提督に転職したら想像以上にブラックだった件 作:Sh1Gr3
「逃げたわね」
「そうっすね……」
誰がどう見ても、逃げるように提督室から去って行った陽炎さん。
彼女は遠征と言っていたが、いつもの船団護衛カッコカリまではまだ時間がある。事情を知っている俺と叢雲さんにとっては、不知火さんから逃走したようにしか見えなかった。
その不知火さんはというと、陽炎さんに呆れたのか、小さなため息を零している。心なしか、顔にやれやれという文字が浮かんでいる気さえする──無表情だけど。
「追いかけなくていいの?」
「はい、もう少しお訊きしたいことがあるので。……ご迷惑でなければですが」
「べつに構わないわよ。大してやることもないし」
「よろしいのですか?」
「ええ。そこの司令官がなんでも答えてくれるって」
くいっと俺に向かって顎をしゃくる叢雲さん。不知火さんの目が俺へと移る。
なんで俺なんだよというツッコミは、なんとか心の内に留めた。ていうか、大してやることないって嘘だろ。俺にはやることだらけにしか見えんのだが??
俺の心の叫びも虚しく、不知火さんが「ありがとうございます」と言ってペコリと頭を下げてくる。
うーん、これは答えないわけにはいかないわ。
「では、その……先ほどの質問ですが、陽炎は本当に第7に戻れるのでしょうか?」
「戻れますよ。大本営の大淀さんが言ってたんで」
「しかし、陽炎にはその気がないようでしたが」
「あー、あれは……」
なんて説明したものかなあ。
いや、もうこの際全部言っちゃうか。先に言ったの陽炎さんだしな。
「実は、今度第7に着任する提督からも言われてたんですよ。陽炎さんを戻すように」
「! それは本当ですか??」
「はい。まあ、もう断っちゃったんですけどね」
そう言った瞬間、不知火さんの目が一気に鋭くなった。
そりゃそうだ。期待を裏切るようなことを言ったんだから。
それにしても、これが戦艦クラスの眼光か。この目向けられるの精神的にくるものがあるな……。
「何故そのようなことを……まさか、陽炎が拒否したのですか?」
「あー、まあ……それもありますね」
さすが不知火さん、よく分かっていらっしゃる。
不知火さんは呆れた様相でため息を吐いていたものの、俺の回答に納得したようだった。
「そういうことでしたか。であれば、そんなものは聞く必要ありません」
「いやあ、そういうわけにもいかないというか……」
「? 何故です。神城司令に断るメリットはないように思えますが。むしろ断ることによって、第7の新司令との関係に悪影響を及ぼす恐れがあるのでは?」
「それは……」
否定できないなあ。大淀さんも面倒なことになるかもとか言ってたし。
「陽炎にとって、この鎮守府が居心地の良い場所だということは分かりました。ですが、陽炎は不知火にとって……第十八駆逐隊にとって欠かせない存在なのです。戻って来てもらわねば困ります」
「そりゃあもう……その通りだと思います」
その通りすぎて頷くことしかできない。
すると突然、不知火さんがソファーから立ち上がった。とても真剣な眼差しでこっちを見てくる。
なんだか嫌な予感……。
「神城司令、失礼を承知で申し上げます。陽炎に、第7への異動を命じてはいただけないでしょうか」
やっぱりー……そうなるよなあ。あー、胃が痛い。
お願いしますと言って、深々と頭を下げる不知火さんを見てたら、ますます痛くなってきた。
仕方ない。ここは伝家の宝刀、いったん持ち帰り案件とさせていただくしかないな……。
「ちょっと、陽炎さんと会話してみます」
「? 会話する必要があるのですか? 神城司令が命令すれば陽炎は従うと思いますが」
「いや、それはちょっと……」
この俺にそんなことできるわけないじゃん……不知火さんの気持ちも分かるけど。
でも、そんなことしたら俺はあの人と同じ──。
「ねえ、あまりいじめないでくれる?」
ふと、叢雲さんが口を開く。
その声を聞いてちらっと叢雲さんの方を見ると、彼女は書類から視線を外しており、頬杖を突きながら不知火さんを見つめていた。
ていうか、いじめって……別にいじめられてるつもりはないんだけどな。
「私は質問には答えてくれるとは言ったけど、お願いを聞いてくれるとは一言も言ってないわよ」
「分かっています。しかし、お願いをするなとも言われていませんので」
「へぇ……言うわね」
おいおいおい、なんかピリピリし始めたぞ……。
「でもそのお願いとやらは、陽炎は望んでるの?」
「? 陽炎が望まなければお願いしてはいけないのですか?」
小首を傾げる不知火さんに、叢雲さんはふっと小さく笑った──まるでそんなことも分からないのかと、呆れたように。
こえーよ……あ、なんかトイレ行きたくなってきた。
「気付いてないのね。あんたがやろうとしてることは、あんたたちの元上官がしたことと一緒だってことに」
「! ど、どういう意味ですか……?」
「だってそうでしょ? 陽炎の意志を無視して、無理やり異動させようってんだから」
「っ、それは……」
うわー、見事な火の玉ストレート。不知火さんのポーカーフェイスが崩れちゃったよ。
「あんたは陽炎に、二度も望まない異動を強いるつもり?」
「……」
不知火さんからの返答はない。
うつむいたまま、まるで言い返す気もなさそうだ。
「悪いけど、うちの司令官はそこまで愚者じゃない」
意外と評価されてる件について。仏(笑)とか言われるより、こっちの方が嬉しいわ。
あの人との比較ってのが少し複雑だけど……。
「それにね、うちからしたら陽炎がここに残るのはメリットでしかないの。あんたたちが何を吹き込まれたのかは知らないけど、うちって結構忙しいから。陽炎がいるだけでかなり楽ができるのよ」
なんだよ、さっきは大してやることないとか言ってたのに──というツッコミは心の中だけに留める。
代わりに不知火さんがツッコんでくれるかと思ったけど、どうやらそれどころじゃないらしい。完全に意気消沈しちゃってる。
「以上。ちなみに今私が話したことは全部、そこの司令官の受け売りね」
「えっ、受け売りすか……?」
「なによ、あんたが陽炎の意志を尊重したいって言ったんでしょ」
「それは言いましたけど……」
「はぁ……本来なら、あんたがハッキリと言うべきことなのに。らしくないことしたせいで鳥肌立っちゃったじゃないの」
ぶつぶつと文句を言いながら、腕をさする叢雲さん。
理不尽だなと思う反面、正論でもあるので何も言い返せない。
まあでも、やっぱ優しいわこの人。俺が直ぐに言えないことを、分かってるからこその対応だしな。
「神城司令……申し訳ありませんでした」
唐突に、不知火さんが今日一で深く頭を下げてきた。
それを見て思わず立ち上がってしまう。
「いや、全然気にしてないんで! 大丈夫です!」
「いえ、これは不知火の落ち度です。神城司令は陽炎の意志を最優先に考えていました。それなのに不知火は……」
「いやいや、不知火さんも被害者じゃないですか。一番悪いのはあのクソ野郎ですよ」
もういないけどね!!
まったく、上司なら部下にこんな思いさせるなよ。罰を与えるにしても、もっと考えろよな。
「……お心遣い感謝します」
そう言って、またまた深々と頭を下げる不知火さん。
その時、扉がノックされた。中々扉が開く気配がなかったので、どうぞと声をかける。
すると扉が開いて、霞さんと霰さんが入ってきた。
入ってくるなり、霞さんは不知火さんを見て訝しげな表情を浮かべた。
「なんて顔してんのよ。いつもの鉄仮面はどうしたの?」
「霞……」
「もしかして、そこの提督と秘書艦に何か言われた?」
唐突に鋭い視線が飛んでくる。
言うまでもなく、完全に濡れ衣である。
これ絶対嫌われてるよな……俺何もしてないと思うんだけど。
「いいえ、神城司令と叢雲は関係ありません。これは不知火の落ち度です」
「……あっそ。ま、どうでもいいけど」
つまらなそうにそっぽを向く霞さん。
今度は霰さんが話し出した。
「陽炎が演習やるから、不知火も呼んできてって……」
「演習……? 陽炎が?」
「うん……観戦しててほしいって言ってた……」
あれ、今日の予定に演習はなかったはずなんだけどな。
「聞いてます? 演習のこと」
「聞いてない」
念のため叢雲さんに確認するも、叢雲さんも聞いてないとのこと。
てことは急遽決めたのか……なんかあったのかね。
「というわけだから。私たちはこれで失礼するわ」
「あ、はい」
霞さんが部屋の扉を開けて出て行く。霰さんもこっちを見てペコリと頭を下げてから、部屋を後にした。
残りは不知火さんだけだが、なんか行くか迷っている様子だったので、
「行かないんですか?」
「その、まだ話の途中だったので……」
「いや、行ってきてもらって大丈夫ですよ」
観戦に行くように後押しする。
陽炎さんが頑張っているところを直接見てもらう──そうすれば後で二人が会話する時に、何かと話しやすいだろうと考えたのだ。
陽炎さんだって、楽したいからこの鎮守府に残る選択をしたわけじゃないからな。たぶん。
「……分かりました。それでは、不知火も行ってきます」
一礼すると不知火さんも提督室から出て行った。
提督室がシーンと静まり返る。この静かな時間も随分と久しぶりな気がするな……。
俺は少しの時間、どっと押し寄せてきた疲労感から机に突っ伏していた。そして気持ちを切り替えると、叢雲さんの方を向いた。
「ありがとうございました」
「なによいきなり。感謝されるようなことをした覚えはないんだけど」
「不知火さんすよ。自分には言えなかったんで」
「べつに、端から期待してないし」
ありがてー。
冷たいようにも聞こえる台詞だが、今の俺にはありがたいお言葉だ。
「でも、ちょっと言い方ストレートすぎません?」
「あら、あれでも充分緩く言ったつもりなんだけど」
「まじすか……」
「文句があるなら自分で言うことね。私は代弁したに過ぎないんだから」
はい、善処します……。
陽炎「はぁ……なんでこんなことに」
青葉「まあいいじゃないですか。ここで今の陽炎さんの実力を示しておけば、霞さんたちも驚くこと間違いなしですよ!」
陽炎「じゃあ、手加減してくれます?」
青葉「手加減? はて……青葉にはよく分からないですね」
陽炎「ほらー!! これ絶対ボコボコにされるやつじゃないですか!?」
青葉「さあさあ、行きますよ!」
陽炎「うぅ、やっぱ演習なんて言わなきゃよかった……」
※後悔先に立たず。