提督に転職したら想像以上にブラックだった件   作:Sh1Gr3

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艦娘の演習 ー後ー

 演習が始まったと同時に、陽炎は叢雲と距離を取りつつ動き出した。

 まずは様子見も兼ねて、原速で航行する。決して距離を詰めて勝負を急いだりはしない。なにせ、相手はあの不知火が認めた艦娘だ。油断は禁物。

 対する叢雲は、陽炎が航行し始めても微動だにせずにいた。そんな叢雲に、陽炎は訝し気に鋭い視線を向けた。

 

 (なによ、あたしのことなめてるの?)

 

 陽炎が死角に入っても、叢雲はまったく動く気配を見せない。死角からの攻撃は、どの世界でも命取りとなるはずなのに。

 余裕のつもりか? それとも、挑発して感情を揺さぶるのが目的か?

 いずれにしても、むかっとしたのは事実なので絶対に痛い目あわせてやると心に決めた。 

 陽炎はそのまま距離を維持しつつ叢雲の真後ろまで航行すると、止まって叢雲に砲身を向けた。叢雲はまだ動かない。

 

 (絶対当ててやる……!)

 

 狙いは叢雲の後頭部。この距離でお互い止まったままの状態ならば、外しようがないと陽炎は思った。

 そして――。

 

 (撃ち方はじめー!)

 

 心の中で叫ぶと同時に、標的目掛けて砲撃した。標的の奥に水柱が上がる。その結果に、陽炎は思わず目を丸くした。

 なんと叢雲は、陽炎の砲撃を後ろを向いたまま、軽く首をひねるだけで避けたのである。

 

 (うっそ?! 今こっち見てなかったわよね?!)

 

 叫びそうになったが、なんとか心の内にとどめた。強いことはある程度予想していたが、まさかここまでとは。あんな芸当ができる艦娘が、果たして何人いるだろうか。少なくとも、自分には逆立ちしたってできそうにない。

 陽炎は悟った。叢雲との練度の差を。まだ一発撃っただけなのに、まだ一発避けられただけなのに。ここまで差を痛感させられるとは思ってもみなかった。

 

 (おもしろい……!)

 

 陽炎はにやりと笑うと、再び標的に向かって砲身を向けた。

 普通の艦娘であれば、あんな芸当を目の当たりにしたら戦意喪失しかねないだろう。だが、陽炎は違った。

 今の陽炎は当初の予定通り「絶対に痛い目あわせてやる」ことしか考えていない。練度の差がなんだ。まだ演習は始まったばかり、向こうはただ一発避けただけ。それなのに、こんな早くに折れては不知火に笑われる。

 

 (撃てーっ!)

 

 今度は何発か続けて砲撃した。標的の手前、奥と夾叉もまじえながら確実に標的を仕留めにいく。しかしながら、何発撃ってもど派手な水柱が上がるだけだった。

 陽炎はいったん砲撃をやめて、目を凝らすと同時に口をへの字に曲げた。

 着弾なし。砲弾は叢雲には当たらず、すべて水柱を作るだけに終わったようだ。撃ったうちの何発かは直撃コースだったが、おそらく避けられたのだろう。水柱が邪魔でよく見えなかったが、着弾なしということはそういうことだ。

 

 「なんで今のが避けられるのよ……」

 

 陽炎は思わず文句の言葉を呟いた。

 初弾は叢雲の後頭部を狙って撃った。普通の艦娘が相手なら余裕で直撃していたはずだったのだが、神業で避けられてしまった。その後の砲撃も水柱を作るだけに終わったので、叢雲は未だノーダメージである。せいぜい水しぶきが顔にかかった程度だろう。

 なぜだ。あの駆逐艦は後頭部に目でもついているのか。それとも、全自動で砲弾を避けてくれる装備でもしているのか。

 それならば――。

 

 (雷撃戦用意……撃てー!)

 

 心の中で叫んだ通り、標的目掛けて魚雷を発射した。

 陽炎の装備している魚雷は、61cm四連装(酸素)魚雷。その名の通り酸素魚雷なので、雷跡をほぼ引かないという隠密性に優れた装備となっている。しかも妖精付きだ。訓練用とはいえ、その威力は保障されている。

 放たれた魚雷は標的目掛けて真っ直ぐ進んで行く。発射後、陽炎は一気に艤装の出力を上げた。

 先ほどまでとは違い距離を詰める。もちろん、魚雷の射線と被らない範囲で。

 目的は魚雷の存在を認識させないこと。自分に意識を集中させて、少しでも魚雷の命中率を上げる。万が一避けられても、今度こそ砲弾を直撃させる算段だ。距離を詰めるのは、砲撃の命中率を上げるためでもある。

 叢雲は未だ背を向けたままだ。さすがに魚雷が発射されたことには気づいていないはず、たぶん。

 

 (そのまま、そのまま後ろ向いててよね)

 

 速力を上げて航行する。一応、叢雲の気が変わって反撃してきた時に備えて、回避運動も怠らない。

 そしてちょうど、叢雲の左斜め後ろあたりに到達した時。先ほど放った魚雷が、叢雲に吸い込まれるようにして当たろうとしていた。相変わらず叢雲に動く気配はない。

 

 (もらった!)

 

 直撃したと、勝利すらをも確信したその時だった。

 陽炎は確かに見た。わずかながらだが、叢雲の口角が上がったのを。

 瞬間、背筋がぞくっとするのを感じるのと同時に、陽炎はまたも目を丸くして呆気にとられた。

 魚雷が当たる寸前、叢雲は跳んでそれをかわしたのである。確かに跳んでしまえば、海中を進む魚雷など怖くもなんともないが、なんでそれができるのか理解不能だった。

 艦娘といえど艤装はそれなりに重い。背部に背負う動力源ともなればなおさらだ。それをぴょんと軽々跳んでのけるなんて、うさぎか己は。その耳の艤装はそういう意味なのか。

 色々とつっこみたいことはあれど、陽炎はそれらをいったん飲み込んだ。そして砲身を標的へと向ける。

 なぜならこれはチャンスだからだ。魚雷はかわされてしまったが、相手は空中。着地の瞬間なら当たる!

 

 「いけーっ!」

 

 装備された12.7cm連装砲が火を噴いた。砲弾はまさに着地しようとする叢雲へとまっすぐ飛んでいく。

 が、砲弾はどういうわけか叢雲に届くことなく、空中で謎の爆発を遂げたのだった。何が起こったのか瞬時に理解できず、陽炎は空中を見てぽかんと口を開けていた。かろうじてわかったのは、叢雲も砲撃したということだけ。

 その間わずか数秒ほどであったが、そんな大きな隙を目の前の駆逐艦が見逃すはずもなく――。

 

 「敵を前にしてよそ見なんて、随分と余裕あるじゃない」

 

 声の直後に発砲音。はっとした陽炎の頭に鈍い音と衝撃。叢雲の砲撃が命中したのだと、理解するのにそう時間はかからなかった。

 危うく意識と身体が吹っ飛びそうになるも、気合と根性でなんとか耐える。

 

 「ぐっ、やったわ――」

 「遅い」

 

 さっきよりも声が近くに聞こえた。それもそのはずで、叢雲はいつの間にか陽炎の懐まで接近していたのだ。

 陽炎は負けじと叢雲の顔面に砲口を合わせようとした。しかし、叢雲の姿は見えず――。

 

 「きゃっ!」

 

 身体がふわっと宙に浮くのを感じ、陽炎は小さな悲鳴をあげた。そして気が付けば水面に横たわっていた。

 やられた。まさかあの一瞬で距離を詰めてくるなんて。

 

 「私の勝ちね」

 

 余裕綽綽の叢雲の声が陽炎の耳に入る。叢雲は横たわる陽炎を見下ろすように傍に立っていた。

 負けた。完敗だ……。

 陽炎は最初こそ悔しそうに唇を噛んでいたが、やがて吹っ切れたように明るく言った。

 

 「今度はハンデありでやらない?」

 「やらない。今のもだいぶハンデあったでしょ」

 「えー、足りないわよあんなんじゃ。目隠ししてやるとか、装備なしとかもっとあるでしょ」

 「あんたねぇ……私のことなんだと思ってるのよ」

 「え、最強?」

 

 陽炎のあまりの物言いに、叢雲はため息を漏らした。その間に陽炎は立ち上がる。

 

 「ねえ、あたしどれぐらい強かった?」

 「そうねえ」

 

 叢雲が黙考する。が、すぐに答えが返ってきた。

 

 「まあまあね」

 「えぇ……考えてた割に評価低いわね」

 

 がくっとうなだれる陽炎。そこへ叢雲が言葉を付け足す。

 

 「でも、その辺の艦娘より根性はあるんじゃない」

 「根性ねぇ……そりゃあ取り柄のつもりだけど」

 

 振り返ってみても、根性は陽炎の長所だった。陽炎自身もそれは自覚している。根性があったからこそ、あのブラックな環境にも耐えられたのだ。ちなみに、不知火のお墨付きでもある。

 だが、根性があっても強くはなれないのも事実だった。

 

 「強くなりたいなあ。叢雲みたいに」

 

 空を見上げながら、陽炎は呟いた。

 もし叢雲のように強ければ、あの時も自分で不知火を助けられたのに。みんなをもっと早く、あのブラックな環境から解放できたのに。

 

 「……強くなりすぎてもいいことないわよ」

 「えっ?」

 

 訊き返す陽炎。

 声が小さかったのと考え事をしていたことも相まって、叢雲の言葉が聞き取れなかった。

 しかし、叢雲は「なんでもない」と首を横に振った。そして続けて言う。

 

 「ま、あんたは強くなれるわよ。私が保障してあげる」

 「ほんとに?! じゃあまた演習してくれるの?」

 「それは要検討」

 「えぇー! やろうよハンデありで!」

 

 横で喋り続ける陽炎をよそに、叢雲は無線に向かって告げた。

 

 「終わったわ。これから戻るから」

 『お疲れ様です。ありがとうございました』

 

 無線から提督の声が流れてくる。

 

 「べつに、自分で選んでやったことだし」

 『うっす。じゃあまたお願いします』

 「馬鹿。調子に乗るな」

 

 少しだけ言葉を交わして通信を終えた。同時にため息を零す。

 最近、提督としての生活にも慣れてきたのか、なめられている気がするのは気のせいだろうか。私を相手に軽口を叩ける提督なんて、今までいなかったといういうのに。

 それは私の正体を知らないからなのか、それともただ能天気なだけなのか――。

 

 「ねえ、なんか嬉しいことでもあった?」

 

 不意に陽炎が、叢雲の顔を覗き込んで訊いた。

 突拍子もない質問に、叢雲は平静を装って言う。

 

 「なによ急に」

 「ううん、なんとなくそう見えただけ」

 「……馬鹿なこと言ってると置いて行くわよ」

 「あっ! ちょっと待ってよ!」

 

 急に動き出した叢雲を慌てて追いかける陽炎。

 二人の演習は無事終了し、波は徐々に静けさを取り戻していった。

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