提督に転職したら想像以上にブラックだった件 作:Sh1Gr3
定時間際の提督室。
俺はふとメールの受信トレイを見て、新着メールが届いていることに気が付いた。
無心で中身を確認すると、件名にこの鎮守府への訪問申請と書かれていた。
申請者は第7鎮守府の不知火さん。
不知火さんて確か、陽炎さんの妹だったよな……。
「なんか訪問申請来てるんすけど、見ました?」
秘書艦席の叢雲さんに話しかけると、
「第7からでしょ」
と、面倒そうな声で返事が返ってきた。
知ってたんかーいというツッコミは心の中だけに留めつつ、話を続ける。
「目的のところ、自分と叢雲さんへの謁見とか書いてあるんすけど……」
正確には、提督と秘書艦への謁見と書いてある。
叢雲さんはともかく、なんで俺なんかと……話せることなんて何もないんだけどな。
「私は話すことなんてないから。よろしく」
「いやいや、自分の方がないっすよ」
「なに言ってんのよ。あんた提督でしょ」
「それはそうですけど……」
苦笑していると、ソファーに座る青葉さんから質問が飛んできた。
「訪問てどなたが来るんですか?」
「えっーと……不知火さん、霰さん、霞さんの3人すね」
申請書に目を通しながら答える。青葉さんは「ほぅ」と興味深げな顔。
「第十八駆逐隊の方々ですね」
「知ってるんすか?」
「はい。横須賀鎮守府の艦娘のことは、おおよそ頭に入っていますので」
「え、まじすか……」
絶句する俺。優秀すぎて笑えてしまう。
やっぱり、こんなトーシロ野郎のところにいていい人じゃないんだよなあ。
「これは取材のしがいがありそうですね~」
早くも楽しそうな様子の青葉さん。
俺は訪問予定の3人に心の中で同情して、叢雲さんに尋ねる。
「これ普通に承認していいんすか?」
「別にいいんじゃない。対応するのはあんただし」
左様ですか……。とりあえずお許しが出たので、早いとこ承認しておくとしよう。
申請書を確認し終えたところで、不意に叢雲さんから不穏な一言が聞こえてきた。
「せいぜいクズ呼ばわりされないようにね」
「えっ……」
マウスを操作する手がピタッと止まる。
しかし、それを聞いた時にはもう申請書を承認した後だった。
第8鎮守府内の艦娘寮。
駆逐艦陽炎は、自室のベッドに寝転がっていた。
業務終了後のこの時間、普段ならまだ提督室で報告書を書いたり駄弁ったりしているのだが、今日は違った。
その理由は──。
「おっ、きたきた」
枕元に置いていた携帯電話が、振動して着信を告げる。
画面を見ると、電話をかけてきた人物の名前──不知火の名前が表示されていた。
陽炎はこの不知火と電話をするために、早々に提督室を後にして自室へと戻ってきたのだった。
不知火とは異動してからも、毎日のようにメッセージでやり取りしていたのだが、今日は珍しく不知火の方から電話で話そうと持ち掛けてきたのである。
流石に提督室で話す気にはなれず、こうして自室のベッドに寝転んでいる状態だ。
陽炎は同じく画面に表示されている、応答アイコンを押して電話に出た。
すると電話の向こうから、
『不知火です』
という、電話越しだと相変わらずAIのように感じてしまう声が聞こえてきた。
陽炎はくすっと小さな笑みを浮かべつつ、その声に応じる。
「やっほー、久しぶり」
『どうも。……久しぶりというほどではない気がしますが』
「あれー、なんか余計な一言が聞こえた気がするんだけど。気のせいかしら?」
『……』
不知火からの返答はない。いわゆる沈黙は肯定というやつである。
陽炎は少しばかりむっとして言った。
「なによ、お姉ちゃんが恋しくてかけてきたんじゃないの?」
『いえ、別にそういうわけでは』
「なっ……もう、可愛くないんだから」
陽炎は口をへの字に曲げた。
「こっちは報告書を書く時間を惜しんで戻ってきたのに」
『それは感謝します。しかし恋しいかどうかについては、不知火だけ責められるのは腑に落ちません』
「なにがよ」
むっとしたまま訊き返す陽炎。
だがその感情も、次の不知火の言葉でどこかへ吹き飛んだ。
『そっくりそのままお返しします。陽炎こそ、不知火たちが恋しくはないのですか?』
「えっ」
予想外の質問に陽炎は困惑した。普段のやり取りの中でも、一度も訊かれたことがなかったのだ。
少しばかり黙考する。恋しくないと言えば嘘になるが、不知火がそれを否定した手前、素直にそれを口にするのは自身の性格的に抵抗があった。
なのでその感情を隠すかのように、陽炎はあははと笑った。
「大袈裟ねえ。会おうと思えばすぐ会える距離じゃない」
『その割には、異動してから一度もこちらに来ていませんが』
「それは……あたしも色々と忙しいし」
図星を突かれて、陽炎の語気が弱まる。
そこへ、不知火が追い打ちをかけるように言った。
『てっきり、第7に戻る気がなくなったのかと』
「そ、そんなことないわよ! 早く戻るために訓練頑張ってるんだから!」
『……そうですか。安心しました』
怪しい間があったものの、陽炎はほっと胸をなでおろした。
どうやら、第7に戻ることを拒否した件については、まだ不知火の耳に入っていないらしい。
この話を深堀されても困るので、陽炎は話を元に戻そうと訊いた。
「それで? お姉ちゃんが恋しくないなら、用件はなんなのよ」
『陽炎の予定を確認したかったのです。週末は鎮守府にいますか?』
「週末? 任務で外に出てるかもだけど、基本的にはいるわよ」
『それはよかったです』
と不知火。質問の意図が分からず、首を傾げる陽炎に不知火が続ける。
『週末に、第8鎮守府を訪問しようと思っていたので』
「えっ?!」
驚きのあまり陽炎は声をあげた。そんな話、司令から一言も聞いていないのだが。
『もう訪問の申請も出しました。ちなみに、霰と霞も一緒です』
「ちょっとちょっと、いくらなんでも急すぎない??」
『今週で休暇期間が終わります。なのでタイミングとしてはちょうど良いのです』
「……何しに来るの?」
訝し気に尋ねる陽炎。不知火の返答は早かった。
『司令に挨拶を。陽炎がお世話になっていますし、まだ助けてもらったお礼も言えてませんから』
「あー……そういえばそうだったわね」
真面目な不知火らしい理由である。不知火が「それに」と付け足す。
『個人的に、第8には興味があるのです』
「なんで?」
陽炎の問いに、不知火は淡々と答えた。
『毎日の連絡の中で、陽炎が第8を気に入っていることは分かりました。なので具体的にどこを気に入ったのか、この目で確かめたいと思っています』
「ふーん……」
訪問の話を聞いた陽炎は、内心複雑であった。
それは三人に会える嬉しさと、第7への帰還を拒否した件がバレる懸念とが、心の中で競り合っていたからである。
バレればまず間違いなく、霞からは色々と文句を言われそうだ。間宮アイスのことなど、下手したらしばかれるかもしれないし、力づくで連れ戻される可能性すらあり得る。
しかし、正式な訪問申請を出された以上、それを拒むわけにもいかない。
司令にお願いして、申請を見送ってもらおうかとも考えたが、困らせることになりそうなので諦めた。
後で司令らと作戦会議をせねば。少なくとも、帰還拒否の件は黙っていてもらわねばならない。
陽炎は内心を悟られないよう、そして少しでも第8への興味を削ぐように言った。
「あまり期待しない方がいいと思うけどなあ」
『? 何故です?』
「あたしはこの鎮守府のこと嫌いじゃないけど、不知火とか霞みたいな真面目な娘は嫌いそうだもん」
『不真面目ということでしょうか』
「いや、そうじゃないけどさ」
思わず苦笑する陽炎。
不真面目というわけではないのだが、この鎮守府は雰囲気を始めとして、色々と緩いところが多いのも事実であった。
例えば、提督室で艦娘が当たり前のようにゴロゴロしているなど、第7ではあり得なかった。
他にも普通なら提出しなければならない申請書や報告書等を、口頭で済ませている部分が多々ある。これも第7では考えられなかった。
このように第8鎮守府には、多数のローカルルールが存在する。
各鎮守府でローカルルールが存在すること自体は、おかしな話でもなんでもない。ただ、この鎮守府のローカルルールは、陽炎でさえも緩いのではと思うほどだった。
陽炎にとっては非常に居心地の良い話なのだが、不知火や霞のような規律を重んじる真面目な艦娘には、受けが悪いだろうなと、陽炎は考えていた。
「まあ、誰にでも向き不向きがあるってことよ。ほら、うちって窓際鎮守府だし」
『訪問するのに向き不向きは関係ないと思いますが』
「そ、それはそうだけど……」
鋭い指摘に言葉を詰まらせる陽炎。口ごもっている間に、不知火がはっきりと言った。
『どんな鎮守府であれ、以前の第7よりはマシでしょう。陽炎が嫌いじゃないと言っているのが、その証拠です』
「……それは間違いないわね」
ごもっともすぎる台詞に、陽炎は苦笑する他なかった。
霞「へくしゅ!」
霰「風邪……?」
霞「まさか。どこかのバカが噂でもしてるんじゃない」
不知火「陽炎に訪問のことを話したので、それのせいかもしれません」
霞「なんか言ってた?」
不知火「不知火と霞には、第8は向いてないと言ってました」
霞「なにそれ。意味わかんないんだけど」
不知火「まあ、行けば分かるでしょう」
霰「楽しみ……」
※次回、訪問予定です。