清浦刹那の依存症 作:完結の陽炎
榊野学園1年3組の席替えイベント。
黒板に書かれている座席表の番号とくじで引かれた番号を照らし合わせる。
清浦刹那のくじは4番で一番後ろの窓側。
密かに想う伊藤誠の隣である。
くじを引いた時点で開き、黒板の座席表に名前を書き、指定の席へ向かう。
不正がないように先生が監視する中で実施された。
そのため西園寺世界と席を交換することがない。
そして、ここからが分岐の幕開けとなる。
「っ!!」
前触れもなく唐突であった。
まるで浮いたシャボン玉が破裂をしたかような衝撃である。
世界の中で嫌な記憶が蘇った。
親戚縁者からの悪評と軽蔑。
男を誘惑して寝取った悪女が世界の母。
浮気で生まれた子どもが世界。
ドロドロとした大人の事情で世界の父がいない。
別に他界をした訳ではないが、母を捨てていなくなった人を父と認めない。
どこまでが本当のことか?
別に知りたいとも思わない。
世界の中で風船のように罪悪感が膨らんでいく。
刹那の想いを知っているのに。
それなのにどうして?
なぜ親友から奪い取ろうとした?
刹那を不幸にするつもりか?
吐き気を覚えるほどに気持ちが悪い。
冷や水を浴びせられたかのように熱が引く。
席の取り替えが成立していたら気づけなかったことだ。
「世界、大丈夫?」
世界の席は一番前の窓側。
わざわざ足を運んで様子を見に来たのが刹那。
その表情は相変わらずにクールで固い。
それでも長年の付き合いで心配をしていることがわかる。
世界は刹那だけに聞こえる位置から小声で応じた。
「ごめん刹那。私どうかしてたよ」
「世界?」
「ねえ刹那、伊藤のこと好き?」
「そ、それは……」
「うんそうだね。伊藤は刹那を助けてくれた恩人。聞くまでもないよね」
「え?」
「気にしないで。私は大丈夫だから」
大切な親友の片想いに手を出す?
そんな非道なマネをするものか。
決して母のような寝取り魔にはならない。
せめての罪滅ぼしとして、引き続き伊藤誠の調査を続ける。
だが、そこで残念なお知らせが手に入った。
昼休みの校庭。
友達と一緒に弁当を食べている時である。
「世界、あんなヤツに関わったら碌な事にならないって」
「なあ世界、伊藤のこと調べてどうするんだ?」
光と七海に情報集めの協力をしてもらった。
伊藤は1年4組の桂言葉に想いを寄せている可能性が高い。
同じ電車に乗り、伊藤が桂を見つめている所を二人が確認済み。
車内で読書中の桂も伊藤の視線を感じ、たびたび気になっている様子であった。
嫌がる訳でもなく喜ぶ訳でもなく。
光と七海の主観では、満更でもなさそうに見えた。
それを踏まえた上で、刹那にどうしたいのかを尋ねると。
「どうもしない」
「そっとしておく?」
「世界は誤解してる。私、伊藤の事そういう意味で見てない」
「どっちでもいいよ。刹那がお幸せにで引き下がるタイプなの知ってるから」
刹那が疑いの目を向ける。
先程から世界らしくない。
席替えの時からおかしくなっている。
「世界、変なものでも食べた?」
「失礼ね。どうせ煽り立てると思ったんでしょ?」
「うん」
今までの付き合いでそう思うのも当然だ。
この時点で世界の自己嫌悪は半端なものではない。
血筋や遺伝を呪いと認識して、もはや復讐に等しい反抗心が芽生えていた。
もう二度と恋愛はできないのかもしれない。
「世界、やっぱり変。なにかあった?」
「悪い夢から覚めた。まるで操られ人形の糸から解放された気分」
どこかスッキリとした世界の様子。
気が変わったという次元ではない。
今の世界が何を考えているのか?
幼馴染である刹那にもわからない。
だから戸惑ってしまう。
「光、伊藤は女泣かせで不幸になるって前から言ってたね?」
「そうよ。だからマジで関わらないほうがいいって」
「ありがとう光。これからは光の言う通りにするよ。もう関わらないから」
「世界マジなの? てっきり伊藤に気があるって思ったのに?」
「なにそれ? もしかして七海もそう思った?」
「まあ、伊藤のこと調べてなんて言うから、光でなくてもそう思うよ」
「なるほどね。二人に誤解させちゃったのは謝るよ。今後は伊藤と関わらないってこの場で宣言するね」
いつも物静かな刹那の視線。
ずっと見ていることに気付く。
むしろ今まで気付かなかったことが不思議である。
何も言わずに世界は笑顔を向けた。
すると刹那がプイッと顔を背ける。
「あらら、刹那に嫌われちゃったかな?」
「世界、からかわないで」
「いつも見守ってくれてありがとう。そんな感謝の気持ちを込めたつもり」
「……やっぱり変。いつもの世界じゃない」
「その通り。そんな私だから刹那に嫌われちゃうかもね」
「別に嫌いじゃない」
「本当に? こんな私でも受け入れてくれる?」
「こんなじゃない。世界は世界」
「ありがとう。これからは生まれ変わるつもりだから、改めてよろしくね刹那」
世界の内心は色々と複雑である。
最もウエイトを占めるのは、刹那に対しての申し訳ない気持ち。
親友に相応しくない腐った性根を自覚したのが大きかった。