提督に転職したら想像以上にブラックだった件 作:Sh1Gr3
今話も6000字ほどと少し長いですが、よろしくお願いいたします。
「──ここか」
俺は正面にそびえる門と、その奥に広がる建物群を見上げて呟いた。
横須賀第八鎮守府の最寄駅から、電車と徒歩で二時間弱。長くもなく短くもない微妙な道のりではあったが、迷うことなく目的地に到着することができた──いや、到着してしまった、が正しいか。
横須賀第七鎮守府。全部で八つある横須賀鎮守府のうちの一つ。
第八と比べると、ぱっと見の敷地規模や人の往来、漂う雰囲気もだいぶ違う。まさに
「はぁ……帰りてぇ……」
早くも二度目のため息とともに、本音が口から漏れてしまった。
だが、もちろん引き返すことはできない。
昨日、俺の携帯に届いた高瀬さんからのメッセージ。
内容は簡単に言うと、陽炎さんのことで直接会って話がしたい、というものだった。
正直メッセージを見た時は「まじかよ……」とガン萎えしてしまったのだが、断るとさらに面倒なことになりそうだったので、叢雲さんに相談した結果、仕方なく了承することにした。
……まさか、その翌日に呼び出されるとは思わなかったけどね。
「よし……行くか」
門の前で身だしなみを整え、深呼吸してから歩み出す。
警備員のおじさんたちがこちらに視線を向けたので、すぐに身分証を提示して名乗った。確認は意外と手早く済み、ドキドキする間もなく「どうぞ」と通してもらえた。
俺はほっと胸をなでおろす。そもそも通れるか不安だったから、まずは一安心だ。
返却された身分証をしまいながら、気兼ねなく門をくぐる。
瞬間、視界がぐっと開けた。
背の高い鎮守府庁舎、忙しなく行き交う職員や関係業者の人たち。第八とは異なる風景を前に、思わずキョロキョロしてしまう。
いやあ、ちゃんと制服を着てきてよかった。おかげで多少、挙動不審でも怪しまれない。全身真っ白で俺が着るとくっそダサい服も、こういう時だけは役に立ってくれる。移動中めっちゃ恥ずかしかったけど、耐えてよかった。
なんて軽い気持ちで周囲を見回しながら、ふと目に入った案内図の前へ向かう。
第八と同じ造りなら提督室は庁舎内にあるんだけど、何階にあるのかまでは分からないからね。
「えっと……」
案内図を上下左右、確認していく。
そして、
「神城司令」
背後から静かで芯の通った声がした。
俺はビクッと肩を揺らしつつ振り返る。そこには以前、第八鎮守府を訪問してきた、陽炎さんの妹──不知火さんが立っていた。傍には霞さん、霰さんの姿もある。
反射的に「お疲れ様です!」と会釈する俺に、不知火さんも小さく頭を下げた。
めっちゃびっくりした……完全にアウェイだから油断してたわ。
「話は陽炎から聞いています。提督室へ向かわれるのですよね?」
「霰たちが案内してあげる……」
「あっ……ありがとうございます」
そういえば、陽炎さんが「不知火たちに連絡しとく」って言ってたな。
俺なんかのために時間を取らせるのも悪いから、できればこうなる前にさっさと事を済ませるつもりだったんだけど……さすがに無理だったわ。
俺は申し訳ない気持ちと感謝の念を抱きつつ、三人が歩き出した後をついていく。
すると歩き出してすぐに、霞さんが少しだけ振り返って、
「私の言った通りだったでしょ」
と、達観したように言った。
「ま、軍の人間なんてこんなものよ。少しは勉強になったんじゃない」
「うーん……話した感じはいい人そうでしたけどね」
「はぁ……あんたチョロすぎ。だから舐められるし振り回されるのよ」
盛大に呆れられてしまった。心なしか怒ってる気さえする。
「霞姉さんも陽炎と同じ……」
「へ?」
「神城司令官が悪く言われて、怒ってるの……」
……まじか。それはさすがに予想外だわ。
「ね? 霞姉さん?」
霰さんがちらりと、霞さんへ視線を送る。
俺は霞さんが即否定すると思ったのだが、全然そんなことはなく。
「べつに。ただひよってないで、少しは言い返せって思っただけよ」
霞さんは前を向いたまま、淡々とそう言った。
すると今度は、不知火さんが補足するように口を開いた。
「申し訳ありません。素直じゃないだけで、霞が神城司令と陽炎を気にかけていたのは本当ですので」
なるほど……さすが霞さん、やっぱ優しいわ。
「これでも素直になったほう……神城司令官が毒抜きしてくれたおかげ……」
霰さんがぽつりと続ける。
うーん、そんな大層なことした覚えないんだけどな……。
「あんたたち、余計なこと言ってないでさっさと歩きなさいよ!」
舌打ち混じりに声を上げる霞さん。
……なんか、俺にまで鋭い視線が飛んできたんだけど。完全にとばっちりじゃない……?
俺は苦笑いを浮かべつつ、会話のない時は周囲を観察しながら、庁舎内を進んで行く。
階段を上り、廊下を何回か曲がり──最後の角を抜けたところで、前方に提督室が見えてきた。
それと同時に、提督室の扉の前に立つ、三人の艦娘と思わしき人影が目に入ってくる。
ぱっと見ても、外見は霞さんや霰さんよりずっと幼い。小学校低学年くらいに見える。
三人は落ち着かない様子でそわそわしていて、どうにも部屋の中を気にしているように思えた。
そんな彼女たちを見て、霞さんと霰さんが続けて反応した。
「日振たちね」
「何かあったみたい……」
そのまま提督室に向かって歩いて行き、不知火さんが三人に声をかけた。
「どうかしたのですか?」
声をかけられた三人はピタッと動きを止め、上目遣いでこちらを見てきた。……近くで見るともっと幼く見えるな。小学生どころか園児でも通じそうなくらいだ。
すると、代表らしき子が言いにくそうに、もじもじしながら答えた。
「えっと、報告書を提出しにきたんですけど……」
横にいる子たちも、続けて口を開く。
「なんか、提督と曙さんが喧嘩してるみたいでさー」
「後にしろって、追い出されてしまいました……」
……まじ? 提督と艦娘って喧嘩することあるの??
「はぁ……ほんと学ばないわね」
霞さんがため息混じりに言った。
「反発したところで、損するのはこっちだってのに」
「それ霞が言いますか」
「曙も毒抜きしてもらうべき……そうすれば、霞姉さんみたいに素直になれるはず……」
「う、うるさいわね。今はそんなこと言ってる場合じゃないでしょ」
そう言って、霞さんは不知火さんと霰さんを一睨み。
なるほど。どうやら曙さんは、霞さんと似たタイプらしい。……もしかして、陽炎さんの言ってた「霞並みに口の悪い娘」って、曙さんのことじゃないか?
なんてことを考えていたら、霞さんの視線が俺に向いた。
「ねえ、あんたなんとかしてきなさいよ」
「えっ、自分ですか……?」
「他に誰がいるのよ」
いや、そりゃそうだろうけど……喧嘩の仲裁なんて俺には無理だぞ。さすがに難易度が高すぎる。
「それはいくらなんでも、神城司令にご迷惑です」
「これは第七鎮守府の問題……神城司令官は関係ない……」
不知火さんと霰さんが、俺を庇うように話に加わってきた。
しかし、霞さんは気にも留めずに続ける。
「あいつに用があって来たんでしょ。ついでよ、ついで」
「今はタイミングが悪すぎます。時間を改めるべきです」
「霰も、不知火に賛成……」
分かる。俺も不知火さんと霰さんに全面同意だ。
ただでさえ、昨日の電話で印象最悪だろうし。さらに怒らせる気しかしないもん。
──でも。
俺は頭の中をフル回転させ、黙考する。
確かに、ここで退くのは正解でしかないけど……霞さんからの評価が大暴落する気がするんだよなあ。
それはそれで辛いし、ここまで案内してもらった恩もある。なら辛いけど、結論は一つしかない。
あーあ、ほんと仲良くしてくれよ……頼むぜ、優秀な先輩提督さんよ。
「……行きます。遅れるとそれはそれで怒られそうなんで」
とりあえず、それらしい理由も付け加えておく。
こうなったら切り替えて、さっさと終わらせることに集中しよう。
「本人がこう言ってるんだから、二人も文句ないでしょ?」
霞さんの問いに、顔を見合わせる不知火さんと霰さん。
二人は何か言いたげだったが、その前に霞さんが日振さんたちを見て、次の言葉を発した。
「そういうわけだから。その報告書もこっちで引き受けるわよ」
「え、あの……」
「大丈夫。このお兄さんが全部うまくやってくれるから」
あー、期待が重たい。霞さんの提督って絶対大変だわ……。
「はい。あとはよろしく」
そう言って、引き取った報告書を渡してくる霞さん。
軽いなあ、ノリが。こっちは重力が百倍になった気分だってのに……。
俺はため息が漏れそうになるのを、なんとかこらえて報告書を受け取り、扉の前に立った。
後ろではようやく、「この人誰?」という話題が上がり、俺が第八鎮守府の提督だと知って騒ぎになっているが──正直、今はそれどころじゃない。
背後が大盛り上がりの中、俺は短く息を吐いて、改めて心の準備を整える。
そして、扉をノックしようと手を伸ばして──。
「ほら、早くしないと余計こじれるでしょ」
という台詞とともに、横から霞さんが扉を開け放った。
俺の手は空を切り、代わりに部屋の中の光景が一気に目に飛び込んでくる。
「それじゃ、頑張ってね。司令官」
どういうわけか、楽し気な様子の霞さん。この状況でなんで笑っていられるのか、意味不明でしかない。
いやあ、さすがにノックぐらいさせてほしかったわ……。
「ちょっと、なんなのあなた。ノックもなしに」
案の定というべきか、開口一番で怒気を含んだ声が飛んできた。
おそるおそる声の主へ視線を向けると、俺と同じ制服を着た女性──高瀬さんが、椅子に腰かけたまま鋭い目をこちらに向けていた。
それだけでなく、他にも艦娘と思しき人たちが五人。
全員が「誰だよこいつ」と言わんばかりの目で俺を見ている。まさに地獄のような状況だ。
俺は小さく息を吸い、なるべく声が震えないよう努めて言った。
「お取り込み中のところ、すみません。自分は第八鎮守府の神城ですけど……」
「ああ、来たのね」
……あれ? やけにあっさりした反応だな。
普通に出て行けと怒鳴られるのも覚悟してたのに。いい意味で拍子抜けだ。
「どうりで外が騒がしいと思ったわ。今、注意しに行こうと思っていたところよ」
「す、すみません……」
あぶねぇ……あと少しで外も修羅場になるところだったわ。
まあ、最後の方は結構うるさかったもんな。……俺が自己紹介しなかったせいで。
「あとノックぐらいしなさい。ここはあなたの鎮守府じゃないのよ」
「はい……すみませんでした」
これはぐうの音も出ない。
ほぼほぼ霞さんのせいだけど、俺にも落ち度がなかったとは言えないからね……。
「あのー、ご主人様? このお方はどなたで?」
ふと、目の前に立っている四人の少女たち──そのうちの一人が、疑問を口にした。
その声と台詞を聞いて、自然とそちらへ視線が動く。
たぶんだけど、俺は彼女を知っている。
というのも、提督をご主人様呼びする変わった人とは、つい先日電話したばかりなのだ。
漣さん。叢雲さんと同じ、第零艦隊の一人。
もちろん、ここにいるのは別の漣さんだけどね。
「漣、来客の前でその呼び方はやめなさい」
「あっ、ごめんなさい……つい癖で……」
高瀬さんの厳しい叱責に、漣さんはしゅんと肩を落とし、うつむいてしまった。
あらら……これじゃ怖がられるのも無理ないなあ。指摘自体は分からなくないけど、やっぱ言い方がきつすぎる。
「来客なら、なおさらあたしなんかに構ってる余裕ないんじゃないの?」
そう横から口を挟んできたのは、見るからに不機嫌そうにそっぽを向いている少女。
おそらく、彼女が曙さんだろう。なんとなく、霞さんにも通じるトゲを感じる。
「もう行っていい? これ以上ここにいたら、迷惑になると思うんだけど」
「……仕方ないわね。みんな下がっていいわよ」
高瀬さんの返答を聞くと、曙さんは真っ先に踵を返した。
それを合図にしたように、漣さんたちも俺のいる扉の方へ歩き出す。
俺は邪魔にならないよう、部屋の隅へ身をよせた。
出て行く直前、曙さんたちがちらりと俺を見てきたので、反射的に会釈した。曙さんは完全に無反応だったが、ほかの三人は慌てた様相で頭を下げて、そそくさと退室していった。
扉が閉じられ、提督室はシーンと静まり返る。何もしてないけど、ひとまず落ち着いたらしい。
張りつめていた緊張が一気にほどけ、肺に溜まっていた空気がドッと漏れ出た。
ふぅ……俺のせいで状況が悪化しなくて、本当に良かった。
「名取、応接室を使うから。私が戻るまでお願いね」
「分かりました」
俺が安堵している間に、二人の間で短いやり取りが交わされる。
それも終わると、高瀬さんがこちらに視線を向けてきた。
「待たせたわね。ついてきなさい」
「あ、はい」
促されるまま、俺は高瀬さんの後ろをついていく。
一度外へ出るのかと思ったら、彼女は部屋の隅にある扉へ向かっていった。どうやら、あの扉の先が応接室になっているらしい。
俺は高瀬さんが部屋に入ったのを確認すると、自分も入る前にもう一つの任務を片付けることにした。
今がチャンスだ。できれば、高瀬さんがいない方が都合がいい。そのために、俺は秘書艦の名取さんに声をかけた。
「すみません、今少しいいですか?」
「! は、はいっ。なんでしょうか……?」
ビクッと肩を震わせ、こっちを見てくる名取さん。
驚かせるつもりはなかったんだけどな……申し訳ない。
「これ、日振さんたちの報告書なんですけど……」
俺は手に持った報告書を、机の上に置いた。
「え、あっ、わざわざありがとうございます!」
「いえ、ついでだったんで。……一応、高瀬さんには自分が渡したってこと、内緒にしてもらってもいいですか?」
これは保険。万が一にも、高瀬さんの叱責が日振さんたちに向かないようにね。
すると、名取さんもすぐに俺の意図を理解してくれたようで、
「了解しました。提督には言わないでおきますね」
そう言って、にこっと微笑んでくれた。
あー、名取さんがいい人で助かった……ほんと感謝します。
さて、これで霞さん依頼のサブクエストは完了だ。
一時はどうなることかと思ったけど、これで心置きなくメインクエストに集中できる。
そう思った矢先──。
「あ、あの……」
いよいよ応接室へ入ろうとする俺に、後ろから声がかかった。
振り向くと、名取さんは椅子から立ち上がって、少し不安げにこちらを見ていた。
「その……頑張ってください。提督も、話せば分かる人なので……」
「あ、ああ……ありがとうございます」
どう返していいか分からず、完全にコミュ障野郎になってしまった。
でも、まさか他鎮の俺を応援してくれるとは。名取さんて、まじでいい人なんだなあ。
俺は応接室へ入る前に、もう一度だけ深呼吸する。
そして心の準備を充分に整えてから、ボスが鎮座する応接室へと足を踏み入れた。