清浦刹那の依存症   作:完結の陽炎

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最終話

 屋上に連れ出された世界。

 この場なら誰にも邪魔されることなく会話ができる。

 世界がベンチに腰をかける。

 その膝へ刹那が収まりよく座ってきた。

 

「親友失格と言って刹那が怒ってるのはわかった。でも本当に親友なら困った時に助けるものでしょ?」

「世界は急いで駆けつけてくれた」

「間に合わなかったら意味がないよ。話を聞いて駆け付けたでは遅すぎる。刹那を放ったらかして何してたのって話。傍で守らなかったのが私の落ち度になるじゃない」

「違う。それを言うなら不用心に一人になった私こそ落ち度」

「伊藤が言ってたでしょ? ずっと一緒はないってさ。パリの引っ越しで刹那がいなくなるのがその証明よ」

「……いずれわかる」

「なにそれ?」

「お話はこれで終わり。お腹空いたから何か食べよう」

 

 一方的に話を打ち切って刹那が立つ。

 世界の腕を引っ張っていく。

 それに疑問を持たない訳ではないが説教は避けたい。

 空腹もあって世界は黙って受け入れた。

 

「……」

 

 これまでの刹那がする触れ合いに戸惑う。

 恋人繋ぎ、抱っこ、息の吹きかけ等。

 普段の刹那なら絶対にしないことばかり。

 今も腕にしがみつきながら歩いている。

 

「刹那、こういう事は彼氏彼女がすることじゃない?」

「そういう決まりはない」

「そうだけど……ぅ……っ」

「どうしたの?」

「ちょっと刹那、ギュッとしないでよ。くすぐったいでしょ」

「世界、ギュッと強くされるのが好き?」

 

 添い寝で刹那に強く抱きしめられた時を思い出す。

 だが首をブンブン振って否定と共に意識を保つ。

 刹那の意味ありげな視線。

 それが妙に気になった世界は一声かける。

 

「なに刹那?」

「別に」

「そう。でも私が男でなくて良かったね」

「なんで?」

「男ってスケベだから、襲われていたかもしれないってこと」

「世界は私を襲いたい?」

「私は女。そういう趣味ないから」

「そういう趣味って?」

「刹那は知らなくていいこと」

「ふーん」

 

 校庭やグラウンドなど外の出店を見て回る。

 手始めとしてわたあめを食べ歩く。

 次はタコ焼きを半分ずつでシェアをした。

 外回りを一通りしてから今度は校内の出店巡り。

 

 図書室で文芸部の作品展示がされていた。

 そこに偶然にも桂がいた。

 廊下に出て少しだけ会話を交わす。

 

「へえー、伊藤が加藤さんに呼び掛けて受付の交代してくれたんだ」

 

 1年4組ではお化け屋敷をして、桂がずっと受付をしていた。

 交代要員がサボっているという問題。

 それを伊藤はどこかで知ったのだろう。

 桂と同じクラスである加藤に事情を伝えた。

 そして加藤の取り巻きにいる女子たちと交代になった。

 

「私がお礼を伝えた後、伊藤くんが何か言おうとした時に、澤永さんが来まして」

「バットタイミング。それでどうなったの?」

「澤永さんから学祭巡りと後夜祭のお誘いがありました」

「ほうほう、それで?」

「黒田さんという素敵な彼女がいるのに、他の女の子を誘ってどうするんですかと注意しました」

 

 強気で叱る桂の意外性。

 これには澤永も唖然とするしかない。

 傍で見ていた伊藤も大いに驚いたことは間違いない。

 

「夫婦漫才の噂、桂さんの耳にも入っていたんだね。澤永、すぐに否定しそうだけど」

「照れ隠しも程々にしないと、彼女さんに愛想尽かされてしまいますよと忠告しました」

「わおー、なかなか言うじゃない。そこで光が混ざったら面白い事になりそう」

「あ、実はその時に黒田さんが近くで聞いていたようでして」

「ある意味グットタイミング。光から何かアクションあった?」

「私の彼が迷惑をかけちゃってごめんね、と謝られました」

 

 澤永と光が付き合っていると思い込んでいる桂。

 それを絶好のチャンスとして光は乗ったのだろう。

 澤永としては訳がわからず大混乱。

 問答無用で光に引っ張られて連れて行かれた。

 

「光はきっかけをくれた桂さんに感謝だね……あれ? それじゃ伊藤は?」

「ご用件を尋ねてみたのですが、何でもないと言って立ち去りました」

「そうなんだ。刹那、何かコメントある?」

「ない。それより別の所を見て回ろう」

「そうだね。じゃあ桂さん、私たちはこれで失礼するね」

「はい」

 

 伊藤は桂を誘おうとしたのではないか?

 そう思っても世界には関係のないこと。

 刹那も特に気にしていない。

 そして休憩が終わるまで学祭を楽しむ二人であった。

 

 後夜祭のフォークダンス。

 ファイヤーを囲んで男女ペアが踊っている。

 その隅っこにいるのが世界と刹那。

 実行委員としてファイヤーの見張り役をしている。

 ちなみに桂は放送室で音楽をかけたりをするアナウンス役だ。

 

「光が澤永と踊ってる。ついに射止めたみたいね」

「うん」

「伊藤がいないのが気にならない?」

「別に」

「私の情報網として、七海を通じて加藤さんの写真を見せてもらった。その加藤さんも見当たらない。ということはアレかもしれない」

 

 遠回しに刹那の反応を探る。

 だが刹那の返事はとんでもない事だった。

 

「伊藤が誰とヤッても私には関係ない」

「直球すぎ。刹那って伊藤のこと好きじゃないの?」

「そういう意味で伊藤を見てないって前にも言った」

「助けてくれたことへの感謝はあるけど、恋愛とは違うってこと?」

「うん」

 

 こういう時は原点に立ち戻るのがいい。

 世界は席替えイベントを振り返ってみる。

 伊藤の隣になって嬉しそうだった刹那。

 それで恋愛と違うのは、にわかに信じられない。

 だが刹那はそれだけで満足してしまった。

 それ以上を望まなかった事実。

 何故なら他に望んでいる相手がいるから。

 

「んっ、くっ……っ……ちょっと刹那」

「なに?」

「さり気なく手を繋いでるけどさ。ゆ、指を絡めないで」

「なんで?」

「そういうの、恋人がすることで私たちは違うから」

「そういう決まりはない」

 

 刹那にニギニギをされて世界が耐える。

 指の間が敏感でツボの刺激を味わってしまう。

 手を離そうとしても離してくれない。

 腕を軽く振ってもほどいてくれない。

 キッと睨んでみせても、刹那は何故か嬉しそうだ。

 他の生徒がいる所で些か悪戯が過ぎる。

 される側ではマズイと思った世界は。

 

「刹那、ちょっと後ろ借りていい?」

「後ろ? 別にいいけど」

 

 世界のお願いに刹那が譲ってくれる。

 手を離してくれたので、刹那の背中からそっと優しく腕を回す。

 ぬくもりに浸って思わず目を細める世界。

 心なしか刹那の口元が笑う。

 まるで今の世界を望んでいるかのように。

 

 次の日、学園祭が終了しての撤去作業。

 何も問題なくスムーズに片付けが進んでいく。

 明日には刹那がパリへ発つことになるだろう。

 それなのに刹那の機嫌が良すぎて不気味だ。

 

「刹那、引っ越しの準備は?」

「終わった」

「ベッドは使える?」

「うん」

「今日で見納めだから泊まっていい?」

「いいよ来て」

 

 刹那の母は一足先にパリで行って手続きをしている。

 そのため今夜は二人だけの時間を過ごすことになる。

 夕飯は出前で済ませ、風呂は入り終えた。

 お互いにパジャマで添い寝というシチュエーション。

 ここで世界は切り出す。

 

「明日の空港見送り、何時になるの?」

「いらない」

「え?」

「私はパリに行かないから」

「なに言ってるの? 刹那のお母さんがパリの転勤で、それで刹那もパリへ引っ越すんでしょ?」

「引っ越しはする。でもパリに行くのはお母さんだけ」

「どういう事? それじゃ刹那はどこへ引っ越すの?」

 

 世界は混乱してしまう。

 すると刹那が思いがけない返答をした。

 

「お父さん」

「っ!?」

「お父さんのところなら、転校しなくていい」

 

 これまで父のことは、お互いに暗黙の禁句としてきた。

 その理由はどちらの父も浮気が原因で母に見放されたから。

 それなのに娘の刹那が父の所へ行く。

 余程のことでなければできないことだ。

 その原因はわかり切っている。

 

「刹那、それ素直に喜べないよ」

「世界は私が自分で考えて、自由に決めていいって言った」

「私に縛られなくていいって意味で言ったんだよ」

「私は生まれた時から世界と一緒。これからもずっと」

 

 今の刹那の目が正気ではない。

 明らかに狂気の雰囲気を醸し出している。

 背筋が凍るほどの恐怖から逃げ出そうとする世界。

 先読みをして馬乗りとなった刹那。

 これでもう逃げられない。

 

「私、わかったの。どうすれば私は捨てられないのか、必要としてくれるのか」

「意味わかんな――むぐっ!?」

 

 いきなり唇を奪われて声を失う。

 突然のことに目を見開く世界。

 力をこめて拒絶しようとするが。

 

「んんんっ!!」

 

 キスしながら刹那の手が器用に世界の体を触る。

 痙攣するように打ち震えて一気に力が抜けてしまった。

 目がとろけてくぐもった声で喘ぐだけ。

 すっかり無抵抗になりとろけきってしまう。

 やがて唇が離れて刹那が耳元へ囁いてきた。

 

「私は世界が一番大事。これからも世界に必要とされたい」

「や、やめ……んっ、いやあ……っ……」

 

 世界が涙目になって許しを乞う。

 それに愉悦を感じて刹那はもう止まらない。

 快楽を注いで世界をがんじがらめにしていく。

 もはや世界に抵抗する術はない。

 それは麻薬のごとく二人を縛り付けて離さなかった。

 

 やがて夜が深まっていく中。

 刹那は世界の上で体を預け、静かに息を整える。

 快楽に翻弄され、身も心もがんじがらめになっていた世界。

 その手を握り、刹那はその温もりにしがみつく。

 

 世界は身も心もどろどろに溶かされて夢心地に浸る。

 きっとこれは夢なんだ現実じゃない。

 そこで生まれたのは過去の出来事。

 刹那が唯一望んだ我儘としてあだ名の『せっちゃん』があった。

 同じ"せ"から始まるため、互いに譲らずに喧嘩した幼い頃。

 いつでも譲ってくれた刹那が初めて引かなかった。

 なんでも言うことを聞いてくれるはずの刹那。

 そんな刹那でもあだ名だけは断じて譲ってくれなかった。

 だから世界は刹那のことをあだ名で呼ぶことはしない。

 刹那が親しい人にあだ名で呼ばれたいとわかっていてもだ。

 だが……。

 

「せっ……せっちゃん……」

 

世界の声は震えた。

しかし確かな意思をもって呼んだ。

その瞬間、刹那の瞳が大きく輝く。

何故いまこの時になって世界が呼んだのか?

世界は手放したのである。

刹那に対する償いを思うが余りに、刹那の望みを譲ったのだ。

 

刹那の体が一瞬弾む。

世界が自分の意志に従い、快楽に抗えずに流されていた。

それが刹那にとっての依存の証、支配の証でもある。

しかし今、世界が自らの意思で呼んだその言葉。

互いの絆をより一層の牢獄を強化するバインドとなった。

 

「私……ずっと待ってた……」

 

刹那の声は柔らかく、けれども熱を帯びて世界の心に直接届く。

世界は、これまで自分のやらかした罪を抱えたまま、その温もりに浸る。流される快楽の中で、刹那に従うことで得られる安心と幸福。

それが楽なほうへと向かう人の弱さを表している。

 

刹那はさらに一歩近づき、世界の頬に触れる。

世界もその手に自分の手を重ね、互いのぬくもりを確かめ合う。

 

「これからも……ずっと一緒だよ、せっちゃん」

 

呼び交わすあだ名はお揃いである。

ただの呼称ではなく、共依存と愛情が交差する絆の象徴。

世界は思う。

なんでもっと早く、同じあだ名で呼び合わなかったのか?

別に一緒でもよかったのではないかと。

そうすればもっと違った道があったのかもしれない。

だがもう何もかも遅いのだ。

 

快楽の海に浸り、二人の心は確かに結びつく。

罪悪感も不安も、すべてを呑み込んでしまって。

お互いに求めあうような関係へ離れることがない。

それこそが、この夜に完成した真実。

 

刹那は、ほんの少しだけ唇の端を上げた。

すると世界はビクッと小動物のような反応。

それを愛しむように刹那がそっと囁く。

 

「逃げようとしても無駄。せっちゃん、私はずっと、ここにいる」

 

世界はその囁きで小さく震える。

けれども抗う気持ちは、すでに刹那の掌の中。

二人を縛る快楽と依存が混ざり合った絆。

もはや逃れられないものとして、永遠に二人を繋ぎ止めていた。

 

【END】




 ここまでのご拝読ありがとうございました。
 なぜ刹那が世界のためにこだわったのか?
 実際に創作をすることで納得をする所がありました。
 世界と刹那は共依存な関係で成り立っている。
 そうでなければとっくに見捨てられていることでしょう。

 世界が正気を戻すのはご都合主義ですが、原作の裏設定から考えると遺伝の反抗という意味合いで不自然でもないかと思います。
 そんな世界が刹那から自立しようとしたのは、原作やアニメにない独自展開とも言うべきでしょうか。
 もっとも、この時点で離れようとしても刹那の存在意義を失い、精神的に病むことが避けられない。
 救済をするには別作品みたいに再構成から始めないと厳しいようです。
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