提督に転職したら想像以上にブラックだった件 作:Sh1Gr3
「ねっむ……」
眠い目をこすりながら、提督室へと向かう。
時刻は朝の8時すぎ。出勤開始が15分からなので、それに間に合うように歩いているところだ。
ちなみに、勤務終了は17時。普通の会社とさほど変わらない7時間45分の勤務時間となっている。なので普通の会社というよりは、この勤務形態は公務員に近いかもしれない。
何度目かのあくびをした後、提督室の扉の前に到着。念のため、廊下の窓ガラス越しに身だしなみをチェックしてから扉を開けた。
中に入ると、すでに叢雲さんがいた。叢雲さんはソファーの上で例のごとくくつろいでいる。
やば、俺より早くいるじゃん……やる気ないんじゃなかったのか?
俺は慌てて、叢雲さんに頭を下げる。
「おはようございます」
「んー」
くつろぐ体勢は崩さないまま、挨拶の返事が返ってきた。
いい感じだ。挨拶を返してくれるってことは、大抵のコミュニケーションは問題ないだろう。
椅子に腰を下ろして、業務用のパソコンを立ち上げる。それから今日の任務を確認。
第8鎮守府あての任務は──。
「あれ、なんもない」
なにも割り当てられていない。
他の鎮守府には、各々びっしり任務が振られている──何が書かれているか意味不明なものばかりだが。
どういうことだろう。
研修の時、各鎮守府あてに任務を割り振るって言ってたのに。
まだ更新されていないのかな。いや、さすがにそれは……。
考えていると出勤開始の15分を過ぎてしまったので、考えるのをやめた。
まあ、こういうのは有識者に訊くのが一番だよな。
「叢雲さん、今いいですか」
声をかけると、ソファーの上でくつろぐ叢雲さんの顔がこちらへ向いた。
「なに?」
「今日の任務なんですけど、なんか何も書かれてないんですけど……」
「ああ、ないわよそんなの」
「え、ないんですか?」
予想外の返答に、目を丸くする俺。
ないってどういうことだ……?
「忘れたの?ここは窓際鎮守府なの。任務なんてあったら窓際鎮守府の意味がないでしょ」
「いや、でも研修の時に毎日振られる任務があるって聞いたんですけど……」
「ここは例外。以上」
「はあ」
なんてこった。どうやらここは、俺の思っていた百倍は窓際だったようだ。
となると……困った、やることがない。まだ出勤開始から10分も経ってないのに。
俺は考えた末、昨日の紙の山を整理することにした。
どんな任務でどこから送られてきたのかぐらいは、今の俺でもできる作業だ。さすがに勤務開始10分でやることなくなりましたじゃ、日報すら書けやしない。
「……あれ?」
紙の山を手に取ろうとして、初めて気が付いた。
ない。昨日まであった紙の山が、きれいさっぱりなくなっている。
どこ行っちゃったんだ……?
「叢雲さん、ちょっと……」
「今度はなに?」
叢雲さんが、読んでいた雑誌から顔をあげた。
いやいや、いま勤務中なんですけど……せめて座って読めよ……。
「昨日ここにあった紙の山知りません?」
「あー、捨てたわよ」
「捨てた?!」
驚きのあまり、声が若干大きくなってしまった。
嘘だろ。一応、正式な書類だぞ。それを捨てるとか、普通に首が飛びそうなんだが。
「え、捨ててどうするんですか?」
「別にどうも。もともと、うちの任務じゃないんだから。うちが引き受ける筋合いないでしょ」
「……それはそうかもしれないですけど」
「無視よ無視。なんか言われたら、お前がやれって言ってやんなさい」
「そんなこと言えないですよ……」
なんて強気な物言いなんだ。艦娘ってみんなこうなのか?
心の中でため息を吐いていると、パソコンから通知音が鳴った。第7鎮守府の提督からのメッセージだ。
内容は、叢雲さんが捨て去った紙の山に書かれた任務の話だった。
期限は今週中、終わったら第7鎮守府宛てに報告書を提出しろとのこと。
メッセージを見て呆気にとられていると、また通知音が鳴った。
今度は第6鎮守府から。内容は第7鎮守府と同じだ。その後も、通知音がしばらく鳴りやまず、とどめは第1鎮守府からのメッセージ。この鎮守府の役割について、重々しく記載されていた。
要約すると、他の鎮守府の任務の尻ぬぐいをしろとのことだ。失敗すると、国家運営に重大な支障をきたすとも書かれていた。
申し訳ない程度に、着任したばかりで大変だろうが──と優しめのことも書かれていたが、だったらこんなの送ってくるなよと思った。まったく気休めにならない。
考えていてもどうにもならないので、とりあえず叢雲さんに相談。
「なんか送られてきたんですけど」
「いいわよ無視で」
くつろぎの大勢を崩すことなく即答される。
しかし、このまま「はいそうですか」と引くわけにもいかない。
「そういうわけにもいかないですよ……」
「なによもう、面倒くさいわねえ」
よっこらしょと言わんばかりに、ソファーから起き上がる叢雲さん。
露骨なため息を零しながら、ディスプレイを覗き込んでくる。
どうでもいいけど、距離が近い。
「ばかじゃないのこれ。うちじゃどうにもならないものばかりじゃない」
画面に表示された文字の羅列を見て、叢雲さんが怒り出した。
概ね俺も同じ思いである。
「どうしますかこれ」
「どうしますかって、つき返すしかないでしょ」
「えぇ、まじすか……」
おいおい、初日からこれかよ。いくらなんでも幸先悪すぎだろ。
「はっきり言っておかないと、なめられるわよ」
「なんてつき返したらいいですかね?」
「自分でやれの一言だけでいいでしょ」
「そんなことしたら初日からクビですよ……」
仕方ない。叢雲さんがあてにならない以上、自分で返すしかないな。
とりあえず、着任したばかりで右も左もわからないことをさりげなく書いて、あとは人が足りないことも書いておくか。これでだめならもう知らん。
「なんか新人に厳しすぎません?」
「あんた、もともと民間人でしょ」
ソファーの上で足を組む叢雲さんの目が、こちらをじっと見据える。
確かに俺はもともと、どこにでもいるシステムエンジニアだったけど。
「軍属じゃない奴が提督になるってのは、軍の連中からしたら面白くないのよ」
いやいや知らんがな。適性さえあれば誰でもいいって募集してるのお前らだろ!
「だからこうやって、新人潰しして楽しんでるってわけ」
「最悪じゃないですか……」
「軍の連中なんてそんなものよ。だから民間人の方が適性ある奴が多いんだろうけど」
確かに。そういえば、あの人もそんなこと言ってたっけ。
適性──俺も受けた、提督になるために必要な適性検査。
いくつかあるが、その中でもっとも欠かせないのが、妖精と呼ばれる生き物との関係性だ。
第一に、妖精が見えることが求められる。見えない奴は論外。
第二に、意思疎通がとれること。見えても妖精と意思疎通がとれない奴は、適性なしと判断される。
第三に、妖精に好かれる人間であるかどうか。これが一番難しい。第二までの適性があっても、妖精にそっぽを向かれた時点で適性なし判定となる。
なかなかにシビアな適性検査だが、適性検査を担当してくれた
納得した。こんなくだらないことしてるようじゃ、妖精と良好な関係なんて築けるわけないわな。
心の中で優越感にひたっていると、さっき送ったメッセージの返信が返ってきた。
『期限はまだ先なのでスケジュール立てて消化しろ』『わからないことは周りに訊け』と、要約するとこんな感じだ。
結局、全部うちでやれってことだな。
「うちでやれだそうです」
結論だけ叢雲さんに伝えた。途端に聞こえてくるため息。
「もういいわ。適当に返事してほっときなさい」
「……うっす」
やれやれ、とんでもない世界に来ちゃったな。これなら前の会社の方がまだましだったよ……。
「もう、せっかくお昼寝しようと思ってたのに」
「まだ勤務中ですよ」
「いいじゃない別に。やることないんだから」
「叢雲さんがいないと開発できないんですよ」
文句の言葉を漏らす叢雲さんをなだめながら、鎮守府内の工廠へと向かう。
目的は装備の開発。あまりにもやることがなさすぎたので、叢雲さんにお願いして装備開発をすることにした。これでなんとか日報を書くことができる。
工廠へ到着し、身分証を提示して中へと入る。中はいくつかのエリアに分かれており、その中の装備開発のエリアに向かって進んでいく。
建造のエリアもちらっと見えたが、残念ながらこの鎮守府では日の目を見ることはないものだ。今のところは。
少し歩いたところで、開発エリアに到着。
見ても何がなんだかさっぱりな機械類がずらりと並んでおり、他にも開発に必要な資源、資材が積んである。
付近には何体かの妖精の姿も目に入った。見るのは研修以来だが、やはり不思議な生き物だなという感想はぬぐえない。
「それで、何を開発するの?」
「そうですね……」
俺は持ってきたマニュアルの中の、装備開発のページを開いた。
「叢雲さんの艦種ってなんでしたっけ?」
「駆逐艦よ。戦艦にでも見えた?」
「いや、ワンチャン軽巡とかないかなと……」
「それはおあいにくさまだったわね」
憎まれ口を叩く叢雲さんを横目に、駆逐艦で開発できる装備の一覧に目を通していく。
うーん、なにを開発しようか。やっぱり王道の主砲か、一撃必殺の魚雷か……いざ開発するとなると、悩ましいな。
「言っとくけど、3回までだからね。ただでさえ支給される資材も少ないんだから」
確かに。うちの保有している資源は、燃料からボーキサイトまですべて500ちょうど。開発するために必要な資材も、ほとんどないに等しい。
これらを増やすには、定期的に支給されるのを待つか、任務をこなした報酬としてもらうしか手段がないのが現状だ。前者はここが窓際鎮守府ということもあり期待できないので、後者でどうにかするしかないだろう。
一応この開発も任務の一つなので、達成すれば報酬としていくらかの資源、資材が手に入る。
こうして簡単な任務をこなして、少しずつ増やしていく。これが新人提督のあるべき姿な気がする。できもしない仕事を押し付けられるのは、絶対間違っている。
余計な思考が増えてきたので、装備開発以外のことは頭の隅へと追いやり、ひとまず1回目に開発するものを決めた。
「この主砲とかどうですか?」
10cm連装高角砲。駆逐艦の一般的な主砲だ。
高角砲ということで、対空防御にも優れていて、開発するには無難な装備だと思われる。
「まあいいんじゃない」
叢雲さんからの合意がとれたので、装備開発の準備に取り掛かる。
目の前の機械に、開発に必要な資源を入力していく。入力が終わったら開発開始のボタンを押す。装備開発といっても、提督がやるのはこれだけだ。
ここから先は彼ら──妖精の役目。
ボタンを押すと、ほどなくして妖精たちは現れた。
よく見るとヘルメットを被っており、工具らしきものも手に持っている。
妖精の目が、俺と叢雲さんの方に向けられた。
「よろしくお願いします」
俺が頭を下げると、妖精たちは全員びしっと敬礼で反応してくれた。
妖精たちはなにもない空間に、俺が入力した量の資源と資材を並べていく。ほどなくして、目の前が真っ白い光に包まれた。
これで開発完了。
成功すれば何かしらの装備が手に入るし、失敗すれば投入した資源資材は無にかえる。
おそるおそる目を開けて結果を確認すると、残念ながらそこには何もなかった。失敗か……。
「失敗ね。ま、開発なんてこんなもんよ」
「……次は魚雷にします」
主砲と同じように、今度は魚雷開発に必要な資源資材を入力していく。そしてボタンを押した。
しかし結果は主砲と同じで、目の前には何もない空間が広がるだけだった。
「次で最後ね。さっさと終わらせて戻るわよ」
横で大きく背伸びする叢雲さんから、催促の言葉が飛んでくる。
最後は何にしようか……2回とも無難なものを選んだから、最後ぐらいマイナーそうなものでも選んでみようか。
「いけ!」
最後のボタンを押した。
なにやら、前の2回にはなかった感覚。光が収まり目を開けてみると、資源資材がポツンと小さな縦長の鍋のようなものに変わっていた。その傍には見慣れない妖精の姿も。
やった、成功だ!
装備開発をしてくれた妖精たちが、こっちを見てぴょんぴょん跳ねている。なんとなくだけど嬉しそうだ。
俺は感謝を込めて頭を下げる。妖精さんたち、ありがとうございます。
「終わった?」
「いま終わったところです」
「なら戻りましょ」
足早に提督室へと戻ろうとする叢雲さん。
なんだよ、せっかく成功したってのに。反応薄くない?
「この発煙装置どうするんですか?」
発煙装置──開発に成功してできた装備の名前だ。
簡単に説明すると、煙幕を出すことのできる装備である。敵の攻撃をかわすのに、これ以上最適な装備はないだろう。
「そのままでいいわよ。妖精たちが装備保管庫に送ってくれるから」
へー、そこまでやってくれるのか。なんか申し訳ないな。
俺は妖精さんたちに改めて頭を下げてから、すでに工廠を出ようとする叢雲さんに続いてその場を後にした。