提督に転職したら想像以上にブラックだった件   作:Sh1Gr3

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第十八駆逐隊の鎮守府訪問③

 「逃げたわね」

 「そうっすね……」

 

 誰がどう見ても、逃げるように提督室から去って行った陽炎さん。

 彼女は遠征と言っていたが、いつもの船団護衛カッコカリまではまだ時間がある。事情を知っている俺と叢雲さんにとっては、不知火さんから逃走したようにしか見えなかった。

 その不知火さんはというと、陽炎さんに呆れたのか、小さなため息を零している。心なしか、顔にやれやれという文字が浮かんでいる気さえする──無表情だけど。

 

 「追いかけなくていいの?」

 「はい、もう少しお訊きしたいことがあるので。……ご迷惑でなければですが」

 「べつに構わないわよ。大してやることもないし」

 「よろしいのですか?」

 「ええ。そこの司令官がなんでも答えてくれるって」

 

 くいっと俺に向かって顎をしゃくる叢雲さん。不知火さんの目が俺へと移る。

 なんで俺なんだよというツッコミは、なんとか心の内に留めた。ていうか、大してやることないって嘘だろ。俺にはやることだらけにしか見えんのだが??

 俺の心の叫びも虚しく、不知火さんが「ありがとうございます」と言ってペコリと頭を下げてくる。

 うーん、これは答えないわけにはいかないわ。

 

 「では、その……先ほどの質問ですが、陽炎は本当に第7に戻れるのでしょうか?」

 「戻れますよ。大本営の大淀さんが言ってたんで」

 「しかし、陽炎にはその気がないようでしたが」

 「あー、あれは……」

 

 なんて説明したものかなあ。

 いや、もうこの際全部言っちゃうか。先に言ったの陽炎さんだしな。

 

 「実は、今度第7に着任する提督からも言われてたんですよ。陽炎さんを戻すように」

 「! それは本当ですか??」

 「はい。まあ、もう断っちゃったんですけどね」

 

 そう言った瞬間、不知火さんの目が一気に鋭くなった。

 そりゃそうだ。期待を裏切るようなことを言ったんだから。

 それにしても、これが戦艦クラスの眼光か。この目向けられるの精神的にくるものがあるな……。

 

 「何故そのようなことを……まさか、陽炎が拒否したのですか?」

 「あー、まあ……それもありますね」

 

 さすが不知火さん、よく分かっていらっしゃる。

 不知火さんは呆れた様相でため息を吐いていたものの、俺の回答に納得したようだった。

 

 「そういうことでしたか。であれば、そんなものは聞く必要ありません」

 「いやあ、そういうわけにもいかないというか……」

 「? 何故です。神城司令に断るメリットはないように思えますが。むしろ断ることによって、第7の新司令との関係に悪影響を及ぼす恐れがあるのでは?」

 「それは……」

 

 否定できないなあ。大淀さんも面倒なことになるかもとか言ってたし。

 

 「陽炎にとって、この鎮守府が居心地の良い場所だということは分かりました。ですが、陽炎は不知火にとって……第十八駆逐隊にとって欠かせない存在なのです。戻って来てもらわねば困ります」

 「そりゃあもう……その通りだと思います」

 

 その通りすぎて頷くことしかできない。

 すると突然、不知火さんがソファーから立ち上がった。とても真剣な眼差しでこっちを見てくる。

 なんだか嫌な予感……。

 

 「神城司令、失礼を承知で申し上げます。陽炎に、第7への異動を命じてはいただけないでしょうか」

 

 やっぱりー……そうなるよなあ。あー、胃が痛い。

 お願いしますと言って、深々と頭を下げる不知火さんを見てたら、ますます痛くなってきた。

 仕方ない。ここは伝家の宝刀、いったん持ち帰り案件とさせていただくしかないな……。

 

 「ちょっと、陽炎さんと会話してみます」

 「? 会話する必要があるのですか? 神城司令が命令すれば陽炎は従うと思いますが」

 「いや、それはちょっと……」

 

 この俺にそんなことできるわけないじゃん……不知火さんの気持ちも分かるけど。

 でも、そんなことしたら俺はあの人と同じ──。

 

 「ねえ、あまりいじめないでくれる?」

 

 ふと、叢雲さんが口を開く。

 その声を聞いてちらっと叢雲さんの方を見ると、彼女は書類から視線を外しており、頬杖を突きながら不知火さんを見つめていた。

 ていうか、いじめって……別にいじめられてるつもりはないんだけどな。

 

 「私は質問には答えてくれるとは言ったけど、お願いを聞いてくれるとは一言も言ってないわよ」

 「分かっています。しかし、お願いをするなとも言われていませんので」

 「へぇ……言うわね」

 

 おいおいおい、なんかピリピリし始めたぞ……。

 

 「でもそのお願いとやらは、陽炎は望んでるの?」

 「? 陽炎が望まなければお願いしてはいけないのですか?」

 

 小首を傾げる不知火さんに、叢雲さんはふっと小さく笑った──まるでそんなことも分からないのかと、呆れたように。

 こえーよ……あ、なんかトイレ行きたくなってきた。

 

 「気付いてないのね。あんたがやろうとしてることは、あんたたちの元上官がしたことと一緒だってことに」

 「! ど、どういう意味ですか……?」

 「だってそうでしょ? 陽炎の意志を無視して、無理やり異動させようってんだから」

 「っ、それは……」

 

 うわー、見事な火の玉ストレート。不知火さんのポーカーフェイスが崩れちゃったよ。

 

 「あんたは陽炎に、二度も望まない異動を強いるつもり?」

 「……」

 

 不知火さんからの返答はない。

 うつむいたまま、まるで言い返す気もなさそうだ。

 

 「悪いけど、うちの司令官はそこまで愚者じゃない」

 

 意外と評価されてる件について。仏(笑)とか言われるより、こっちの方が嬉しいわ。

 あの人との比較ってのが少し複雑だけど……。

 

 「それにね、うちからしたら陽炎がここに残るのはメリットでしかないの。あんたたちが何を吹き込まれたのかは知らないけど、うちって結構忙しいから。陽炎がいるだけでかなり楽ができるのよ」

 

 なんだよ、さっきは大してやることないとか言ってたのに──というツッコミは心の中だけに留める。

 代わりに不知火さんがツッコんでくれるかと思ったけど、どうやらそれどころじゃないらしい。完全に意気消沈しちゃってる。

 

 「以上。ちなみに今私が話したことは全部、そこの司令官の受け売りね」

 「えっ、受け売りすか……?」

 「なによ、あんたが陽炎の意志を尊重したいって言ったんでしょ」

 「それは言いましたけど……」

 「はぁ……本来なら、あんたがハッキリと言うべきことなのに。らしくないことしたせいで鳥肌立っちゃったじゃないの」

 

 ぶつぶつと文句を言いながら、腕をさする叢雲さん。

 理不尽だなと思う反面、正論でもあるので何も言い返せない。

 まあでも、やっぱ優しいわこの人。俺が直ぐに言えないことを、分かってるからこその対応だしな。

 

 「神城司令……申し訳ありませんでした」

 

 唐突に、不知火さんが今日一で深く頭を下げてきた。

 それを見て思わず立ち上がってしまう。

 

 「いや、全然気にしてないんで! 大丈夫です!」

 「いえ、これは不知火の落ち度です。神城司令は陽炎の意志を最優先に考えていました。それなのに不知火は……」

 「いやいや、不知火さんも被害者じゃないですか。一番悪いのはあのクソ野郎ですよ」

 

 もういないけどね!!

 まったく、上司なら部下にこんな思いさせるなよ。罰を与えるにしても、もっと考えろよな。

 

 「……お心遣い感謝します」

 

 そう言って、またまた深々と頭を下げる不知火さん。

 その時、扉がノックされた。中々扉が開く気配がなかったので、どうぞと声をかける。

 すると扉が開いて、霞さんと霰さんが入ってきた。

 入ってくるなり、霞さんは不知火さんを見て訝しげな表情を浮かべた。

 

 「なんて顔してんのよ。いつもの鉄仮面はどうしたの?」

 「霞……」

 「もしかして、そこの提督と秘書艦に何か言われた?」

 

 唐突に鋭い視線が飛んでくる。

 言うまでもなく、完全に濡れ衣である。

 これ絶対嫌われてるよな……俺何もしてないと思うんだけど。

 

 「いいえ、神城司令と叢雲は関係ありません。これは不知火の落ち度です」

 「……あっそ。ま、どうでもいいけど」

 

 つまらなそうにそっぽを向く霞さん。

 今度は霰さんが話し出した。

 

 「陽炎が演習やるから、不知火も呼んできてって……」

 「演習……? 陽炎が?」

 「うん……観戦しててほしいって言ってた……」

 

 あれ、今日の予定に演習はなかったはずなんだけどな。

 

 「聞いてます? 演習のこと」

 「聞いてない」

 

 念のため叢雲さんに確認するも、叢雲さんも聞いてないとのこと。

 てことは急遽決めたのか……なんかあったのかね。

 

 「というわけだから。私たちはこれで失礼するわ」

 「あ、はい」

 

 霞さんが部屋の扉を開けて出て行く。霰さんもこっちを見てペコリと頭を下げてから、部屋を後にした。

 残りは不知火さんだけだが、なんか行くか迷っている様子だったので、

 

 「行かないんですか?」

 「その、まだ話の途中だったので……」

 「いや、行ってきてもらって大丈夫ですよ」

 

 観戦に行くように後押しする。

 陽炎さんが頑張っているところを直接見てもらう──そうすれば後で二人が会話する時に、何かと話しやすいだろうと考えたのだ。

 陽炎さんだって、楽したいからこの鎮守府に残る選択をしたわけじゃないからな。たぶん。

 

 「……分かりました。それでは、不知火も行ってきます」

 

 一礼すると不知火さんも提督室から出て行った。

 提督室がシーンと静まり返る。この静かな時間も随分と久しぶりな気がするな……。

 俺は少しの時間、どっと押し寄せてきた疲労感から机に突っ伏していた。そして気持ちを切り替えると、叢雲さんの方を向いた。

 

 「ありがとうございました」

 「なによいきなり。感謝されるようなことをした覚えはないんだけど」

 「不知火さんすよ。自分には言えなかったんで」

 「べつに、端から期待してないし」

 

 ありがてー。

 冷たいようにも聞こえる台詞だが、今の俺にはありがたいお言葉だ。

 

 「でも、ちょっと言い方ストレートすぎません?」

 「あら、あれでも充分緩く言ったつもりなんだけど」

 「まじすか……」

 「文句があるなら自分で言うことね。私は代弁したに過ぎないんだから」

 

 はい、善処します……。

 

 

 




陽炎「はぁ……なんでこんなことに」
青葉「まあいいじゃないですか。ここで今の陽炎さんの実力を示しておけば、霞さんたちも驚くこと間違いなしですよ!」
陽炎「じゃあ、手加減してくれます?」
青葉「手加減? はて……青葉にはよく分からないですね」
陽炎「ほらー!! これ絶対ボコボコにされるやつじゃないですか!?」
青葉「さあさあ、行きますよ!」
陽炎「うぅ、やっぱ演習なんて言わなきゃよかった……」

※後悔先に立たず。
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