新エリー都に黄色いおじさん現る   作:へか帝

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『八咫鏡』の使いどころが狭すぎる問題。
直線状の移動なら素でできるようなので、目で見えない死角に光の反射を利用して一瞬で移動する技だと思うんですが、ニッチすぎるよ
ともあれ他のロギアではできないことでもあるので、ピカピカの実の強力な一面ではあるのか……


眩しいねェ~~

 ここ数日、新エリー都をとある爆弾魔が騒がせている。

 犯人は爆破行為そのものを楽しむ愉快犯であり、同時に証拠隠滅を徹底する知能犯であった。

 その犯行は特務捜査班をして見事と言わざるをえず、犯人の尻尾も掴めぬままに犯行件数が二桁に至ろうとしている。

 

 民間人の有無も問わずに施設を爆破する、問答無用の凶悪犯。

 最初は人知れずホロウの中で爆破が行われ、犯行が繰り返されるにつれ徐々にホロウ浅部に近づいてきている。

 ホロウレイダーは当然、政府に申請を出して正式にホロウに入った一般人にも被害者が出ているのが実情。

 

 ホロウの中は無法というのが一般認識だが、これほどの被害を出しておきながら無罪放免はありえない。

 爆弾魔による犯罪はメディアにも取り上げられ、注目が集まっている事案。

 犯人をどれほど早く拘束できるか、治安局の面子が問われているとさえ言える状況だった。

 

 得られた証拠は多くないが、事件数ゆえに犯人像はおのずと絞られる。

 爆破の規模や事件数からして、犯人そのものが優秀な爆破技師であることは疑いようがない。

 エーテル技術にも精通したエンジニアが爆弾を自作して設置している。

 現場の物証の少なさからしても単独犯は確定的。エーテル適性に恵まれているとみていい。

 そして建物を倒壊させうるほどのエーテル爆弾を運用するとなれば、女性一人での搬入は困難とみるべき。

 犯人はおそらく男性。

 

 と、絞れるだけ絞ってみたところで、五里霧中であることには変わらず。

 ホロウと都市部の境界付近のパトロール人員を増やしたりエーテル物質の流通に目を光らせる等、できるだけのことをやっても後手の域をでないのが現状。

 

 捜査班はみな鬱屈たる思いを抱いているし、緊張を感じてもいる。

 爆弾魔の最初の犯行にして、最大の犯行。

 それは、ホロウ内部にあるバレエツインズ級の超高層ビルの爆破だった。

 いくらエーテル物質を利用した爆弾とて、あれほどの大型ビルを一撃で倒壊させるほどとなると決して容易ではない。

 もはや、犯人の目的が破壊行為にあるのは明白。しかしいくらホロウ内部とて大型の建築物が無尽蔵にあるわけではない。

 

 ターゲットがホロウ内部から新エリー都へと移ると考えるのが自然だろう。

 あれだけの爆破行為が新エリー都で行われればどうなるか。考えるだけで背筋が凍る。

 

 だがやっと。やっと尻尾を掴んだ。

 徹底的にエーテル物質の流通を洗い、地道な聞き込みを繰り返し。

 その末に、偶然にも近い形でエーテル物質に反応する薬を運搬する下手人を捕捉した。

 なのに。

 

「オレが、未熟なせいで……っ!」

 

 自分ひとりしかいない状況だった。

 狡猾で抜け目のない相手だとわかっていたから、次の機会はないと思った。

 そうして早とちり、強硬に踏み込んだ。

 

 その結果、犯人に悟られて人質をとられた。

 

「あんまり好きなやり口じゃあないんですがね。治安官相手じゃそうもいきませんか」

「お前、市民に手を上げるなよ!?」

「おっと動かないで。指先一つで起爆できるのをお忘れなく。威力もよーく調べてあるんでしょう?」

「自爆なんて、馬鹿な真似は」

「私は無事で済みますよ。こんな状況に備えて調合した爆薬だ。」

   

 歯がみする。

 かなり嫌な状況だ。

 

「それとね。この方は人質じゃあなくて、煙幕だよ。あなたみたいな熱心な治安官を撒くためのね

 ……人の爆破は趣味じゃないが。救急治療しなきゃくたばる程度に吹っ飛ぶように調整してある」

 

「お前、まさか!」

「自分の軽率を恨むんだね。それじゃ」

「待っ──」

 

 自分が爆破に巻き込まれることもいとわず、駆け出す。

 だが、距離が、男の視線が、市民の目から零れた涙が、間に合わないという現実を訴えてくる。

 すべての時が遅く感じるその瞬間に、スローの視界の中で映ったのは……

 

 自分の傍らを、一筋の光線が追い抜く姿だった。

 

「犠牲なき正義などありえない」

 

 予期していた爆炎も衝撃も訪れない。

 

「ぐ、がぁッ……っ!?」

 

 膨れ上がる噴煙に備えて交差した腕の向こうでは、3m近い巨躯の男がズボンのポケットに両手を突っ込んだまま、爆弾魔を片足で踏みにじっていた。

 

「力が足りねえんじゃァ、猶更でしょう。

 言われるまでもねえかい? 若い治安官くん」

「あ、あんたは……」

 

 黄色いスーツ姿にブラウンのサングラス。そして人並外れた長躯。

 ここ数か月で治安局の噂を席巻している『黄猿』という人物で間違いない。

 オレも爆弾魔も、人質も。この場の誰も事態を飲み込めていない。

 それでも一番最初に動こうとしたのは爆弾魔だった。

 

「なんッ、クソッ!」

「おぉっと。予備の起爆装置かい? 慌てたフリして周到だねェ」

 

 だが、それすらも謎の男……黄猿が機先を制した。

 かかとで腰のあたりを踏みつけ直すと、機械がグシャリと砕ける音が服の向こうで響いた。

 

「は!? 何でバレた……?」

「爆弾処理は前にしくじって大目玉を食らったことがあってねェ~~。ま、あん時ァ爆弾じゃなくて岩だったが……

 わっしの目を誤魔化せるとは思わないことだよォ。……さて、治安官くん」

「ああ、任せろ!」

 

 すぐさま伏せた男に駆け寄って手錠をかけ、確保。

 同時に不審物を隠し持っていないか服をまさぐり、安全を確かめる。

 

「神妙にしろ、応援は呼んである!」

 

 

 ……

 

 ──かくして、まもなく増援が現着。

 オレという治安官が現場に居合わせたこともあり、犯人確保および所への連行はつつがなく行われた。

 事件の後始末もあるが、それ以上に優先すべき事案があった。

 もちろん間一髪で爆弾魔を取り押さえてくれた人物、黄猿さんのことだ。

 

「……ありがとうございます。あなたがいなければ、オレは市民を守れなかった」

「セスくんっていったっけ? 治安局は人に恵まれているねェ~~。若い芽がよく育っている」

 

 腰を90度に曲げて頭を下げたオレの頭上から、間延びした独特な声が降ってくる。

 ほぼ単独で犯人を取り押さえた彼は自身の活躍を自慢するでもなく、治安官の不始末を叱責するでもなく。

 彼はのんびりとした調子で治安局の組織としての趨勢を評していた。

 

「でも、助けを借りた身でこんなこと言うのはおこがましいっていうのはわかってます。でも……」

「んん?」

 

 オレが彼、黄猿さんに話しかけたのは礼を言うため。

 でももう一つ目的がある。彼が犯人を取り押さえたときにオレに囁いた言葉が、どうしてもひっかかったからだ。

 

「正義のために犠牲を容認することなんか、できない」

「おォ……」

「少なくとも、犠牲を前提に行動する治安官になるつもりはない。たとえ、今はオレの力が及ばずとも……オレの目指す正義の姿はそうじゃない」

 

 生意気なことは百も承知。馬鹿にされたり失望されたりするかもしれない。

 それでも声に出さなければいけないことだと思った。

 けれどオレの想定とは異なり、黄猿さんのリアクションは困ったようにサングラスを掛け直すことだけだった。

 

「いやァ。眩しいねェ~~。サングラスでもしてなきゃァ、目ェ、潰れちまいそうだ」

 

 その態度は、なんだか不思議と居心地が悪そうでもあった。

 まるですべきでないことをしてしまったかのような。

 それがまたオレにとっても新鮮な反応だった。

 先輩にこういう生意気を言った後は、もっとデカい声と強い言葉で頭を押さえつけられたりするのがいつもなのに。

 

「いやぁ、すまないね~。わっしも直属の上司でもあるまいに、デカい顔して偉そうなことを言っちまった。忘れてくんねえかい」

「いや、いいんだ。今のオレが言っても説得力がないのは事実。

 黄猿さんの言葉を否定するにもオレはまだまだ未熟で、今日だって判断を誤って、いたずらに危険を……」

「まあ焦るこたァないでしょう。学ぶに値する先輩だっているようだ。こんな通りすがりに好き勝手言われた程度で、志を曲げることもねェでしょう」

 

 オレが弱音をこぼそうとするのを、黄猿さんは遮った。

 むしろオレを励まそうとするような口ぶりだ。実力不足は百も承知、確かにくよくよしている暇はない。

 彼に言われた通り、尊敬する先輩方からは学ぶことがたくさんある。

 

「それより治安官くん。ちょいと聞きたいことがあってねェ」

「聞きたいことですか? オレに答えられることならなんでも言ってください」

「エーテル技術でこれほど暮らしが豊かになっても……それでも悪が絶えないのはなぜだと思う?」

 

 さらりと話を変えて、飄々とした態度で投げかけられた問い。

 まるで世間話のように軽く問われたそれが、重要な意味を持つことはすぐにわかった。

 塔のように背の高い男と目線を合わせるには、それだけで首を痛めそうになるほど上を見なくちゃならない。

 そうして見上げた黄猿さんの表情は、背丈ゆえに逆光で影が落ちていて伺い知れなかった。

 

「なぜこの世界は平和にならねェ?」

 

 黄猿さんが問いを重ねる。

 

「国際色の豊かな食べ物が、常識的な価格で手に入る。頻繁に流行が変わるほど衣服も多様。

 そしてなにより……ここには”時代のうねり”に乗じたバカな賊がいねェ。

 にも関わらず……わっしの目にゃあずいぶんと悪が目に余る。これァ……なぜだ?」

 

 その言葉は、鉛のように重い。

 

「なんで平和にならないのか。言われてみれば……ちゃんと考えたことはなかったかもしれません」

 

 質問の意味を咀嚼して、自分の言葉で考える。

 熟考するまでもなく、自然と答えは口に出していた。

 

「でも……やっぱりみんな、ホロウを恐れているんだと思います」

 

 脳裏に浮かぶのは、人を、街を飲み込む黒い半球。悪夢の象徴。

 

「美味い飯も、デカいショッピングモールも、最新の機械も……次の瞬間、ホロウに飲み込まれるかもしれない。

 見かけはみんな忘れて、平気そうにしてますが……心のどこかでは、ホロウが怖いんだ。

 食べ物や衣服が豊かなのも今だけで、住める場所もどんどん狭くなる。

 椅子取りゲームみたいに奪い合わなきゃならない日が来るかもしれない。

 たとえ自分が無事でも、友達や家族が被害にあったらと思うと……。

 それに結局、今になってもホロウは分からないことだらけだ。

 そういう不安が……みんなの心に影を落として、平和を遠ざけているんだと思う」

 

 サングラスの向こうにある瞳と視線を交わして、オレはオレの言葉を紡いだ。

 

「そのせいで、ただの人が悪に身をやつさなきゃいけなくなる。ただの人が悪の脅威に晒される。

 オレはそんなの、間違っていると思う。それを正すために、治安官になったんだ」

 

 オレが一度も目をそらさなかったように、黄猿さんも一度もオレから目をそらさなかった。

 

「そうかい。いやァ、興味深い話を聞けたねェ」

 

 黄猿さんがそうしてサングラスを掛け直すと、いつの間にかあたりに立ち込めていた重苦しい雰囲気もふっと霧散した。

 オレも気づかずのうちに緊張していたようで、ほっと一息をつく。

 

「時間とらせてすまねェな。わっしもそろそろ行くよ」

「はい、ご協力ありがとうござい……って待ってください、もう少し現場での証言を、あれいない!?」

 

 別れの一言を聞いたときには、すでに彼の姿はなくなっていた。

 代わりに彼が遮っていた夕日が路地に差し込んで、俺を照らしていた。

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっとものを尋ねてェんだが」

「あら。なあに?」

 

 捕り物のあった路地から少し先。

 ほとんどの角度から死角となる、人通りのない暗い路地に人影が二つ。

 

「ホロウについて調べたいときは、どこに行ったらいいんだい?」

「いろいろあるけど……一番最先端の研究をしているのは、スコット前哨基地でしょうね」

「おぉ、ありがとうね。行ってみるよ」

「いいのよ」

 

 通りすがる男と、壁にもたれかかった女。

 二人の会話は、もう少しだけ続いた。

 

「お嬢さん。あんたが先輩かい?

 ついさっき、余計なお世話を焼いちまったばっかでねェ。一言詫びを入れたかったんだ」

「……あら。あたいに言ってるのかしら? あたいは治安官じゃあないけど」

「そうかい? 余計なことを、聞いちまったかな」

 

 彼女の足元には、長方形の重厚な機械があった。

 バッテリーにつながれて今なお駆動している機器の正体は、一帯に電波障害をもたらすジャマーであった。

 無線で接続された起爆装置などは、当然使用不可能になるだろう。

 

「やっぱり治安局は人に恵まれているねェ。若い芽が育つ土壌がよくできている」

「……。おじさん、とても足がはやいのね。あたいも速さには自信があったんだけど……かけっこで負けたのは久しぶり。だから礼を言っておくわ」

「速さは強さ。やりてぇことがあるなら、芸はいくつ持ってても足りないからねェ~」

「金言ね。あたいも同意するわ」

 

 会話はそれっきりで、やがて二つの人影は路地裏から消えた。

 




余談。
爆弾魔はホロウのビルを破壊した謎の怪光線の破壊力に憧れていた。
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