提督に転職したら想像以上にブラックだった件 作:Sh1Gr3
それは工廠から戻り、しばらく経ってのことだった。
今日の日報に書くネタをまとめていると──。
トゥルルル……トゥルルル……。
突然、机の上の電話が鳴り出した。
他に出る人もなく、無視するわけにもいかないので仕方なく電話を取る。
「はい、神城です」
『こちら第8鎮守府、海上通信室です』
なんと、電話の主はこの鎮守府で働く職員だった。
海上通信室とはその名の通り、海の上にいる人と通信を行う部署のことだ。
でも、なんの用だろう。
よほどのことがない限り、ここには電話なんてかかってこないはずなんだけど……。
『第8鎮守府の担当区域内で、深海棲艦と交戦中の艦娘からSOS信号を受信しました。至急、作戦司令室までお願いします』
「えっ?!」
あまりの驚きに、提督室に自分の声が響き渡った。
何も不思議なことはない。よほどのことがあったから、ここに電話がかかってきたのだ。
あまりにも唐突な出来事に、頭が真っ白になるのをなんとかこらえる。
そう、まずは叢雲さんに報告だ。
「なんか、緊急事態っぽいです」
「はぁ……今度はなによ」
大きなため息を吐きつつも、叢雲さんの顔がこっちに向けられる。
「まったく、あんたといるとちっとも休まらないじゃない」
「すみません……」
俺のせいじゃないんだけどなぁ……。
「それで? なんだってのよ」
「通信室からだったんですけど、SOS信号を受信したみたいです。それで作戦司令室に行けって言われました」
「……へえ。そりゃ大変」
なんでそんな他人事なんですかね……。俺もう心臓張り裂けそうなんですけど。
随分と他人事な反応の叢雲さんとは裏腹に、俺の気分はどんどんブルーになっていく。
その時、今度は携帯電話が鳴った。誰だよこんな時に……。
「はい、神城です」
『第7鎮守府の小林だ。貴様が第8鎮守府の提督で間違いないか?』
「あっ、は、はい!お世話になっております!」
なんと、電話の相手は第7鎮守府の提督だった。
一応、横須賀の各鎮守府の提督の名前は、頭に叩き込んでいる。小林というのは、第7鎮守府の提督の名前で間違いない。
『挨拶はいい。用件だけ伝える』
なんだよ、挨拶は人として当たり前にするものだぞ。初めて会話するってのに。
『第7鎮守府所属の艦娘が哨戒中に消息を絶った。速やかに発見し身柄を確保してくれ』
「えっと……」
『大体の場所はわかっている。おそらく、予定の航路を外れてそっちの担当区域内に入ったんだろう』
こっちが口を開く間もなく、電話の主は喋り続けている。
新人への配慮というものが微塵も感じられない。
『以上だ。なお、このことは他言無用だ。他の鎮守府連中には絶対に口外するな』
「えっ」
プツン。こっちが何を言うまでもなく、電話が切れた。
おいおい、いくらなんでもそれはないだろ……。
「誰から?」
「第7鎮守府の提督からです。いまSOS信号出してるの、第7鎮守府の艦娘みたいですね」
俺は叢雲さんの問いかけに答えながら、パソコンを開く。
早く作戦司令室に行かなければならいのは分かっているが、その前にやることがある。
「それで、どうするの?」
「他の鎮守府の人に報告します。他言無用って言われましたけど、うちだけじゃどうにもならないですし」
「なるほどね」
現状、この鎮守府の艦娘は叢雲さんだけだ。たった一人で出撃させるわけにはいかない。
「でもいいの? もし言えば、第7鎮守府から恨みを買うことになるわよ」
叢雲さんの言葉に、メッセージを打つ俺の手が止まる。
「恨みって、大袈裟すぎません……?」
「甘いわねえ。自分の鎮守府に所属する艦娘に何かあったとなれば、それはおのずと提督の責任になる。それは他の連中に隙を作るってことなのよ」
「はあ」
だからなんだって感じなんだけど。要するに、出世争いに響くとかそういう話か?
「恨みを買えば、もともと民間人だったあんたなんてすぐ潰されちゃうでしょうね」
「えぇ……」
面倒くさい話だ。出世とか興味のない俺には、心底どんでもいい話でしかない。
なので、止まっていた手を再び動かす。
「人の話聞いてた?」
「いっすよ別に。潰される前に労基に逃げるんで」
「ばかねえ。そんなのあてになるわけないでしょ」
知ったことか。もう俺の手は止まらないぞ。
「それに、今から応援要請したって間に合わないわよ」
「……え?」
のりにのっていた手の動きがぴたっと止まる。
間に合わないって、なんで?
「SOS信号を出すぐらい切羽詰まった状況なのに、これから応援要請出しても応援要請を受けた艦隊が辿り着く頃には、もう全部終わってるわよ」
軽い口調で説明する叢雲さん。
俺はごくりと唾を飲み込む。この終わってるというのは、言うまでもなくバッドエンドだろうな。
「じゃあ、どうすればいいんですか……」
うちじゃどうにもならない。応援要請しても間に合わない。完全に手詰まりだ。
直面している状況に唇を噛んでいると、
「民間人はこういう状況には弱いわね。ま、当たり前だけど」
叢雲さんが急にソファーから立ち上がった。
「ほら、もぐりの新米司令官。作戦司令室に行くわよ」
「えっ……?」
「ここでじっとしてるよりはましでしょ」
そう言うと、叢雲さんはそそくさと提督室の扉を開けた。
確かに、何もしないよりはましかもしれないけど。俺なんかに何ができるんだ……。
作戦司令室。
この部屋は海上を航行中の艦娘の状況を確認したり、連絡をとることができる部屋となっている。
部屋には大きめのモニターと通信用の機材、机と椅子などが置かれている。窓際鎮守府だからといって、作戦司令室の設備にぬかりはなさそうだ。
現在、モニターには第8鎮守府の担当区域が表示されている。その中で、赤い丸がつけられた部分に、俺と叢雲さんの目は向けられていた。
「この赤丸がSOS信号が出された場所ね」
「鎮守府から結構離れてますね」
艦娘の無線機には、海上でも位置情報を正確に特定できる機能が備わっている。
そのため、どの位置からSOS信号が出されたのかも、このモニターを見れば一発で分かるのだ。
そう、ここまでは良かったのだが──。
「どこにいるのかまではわからないわね」
「壊れちゃったんですかね……」
困ったことに、今現在の彼女たちの足取りがつかめずにいた。
本来ならそんなことはあり得ないのだが、現に今起きているので、状況を飲み込むしかない。
「だからうちに連絡してきたのね。自分たちじゃどうにもならないうえに、何かあってもうちのせいにできるから」
「くそ野郎ですね」
「あら、気が合うじゃない」
ふと、叢雲さんがモニターに背を向けた。同時にため息も聞こえてくる。
「やっぱり、出張るしかないわね」
「出張る……え、叢雲さんがですか?」
「他に誰がいるのよ」
唐突な叢雲さんの台詞に、呆気にとられる俺。
慌てて首を横に振る。
「だめですよ! 一人じゃ危ないじゃないですか」
「じゃあ見捨てる?」
「それは……」
それは絶対嫌だけど……でも、叢雲さん一人はいくらなんでも……。
そんな俺の心の内を察したのか、叢雲さんは手をひらひらせながら言った。
「いらぬ心配よ。あんたのやることは一つ」
叢雲さんの鋭い視線が俺を捉える。
「私を行かせるか、このまま何もせずに終えるかの二択。これを決めるだけ」
「……」
即答できなかった。だって俺は、叢雲さんのことをあまりにも知らないから。
どれだけ強いのか、何を経験してきたのか、それを知らないのに出撃させる気にはなれなかった。
だって無理でしょ普通! 決断なんかできるわけない!
これでもし叢雲さんの身に何かあったら? 知り合って間もないとはいえ、絶対に後悔する!
あー、なんだってこんなことに……窓際鎮守府じゃなかったのかよここ……。
頭と心の中のモヤモヤが膨れ上がり、口から全部出そうになるのをなんとかこらえる。気を抜いたら爆発してしまいそうだ。
その時、叢雲さんと目が合った。彼女はじっと、俺のことを見つめている。その表情からは、さっきまでと違って、何を思っているのかうかがえない。ただただ静かだ。
正直、俺は人の目を見て話すのが苦手だ。ましてや、こんな顔の整った少女相手となると、一生目を見て話せる気がしない……そう思っていたのだが。
不意に、さっきまでの爆発しそうな感情が、ふっと軽くなった気がした。
「すみません。……お願いします」
そう言って、俺は目の前の少女に頭を下げた。
作戦司令室の扉が開く。
顔をあげると、叢雲さんが部屋を出ようとしていた。
「すぐ戻るわ」
それだけ言って、部屋の扉はしまった。
叢雲さんが出て行ったあと、俺はすぐに業務携帯を取り出した。そして迷わず電話をかける。
かける先は、横須賀第1鎮守府。俺の上司ともいえる横須賀第1鎮守府の提督に、この状況を報告するのだ。
小林──第7鎮守府の提督の言うことなぞ知ったことか。叢雲さんが危ない橋を渡っているのに、俺だけ安全なところから何もしないで見てるなんて耐えられない。
かけ始めてすぐに、電話は繋がった。
『はい、臼井です』
「お疲れ様です! 第8鎮守府の神城です!」
臼井さん──横須賀第1鎮守府の提督だ。
よかった、繋がってくれて……。
『神城……ああ、第8鎮守府の提督か』
「そうです! すみません、今お時間よろしいでしょうか?」
初めてかける上司への電話。
上司といっても、普通の会社の上司ではないことが、俺の心臓の鼓動を速まらせる。
『ああ、構わんよ』
「ありがとうございます!」
時間をもらえたことへの安堵と喜びを抑えながら、俺はこの鎮守府の置かれている状況を全て話した。
第7鎮守府所属の艦娘が、第8鎮守府管轄の区域内で消息を絶ったこと、それを救うために叢雲さんが一人で出撃したこと。横須賀鎮守府から、誰でもいいので応援を頼めないか? など、全てだ。
しかし、話を聞き終えた臼井さんの反応は、俺の期待とは真逆のものだった。
『事情は把握した。だが、話を聞いている限り応援は必要ないな』
「えっ……」
『奴もそう判断したんじゃないか? だから一人で出撃したんだろう』
「いや、それは今から応援要請しても間に合わないからって……」
『そういうことだ。無駄なことにうちの艦隊を出すわけにはいかない』
「……」
ぎりっと歯を食いしばる。返す言葉が見つからなかった。
なんだよ無駄なことって。叢雲さんはさっき出撃したばかりなんだ、今から来てくれれば間に合うかもしれないだろ。なんで助けてくれないんだよ……。
『少し話を変えよう。君が応援要請を出す理由は、奴を助けたいからか? それとも、第7鎮守府の艦娘を助けたいからか?』
急な問いかけに、言葉を詰まらせる。なんでそんなこと訊いてくるんだ……?
訊かれるまでもなく、答えは決まっている。
「それは……両方です」
『嘘だな』
俺の答えはばっさりと一刀両断されてしまった。
臼井さんの追求が続く。
『今の君の頭の中は、第7鎮守府の艦娘より奴のことでいっぱいだろう。そうじゃないと言うなら、どうしてもっと早く連絡してこなかった?』
「そ、それは……」
答えることができない。
そんなの、着任したばかりの俺に言われても……という感情は、すんでのところで飲み込んだ。
叢雲さんが間に合わないと言ったから、第7鎮守府のくそ野郎が口封じしてきたから、それも関係ない。俺の判断が遅かった。全部、俺のせいだ。
『別に責めるつもりでこの話をしたわけじゃない。ただ、今のうちに慣れておけ』
「慣れるって……これにですか?」
『ああ。提督は、時に厳しい決断を迫られる。その時、いかに早く決断するかで状況が180度変わることもある』
「……」
『まあ、そう考えると今回の君の決断は、結果的に良い方向に向いたがな』
「……えっ?」
予想外の言葉に、思考が追いつかない。
なにがいい方向なんだ。最悪だからこの話をしてるんじゃないの?
『奴を動かした時点で君の勝ちだ。色々と厳しいことを言ったが、君の決断を私は評価しているよ』
「はあ……え、どういうことですか」
まるで言葉の意味が理解できない。
そもそも、奴って叢雲さんのことだよな? もしかして知り合いですか? ていうか、なんで急に評価するとか言い出すんだよ。
諸々の理解の追いつかないまま、臼井さんが続ける。
『奴ならそのうち勝手に帰ってくる。心配するだけ無駄だ』
「……奴って叢雲さんのことですか?」
『他に誰がいる』
いや、話の脈絡的にそうでしょうけど。普通に名前で呼んでくれればいいのに。
俺はどうしても気になっていたことを訊く。
「あの、叢雲さんてそんなに強いんですか?」
『……奴をどうにかできるような敵がいたら、この国はとっくに滅んでいただろうな』
「えぇ……」
嘘だろ。なんでそんな艦娘が、うちみたいな窓際鎮守府にいるんだよ……。
『うまく使え。うまく使えれば、今回のように役に立つ』
最後に謎のアドバイスをいただき、通話が終了した。
うまく使え……あれは叢雲さんのことだろうけど、人を物みたいに言うあたり、どうも彼とはうまが合わなそうだ。ブラック臭がぷんぷんする。軍の人って、みんなあんな感じなのだろうか?
とはいえ、色々と学びが得られたのも事実。
今後も、何か困ったことがあれば、真っ先に連絡しようと決めたのだった。
臼井さんの言った通り、30分かからずして叢雲さんは戻ってきた。その様相からは、疲労を一切感じない。部屋を出る前とまったく変わらない姿が、目の前にあった。
そんな叢雲さんを見て、俺は心の底から安堵した。臼井さんはああ言っていたけど、不安なものは不安だったのだ。無事に戻ってきてくれて、本当に良かった。
「すぐ戻るって言ったでしょ」
「いや、そうは言っても怖いじゃないですか」
軽い言葉を交わしながら、提督室へと戻る。
戻った後で、叢雲さんから事の顛末を訊かされた。
「第7鎮守府の艦娘は無事よ。向こうの区域内まで送ってきたから」
「ありがとうございます……ほんとよかったです」
一気に緊張が解け、どっと疲労感が押し寄せてくるのを感じた。
提督ってなんて疲れる仕事なんだ。こんなの普通の人は身がもたないぞ。
ソファーに背を預け、腕と足を組みながら、叢雲さんは話を続ける。
「ついでに周りも掃除しておいたから、当分は大丈夫でしょ」
「まじですか……」
この掃除というのは、深海棲艦をやっつけてきたということだろう。
この短時間でなんて活動量なんだ……すごすぎて言葉に困るな。
「ああ、そういえばさっき開発した煙幕。使わせてもらったから」
「へー、持って行ったんですか。役に立ちました?」
「立ったわよ。意外とね」
「それなら良かったです」
さっき開発したばかりの煙幕が、さっそく役に立ってくれるとは。
いや、役立てる叢雲さんが、さすがと言うべきなのだろうな。
事の顛末に関する会話が終わると、叢雲さんはごろんとソファーに寝そべりだした。
「もう今日は充分働いたでしょ。閉店よ、閉店」
「いいんじゃないですかね」
即同意した。
ここは窓際鎮守府だし、これぐらいの空気感でいいと思う。
「あんたも休んだら? 初日から大変だったでしょ」
「そうですね……一応まだ勤務時間なんで、ばれない程度にだらけときます」
「真面目ねえ。ま、悪いことじゃないけど」
そりゃあ俺だって、だらけたいのは山々なんですけどね……。
ごろごろする叢雲さんを見てやる気ゲージがなくなる前に、業務用のパソコンを開いて日報の作成作業に取り掛かる。
まだ初日だというのに、これ以上ないぐらい濃い一日だった。間違いなく、今まで生きてきた中で一番疲れた日だと思う。今日はよく眠れるだろうな。
しばらくしてもキーボードを叩く手は止まることなく、気がつくと今日の日報は、一枚では収まりきらないほどになっていた。
俺は今日一日を改めて振り返って思った。もう二度と、こんな日が来ませんように……。