提督に転職したら想像以上にブラックだった件 作:Sh1Gr3
駆逐艦叢雲は、この世で一番最初に誕生した艦娘である。
どういう原理、理由で人の姿を得て再びこの世界に舞い戻ってきたのか、それは自分にもわからない。気が付けば「地に足ついていた」というのが正直なところだ。
ただ、自身の使命は自覚していた。それは、今となっては深海棲艦と呼ばれている全人類の敵、それらから人々を守ることだ。彼女はその使命の通り、日々深海棲艦と戦い、確かに人々を守ってきた。
たとえ、守るべき対象である人々から、畏怖の念を抱かれたとしても――。
駆逐艦叢雲は、どういうわけか他の艦娘たちと比べて圧倒的に強かった。
彼女と同時期に現れた艦娘たちも、彼女と肩を並べられるほどの能力を有していたが、それでも強さの面では彼女には及ばなかった。
その強さは、最初こそ人類の希望としてもてはやされた。しかし、戦いが長期化するにつれて様々な種類の艦娘が増えていくと、よほどの緊急事態を除いて、出撃する機会はどんどん減っていった。個として圧倒的な強さを誇る彼女は、それを指揮する立場の人間からしたら、どうにも使い辛かったのだ。他のメンバーとのバランス調整も難しいというのも、理由の一つとして挙げられた。
加えて、彼女の性格も大きな要因の一つだった。勝ち気で高飛車な性格の彼女は、提督への態度、言動もかなり高圧的である。それを理由に、色々な鎮守府を転々としては匙を投げられ続け、最終的に彼女の居場所はどこにもなくなった。
最初こそ人類の救世主だのと良いようにもてはやしていたくせに、他に使えるものが出てくるとすぐに乗り換える。人間なんてそんなものだと分かってはいても、初めの頃は腹を立てていた。別に褒めてほしかったわけでも、感謝してほしかったわけでもない。
私はただ、みんなを守りたかった。何をどう思われていても、出撃するよう命令してくれればそれだけでよかったのに。
こうして、駆逐艦叢雲はやさぐれたのだった。
深海棲艦の発生により設置された作戦司令本部――通称、大本営。
防衛省に隣接されたその中の一室に、彼女はいた。
「いつまでそうしているつもりですか?」
部屋に落ち着いた女性の声が響く。
女性は目の前のソファーで寝ている少女――叢雲を、呆れ果てたと言わんばかりに見下ろしていた。
女性の声が耳に届いたのか、叢雲がもぞもぞと動き始める。
「うるさいわねぇ……いいでしょ暇なんだから」
「今日の会議は参加するよう、あらかじめ言っておいたはずですが」
「わざわざ出なくても、優しい大淀さんが後で内容訊かせてくれるでしょ」
「やめてください。あなたにさん付けされると鳥肌が立ちます」
そう言って、体を震わせて腕をさする大淀。
叢雲はつまらなそうに、ふんと鼻を鳴らすと身体を起こした。
「それで? 今度はなにをさせようってのよ」
背もたれに背を預け訊く。
大淀は眼鏡をくいっと上げると、脇に抱えていた茶封筒を叢雲に渡した。
「辞令です。今日の会議で決まりました」
「辞令?」
眉を顰める叢雲。いつもだったら、ただ口頭で任務内容を伝えられるだけなのに。
訝しんだまま、渡された茶封筒を受け取る。中には確かに、辞令書が入っていた。
上からさっと目を通す。読み終えた後で、叢雲は大きなため息を零した。
「なによこれ。今更私にこんなのさせようっての?」
「はい。私もあなたが適任だと思い許可しました。上層部も首を横に振る人はいませんでしたよ」
大淀の台詞に、叢雲はまた眉をひそめた。
許可したということは、言い出しっぺは別にいるということだ。上層部連中は厄介者払いができるから、首を横に振る人は当然いないだろう。
しかしだからといって、私を
その時、部屋の扉が開いた。そのまますたすたと見知った顔が入ってくる。
その顔を見てなるほどなと思った。犯人はこいつか。
「面倒なことしてくれたわね」
「いつまでもこんなところでヒキニートしてるから悪いのです。働かざる者、食うべからずってことわざ知らないのですか?」
「……北方に行っても相変わらずね、あんたは」
自然とため息が漏れた。
駆逐艦電。叢雲のかつての同僚である。電は楽しそうに笑みを浮かべて言った。
「今度、横須賀の第8鎮守府に着任する司令官さんは、民間企業から転職してきた変わり者なのです。変わり者の初期艦は、同じ変わり者じゃないと務まらないのです」
「あんたそれ、私のこと盛大にディスってるの気付いてる?」
「あっ、ごめんなさい! 電はそんなつもりでは……」
謝罪の言葉とともに、電が瞳をうるうるさせる。
そんな電を見て、叢雲は先の大淀の気持ちを理解した。確かにこれは鳥肌ものだ。冗談でも勘弁してほしい。他の現存するすべての電に謝れとさえ思った。
叢雲は視線を大淀に戻す。
「あんたもあんたでしょ。なんで許可したの?」
「……」
大淀からの返答はない。なんて言おうか、迷っているように見えた。
代わりに電の口が開く。
「第8鎮守府は、いわゆる窓際部署ってやつなのですよ。他の鎮守府の雑用と、問題児たちの収監が主なお仕事なのです」
電の台詞を聞いて、大淀が慌てて止めに入る。
「電さん、もっと言い方が……」
「電は事実しか言わないのです。大淀さんも、あまり叢雲ちゃんを甘やかすのはやめてください」
「っ……」
大淀が再び沈黙する。
電が話を続ける。
「そんなお仕事がメインなので、数多の雑用をこなしてきた叢雲ちゃんにはぴったりだと思ったのです!」
「……なるほどね」
叢雲は納得していた。ここ最近は、電の言う通り雑用のような任務しかこなしていなかった。
作戦の主艦隊が打ち漏らした深海棲艦の討伐、紛失した装備の捜索、採取し損ねた資源の確保など。他の艦娘ではできないどれも危険な海域に限ってのことだったが、叢雲にとっては雑用となんら変わらなかった。
そんな雑用担当の窓際鎮守府に配属されるなんて、今度の新人はよほど運がないのだろう。確かに同じ雑用担当同士、お似合いかもしれないなと皮肉気味に笑った。
そんな叢雲に、電はつまらなさそうに言った。
「手ごたえがないのです。昔の叢雲ちゃんなら、ここまで言ったら殺気飛ばし放題だったのに。ちょっと見ない間に錆びついちゃったのです」
「余計なお世話よ。あんたこそ、前より口悪くなったんじゃないの?」
「それは仕方ないのです。無能な司令官さんと一緒にいると、躾のために口も悪くなるのです」
やれやれと言わんばかりに、首を横にふる電。
その時、部屋の外から電を呼ぶ声が聞こえてきた。声を聞いた途端、電は大きなため息を吐いた。
「司令官さんがお呼びなのです。もう行かないと……」
電がちらっと扉の向こうに目をやる。
叢雲は電の様子を見て、もう一つ思ったことを口にした。
「あんた、前より丸くなったわね」
「は、はぁ? なにとぼけたこと言ってるのです?」
明らかに動揺する電。そんな彼女を見て、自然と笑みがこぼれた。
「いいわよもう。早く行ってあげなさい」
「ちっ……もしここが海の上なら、超至近距離51cm砲をお見舞いしていたところなのです」
「どうせ当たらないわよ」
電の鋭い視線を、さらりとかわす叢雲。事実だからこそ、電はなおのことむかついた。
やがて電はつまらなそうにふんと鼻を鳴らすと、扉の方へ歩き出した。そのまま部屋を出て行くのかと思いきや、扉の前で足が止まった。
「最後に、現在進行形で無能な司令官さんの秘書艦をしている、電からのアドバイスなのです」
不意にこっちを向いて、電が言った。
「司令官さんと接する時は、余計な偏見は捨てることをおすすめします。もとが民間人ならなおさらなのです」
電の言葉を聞いて、叢雲はなるほどなと思った。彼女が丸くなったのは、その無能な司令官さんのおかげらしい。どうやら、馬の合う提督と出会えたようだ。
それはそれとして、叢雲はからかうようにして言った。
「素敵な経験談をありがとう。肝に銘じておくわ」
「……本当にいつか一発、ぶち込んでやるから覚悟しておくのです」
捨て台詞とともに、電は部屋を出て行った。
外からしばらく、電と提督の言い合いが聞こえていたが、やがてそれも聞こえなくなった。
叢雲は小さくため息を吐く。そして、大淀に視線をやった。
「あんたね。電をここに呼んだの」
「さあ……なんのことでしょう。私はただ、叢雲さんがここにいることを伝えただけです」
「それ言ったら来るに決まってるでしょうが」
この話はここで終わりにして、叢雲はしばらく黙考する。
初期艦なんて面倒な仕事は御免だと思ったが、着任する人間が新人だというのが引っかかった。雑用に問題児たちの収監なんて、いくら窓際鎮守府とはいえ新人には荷が重い。もとが民間人ということもあり、軍属連中との空気感も気になる。なにより、人にいいようにこき使われる不快感は、自分が一番よく知っていた。新人なんてすぐに潰れてしまいかねない。
そこまで考えて叢雲は呆れた。なんだって転職先に提督を選んだのか。よほどの何かが合って決意したのか、それともただの馬鹿なのか。
もっとも、個人的には後者の方が気が合いそうではあるが……。
黙考していると、大淀が静かに口を開いた。
「この辞令ですが、一応拒否することもできますよ。あなたにはあなたにしかできない任務が、他に山ほどありますから」
その言葉を聞いて、叢雲は決心した。
「いいわ、やってあげるわよ。雑用係もそろそろ飽きてきたところだったし」
「……まあそう言うと思っていましたが。それでは――」
大淀が何かを言う前に、言葉を付け加える。
「その代わり、私のやることにけちつけないでよ。なにかあっても、あんたが上の連中をなんとかして」
「そ、それは……できる限り善処します」
何か言いたげな様子だったが、そこから先の言葉はなかった。
これで交渉成立。叢雲は数年ぶりに、大本営を出て初期艦をやることになった。
叢雲が改めて訊く。
「それで、第8鎮守府は今誰がいるの?」
この「誰が」というのは無論、艦娘のことを指している。
収監されている問題児が誰なのか気になっての質問だったが、大淀は首を横に振って言った。
「誰もいません。艦娘はあなた一人です」
その答えに叢雲は拍子抜けした。なんだ、つまらない。
「なので、電さんから配属の話があがった時は願ったりかなったりでした。もし電さんが言わなくても、私が言うつもりでしたし」
「なんで私? 私なんて、新人からしたら扱い辛いったらないと思うけど」
「それはコミュニケーション面での話です。そんなもの、後からどうとでもなります」
「コミュニケーションが一番大事なんじゃないの……」
大淀の台詞に、若干呆れ気味の叢雲。
しかし、大淀は淡々と話を続ける。
「実務面でいけばあなたが一番です。艦娘が一人もいない状況で、うまく立ち回れるのはあなたしかいません」
「それは……まあそうかもね」
「それに、コミュニケーションは問題ありません」
きっぱりと大淀が言い放つ。怪訝そうな顔の叢雲に、大淀がさらに続けて言った。
「彼を採用したのは私なんです。艦娘に一切の偏見を持たない方でした。あの人なら、あなたのことも受け入れてくれると思います」
「……別に。受け入れてもらわなくても結構よ」
「ただ、あまり目を合わせて話すのが得意ではなさそうでしたので、そこは配慮してあげてください」
「人の話聞いてる?」
こうして、叢雲の横須賀第8鎮守府配属が決まったのだった。