提督に転職したら想像以上にブラックだった件   作:Sh1Gr3

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どうしても叢雲さんの話が書きたくなったので投稿します。

提督は登場しますが、陽炎と青葉はお休みです。ご容赦ください。


叢雲さんの昔と今

 駆逐艦叢雲。今よりもずっと艦娘が少ない頃、各地に発生した数多の深海棲艦に対して、たった五人で戦い抜いた原初の艦娘たち──第零艦隊の一人である。

 

 今では伝説の艦娘とまで謳われるようになった叢雲だが、そんな彼女にも未熟な時代があった。それは練度ではなく心の話。

 

 この世に艦娘として生を受けてから現在に至るまで、練度においては右に出る者はいない反面、心だけは子供のように未熟だった時代。協調性や思いやりといった、人間が成長する過程で身につけるはずの能力が、欠落していた頃のこと。

 

 あの頃は艦娘の数も続々と増え始めて、叢雲自身出撃する機会はほとんどなくなっていた。

 理由は単純に、叢雲が強すぎるからである。彼女が出撃すると一人で全て片付けてしまい、他の艦娘たちの経験値にならないのだ。それは他の艦娘たちの存在意義に関わってくる、無視できない問題だった。

 

 よって叢雲が何をしていたかといえば、もっぱら秘書艦や嚮導艦などの裏方仕事である。

 

 しかし当時の叢雲は、裏方仕事を任されることに納得がいかなかった。自分で戦った方が手っ取り早いのに、なぜ秘書艦や嚮導艦なんて面倒なことをしなければならないのか、と。

 

 もちろん理由も聞かされたが、聞かされたところで不満が解消されることはなかった。理解することと納得することは別の話だからだ。当時は理解はできても納得まではできなかった。

 

 そんな彼女の抱いた不満は周囲へとぶつけられた。秘書艦とはいえ提督に対する高圧的な言動、嚮導艦としても厳しい訓練を強要する日々。中には提督を辞めてしまう者、訓練に耐えられず異動していく者もいた。

 

 それでも叢雲は自分を変えることはなかった。

 その結果、彼女を受け入れてくれる場所はなくなり、表舞台から姿を消すことになった。そして、大本営で一人孤独に雑用をこなす日々が始まったのである。

 

 あれから数年。

 完全にやさぐれた叢雲であったが、なんだかんだで当時の自分を黒歴史に感じる程度には成長した。まるで人間の子供が大人へと成長するように、ごく自然と。

 

 もはや昔ほど深海棲艦との戦いに関心はないし、一人で全てを終わらせるつもりも毛頭ない。当時聞かされた理由も、今なら納得できる。

 

 故に叢雲は、二度と表舞台に立つつもりはなかった。このまま大本営でのんびりと、隠居生活を送るつもりだったのだ。

 

 一か月前、辞令が下ったあの日までは──。

 

 

 

 

 

 横須賀第8鎮守府。通称、窓際鎮守府。

 

 この鎮守府の役割は、他の鎮守府から依頼された雑用を片付けることと、問題を起こした艦娘たちの収監が主となっている。窓際という名の通り、ただの左遷スポットだ。

 

 そんな誰が聞いても着任を拒否しそうな場所で、新人提督の初期艦をするよう辞令を下されてから一か月。

 

 最初こそ新人いびりが趣味のタチの悪い連中と、第7の一件のせいでドタバタしたものの、それ以降は特に何が起きるわけもなく──秘書艦をしながら、窓際鎮守府らしい平凡な毎日を、叢雲は過ごしていた。

 

 「叢雲さん、今いいですか?」

 

 そう声をかけてきたのは、この鎮守府の提督。民間企業から転職して来た変わり者だ。

 彼女は眼前のディスプレイから、声の方へちらりと目を向ける。

 

 「資材の収支報告入力してみたんですけど、見てもらってもいいですか」

 「んー」

 

 と短く返事を返してから、叢雲は内容の確認作業に入る。

 

 このやり取りにもすっかり慣れてしまった。傍から見たら素っ気なく思われるだろうが、彼も特に気にしていなさそうなので、今のところ改めるつもりはない。

 

 こういうところは楽だなと思う。

 

 大抵の新人は艦娘とのコミュニケーションに頭を悩ませるもので、提督の適性があってもそれが上手くできる奴とできない奴で分かれてくる。

 

 前者は問題ないが後者は大体、提督を辞めるか精神を病むかの末路を辿ることになる。叢雲はそういった事例を過去に何度も見てきた──というより、体験させてきた。

 

 彼の場合はどちらかといえば前者である。

 それ故、下手に気を遣う必要もない。楽とはそういう意味だ。

 

 加えて、着任したばかりであれだけのことがあったにもかかわらず、提督を続けようとする気概と業務を覚える飲み込みの早さ、なにより艦娘からも好まれる人間性は、お人好しな性格とは反して、存外提督に向いているのではないかとさえ思わせる。

 

 正直彼と初めて対面した時は、「本当に艦隊指揮が務まるのか?」と懐疑的な叢雲だったが、この一か月で見てきた彼に対する評価は、意外と高評価であった。

 

 それはそれとして──。

 

 入力内容を確認していると、一か所だけ入力が漏れている日を見つけた。

 収支報告は日ごとにどれだけの資材を収集、消費したかをまとめて、最終的に大本営に提出する決まりとなっている。

 

 主な目的は資材が適切に使われているかを示すこと。なので入力に不備があると、監査の時につつかれる羽目になる。それは例え、窓際鎮守府であっても例外ではない。

 

 「これ、入力足りてないわよ」

 「え、まじっすか」

 「不知火たちが来た日のやつ。二人で演習してたでしょ」

 「……完全に忘れてましたわ」

 

 画面を見つめる提督の顔が、途端にバツの悪そうな顔に変わる。

 しかしながら、叢雲はそれも仕方ないと思っていた。というのも、あの日は色々と忙しなかったのだ。

 

 それが分かっているからこそ何も言わない。今の彼女は黙って提督のサポートに徹するだけだ。

 

 「漏れてた分、入力しときました」

 

 その報告を聞いて、叢雲は再度ディスプレイに目を向ける。

 今度はどこにも修正箇所は見当たらなかった。

 

 「いいんじゃない」

 「ありがとうございます。これで送っときます」

 「ん。よろしく」

 

 それからほどなくして、提督から「送りました」と一言だけ返ってきた。

 作業がひと段落して、ふうと息を吐く彼に叢雲が言う。

 

 「楽勝でしょ」

 「まあ……消費した資材入力するだけですからね」

 「そんなものよ、提督の仕事なんて」

 「いやいや、他にもっとあるじゃないすか。大変なのが」

 「例えば?」

 「うーん、やっぱ艦隊指揮とかですかね?」

 「それならもうやってるでしょ」

 「えっ」

 

 心底意外そうな反応を示す提督。見れば鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。

 

 「なんでそんな驚いてんのよ。この一か月で散々やってきたじゃないの」

 「いや、全然心当たりないなーっていう」

 

 首を傾げる提督に、叢雲は呆れてため息を零した。

 どうやら、艦隊指揮がなんなのか分かっていないらしい。

 

 「言っとくけど、任務の割り振りとか艦娘のコンディション維持も、そのうちの一つだからね」

 

 ひとえに艦隊指揮と言っても色々あるのだ。

 今叢雲が挙げた二つは、提督がこの一か月で実践してきたことだった。

 

 「あんたの言う艦隊指揮って、どうせ出撃してる艦娘への指示出しのことでしょ」

 「あ、それです」

 

 やっぱりなと叢雲は思った。無論それも艦隊指揮の一つではあるのだが。

 

 「今時そんなのする機会なんかほとんどないわよ」

 「え、そうなんですか」

 「そういうのは基本、現場判断に任せることになってるの。その方が効率的だから」

 「あー、確かに……」

 

 ようやく納得したような反応が返ってきた。叢雲はやれやれと言わんばかりに、背もたれに寄りかかる。

 

 「まあ、昔は提督が直接指揮を執るのが主流だったんだけどね」

 「変わったんですか」

 「昔と違って、練度の高い艦娘が増えたから。基本的には旗艦の仕事よ」

 「なるほど……」

 

 提督は叢雲の話をメモしながら聞いていた。

 

 「いやあ、全然知らないことばかりですわ」

 「そのうち嫌でも知ることになるわよ。あんたが提督を続けてればね」

 「はあ」

 

 苦笑する提督。

 

 「今のところは辞めるつもりないですけどね。この前も言いましたけど」

 

 この前──第十八駆逐隊が帰った後の、陽炎と青葉の話である。あの時のことを、提督は思い返しながら喋っていた。

 

 「まあ初日みたいなことが続いてたら、分からなかったですけど……」

 「あれね。あんた顔面蒼白だったものねえ」

 

 叢雲がふっと小さく笑う。対する提督はガクッとうなだれて言った。

 

 「まじでもうダメかと思いましたよ……あれで寿命十年は縮まりましたね」

 「民間から採用された奴は、ああいうのが原因で辞めていくのよ。耐えられなくてね」

 「そりゃあ辞めますわ。めっちゃきついっすもん、精神的に」

 「私はてっきり、あんたもそうなるものだと思ってたんだけど」

 「いや、初日で辞めるのはちょっと……流石に早すぎません?」

 「関係ないわよ。むしろ精神病む前に辞めた方が賢明でしょ」

 「それはそうですけど……」

 

 叢雲の正論に提督はまたも苦笑い。そして一瞬だけ、当時のことを黙考してから口を開いた。

 

 「自分も叢雲さんがいなかったら、そうなってたかもしれないすね」

 「もっと感謝してくれてもいいわよ」

 「もうこれ以上ないぐらい、めちゃくちゃ感謝してますよ」

 

 紛れもない本心を述べていた。そのあまりの真剣さに、叢雲も苦笑してしまう。

 

 「バカね、冗談よ。そこまで大したことしたわけでもないし」

 「そんなことないですよ。秘書艦だって、なんだかんだでずっとやってくれてるじゃないすか」

 「仕方ないでしょ。他にやる奴がいないんだから」

 「いや、申し訳ないなっていう」

 「? なんのこと?」

 

 疑問符を浮かべる叢雲に、提督は頬を掻きながら言った。

 

 「その、全然楽できてないじゃないすか。楽するためにここに来たって言ってたのに」

 

 それを聞いた叢雲は呆れた。自然とため息が零れる。

 

 「そんなこと気にしてたの」

 「あれ、言ってませんでしたっけ」

 「言ったわよ。言ったけど……」

 

 あんな戯言、冗談として受け取ればいいものを。まったく、どこまでお人好しなのだこの男は。

 それを口にしようと思ったがやめた。元はと言えば自分が言ったこと、彼に当たるのは違うと今の自分なら分かるからだ。

 

 なので叢雲も、今の本心を素直に述べることにした。

 

 「充分楽させてもらってるわよ。おかげさまでね」

 「え、そうなんすか」

 「ええ。私が過去にいたどの鎮守府よりもずっと楽よ、ここは」

 

 これまで色々な鎮守府、基地、泊地を転々としてきたが、この鎮守府より楽で快適な場所はなかったと断言できるし、近頃はここへ来て良かったとさえ思う自分がいる。

 

 そのような感情を抱くのは、ここが窓際鎮守府という今まで経験したことのない、特殊な環境であることも要因の一つだろうが、一番はやはり提督の人間性と艦隊指揮の影響を受けたからに他ならない。

 

 久方ぶりの鎮守府生活とはいえ、どうやら艦娘としての特性までは錆びついていなかったらしい。と同時に、自分も所詮は艦娘なのだと改めて認識させられる。

 

 もっとも、当の本人は「さすが窓際鎮守府っすね」などと呑気なことを言っているので、そのことはまるで理解していないようだが。

 

 「はぁ……あんたやっぱり、艦娘たらしの才能あるかもね」

 「えっ」

 

 あまりにも予想外の台詞に、提督の体がカチンと固まる。

 

 「気を付けなさい。艦娘ってのは、誰よりも提督に影響されやすいんだから」

 「えぇ……それ初耳なんですけど」

 「そう。ならこれで覚えたわね」

 

 提督は渋い顔。まるで渋柿でも食べたかのようだ。

 このような顔をされると、弄り甲斐があるなとつい悪戯心が芽生えてしまう。

 

 「そういうのはもっと早く教えてくださいよ」

 「それじゃ面白くないでしょ」

 「だから、面白さはいらないんですって……」

 

 苦笑いとともにため息を零す提督。

 そんな彼を見て、叢雲は小さな笑みを浮かべる。そして秘書艦業を再開するのだった。

 

 

 




次回は陽炎さんの訓練を深堀する回になりそうです。

気が向いたら覗いていただけると幸いです。
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