提督に転職したら想像以上にブラックだった件 作:Sh1Gr3
噂の第8鎮守府とは
「皆さん!!」
提督室に入ってくるなり、青葉さんが声高らかに呼びかけてきた。
その声に、提督室にいた全員──仕事中の俺と叢雲さん、ソファーでのんびり休憩中の陽炎さんの目が、青葉さんへと向く。
青葉さんはスキップしそうな勢いで、手に持った灰色の紙を陽炎さんを始めとして、俺と叢雲さんへ渡してきた──正確には、机の上に置かれた。
なんだろうと置かれたそれに目をやると、
「記念すべき、この鎮守府初の艦隊新聞です! 噂の窓際鎮守府のすべてが、ここに書かれてますよ!」
テンション高く説明してくれる青葉さん。
渡された紙に目をやると、確かに艦隊新聞と書かれていた。
見出しには大きく『噂の窓際鎮守府の真相! 楽園か牢獄か?!』とある。
……なんだこの見出しは。
「へー、おもしろそう」
早速、新聞に興味を示す陽炎さんの声が聞こえてくる。
まあ、客観的に見るなら良い見出しだとは思うけど……主観的に見たら苦笑いしか出ない。
そもそも噂ってなんだよ。誰だそんなデタラメな噂を流した奴は。
楽園か牢獄かは知らないけど、窓際と言われるほどここは暇ではないぞ。
──少なくとも、トーシロの俺に振っていい仕事量でないことだけは確かだ。
問題を起こした艦娘の収監と更生、他鎮守府から依頼される雑用任務──これだけならまだしも、担当区域内の哨戒や船団護衛(形だけ)など、この鎮守府本来の任務もあり、最近では演習までもが必須任務となっている。
これらすべてを、着任したばかりで右も左もわからない元サラリーマンに、なんの容赦もなくやらせるのだから、ブラック企業ならぬブラック鎮守府と言っても過言ではないだろう。
窓際鎮守府ではなく、むしろブラック鎮守府だという噂を流してやりたいくらいだ──この程度、ブラックでもなんでもないと言われてしまえばそれまでだが。
なんて長々とした文句を、心の中で噂を流した奴に吐いていると、
「いやぁ~、やっと出来上がりましたよ」
青葉さんが、実に満足気に話し始めた。
「思っていたより時間がかかってしまいましたが、我ながらいい出来だと思います」
確かに、見てくれは普通の新聞と変わりはない。
構成もそれっぽいし、なにより見出しとその傍にある写真が、それっぽさを増大させていた。
見出しはまあいいとして、写真には普段の提督室の様子──仕事中の俺と、ソファーで寝転がる陽炎さんが写っている。
「いつ撮ったんすかこれ」
「結構前ですよ。ちなみに何枚か撮影して、一番良さげだったものを掲載しています」
「まじすか。全然気付かなかった……」
「そりゃあ、青葉はプロですからね。気付かれずに撮影することなんて、青葉にとっては朝飯前ですよ」
そういえば、そのために特訓したって言ってたな……。
感心半分、呆れ半分といった心境で写真から目を離そうとした時、俺はあることに気付いた。
──なんで叢雲さんだけ写ってないんだろう? だいたい提督室にいるはずなのに。
すると、陽炎さんも同じことを思ったのか、青葉さんに質問した。
「なんで叢雲だけ写ってないんですか?」
「そ、それはですね……」
言葉を詰まらせる青葉さん。そのばつの悪そうな表情から、俺は察した。
撮ったけど圧力がかかって掲載できなかったか、撮る前から圧力がかかったかのどちらかだろうなあと──個人的には後者だと思う。
「そう、肖像権というやつですよ! このご時世、気を付けないと簡単に訴えられますからね!」
肖像権て……それは流石に無理があるんじゃないか?
案の定、陽炎さんのジト目が青葉さんへと向けられた。
「でも、あたしも司令も普通に写ってますけど」
「ギリギリ顔は写ってないじゃないですか。これならセーフですよ!」
「……肖像権てそんなだったっけ?」
訝し気な表情をした陽炎さんが、俺と叢雲さんを見て訊いてくる。
「どうでしたっけ……」
「さあ。どうだったかしら」
苦笑いを浮かべて返答すると、続いて叢雲さんも新聞に目を向けたまま答えた。
……これは知ってて黙ってるやつだな。
「まあまあ、細かいことはいいじゃないですか。どこへ配布するわけでもないですし」
「当たり前ですよ!! こんなのバレたら今度こそ海外に飛ばされちゃいますって!」
お気楽な青葉さんの物言いに、憤慨した様子でつっこむ陽炎さん。
そんなにやばいんだ……もはや日常すぎて、まったく気にしてなかったんだけど。
「本当はこの新聞を電子化して、横鎮の艦娘たちに読んでもらう予定だったのですが」
「ちょっと叢雲?! なんかとんでもないこと言ってるんだけど!!」
声をあげる陽炎さんに、叢雲さんは頬杖をついて新聞に目をやりながら、
「できないわよ」
と、あっさり答えた。
その答えに、青葉さんがあははと笑って言う。
「そうなんですよ。もし公開したら、この鎮守府が実は楽園ってことがバレちゃうんですよねえ」
「もう、驚かさないでくださいよ……」
ほっと胸をなでおろす陽炎さん。
かくいう俺も安心していた。流石にこの提督室の様子を、艦娘の皆様方に公開されるのはちょっとね……。
「いやぁ~、ここでの生活には代えられないですからね。今回は諦めますよ」
「賢明ですね。あたしもここでの暮らしに慣れちゃって、もう第7に戻れる気がしないですもん」
「おお、陽炎さんもここに永住しちゃいます?」
「しちゃいますしちゃいます。戻れって言われても戻りません」
なにやら、とんとん拍子で話が進んでしまっている。
いくらなんでも永住は無理だろ……。
俺は気を取り直して、新聞を読み進めていく。
読んでいく中で、青葉さんのK氏へのインタビュー記事に目が留まった──写真は勝手に掲載するのに、名前はそれっぽく隠してるのが地味に面白い。
記事には、この鎮守府が楽園か牢獄かの問いに対し、所属するK氏は、窓際鎮守府であることは否定しないものの、監獄や牢獄との噂には強い否定の意を示した──と書かれていた。
……とんだ風評被害だな。監獄やら牢獄って、刑務所じゃないんだぞ。かといって、楽園だと言われてもピンと来ないのだが。
「楽園なんすか、ここ」
苦笑しながらソファーに座る二人──さり気なく叢雲さんもチラ見して訊ねる。
「青葉にとっては楽園ですね~。ここ以上に自由な鎮守府は他にないですよ」
「異議なーし。来る前は不安だったけど、いざ来てみたら超快適だったわ」
左様ですか……。
すると不意に、横から叢雲さんのため息が聞こえてきた。
「随分と気に入られたものね」
「そうなんすかね……よくわかんないすけど」
苦笑いしつつ、俺は逆に訊いた。
「やっぱ緩すぎますかね?」
「なにが」
「いや、ちょっと自由すぎるかなっていう」
二人がいずれ、元いた鎮守府に戻った後のことを考えてしまった。
さっき二人は永住するとか言ってたけど、上から命令されれば戻るしかないわけで……そこではこの鎮守府の当たり前が、通用しないに違いない。そうなった時、果たして二人は大丈夫だろうか……。
そんな俺の心の内とは裏腹に、叢雲さんはただ淡泊に言った。
「好きなようにやりなさいよ。提督はあんたなんだから」
「……うっす」
まあいくら考えたところで、このスタイルを変えるつもりはないんだけどね。ていうか、今の俺に厳しくするとか無理だし。
「というわけなので、今後ともよろしくお願いします、司令官!」
なんか唐突に、にこにこ笑顔の青葉さんから、よろしくお願いされてしまった。
それに続くように、陽炎さんが寝転んだまま手をひらひらさせる。
「あたしも当分戻る気ないから、よろしくね~」
「はあ……」
なんとも言えない心境で、苦笑いを浮かべながら二人の言葉に相槌を打つ俺。
とはいえ、上から命令されたら従うしかないんだよなぁ……まあ、その時はその時か。
青葉「次はどんな方が異動してくるんですかねえ」
陽炎「正直、あたしは今の人数で充分だと思いますけどね。変な人が来ても困りますし」
青葉「たとえ変な人が来ても、叢雲さんがいるので大丈夫ですよ」
陽炎「あー、確かに。そう考えると、やっぱりここって最高ですね」
青葉「噂は所詮、噂に過ぎないってことですね~」
陽炎「ねえ司令、不知火たちもまとめてここに異動させられないかしら?」
提督「いや、無理っすよ……」(勘弁してくれ)
※切実。