聖少女暴君   作:うお座の運命に忠実な男

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5-2 虹が見たいなら雨も我慢しなくちゃね

 わたしこと鳴海千尋はミーティングに参加していた。姫川さんはホワイトボードに文字を書きだす。美しい字だった。

 

「文化祭で天文部は夏休みに撮影したペルセウス座流星群の映像配信とそのストーリーテリングをやります」

 

「ストーリーテリングとは?」

 

「わたしたちが合宿で経験したことと、星座に関するエピソードを語る。この原稿は村雨さん。あなたにやってもらいたい」

 

「わたくしですか⁉」

 

「村雨さんは小説を書いている。良い経験になると思う」

 

「責任重大ですね」

 

「残りのメンバーは交代でお客の勧誘とストーリーを皆さんの前で語ってもらいます」

 

「ええっ! わ、わたし、無理です」

 

 あがり症のわたしは思わず声をあげた。

 

「無理にやってもらおうとは思わない。でもね、鳴海さん。誰にだってはじめてがあるのよ。みんな勇気を振り絞って震えながら最初の一歩を踏みだすの。いまじゃなくてもいいけど。いつかそのときが来ることを覚えておいてね」

 

「姫川さんにも最初の一歩があったんですか」

 

「それはもうガクブルよ。生まれたての小鹿のように震えていた。おびえながらね」

 

 姫川さんはわたしと視線を合わせた。彼女のアクアマリンの瞳に見つめられると不思議な気持ちになる。

 

 彼女に見つめられると、自分にもなにかできるんじゃないかって気になる。

 わたしは一グラムの勇気を振り絞った。

 

「やります! いまがそのときです」

 

 姫川さんやほかのメンバーが拍手した。

 

「全力でサポートします!」

 村雨さんが握手を求めて、わたしはそれに応えた。折笠さんも微笑してわたしに手を差しだす。最後に姫川さんが目のまえに立っていた。

 

「姫川さん?」

 彼女はわたしの顔をじっと見つめる。わたしも彼女を見つめかえした。造形美の結晶のような瞳、長いまつげ、美しい曲線を描く鼻筋。血色の良いくちびる。彼女は美の女神に愛されている。

 

「鳴海千尋さん。あなたに最大の敬意を表します」

 

 彼女は一礼した。そのあとわたしに手を差しだした。

 彼女の行動にわたしは舞い上がってしまった。あの姫川さんがわたしに礼をした。

 

「頭をあげてください。姫川さん」

 わたしは照れながら握手した。

 

 姫川さんはやっぱり聖少女だ。そしていともたやすく人の心に侵入する暴君でもある。わたしはこの聖少女暴君の思うがまま。でも振り回されるのが楽しくてしょうがない。

 

 

 

【村雨初音 視点】

 

 もう下校時間。天文部ミーティングが終わるとわたくしこと村雨初音は敬愛するお姉さまである姫川さんと下校した。

 

 わたくしはうつむいて地面に伸びる自分の影を見つめる。

 お姉さまの影がわたくしと重なった。

 

「村雨さん、今日ちょっと元気ないね」

 

「さすがお姉さま。わたくしのことをなんでも御見通しですね」

 

「いやいや」

 

 わたくしはまた影に視線を落とした。

 

「じつはですね。コンテストの結果がでたのです」

 

「以前話していた小説家のヤロウとナクヨムのコンテストだね」

 

「はい。一次選考にも残りませんでした」

 

 お姉さまは無言だった。

 

「わたくしはミジンコです。ちっぽけでなんの才能もない。読者さまからの評価もいただけないし続けるのつらくなってきました。初投稿したときはノーベル文学賞も夢ではないと思っていました。あのときの高揚感はどこへやら。

 なにが書籍化ですか。夢はアニメ化? 笑っちゃいます。わたくしは矮小な微生物と同じです。なんの力もない。現実を変えられない。

 井のなかの蛙は井戸の底で一生を終えるのです。空の青さを知っていてもなんになりましょう。わたくしが見たい景色はそんなものではないのですから」

 

 そこまで言い終わるとお姉さまのつぎの言葉を待った。

 

「自分の悪口言って楽しい? 気がすんだ? ミジンコに小説は書けないと思うけど」

 

 突き飛ばすような言葉選びに衝撃を受けた。そして後悔した。

 自分を卑下したわたくしをお姉さまは見捨ててしまわれたのだ。

 

 視界がふにゃふにゃに歪んでしまう。

 わたくしの涙滴が焦点をめちゃくちゃにした。

 

「村雨さん。あたしの好きな言葉を教えてあげようか。とっておきだよ。

――虹が見たいなら、雨も我慢しなくちゃね」

 お姉さまは不敵に笑った。

 

 わたくしは眼鏡を外し裸眼でお姉さまのご尊顔を見つめる。彼女はトワイライトを背景に微笑んでいた。

 

 その言葉はわたくしの心に染みわたり、涙雨に虹がさす。

 

 わたくしは子どものように顔をくしゃくしゃにして人目を憚らず大声で泣き喚いた。

 

 お姉さまはわたくしをそっと抱きしめ、その胸でわたくしの涙を吸い取ってくれた。

 

「村雨さんはきっと虹が見られる人」

 彼女の言葉に涙腺が決壊した。

 

 夕日が天を焦がし、わたくしたちをシルエットだけにする。わたくしたちに言葉は要らなかった。

 

 ツクツクボウシだけが命を燃やすように啼いていた。

 

『虹が見たいなら、雨も我慢しなくちゃね』

原文If you want rainbow,you gotta put up with the rain. 

ドリー・パートン(アメリカ合衆国のシンガーソングライター)

 

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