提督に転職したら想像以上にブラックだった件 作:Sh1Gr3
「──なんの用?」
俺がトイレから戻ると、叢雲さんは誰かと電話していた。
叢雲さんも誰かと電話することあるんだなあと、当たり前のことを思いつつ。
「あんたと違って暇じゃないんだけど」
なにやら、叢雲さんの雰囲気が鋭くなった気がしたので、俺は静かに仕事を再開する。
ふと、新着メールをチェックしていると、あの第7鎮守府に新提督が着任するという連絡が届いていた。
「やっとかよ」
叢雲さんに聞こえないよう俺は呟いた。
前の提督が更迭されてから、それなりに時間が経っているので、ようやくといった感じだ。
おそらく、適任者が中々決まらなかったのだろう。
前任者がとんでも野郎だったため、大本営も人選に慎重になっているのか、そもそも適性のある人が現れなかったのか──ともあれ、今度着任する人は良い人であることを願う。
でないと、陽炎さんが戻った時にまた暴れ出すかもしれないし……。
「──なんで?」
不意に叢雲さんから視線を感じた。同時にため息まで聞こえてくる。
え、なに……? と怪訝に思っていると、叢雲さんが手に持っていた携帯を机の上に置いた。
そこから──。
『やっほー! 聞こえてますかー?』
などという、お気楽さに溢れた女の子の声が聞こえてきた。
どうやら、スピーカーにしたらしい。
「あんたと話がしたいんだって」
叢雲さんが、俺を見て肩をすくめて言う。
え、俺……?
『初めまして~、漣でーす!』
「は、初めまして……神城です」
困惑中ではあるが、電話相手──漣さんに合わせて自己紹介した。
なんというか、明るい人だなってのが第一印象だ。
あの叢雲さんが電話する相手ってことは、もしかしてこの人も零艦隊の人か?
『おお、貴方が叢雲ちゃんのご主人様ですかー』
……ご主人様? なに言ってるんだこの人。
「あんた、ドン引きされてるわよ」
『あり? 今の自己紹介にドン引き要素ありました?』
叢雲さんのツッコミに、漣さんの「おっかしいなあ」という呑気な声が聞こえてくる。
だってご主人様なんて、メイド喫茶ぐらいでしか聞かないじゃん……俺行ったことないし。
「いいから、さっさと本題に入りなさいよ」
頬杖を突きながら、叢雲さんがじれったそうに言った。
『まあまあ、そう邪険にしなくてもいいじゃないですか~。たまにはゆっくりお話ししましょうよ』
「うちは忙しいのよ。あんたらと違ってね」
『なんですか、まるで漣が暇人みたいな言い草は! 心外ですぞ!』
「事実でしょ」
『グハッ! 相変わらず容赦ないですね……』
俺は二人の会話を半笑いで聞いていた。
相変わらずか……やっぱり昔からの知り合いっぽいな。
『漣はちゃーんと働いてますよ。つい先日も、レ級と南方姫をぶっ飛ばしてきましたし』
「へー、それはご苦労様」
『どもども。いやあ、それにしてもほんと懲りない連中ですわ』
呆れ口調で喋る漣さん。
俺はそんな漣さんの台詞に、眉をひそめた。
確かレ級と南方姫って、深海棲艦の中でもかなり強い部類に入っていたはずだよな……。
二人の話に耳を傾けながら、俺はキーボードを叩いていく。
『もはや演習感覚で挑んできやがりますからね。勘弁してほしいですヨ』
「いいじゃない。他にやることもないんでしょ」
『いやいや、ゲームしたりアニメ見たりゴロゴロしたり──やることは無限ですぞ!』
「……南方に行っても相変わらずね、あんたは」
そう言って、大きなため息を零す叢雲さん。
なんだその天国みたいな環境は。実に羨ましい……。
心の中でそう思いながら、レ級と南方姫の情報をディスプレイに表示した。
案の定、深海棲艦の中では特に強い個体として、警戒レベルが高く設定されていた。
それを軽いノリで、ぶっ飛ばしてきただなんて……これは間違いなく叢雲さんの同僚ですわ。
『おっと、神城さんを蚊帳の外状態にしてしまいました。めんごめんごです』
「いえ、自分は全然大丈夫です」
むしろ、二人の会話をもっと聞いていたいぐらいなので、俺としてはお構いなくって感じである。
『いやぁ~、お忙しいところすみませんね』
急な謝罪の言葉から、漣さんとの会話が始まった。
『本当はもっと早く連絡するつもりだったのですが、うっかり忘れてしまいまして』
「そ、そうだったんですね」
今にも、テヘッという擬音語が聞こえてきそうな口ぶりに、俺は思わず苦笑い。
……なんか喋りやすい人だな。
『聞きましたよ。サラリーマンから転職して提督になったとか』
「そうですね。運良く転職できました」
『どうですか? 提督のお仕事は』
「まあ……キツイですね。思ってたより」
『あはは、神城氏は正直な人ですね~。漣は嫌いじゃないですぞ、そういう人』
「はあ」
漣さんの台詞に、またも苦笑いを浮かべていると──。
『叢雲ちゃんとは上手くやれてますか?』
唐突に、実に答え辛い質問が飛んできた。
答え辛いというのは、別に変な意味ではない。叢雲さんを前にして、正直に答えにくいという意味だ。
『いじめられてないですか? パワハラとかされてません?』
「いや、されてないですけど……」
『おー、それはそれは。デンちゃんが言ってたことは本当だったんですねえ』
デンちゃんて誰だよ──という疑問は置いといて。
なんてことを訊いてくるんだこの人は。後で怖い目に遭うの俺なんですけど。
そんな俺の心境など露知らず、漣さんのお喋りが続く。
『デンちゃんが言ってたんですヨ。叢雲ちゃんが腑抜けちゃった──つまり、丸くなったと』
「はあ……そうなんですか」
困惑に困惑を重ねる俺。なんて反応したらいいんだよこれ。
『でも、言われてみれば確かに……昔の叢雲ちゃんなら、パワハラのことを訊いた時点でキレてましたわ』
わははと笑う漣さん。
俺はちらりと叢雲さんに目をやる。頬杖を突いているのは変わらず、しかしその目は机上の書類に向いていた。
よかった……特に怒ってもいなさそうだ。
『叢雲ちゃんがまた初期艦やると聞いて、大丈夫かなと心配していたのですが。どうやら杞憂だったみたいですね~』
昔の叢雲さんてそんなにやばかったのか。気になるけど、訊くのだいぶ勇気いるな……。
考えた末、俺はさり気なーく訊いてみることにした。
「叢雲さんとは付き合い長いんですか?」
『およ? 叢雲ちゃんから聞いてなかったんですか?』
「いや……何も聞いてないっすね」
少し考えてみたが、何も思い当たる節はなかった。
そもそも、叢雲さんて自分のこと何も話さないからな……訊けば教えてくれるんだろうけど、プライベートなことだし。
すると漣さんは、半ば呆れ気味に言った──叢雲さんに向かって。
『ちゃんと漣のこと紹介してくださいヨ。漣が超最強プリチー艦娘で、伝説の零艦隊の一人だって!』
「訊かれてもいないことをいちいち喋るほど、私はお人好しじゃないの」
『かーっ! 秘密主義なところは相変わらずですか!』
叢雲さんからの素っ気ない回答に、声をあげる漣さん。
しかし、俺はもう慣れているのでなんとも思わない──ていうか、やっぱり零艦隊だったのね。
『それじゃあ、叢雲ちゃんが零艦隊ってことも知らないんです?』
「あー、それならなんとなくは」
『え、それは知ってるの?! 一番秘密ポイント高めなのに??』
どうやら、困惑しているご様子だ。
顔はわからないけど、首を傾げている姿が想像できる。
『なんかよくわからないですけど……まあ叢雲ちゃんの口からそれを聞いたのなら、それは信頼の裏返しだと思って自信を持っていいですぞ』
「そうなんすか……?」
困惑する俺に、漣さんが続ける。
『今までいなかったんですヨ、叢雲ちゃんと上手くやれた提督は。ただの一人も』
「……」
『あの横鎮の大将ですら持て余したレベルです』
横鎮の大将……たぶん臼井さんのことだろうな。
そうか、だからあんな言い方だったのか。仲悪そうだったもんなあ、明らかに。
『それで行き場を失って、大本営での引きこもりニート生活が始まったわけですヨ』
……そうだったのか。それは知らなかった。なにか訳ありだとは思ってたけども。
『まったく、うらやまけしからんですよね。漣がトラックで頑張っている間、ニート生活だなんて』
「じゃんけんで負けたあんたが悪いんでしょ」
叢雲さんの反論。
これに対し、漣さんは「うぐっ」と言葉を詰まらせる。
「あと人を散々ニートみたいに言ってたけど──あんたら南方組が倒し損ねた奴ら、私がどれだけ沈めてあげたか知らないわけじゃないわよね?」
『え、えーっと……すみません、少しばかりお声が遠いようでして』
漣さんがかなり劣勢な模様。
さすが叢雲さん、同じ零艦隊が相手でも容赦がない。
「大淀に頼んで今までの報告書、全部送り付けてあげましょうか?」
うわー、怖えぇ……怒鳴り声あげられるより、こうやって淡々と攻められる方が怖いんだよなあ。
それはどうやら、漣さんも同じだったようで──。
『申し訳ございませんでした。すべからくニート発言は撤回させていただきます』
漣さんがこれまでで一番、真面目な口調で謝罪した。
謝罪の言葉を聞いて、叢雲さんはふんと鼻を鳴らすも、それ以上の追撃はしなかった。
『とまあ、このように叢雲ちゃんを怒らせると怖いので。神城氏もご注意を』
「了解です……」
漣さんの忠告を受けて、俺は改めて叢雲さんを怒らせないように気を付けようと思うのだった。
漣「というわけで、叢雲ちゃんのことよろしくお願いしますぞ! 神城氏なら、叢雲ちゃんとも仲良くやれそうですから」
提督「それはもう、こちらこそなので」
漣「おっ、いい返事ですねえ。その調子なら、ゆくゆくはケッコ──」ピッ
叢雲「うるさい」
提督(あ、きっちゃった……)
叢雲「無駄話の時間はおしまい。ほら、さっさと仕事してちょうだい」
提督「うっす」(えー、漣さんなんて言おうとしてたんだろ)
※知らぬが仏。