提督に転職したら想像以上にブラックだった件   作:Sh1Gr3

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第十八駆逐隊の鎮守府訪問④

 第8鎮守府、訓練海域へ向かう桟橋の上。

 陽炎と青葉は艤装を身に着けた状態で、不知火たちの到着を待っていた。

 

 「あの、本当に手加減なしですか……? 秒でピエロになる未来しか想像できないんですけど」

 「あはは、ピエロなのはいつものことじゃないですか~」

 「いや、笑い事じゃないですよ……」

 

 呑気に笑いながら喋る青葉を見て、陽炎はついうなだれてしまった。

 これから行うは、青葉との対抗演習──即ち、一対一のガチンコ勝負である。

 どうして急遽、予定にない演習をやることになってしまったのか。陽炎はつい先ほどの霞たちとのやり取りを思い返し、後悔から心の中で大きなため息を吐いた。

 こんなことになるぐらいなら、提督室から飛び出した後、自室で遠征までの時間を潰していればよかった。

 

 「まあまあ。この鎮守府が()()()()じゃないってことを証明するためですよ」

 「そ、それはそうですけど……」

 

 ぬるま湯──先のやり取りの中で霞は、この鎮守府のあり様を一言でそう評した。

 確かに、この鎮守府は雑用がメインだし雰囲気も相当緩い。陽炎はそんな第8鎮守府を気に入っているのだが、真面目な霞がこの鎮守府の話を聞けば、ぬるま湯と言いたくなる気持ちも分からないではない。

 

 しかし、だからといって「腑抜けてる」だの「錆びついた」だの、はたまた「艦娘として終わり」だのと言われては、さすがの陽炎も黙ってはいられなかった。

 ついカチンときてしまった陽炎は、勢いのままにその場で宣言した。この鎮守府がぬるま湯ではないことを、自分の力で証明すると。その方法について、ぱっと思いついたものが演習だった。

 

 ただ、そこに青葉がいたのがまずかった。

 陽炎的には普通に砲雷撃演習をして、腕が鈍っていないことを証明するつもりだったのだが、青葉が「それだと面白くない」と言って、半ば強引に青葉との対抗演習に決められてしまったのである。

 

 艦種が異なる上に練度でも劣っている自分が、青葉とガチンコ勝負をしたところで勝負になるはずもない。陽炎はその旨を声を大にして抗議したのだが、残念ながら決定が覆ることはなかった。

 しまいには、霞から「ぬるま湯じゃないって言うならそれぐらいやってみせろ」などと言われる始末。

 

 青葉の実力を知っている陽炎からしてみれば、たまったものではないのだが、残念ながらそれはトップシークレット。陽炎は口を紡ぐしかなかった。

 不知火が傍にいたら確実にしばらくの間、小言が続いていただろう。「後先考えずに発言するからです」と、呆れてため息を零す様が目に浮かぶようだ。

 

 そんな不知火が、霞と霰に連れられて桟橋に向かって歩いてくるのが見えた。

 ああ、いよいよ始まってしまう。陽炎は思わず祈るように天を仰いだ。

 ふと、青葉が笑いながら言った。

 

 「安心してください。この演習、青葉は甲程度の力に抑えるつもりなので」

 「! え、ほんとですか?!」

 

 予想だにしていなかった青葉の台詞に、食いつく陽炎。

 青葉は頷いて話を続けた。

 

 「今回の演習は、陽炎さんが錆びついていないことを示す場ですからね。いつもの訓練通りにやっても意味がありません」

 「もう、だったら最初からそう言ってくださいよ……青葉さんのいじわる」

 「いやぁ~、焦る陽炎さんが面白くてつい」

 

 そう言って、青葉はまた「あはは」と笑った。

 陽炎は顔をむすっとさせていたが、同時に安心もしていた。

 というのも、青葉の言ういつもの訓練とは、本気の青葉の攻撃をひたすら回避し続けなければならないという、超鬼畜な訓練なのだ。

 

 当然、今の陽炎にそんなことができるはずもなく被弾しまくるため、いつも全身がペイント弾による染料まみれ──まるでピエロのような様相となっている。先ほど彼女が言ったピエロとは、そういう意味だ。

 その懸念がなくなったのは大きい。練度甲の重巡を相手にするのも厳しいが、本気の青葉が相手でなければ秒でピエロになることはないはず。

 陽炎が絶望的だった演習に光明を見出している間に、霞、霰、不知火の三人が桟橋までやって来た。

 

 「連れてきたわよ」

 「ありがとうございます!」

 

 青葉がそっぽを向く霞に礼を言うと、次に不知火が陽炎を見て口を開いた。

 

 「話は霞から聞きました。不知火も陽炎の腕が鈍っていないか気になっていたので、ちょうどよかったです」

 「ま、まあ任せてよ。訓練だけはちゃんとやってるから」

 「訓練だけはというのが少々気がかりですが……期待しています」

 「頑張って……」

 

 不知火の言葉に霰も続いた。

 霞は相変わらず、そっぽを向いたまま。

 

 「霞、見てなさいよ。この鎮守府がぬるま湯じゃないってこと、証明してあげるから!」

 「……ふん」

 

 つまらなそうに鼻を鳴らす霞。

 青葉が「では始めましょうか」と言って、海面に足をつけた。そのまま桟橋から離れていく。

 陽炎も海上へ降り立つと、青葉の後を追って行った。

 

 桟橋に残された三人。

 最初に口を開いたのは意外にも霰だった。

 

 「陽炎、勝てるかな……?」

 

 霰の疑問に、不知火が真っ先に回答した。

 

 「どうでしょう。青葉さんの実力が分からないのでなんとも言えません」

 「陽炎が自分よりも練度高いって言ってた……」

 「……そうですか。それでは、陽炎の方が分が悪いですね」

 

 駆逐艦は重巡と比べて、耐久、火力、装甲という重要なステータスが劣っている。

 唯一、勝っている点といえば機動力ぐらいだろうが、それも相手が自分より練度が高い場合、どこまで通用するか微妙であった。

 それを理解しているからこそ、

 

 「勝てるわけないでしょ。自分より強い重巡相手に」

 

 ため息混じりに霞はそう答えた。

 

 「まったく、何考えてるんだか。そんなにこの鎮守府が気に入ってるなら一生いればいいのよ」

 「そうやって煽るから……もとはといえば、霞姉さんが第8鎮守府の悪口を言ったのがきっかけ」

 「悪口? どういうことですか、霞」

 

 霰と不知火に言い寄られ、霞はたじろいでしまう。

 

 「じ、事実でしょ。こんなぬるい環境にいたら、成長なんてできるわけないじゃない」

 「第7が普通じゃなかっただけ……」

 「第7以外の鎮守府すべてをぬるいと言うつもりですか」

 「っ……べつに、そうは言ってないわよ」

 

 三度そっぽを向く霞。二人から正論が飛んできて、返す言葉がない様子だ。

 しばしの沈黙が流れる。訓練海域では陽炎と青葉が距離を取って向かい合っており、今にも演習が始まろうとしていた。

 ふと、不知火が訓練海域の方を向いたまま口を開いた。

 

 「そういえば、陽炎は当分第7に戻る気はないみたいです」

 「戻るって、そもそも左遷されたんだから簡単には戻れないでしょ」

 

 霞の言葉に、不知火が首を横に振る。

 霰が首を傾げた。

 

 「どういうこと……?」

 「今度着任する司令が、陽炎のことを第7に戻そうと考えたらしいのですが……陽炎はそれを拒否したと、神城司令に教えてもらいました」

 「へぇ……本当に一生いるつもりなのね」

 「それはちょっと……寂しいかも……」

 

 淡泊な反応を見せる霞と、台詞の通りしょんぼりする霰。

 今度は霞が不知火に訊いた。

 

 「それで? あんたはそれでいいの?」

 「……不知火は陽炎の意志を尊重します。陽炎が残りたいと言うのなら、不知火は何も言いません」

 「へー、意外と薄情なのね。私たちのところに戻るよりも、こんな異動したばかりの鎮守府の方がいいってことでしょ? あんたなんとも思わないの?」

 

 正直、思うところがないわけではない。

 しかしそれ以上に──。

 

 「不知火は陽炎に、二度も望まない異動をさせたくありませんから」

 「……あっそ」

 

 その言葉には、静かながらも確かな力強さ──不知火の思いが込められていた。

 それを察したからこそ、霞もそれ以上は何も言わなかった──否、言えなかった。

 不知火が「ちなみに」と付け加える。

 

 「これは神城司令の受け売りです。あの方になら、安心して陽炎を任せられると思います」

 「はっ、とんだ甘ちゃんね」

 

 乾いた笑みを浮かべながら、霞は呆れたように言った。

 

 「陽炎の意志? ただのわがままじゃないの。この鎮守府にいた方が楽だから、第7に戻りたくないだけでしょ」

 「そ、それは……」

 

 実際のところ、不知火はまだ聞いていなかった。

 陽炎が何故この鎮守府に残りたいのか、後で本人に訊こうと思っていたのだ。

 

 「そんなわがままを聞いて甘やかして……だからいつまで経っても反省しないのよ、あの馬鹿は」

 

 呆れ顔でため息を零す霞。

 その時、演習海域にいる陽炎と青葉が動き出した。いよいよ、演習が始まったらしい。

 次第に砲撃音が聞こえてきて、水柱があちこちに立ち上がり始めた。

 

 「始まったようですね」

 「ふん、どうせすぐ終わるわよ」

 

 不知火の呟きに続いて、霞がつまらなそうに鼻を鳴らして言った。

 その後、しばらく無言で演習を眺めていた三人であったが──。

 

 「陽炎……意外と戦えてる……?」

 「そのようですね」

 

 霰と不知火が、それぞれ演習の感想を口にした。

 陽炎の動きは第7にいた頃と遜色はない──いやむしろ前より良くなっているように見えるし、青葉の動きも練度の高さがうかがえた。

 まだ演習は始まったばかりであるが、すぐ終わるという霞の予想が外れたことは、もはや言うまでもなかった。

 

 「どうやら、訓練だけはちゃんとやっているというのは本当だったようですね」

 「うん……前より強くなってる……」

 

 と、そこへ霞が水を差すように口を挟んだ。

 

 「どうだか。相手が大したことないだけなんじゃないの?」

 「ううん、それはないと思う……霞姉さんも見れば分かるでしょ……?」

 「霰の言う通りです。青葉さんは間違いなく強い……我々三人の誰よりも」

 「……」

 

 沈黙する霞。というのも、言っただけで霞も頭の中では分かっていた。

 砲撃、雷撃の精度は以前とそこまで大差はない。ただ、相手の攻撃を回避する回避力に関しては、明らかに前より上達しているように見えた。

 

 そう分析したところで、霞は眉をひそめた。

 まだ陽炎が異動してから大して月日は経っていない。だというのに、この窓際鎮守府でどんな訓練をすれば、短期間で傍から見て分かるほど成長できるというのか。

 

 先ほどの青葉とのやり取りから得た第8鎮守府の情報──第7で噂されていたものと大きく異なることは認めるが、正直ぬるい環境だなとしか思わなかった。

 

 (直接、訊いた方が早そうね)

 

 あのやり取りだけでは、解消できなかった疑問もいくつかある。これを解消するためには、あのお人好しオーラ全開の提督に訊くのが、手っ取り早いだろう──霞はそう判断した。

 演習海域に背を向ける。不知火と霰の目が霞へと向いた。

 

 「どこへ行くのですか?」

 「霞姉さん……?」

 

 声をかけられ、霞は立ち止まった。

 しかし振り返ることなく、彼女は「ちょっとね」と一言だけ発して桟橋から去って行った。

 桟橋に残された不知火と霰の二人。訓練海域では、陽炎と青葉の戦闘が徐々に激しさを増していった。

 

 

 




陽炎(あれ、あたし思ったより戦えてない?? これいけるかも……!)
青葉(さすが陽炎さん、やりますねえ~。これで目的は十分果たせましたし、もう力のセーブは必要なさそうですね!)

※ピエロフラグ回収〇秒前。
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