提督に転職したら想像以上にブラックだった件 作:Sh1Gr3
「ええ?! ここ叢雲しかいないの?!」
本日、二度目の驚愕の声が提督室に響いた。
自己紹介も終わり、陽炎さんにこの基地の説明をしていたところだったのだが、叢雲さんの他に誰がいるのか質問され、事実を答えた結果の反応がこれである。
まあ普通の反応だよな。俺も最初聞いた時は開いた口が塞がらなかったし。
「道理でおかしいと思ったのよ。二人の他に全然人いないし」
がくっとうなだれる陽炎さん。
そこへ、叢雲さんが追い打ちをかけるように言った。
「だから言ったでしょ。窓際部署だって」
「いやいや限度ってものがあるでしょ! 二人だけでどうしろってのよ……」
正論でしかない。俺も最初は絶望しかなかったな。
「ていうか、今までどうしてきたの? あんた一人だったんでしょ?」
「べつにどうも。大体こんな感じよね?」
同意を求めるように、叢雲さんがこっちを見てきた。
あまり応じたくない話題だが、無視すると後が怖いので仕方なく返答する。
「まあ……初日が一番忙しかったですね」
「あんたのとこの提督のおかげでね」
俺と叢雲さんの言葉に、陽炎さんが申し訳なさそうに呟く。
「うっそ、あれ初日だったんだ……」
「もう顔面蒼白だったわよ」
ふっと鼻で笑いながら、叢雲さんがこっちを見てくる。
そりゃ誰でもそうなるだろ……俺もあれで寿命縮んだんじゃないかな。
「まあでも、もう大丈夫ですけどね。叢雲さん最強らしいんで」
鼻で笑われたお返しに、きっぱりと言い返した。
横須賀鎮守府の提督――臼井さん曰く、事実なのであまり効果ないけど。
しかし、俺の想定とは異なり、叢雲さんは眉をひそめてこっちを見てきた。
「なによ最強って」
「えっ……なんか臼井さんが言ってたんで」
そう言うと、叢雲さんは「そういうことか」と納得した様子で舌打ちした。
察するに、二人は知り合いなのだろう。じゃないと、あんな言い方しないもんな。
「あんの鉄仮面、余計なこと言ってくれるじゃないの」
思ったより言葉が強かった。ていうか、絶対仲悪いじゃん……。
見るからに不機嫌そうな叢雲さんを見て、臼井さんの話をするのはやめようと思った。
と、そこへ陽炎さんが、
「ねえ、叢雲って最強なの?」
興味津々に話を深堀りし始めた。
すかさず叢雲さんの鋭い視線が飛んでくる。え、俺のせいなの……?
俺と叢雲さんの無言のやり取りに構わず、陽炎さんが続ける。
「不知火が言ってたのよね。あんな駆逐艦は見たことがないって」
「……見間違いでしょ。どこにでもいる普通の駆逐艦よ」
叢雲さんの反論。しかし陽炎さんの追及は止まらない。
「でも改二でしょ? 練度高いのは確かじゃない」
「改二の駆逐艦なんてそこら中にいるわよ」
「ただの改二の駆逐艦が、たった一人しかいない基地ってのもおかしくない?」
「忘れたの? ここは窓際基地なの。ここに艦娘がいないってことは、それだけ平和ってことよ」
「じゃあ、叢雲は何やらかしてここに来たの?」
「黙秘」
「なんで?!」
強制的に会話が終わった。陽炎さんは納得できなかったようで、両頬をぷくっと膨らませている。
ふと、陽炎さんが思いついたように声をあげた。
「そうだ! 演習しましょうよ演習!」
演習。艦娘が自身の練度を高めるための、トレーニングのようなものである。
陽炎さんは叢雲さんを演習に誘っているのだ。叢雲さんの実力を確かめるために。
「ねえ、いいでしょ?」
「嫌よ、面倒くさい」
しかしながら、叢雲さんは当然のように首を横に振った。
俺からしたらですよねーって感じだ。
「なんでよ! 演習嫌がる艦娘なんて聞いたことないわよ?」
「人それぞれでしょ。演習を好む奴もいれば、嫌がる奴もいるのよ」
「むぅ……ああ言えばこう言う。まるで不知火を相手にしてるみたいだわ」
口をへの字に曲げる陽炎さん。
大変そうなところ申し訳ないけど、俺的には悪くない空気感である。叢雲さんが他の艦娘と絡むところ、大淀さん以外だと初めてだし、どこか新鮮な感じがするからだ。
本当にいい子が来てくれたなぁ……。
「ちょっと司令、聞いてる?!」
「あ、はい。なんですか?」
陽炎さんの一声で、黙考モードから引き戻される。
正直、全然聞いてなかった……。
「司令からも言ってやってよ。司令が言えばやらざるを得ないんだから」
「いや、それはちょっと……」
「司令的にも、練度が上がるのは嬉しいでしょ?」
それはそうなんだけど、やりたくないって人に強要はさせたくないんだよなぁ……。
俺はちらっと叢雲さんに視線を移した。
「……なによ。提督はあんたなんだから、あんたが決めればいいでしょ」
「えっ、やりたくないって言ってませんでした?」
「当たり前でしょ、面倒くさい」
「えぇ……」
おいおい、そんなのどうしたらいいんだよ。
片ややりたい、片ややりたくない。こんなの一生話が終わらないぞ……。
頭を抱えそうになっていると、叢雲さんが露骨にため息を漏らした。
「あのね、いちいちそんな艦娘の顔色をうかがってたらノイローゼになるわよ」
ノイローゼ……それはまずいな。絶対嫌だ。
「前にも言ったでしょ? あんたは二択を決めるだけだって」
二択か。そういえば、臼井さんにも言われたっけな。「いかに早く決断するかで状況が180度変わることもある」って。
よくよく考えてみたら俺も叢雲さんも、陽炎さんの実力を知らない。人事情報に練度のことも載っていたけど、実際に演習をやった方が目で判断できる。そうすれば、任務の割り振りもスムーズかもしれないな……。
黙考モードに入っていると、不意に陽炎さんが口を開いた。
「え、なんかごめん。そんな真剣な空気にさせるつもりじゃなかったんだけど……」
「いいのよ。こっちの方が提督らしいでしょ」
「うーん……あたしはさっきの司令の方がいいかなあ」
まったく、人が頭フル回転している傍で好き放題言ってくれる。
でも、結論が出た。叢雲さんには申し訳ないけど、やっぱり演習はやってもらおう。
「申し訳ないんですけど、演習やってもらってもいいですか」
「……それは命令?」
「いや、お願いっす」
訊き返された言葉に即答した。
命令ではなく、これはお願いだ。これで嫌だと言われれば、陽炎さんには諦めてもらう。
悪いけど、命令なんて俺には無理! そんな偉い人間でもないし、頭を下げてお願いする――これしか俺にはできないよ。
心の内でそう開き直っていると、叢雲さんのため息が聞こえてきた。
「はぁ……仕方ないから、聞いてあげるわよ。そのお願い」
「まじですか?」
「なによ、不満なの?」
「いや、全然そんなことないっす!」
よし、お願い作戦成功!
いやー、やっぱり人にものを頼む時は頭を下げないとね。偉いからって命令ばかりするのはよくないよ、うん。
「本当にいいの?」
と陽炎さん。その問いに、叢雲さんは平然と答える。
「仕方ないでしょ。他にいないんだから」
「そう……なら善は急げね! よろしく!」
叢雲さんが同意したことで、二人の演習が決まった。
ふと叢雲さんが陽炎さんに訊く。
「それで? なんの演習をするつもり?」
それは俺も気になっていた。演習といっても色々と種類がある。砲撃演習、雷撃演習などなど、例を挙げ始めたらきりがないほどだ。
ただ今回は二人で行う演習なので、できることも限られている。俺は砲撃とか雷撃演習あたりだと予想していた。
しかし……。
「そんなの決まってるでしょ」
にやりと笑みを浮かべる陽炎さん。さらに続けて言った。
「駆逐艦同士、一対一のガチンコ勝負といきましょ!」
「はぁ……だと思ったわ」
陽炎さんの言葉に、叢雲さんは大きなため息を零した。
そして、俺の予想も大きく外れたのだった。
第八基地──その訓練海域に、二人の人影が向き合うように立っている。
海の上に立つ二人を見て、俺は感嘆の声をあげた。
「すげえ……かっこよ」
テレビや研修の時にも見せてもらったが、実際に艤装をつけて海の上に立つ艦娘を見るのは初めてだった。やはり迫力が違う。今日はいい日報が書けそうだ。
『司令! 合図よろしくね!』
無線から陽炎さんの声が聞こえてくる。言い出しっぺなこともあり、テンションあげあげって感じだ。
そんな陽炎さんの練度は、甲よりの乙判定。甲が一番高い判定なので、ほぼマックス評価である。きっと強いに違いない。
『元気ねぇ……異動してきたばかりだっていうのに』
陽炎さんとは対照的に、テンション下がりまくりの叢雲さんの声。
しかし叢雲さんは、臼井さんが言うには最強の艦娘。そんな叢雲さんの戦う姿が見られる俺は、とてつもなく運が良いのだろう。しかとこの目に焼き付けなければ。
もう間もなく二人の演習は始まる。二人は既に、配置に着いて合図を待っている状態。
俺は合図をする前に小さく咳払いをした。そして息を吸うと、
「用意スタート!」
二人に開始の合図を送った。
合図と同時に、まず陽炎さんが動き出した。まるで叢雲さんの出方をうかがうかのように、一定の距離を維持している。
対する叢雲さんに、これといった動きはまだない。ただじっとその場に立ったままだ。その間も、陽炎さんは叢雲さんを中心に時計回りで、叢雲さんの様子を観察していた。
やがて陽炎さんは動くのをやめて、叢雲さんに砲身を向けた。位置的には叢雲さんのちょうど真後ろ。確実に死角になっている位置だ。
瞬間、陽炎さんの砲口が火を噴いた。叢雲さんの周囲に、ど派手な水柱が上がる。水柱が落ち着く前に、さらに発砲。それが繰り返された。
「うわ、やば……」
思わず言葉が漏れた。日常から非日常へと一気に引きずり込まれる感覚。
目の前で演習をしている二人は、艦娘なのだと改めて実感させられた瞬間だった。