提督に転職したら想像以上にブラックだった件 作:Sh1Gr3
会話シーン多めだとどうしても長くなるの難しい……。
食堂を出る頃には、時計はすでに十三時を回っていた。
午後の業務開始は十三時からなので、今頃、叢雲さん一人で書類と睨めっこしていることだろう。昼食を摂っていたとはいえ、少しばかり長居してしまった。
これ以上のんびりしていると叢雲さんに怒られそうだし、ぼちぼち帰るとするかなあ。枯渇寸前だったエネルギーも十分に補給できたしね。
……まあ、休めたかと言えば気持ち的には微妙だけど。
なんてことを思っていると、漣さんが俺の横へ並んできた。
「神城殿はこの後どうする予定ですか?」
「自分はそろそろ帰ろうかなと」
「ありゃ、それは残念。漣的にはもう少しお話ししたかったんですけどねえ」
「すみません……まだ午後の業務もあるので」
みんな自分の仕事を片付けている中、俺だけサボるわけにもいかない。
それに、ここから帰るのもそれなりに時間がかかるからね。せっかくのお誘いだけど、また今度にしてもらおう。
「じゃあ……せめて連絡先だけでも交換しません?」
「えっ、自分のですか……?」
「イエス!」
まじか……その台詞はさすがに予想外だな。
うーん、俺は別にいいんだけど……立場的に簡単に交換していいものか悩むな……。
「ちょっと、いきなり何言ってんのよ」
前を歩く霞さんから、すかさずツッコミが飛んでくる。
しかし、漣さんは気にも留めずに笑っている。
「いやあ、せっかくの機会ですからね。このまま何もせずお別れなんて、悲しいじゃないですか」
「大袈裟すぎでしょ。今生の別れじゃあるまいし」
霞さんは完全に呆れ顔だ。
「漣が交換するなら、霰も交換したい……」
と霰さん。じーっと視線を感じる。
俺は思わず苦笑い。そんなに俺の連絡先需要ある……?
「二人とも、あまり神城司令を困らせないでください」
不知火さんが横から止めに入る。二人の視線が俺へと集まった。
べつに俺は困ってないんだけどね……困惑はしてるけど。
「これはとんだ失礼を。つい調子に乗ってしまいました」
「ごめんなさい……」
漣さんと霰さんが、申し訳なさそうな表情を浮かべる。
俺は慌てて首を横に振った。
「いや、困ってなんかないですよ。自分なんかのでよければぜひ」
そう言うと、二人の顔が途端に明るくなった。
「さっすが神城殿! 話の分かる提督はモテますぞ!」
「ありがとう……やっぱり神城司令官は優しい……」
なんというか、気恥ずかしい気分だ。
でも、こんなことで少しでも喜んでくれるなら、お安い御用ってやつだな。
「まったく……本当に甘いんだから」
霞さんが呆れたように言う。
「そんなことして、またどやされても知らないわよ」
「はは……それはきついですね」
高瀬さん、まじで怖いからな……もうあんな話し合いは勘弁してほしいところだ。
とはいえ、俺が怒られる分にはまだマシなんだよな。それ以上に嫌なのは、漣さんと霰さんに迷惑がかかること。これだけは絶対に避けたい。
ただ、一回了承してしまった手前、とてつもなく断りづらい……二人とも現在進行形で、自分の携帯と睨めっこしてるしな。たぶん交換の準備をしてるっぽい。……歩きスマホなんかしてるの見られたら、高瀬さんに怒られるんじゃないか……?
なんて思考はいったん置いといて、俺は不知火さんと霞さんに尋ねる。
「あの、今更なんですけど……他所の提督が連絡先を交換するのって、問題ないですよね?」
「不知火の知る限りでは、特に禁止されてはいなかったはずです」
「べつにいいんじゃないの。同じ海軍なんだし」
なるほど……なら問題ないか。
俺なんかよりずっと長く、この業界にいる二人がそう言うなら大丈夫だろう。
「ちなみに、漣も問題ないと思いますヨ」
漣さんも聞いていたようで、二人に続いて答えてくれた。
「ぬいぬいの言う通り、禁止されてはいませんからね。もしご主人様に何か言われても、ノープロブレムです」
スマホを片手に、堂々と言い放つ漣さん。
俺的にはそれが一番怖いんですけどね……。
「神城殿、このQRコードを読み込んでください」
漣さんが立ち止まって、画面を見せてきた。読み込むと連絡先追加ができるやつだ。
俺も足を止めて、胸ポケットから業務用スマホを取り出す。そして言われた通りに読み込んだ。
すると霰さんも、コードが表示された画面を差し出してきた。同じように読み込んで連絡先に追加する。
あとは俺が二人に適当にメッセージを送って、と……よし、送れた。
「いやあ、感謝しますぞ。漣のわがままを聞いてくれて」
「ありがとう……」
「いえいえ、これぐらいなら」
嬉しそうな二人に軽く会釈して、再び歩き出す。
不知火さんと霞さんは、少し先で待ってくれていた。
「ぬいぬいと霞ちゃんは交換しなくていいんです?」
漣さんの質問に、二人は顔を見合わせる。
ああ、わざわざ言わなくても……そんなこと言ったら、もしそんな気なくても断りづらいでしょ。
「特にぬいぬいは、陽炎ちゃんの件もありますし。交換しておいて損はないのでは」
「……そうですね」
不知火さんの目がこちらを向く。
「神城司令がよろしければ、不知火とも交換していただけますか」
「あ、はい。いいですよ」
いい人だなあ、不知火さん。
交換する気なんてなかったのに、気を遣ってくれたんだろうな。
「霞ちゃんは?」
「……私まで交換しなくてもいいでしょ」
「うーん、交換しておいて損はないと思いますが」
「……」
漣さんが勧めるも、霞さんはだんまり。俺を一瞥したあと、そっぽを向いてしまった。
だから、無理に勧めなくてもいいんだって……。
「神城殿、ちょっとちょっと」
不知火さんとの連絡先交換を終えたタイミングで、漣さんが俺の袖をちょいちょいと引いた。
何事かと思って少し身を屈めると、
「霞ちゃんとも交換してあげてください」
そう小声で耳打ちしてきた。
いや、交換しなくていいって言ってなかった……?
「ちなみに、あれは建前ですヨ。したいけど言えないだけです」
「はあ……」
「むしろ交換しないままの方が、機嫌を損ねることになりますぞ」
えー……霞さんに限って、そんなことで機嫌を悪くするとは思えないけどな。
「ツンデレ属性持ちは扱いが難しいんですヨ。うちのぼのたんもそうですが」
べつにツンデレだとは思わないけど……俺に対してそういう態度を取る理由はないし。
とはいえ、無視もしづらいんだよな。本人がいいって言ってる以上、引くべきだとは思いつつ……霞さんだけ交換しないのも、なんか寝覚めが悪いんだよなあ。
……お願いしてみよ。
「あの、霞さん」
「……なに? 終わったんならさっさと行くわよ」
そう言って、踵を返す霞さん。
くっ、負けるな俺……!
「一応、霞さんとも連絡先交換しておきたいんですけど……」
「……」
霞さんは何も言わない。ただ、じーっとこちらを見つめている。
俺も何も言えずに黙っていると、前方の曲がり角から名取さんが現れた。
「あ、名取さん……」
霰さんの声とともに、みんなの視線が名取さんに集まる。
名取さんもこちらに気が付いたようで、すぐに小走りで駆け寄ってきた。
「よかった……みんな一緒で」
反応から察するに、この中の誰かを探していたらしい。
名取さんの目が、俺へと移る。
「神城提督、お引き止めしてしまってすみません」
「あ、いえ、大丈夫です」
名取さんは俺に頭を下げた後、不知火さんたちへ視線を移した。
「提督がね、三人のことを呼んでるの。一緒に来てくれる?」
そう言う名取さんの顔は、少しだけ曇っていた。
もしかして、さっきの応接室の件か……?
「やっぱり来たわね」
霞さんがため息混じりに呟いた。
「先ほどの応接室の件でしょうか」
不知火さんが静かに尋ねる。
名取さんは少し困ったように眉を下げた。
「それが、私も呼んできてとしか言われてなくて……」
うーん、確実に応接室での一件だと思うけどな。
となると、俺も行った方がいいのでは。
「あの、自分も行った方がいいですよね?」
思わず訊くと、名取さんは慌てたように首を横に振った。
「いえ、神城提督は大丈夫です!」
さらに続けて。
「提督からも、神城提督がまだいらっしゃった場合は、そのままお戻りいただくようにと伺っています」
「……分かりました」
遠回しに来るなって言われてそうだな……。
「? なんかやらかしちゃった系ですか?」
漣さんが首を傾げる。
俺は苦笑しながら答えた。
「まあ、ちょっと……ほぼ自分のせいなんですけど」
「ほえー。ご主人様相手にやらかすとは、神城殿もなかなかやりますねえ」
けらけらと笑う漣さん。
いやあ、割と笑い事じゃないんだよなぁ……。
「気にするなって言ったでしょ」
と霞さん。
「それより、あんたは早く帰りなさい。見つかったらまた何言われるか分からないわよ」
霞さんの言葉に、不知火さんと霰さんも頷く。
「霞の言う通りです。ここはお任せください」
「司令官に見つかる前に、早く逃げて……」
逃げては大袈裟すぎる気もするけど……怖いだけで、悪い人ではないからな。
「ちなみに、何をやらかしたんですか?」
一人だけ事情を知らない漣さんが、興味ありげに尋ねてきた。
なんて答えたものかと、黙考していると、
「人の詮索する前に、自分とこの問題を片付けなさいよ」
霞さんが漣さんに、鋭い視線を向ける。
「えー、うちはあれが平常運転ですし……」
ばつが悪そうな顔で、頬を掻く漣さん。
そこへ、名取さんが思い出したかのように言った。
「漣ちゃん、お願いがあるんだけど……」
「? なんです?」
「曙ちゃんを探してきてほしいの。提督がさっきの話の続きがしたいんだって」
「うげっ……まだやるんですか、あれ」
「そうみたいだね……」
苦笑する名取さん。
なんか、こっちはこっちで色々ありそうだな……。
「仕方ないですね。やりたいことはできましたし、ここいらでお暇としましょうか」
そう言って、漣さんが俺を見てくる。
「神城殿、短い時間でしたが楽しかったですぞ。今度はうちのぼのたんも、毒抜きしてあげてくださいね」
「あ、はい」
俺の返事を聞くと、漣さんはニコッと微笑んだ。
反射的に返事しちゃったけど、そもそもまともにコミュニケーションできる気がしないんだよな……。
「それでは皆さん、漣はこれで。お邪魔しました~」
最後にそれだけ言うと、漣さんは走り去って行った。
やれやれ……なんというか、コミュ力の塊みたいな人だったな。
「私たちも行きましょ」
漣さんがいなくなってすぐに、霞さんが歩き出した。
「それでは、不知火たちはこれで。陽炎によろしくお伝えください」
「またね……」
不知火さんは一礼、霰さんは手を振って、霞さんの後に続く。
最後に名取さんも「私も失礼します」と頭を下げて、三人の後を追いかけて行った。
さっきまで賑やかだった廊下が、しーんと静まり返る。
「……帰るか」
俺は小さく息を吐いてから、正門に向かってゆっくりと歩き始めた。
不知火さんたちのことが気になりすぎて、非常に後ろ髪を引かれる思いではあるのだが……俺がいてもサンドバッグにしかなれないからな。みんなも気にするなって言ってくれたし、あとは俺の気持ちの問題だろう。
せめて今度第八に来てくれた時に、間宮さんのアイスをご馳走させてもらおうかな。もちろん、それで今回助けてもらった件が、チャラになるとは思わないけどね。
頭の中でさっきまでの出来事を思い返しながら、建物の外へ出ようとしたら──。
「第八の提督さん!」
背後から突然、元気な声が飛んできた。思わず足を止めて振り向く。
すると、廊下の奥から小さな三人組が、こちらへ小走りで近づいてくるのが見えた。
あの人たちは、たしか海防艦の……。
「だいちゃん、声が大きいよ……」
「なんだよー。ひぶもさっきのお礼が言いたいって言ってただろー」
「そ、それはそうだけど……」
俺は二人の会話を聞いていて、すぐに理解した。
お礼というのは、先ほど報告書を届けた件についてのことだろう。大したことでもないのに、わざわざ走ってまで来てくれるなんて、逆に申し訳ないな……。
「ごめんな、呼び止めちゃって。あたいもさっきのお礼が言いたくてさ」
「あ、いえ、全然大丈夫です」
やばい、完全にコミュ障野郎と化している。なんというか距離感が難しい。
三人ともこの業界の先輩に違いないけど、視覚情報が強烈すぎるんだよな……油断すると子供を相手にしているような気分になってしまいそうだ。
「あたいは大東ってんだ。こっちは姉の日振、んでこっちが妹の昭南な」
「ひ、日振です! よろしくお願いします!」
「日振型海防艦の三番艦、昭南です。よろしくお願いします」
大東さんに続けて、日振さんと昭南さんも自己紹介してくれた。
日振さんしか名前が分からなかったから、とても助かる。
「神城です。一応、第八鎮守府の提督をしてます」
本日、何度目かの自己紹介。
俺が言い終えると、日振さんはどこか緊張した面持ちで俺を見てきた。
「あ、あの……先ほどは日振たちの報告書を届けてくださって、ありがとうございました」
そう言って、日振さんが丁寧に頭を下げる。
それに続いて、
「ありがとうございました……」
「あたいからも、ありがとな!」
昭南さんもぺこりと一礼、大東さんはニッと笑ってくれた。
なんていい子たち──じゃなくて、いい人たちなんだ。ここまで真っ直ぐ言われると、逆に恥ずかしくなってくるな。
「まあ、成り行きだったので……」
俺はなるべく笑顔に努めて言った。
いやあ、絶対愛想悪いわ俺。ここは「どういたしまして」の一言でいいのにな……。
ちらりと三人の顔を伺う。
日振さんと昭南さんは、相変わらず緊張した様子。唯一、大東さんだけが普通な感じだ。
「二人とも、いつまでビビってんだよー」
ふと大東さんが、日振さんと昭南さんを見て言った。
「不知火さんたちも言ってたじゃんか。第八の提督さんはいい人だって」
「び、びびってないよ!」
と日振さん。
大東さんがニヤリと笑みを浮かべる。
「そうか~? あたいには、顔が強張ってるように見えるけどなあ」
「っ……だいちゃんこそ、普段通りすぎだよ! ちゃんと敬語使って、失礼のないようにして!」
「大丈夫だって! なっ、神城の提督さん!」
期待を込めた目で、俺を見る大東さん。
俺は笑顔を意識して答える。
「はい、全然大丈夫です」
「ほらな。だから言っただろ?」
大東さんの目が横にいる二人へ移る。
しかし、二人の表情はあまり変わらない。
まあ、いくら俺が提督らしくないとはいえ、初対面だしな。これぐらいの距離感が普通だと思う。
むしろ、漣さんとか大東さんみたいに、距離感バグってる方が珍しいわ。
「なあなあ、第八って陽炎さんがいる鎮守府だよな?」
大東さんが物理的な距離も縮めて訊いてくる。
その問いに、苦笑しながら「いますよ」と頷くと、
「陽炎さんって、その……帰って来れるのか?」
さらに質問が飛んできた。
大東さんの顔は、訊きづらいことを訊く時の顔だ。さっきまでの笑みは消えている。
「元はと言えば、あたいたちのせいで異動になったんだ。あたいたちが、もっと強かったら……不知火さんが傷つくことはなかったし、陽炎さんも異動せずにすんだんだよ」
そうか……不知火さんが守った海防艦って、大東さんたちのことだったんだな。
「不知火さんたちは、気にするなって言ってくれたけどさ。でも言わないだけで、早く戻って来てほしいって思ってると思うんだ」
「それは……」
その話は四人の間で整理がついているはずだ。
ただ、大東さんの言う通り、本当はそう思ってるかもしれないな……。
「あたいたちも、陽炎さんには色々と世話になったからさ。だから……いないと寂しくて」
そう言って、へへっと笑う大東さん。
どうやら、日振さんと昭南さんも同じ気持ちのようだ。二人から視線を感じる。
さすが陽炎さん、人望が厚いな。
まあ実際、俺もだいぶ助けられてるしね。そういう意味では、三人の気持ちも少なからず理解できる。
しかし、なんて答えたものか……ここは少しでも、三人が安心できる回答をしたいところだが。
と、俺が黙考し始めた矢先──。
「何してんのよ」
すぐ後ろから、低い声が飛んできた。反射的に肩が跳ねる。
おそるおそる振り向くと、そこには曙さんが立っていた。訝し気にこちらをじっと見ている。
あちゃー、バッドタイミング……。
「おっ、曙さん!」
真っ先に大東さんが声をかけた。次いで日振さんと昭南さんも、「お疲れ様です」と頭を下げる。
そんな彼女たちを曙さんは一瞥してから、また俺へ視線を向けた。
「あんた、まだうろついてたの。随分と暇なのね」
「いや、これから帰るところでして……」
俺は苦笑しながら言う。
すると曙さんは、大東さんたちをちらりと見やり、
「ふーん、今度は海防艦ってわけ。さっきは駆逐艦はべらせてたし、ずいぶん手広いのね」
予想外の言葉をぶつけられて、俺は一瞬固まった。
「もし変なこと考えてるなら、ただじゃおかないわよ」
「いやいやいや、なわけないじゃないですか!」
全力で否定する俺。言いがかりにもほどがある。
さっきは一緒にご飯を食べていただけだし、今は陽炎さんの話をしていただけだ。
だいたい、俺なんかがみんなをどうこうできるわけないだろ……どんだけ過大評価してるんだよ。
そう心の中でぼやいていると、
「曙さん、誤解だよ。帰ろうとしてたところを、あたいたちが呼び止めたんだ」
大東さんが曙さんを見て言った。
「ちょっとさっき、助けてもらったからさ。お礼が言いたくて」
曙さんは何も言わない。黙ったままこちらへ鋭い視線を向けている。
ああ、早く帰りたい……。
「そ、そうなんです! 神城提督は何も悪くないです!」
と日振さん。
非常にありがたい援護射撃だ。声が裏返りそうだったけど。
「それに、陽炎さんのことも教えてもらってたんだ。なっ、神城の提督さん!」
「そ、そうでしたね」
大東さんに言われ、まだ回答中だったことを思い出した。
とりあえず、早く戻るために頑張ってることだけは伝えとくか……。
「ふん、どうせ第八でも好き放題やってるんでしょ」
俺が口を開く前に、曙さんがつまらなそうに言った。
「ここにいた時もそうだったわ。それでいつも独房の世話になってたのよ」
「こっちでは毎日頑張ってくれてますけどね……」
雑用のような任務ばかりなのに、文句のひとつも言われたことないもんな。俺みたいな素人提督にも気さくに接してくれるし、本当にいい人だと思う。
「頑張ってるなら、ちゃんと帰って来れるんだよな?」
大東さんの質問。俺はすぐに頷いた。
「はい、それはもう。ずっと第八にいるってことは絶対にないです」
「……そっか。それならよかった」
安心した様子の大東さん。
横にいる日振さんと昭南さんも、ほっと胸を撫で下ろしている。
「ありがとな、教えてくれて!」
「いえ、これぐらい全然」
ふぅ……満足げな大東さんを見るに、最低限の回答はできたかな。
「だいちゃん、そろそろ行かないと……」
「ああ、分かってるよ」
どうやら、大東さんたちにも予定があるらしい。
三人の顔がこちらへ向いた。
「それじゃ、あたいたちはもう行くよ」
「あの、本当にありがとうございました。あと、だいちゃんが礼儀知らずですみません……」
「いえ、全然大丈夫です」
日振さんはかなり真面目な性格みたいだ。
大東さんからも、「ちぇ、ひぶは真面目すぎなんだよ」という声が聞こえてくる。
そんなぼやきの後、大東さんは俺と曙さんを見て、
「またな、神城の提督さん。曙さんも」
「あ、はい。お疲れ様です」
俺が軽く頭を下げると、大東さんは踵を返した。
それを見た日振さんと昭南さんも、俺と曙さんに向かって頭を下げ、大東さんを追いかけて行った。
いやあ、まじでいい子──じゃなくて、いい人たちだったな。帰ったら三人が気にかけてたこと、陽炎さんにも伝えなくては。
俺は未だこの場に留まっている、曙さんの方へと顔を向けた。
ていうか、この人いつまでいるんだ……高瀬さんに呼ばれてること、漣さんから聞いてないのか?
「えっと……自分もこれで失礼します」
「……」
しーん。まあ、嫌われてるみたいだし仕方ないな。
苦笑いを浮かべつつ、歩き出そうとしたところで、意外にも曙さんが口を開いた。
「あんた、なんで敬語なんか使ってるの」
「えっ」
ボールが飛んでくるとは思っていなかったので、全然反応できなかった。
曙さんは不機嫌そうに続ける。
「なんで提督が艦娘に敬語なんか使ってるのかって訊いてるの。あんた提督なんでしょ?」
「あ、はい。一応……」
まさか、そこつっこまれるとは思わなかったな。第八でも何も言われなかったし。
「提督ってのはね、立場だけなら艦娘よりも上なのよ。なのに敬語使うわ海防艦相手にもへこへこするわ、見てて腹が立つんだけど」
「す、すみません……」
「ほら、そういうところよ。何を考えてるのか意味が分からないわ」
そんなこと言われても……性格なんだから仕方ないじゃん……。
「なによ、悔しかったら少しは言い返してみなさいよ。それとも、取り巻きがいないと何もできないの?」
「いや、べつにそういうわけじゃないですけど……」
この人はなんでこんな喧嘩腰なんだ……よそ者の俺なんか放っておけばいいのに。
「確かに立場的には上かもしれないですけど……でもみんな、自分よりこの業界の先輩なので。自分が敬語で話したいだけです」
「は? 先輩?」
まるで「何言ってんだこいつ」と言わんばかりの顔だ。
そういえば、叢雲さんが言ってたな。普通の提督は艦娘を先輩だなんて言わないって。
「自分まだ着任したばかりでして……あと前職が基本敬語だったので、それに慣れちゃったというか……」
「……」
曙さんは何も言わない。訝しげにこちらを見ている。
次は何を言われるのかと身構えていると、
「……ふん、変なやつ」
そう言って、彼女はすたすたと行ってしまった。
えぇ……なんなのもう。意味分からないのはこっちなんですけど。
とはいえ、会話ができたことはプラスなのかな。話しかけてきたの曙さんだしね。
「はぁ……帰るか」
俺はどっと押し寄せてきた疲労感からため息を零しつつ、正門へ向かって歩き出した。
神城「やっと帰れる……」