提督に転職したら想像以上にブラックだった件 作:Sh1Gr3
翌日。
提督室には俺と叢雲さんの他に、来客の姿があった。
「良い話と悪い話、どちらから聞きたいですか?」
来客の女性――大淀さんが、メガネをくいっとさせた。
俺は秘書艦席に座る叢雲さんに、さりげなく目配せする。叢雲さんは腕を組んでおり、ソファーに座る大淀さんに鋭い視線を送っていた。
「そういうのいいから。さっさと用件済ませてちょうだい」
「いいじゃないですか。これもコミュニケーションの一環ですよ」
にこっとした大淀さんが、顔をこっちに向けてくる。俺は慌てて軽く頭を下げた。
ちなみにこの大淀さんとは、今日を含めて何度も顔を合わせている。面接の時に初めて会って、その後の適性検査や研修でもお世話になった。民間人の方が提督適性のある人が多いと、教えてくれたのも大淀さんだ。
なのですごく感謝してるし、いい人なのも分かってるんだけど、なんだろうな……今の笑顔とかはちょっと怖いんだよな。
「あんた、うちに駄弁りに来たの?」
「相変わらず冗談の通じない方ですね」
叢雲さんのつっこみに、大淀さんが肩をすくめた。
正直、口を出しづらい雰囲気ではあったが、これ以上の悪化を防ぐために、おそるおそる口を挟むことにした。
「自分、できれば悪い話からがいいです」
俺の言葉に、二人の視線が集まる。
大淀さんは普通だけど、叢雲さんからの冷ややかな視線が痛い。
「了解しました。ではまず、悪い話の方からにしましょう」
大淀さんがメガネをくいっとさせる。すかさず叢雲さんのため息が聞こえてきた。
「あんたも、大淀の悪ふざけに付き合うのやめなさいよ」
「だってこのままじゃ話が進まないじゃないですか……」
あまり刺激しないよう反論する。
そんな様子を見ていた大淀さんが、意外そうに言った。
「あなたも随分と丸くなりましたね。以前までとは別人ですよ」
「余計なお世話よ」
ふんと鼻を鳴らし、そっぽを向く叢雲さん。
え、これで丸くなったの? 前はどんだけとがってたんだよ……。
以前の叢雲さんを想像していると、大淀さんがこほんと咳払いをして話を始めた。
「悪い話の方ですが……今度この鎮守府に、他鎮守府から新たに2名の艦娘が異動してきます」
「えっ……それが悪い方の話ですか?」
「はい、そうです」
頷く大淀さん。
これが悪い方の話? 人手不足のこの鎮守府に、新しく2人も人が増えるなんて、良い話の間違いじゃないのか?まさか、叢雲さんの言っていた通り、大淀さんの悪ふざけなんじゃ……。
大淀さんの話に疑問を覚えていると、また叢雲さんのため息が聞こえてきた。
「忘れたの? ここは窓際鎮守府なの。ここに来る奴なんて、ろくなもんじゃないわよ」
「あっ」
そういえばそうだった……いや、でもまだわからないぞ。
叢雲さんみたいに、能ある鷹は爪隠すタイプの人かもしれないし。
気になったので訊いてみることにした。
「ちなみに、どんな人なんですか?」
「そうですね……一人は提督に殴りかかったことが理由で、その処分として異動が決まった艦娘です」
「……まじですか」
随分と物騒な返答に、言葉を失う俺。
ここは窓際鎮守府だったと、改めて認識させられた。
「もう一人は、自ら異動を希望した艦娘ですね」
「え、自分からですか?」
「はい。少し変わった方なので扱いに手を焼くとは思いますが、頑張ってください」
うーん……大淀さんには悪いけど、頑張れる気がしない。
ちらっと叢雲さんを見ると、「だから言ったでしょ」と言われてしまった。
「ま、せいぜい頑張りなさい」
叢雲さんからも見放され、すがり先が潰えた。提督って厳しい職業だなぁ……。
まあ、悪い話は人が増えるということで、良いことだと脳内変換しておくとしよう。
「続いて、良い話の方です」
悪い話が終わり、今度は良い方の話に変わる。
「これはまだ公になっていませんが……第7鎮守府、小林提督の更迭が決まりました」
更迭? 更迭って、なんて意味だっけ……どこかに左遷されるとか、そういう意味だったっけな。
こっそり意味を検索していると、横から叢雲さんが口を開いた。
「へえ、随分と対応が早いじゃない。まだ昨日の今日だっていうのに」
「元から目はつけていました。ただ、うまく監査の目をくぐり抜けていたようです」
「それが昨日の件でとうとうってことね」
「はい。神城提督と叢雲さんのおかげです」
大淀さんがこっちを見て頭を下げた。
俺は更迭の意味を確認し、なんとなく二人の話していたことを理解した。
要するに、元からなにかしら問題のある人で、お偉いさん方に目をつけられていたけど、うまくかわして乗り切っていた。しかし、昨日のSOS事件のせいで、それがばれてしまいクビになった――ということだろう。
「何をやらかしたんですかあの人」
なんとなく気になったことを訊いてみた。俺もやらかさないよう、参考程度にはなるかなと思ったのだ。
大淀さんはため息を吐きながらも、答えてくれた。
「色々とありますが……やはり昨日の件は大きいですね」
「SOS事件ですか?」
「はい。緊急時の対応が、提督に求められる素養を著しく欠いていると判断されました」
確かに。こっちの話を訊かず、一方的に責任を押し付けられた感じだったな。
でも、さすがになんの対応もしなかったってことは――。
「信じられますか? こともあろうか、無線機までいじって事を隠蔽しようとしていたんですよ」
心底呆れ果てたような顔の大淀さん。
無線機って、出撃する人たちが持ってるやつだよな? 話を理解しようと頭を回していると、叢雲さんが納得したように言った。
「だからあの時、現在位置が表示されなかったのね」
「そういうことです。叢雲さんがいなければ、今頃後味の悪い結果になっていました」
「あら、褒めてくれるなんて珍しいじゃない」
「この鎮守府への配属を許可した私の判断は、間違っていなかったようです」
「いいからそういうの。黙って素直に褒めなさいよ」
「いいえ、事実ですので」
ふたたび、蚊帳の外状態に。
とりあえず分かったことがある。二人とも素直じゃない。これだけは俺にも分かる。
「無線をいじったって、位置情報機能を使えなくしたってことですか?」
蚊帳の外状態を脱するため、大淀さんに質問を投げかける。
大淀さんは頷いて言った。
「その通りです。過去にも何度か行っていたようですね」
「まじですか……」
なんて野郎だ……新人の俺に無茶な仕事を押し付けてくる時点で、ろくでもない野郎だとは思っていたけども。まさかそこまでのくずだったとは。
「それで? 結局良い話ってなんなのよ」
叢雲さんが話を戻す。
「まさかこれで終わり?」
「まだあります。今回、この件が公になったのは第8鎮守府の功績です。第8鎮守府には、いくつか有用な装備と資源、資材を報酬としてお渡しします」
おおー、それはありがたい。正直、くず野郎が更迭された話よりありがたい。
「装備って、送られたところで使える奴いないんだけど」
「大丈夫ですよ。人なんてすぐ増えます」
叢雲さんのつっこみを、意にも介さない大淀さん。
人が増えるのはありがたいんだけど、問題児は来ないでほしいなぁ……。
一通りの話が終わる頃には、午前の業務時間が終わろうとしていた。
「それでは、私はそろそろ戻ります」
大淀さんがソファーから腰をあげた。
「装備と資源資材の搬入については、おって連絡します」
「了解です。ありがとうございます」
俺は感謝の気持ちを込めて頭を下げた。
部屋を出ようとする大淀さんに、叢雲さんがついていく。
「私送ってくるから」
その一言だけ残し、部屋の扉がしまった。
やっぱり仲良いじゃん……。
「見送りなんて頼んだ覚えはありませんが」
「いいからさっさと歩きなさいよ」
鎮守府内の廊下を、二人の艦娘が並んで歩いている。
傍から見たら険悪な雰囲気のように見えるが、この二人――叢雲と大淀との間では日常茶飯事だ。
「で、どうだった? あんたから見た
「……どう、とは?」
「着任したばかりであんなことがあったんだもの。そりゃあ様子も気になるわよね」
大淀の顔が、横を歩く叢雲の方へと向いた。
叢雲は前を向いたまま、話を続ける。
「だからわざわざ来たんでしょ。様子見に」
「……」
しばらく無言の状態が続いた。
やがて、大淀が観念したかのように肩をすくめた。
「着任早々、辞められては困りますからね。必要なことですよ」
「そうね。あいつを採用したあんたの落ち度になりかねないものね」
「棘のある言い方ですね……まあ否定はしませんが」
またも無言の時間が訪れる。今度も先に口を開いたのは大淀だった。
「先ほどの質問の答えですが……私の目には問題なさそうに見えました」
「そう。よかったわね」
素っ気ない返事が返ってくる。逆に訊いた。
「叢雲さんから見て彼はどうですか?」
「さあね。ま、少なくとも同情はするわよ。この前まで民間人だったのに、窓際鎮守府に配属させられたあげく、初日からヘビーな経験させられて」
「……」
「このままじゃ、いいように使われて潰れるのがおちね」
肩をすくめる叢雲に、大淀は首を横に振る。
「そうはなりませんよ。あなたがついてますからね」
「私?」
予想外の台詞に、つい訊き返す叢雲。
大淀は自信あり気に言う。
「境遇が似ている彼を、あなたは見捨てられない。だからこの鎮守府への配属を承諾したんですよね?」
「……さあ。ただの気まぐれよ」
先ほどまでと違い、ばつの悪そうな顔をする叢雲を見て、大淀の顔に笑みが浮かんだ。
いけないいけないと、心を落ち着かせ話を続ける。
「そういえば、あなたの出撃記録はうまいこと改竄しておきました」
「こっちも、
「それなら良かったです。あなたが出撃すると上層部がざわつきますから」
「面倒な話ね」
叢雲の口からため息が零れる。
目の前に出口が見えてきた。二人の足が止まる。
大淀が叢雲の方を見て言った。
「それでは、神城提督のことよろしくお願いします」
「はいはい。いいからもう行きなさい」
しっしと手を払う叢雲。大淀は頭を下げると、そのまま鎮守府を後にした。
その姿を見届け、叢雲も提督室へと引き返したのだった。