを口へと運んだ。
……うん、美味い。
確かに、そこいらで食べるアイスとはどこか違う気がする──なんとなくだけど。
「ありがとね、司令。これでこの後の船団護衛も頑張れるわ」
「うっす」
陽炎さんのお礼の言葉に、俺はアイスを食べながら返答した。
まあ、俺にはこれぐらいしかできないからな。アイスぐらい、いつでも奢ってやるというものだ。
アイスを食べ終えた俺と陽炎さんは、席から立ち上がった。
提督室への戻り道。遠征に向かう陽炎さんと、途中まで一緒に歩いていると、
「やっぱり司令って面白いわね」
不意に話しかけられた。
俺はちらっと陽炎さんに目をやるも、すぐに次の言葉が飛んできた。
「だからかな。なーんか甘えちゃうのよねえ」
「……そうすかね。別に普通だと思いますけど」
よくわからない。
叢雲さんや青葉さんからも言われるけど、何が面白いのだろう。そこそこの社会人生活の中で、言われたことないんだけどな。
「ちなみに、何が面白いんですか」
俺が訊くと、陽炎さんは「うーん」と唸りながら、
「なんだろう。司令っぽさの欠片もないのに、司令には従おうと思えるところとか?」
首を傾げつつも答えてくれた。
その答えに、俺は「はあ」と思わず苦笑い。
「嫌だったら全然言ってもらっていいんで」
そう言うと、
「ほら、こういうところとかね」
何故かくすりと笑われてしまった。
なんなんだ、まるで意味がわからない……。
今度、臼井さんに相談してみようかなあ。くだらないこと訊くなって怒られそうだけど。
黙考モードに入っていると、分かれ道に到着した。
陽炎さんが足を止めて言った。
「それじゃ、あたし遠征行ってくるから」
「うっす。お願いします」
走り出す陽炎さん。
途中、振り向いて「アイスご馳走様!」と言ってくれた。
それを聞いて、やっぱりいい子だなあと思うのだった。
不知火「陽炎から間宮アイスの写真が届きました」
霞「はあ?! 第八って牢獄なんじゃなかったの??」
不知火「噂ほどではないのでしょう。間宮アイスが食べれるぐらいですから」
霰「美味しそう……」
霞「ちっ、陽炎の一人勝ちってわけね。今度会ったらとっちめてやるわ!」
不知火(新しい司令は、間宮アイスをくれるような方だといいのですが……)