清浦刹那の依存症 作:完結の陽炎
ラディッシュというレストランでのアルバイト。
衣装の露出から些か派手なデザインだが慣れたもの勝ちである。
シフトは週2、3日程度で丁度いい。
学生の本分は勉強で、バイトにかまけて成績が落ちては目も当てられない。
それは建前であり、本音は自由に過ごせる時間が欲しいからだ。
「いらっしゃいませ」
来客は制服姿の刹那一人だけ。
カウンター席に座ったのでお冷とメニューを置く。
他に客はいない。
店員も世界だけだ。
そういうヒマな時をわざわざ狙って来るのが刹那である。
「毎度ありがとうございますお客様。本日のお勧めは期間限定メニューの抹茶白玉あんみつ。ドリンクとセットにすればお得値段になります」
「ん……そのセットにして、飲み物はアイスコーヒー無糖」
「はいご注文承りました」
これで最低限にマニュアルとなる接客をした。
他に誰も見ていないのでフランクな切り替えをする。
「あと1時間であがりだから、良かったら一緒に帰る?」
刹那が頷いてお冷を口にする。
その間に注文されたものを用意してテーブルへ置く。
無表情で飲み食いをする刹那。
そのシュールさはいつ見ても飽きない。
不味かったら残し、美味しかったから完食をする。
稀におかわりをする時もあるが、そういう時は相当気に入ったと考えていい。
今回はその滅多にないおかわり注文が入って応じた。
世界のバイトが終了。
学園の制服姿に着替えて刹那と合流をする。
道路沿いの狭い帰り道を歩き、世界の後ろに刹那がついて行く。
「満月が綺麗だね刹那」
「うん」
ここから長い沈黙が流れる。
そもそも刹那の来客は珍しい。
何か聞きたいことがあってのことだ。
それを世界は見抜いている。
今までなら刹那に問いかけたであろう。
しかしこれからの世界は違う。
本人が何も言わない限りは何も訊かない。
だから刹那が何かを訊きたいのなら、自分の口でハッキリと言わないとダメだ。
そうでなければ一生このままというスタイルを貫く。
「世界」
「ん?」
「世界は伊藤のこと、好きじゃないの?」
直球である。
刹那に前置きを求めてはいけない。
むしろそういう所が刹那らしい。
だからこそ世界もドッジボールをするように直答する。
「冷めた」
「え?」
「自分でも驚くぐらいに冷めちゃった」
「どうして?」
「どうしてだと思う?」
「私のせい? 私が伊藤の隣になったから?」
刹那はいつも世界に譲っている。
譲らなかったのはせっちゃんというあだ名だけ。
今回も譲ろうとしているのか?
だが現在の世界はそんな事を望んでいない。
刹那が望むがままにしてくれたらいい。
だから今の気持ちをハッキリと伝えておく。
「刹那には感謝してるよ。刹那のおかげで目が覚めたから」
これに対して刹那が珍しく動揺を見せる。
いつものお堅い表情が崩れた。
「ち、違う。私、そんなつもりは……世界を傷つけるつもりなんて……ごめんなさい」
世界に心の傷という自覚はない。
冷めた気持ちと心の傷を結び付けるに至らない。
だから謝られても反応に困ってしまう。
「なんで謝るのかわからないけど、それで刹那の気が済むならいいよ。私は許す」
刹那は助けてくれた伊藤を好きになっただけ。
そこに横恋慕しようとした世界こそ責められるべき立場だ。
何の落ち度もない刹那が謝ることではない。
正しいのは刹那であり、間違っているのは世界。
「なんで私、刹那から横取りしようなんて考えたんだろう。これじゃあ天国のお兄さんに呆れられちゃう」
「違う、世界は誤解してる。私、そういう気持ちじゃないから」
「これはね、私の良識を疑う問題なのよ。ホント今までの私がどうかしてた。ごめんなさい」
世界に謝られたことがショックだったのか。
思わず刹那がポロポロと涙を流してしまう。
世界はハンカチで優しく拭い、今日はもう帰ろうと促す。
そして別れの挨拶をするまでお互いに一言もなかった。
伊藤と刹那の進展はない。
伊藤と桂との進展はない。
刹那は隣の席に伊藤がいるだけで満足。
伊藤は桂を遠くから眺めるだけで満足。
どちらも現状維持で似たもの同士だ。
もし伊藤と刹那が付き合えば、ベストカップルになれるかもしれない。
「世界、今日も学食?」
「まあね。期間限定メニューを最優先で狙うよ。それを逃したら制覇できなくなるから」
「そう……」
「行ってくるね。光と七海によろしく」
学食の通い詰めは事前に知らせている。
それにも関わらず、刹那はたびたび確認をとっている。
世界は気分屋で学食に飽きて戻ってくるかもしれないから。
これまで振り回されてきたことを思えば無理もない。
世界が教室を出て行くのを静かに見送る。
この日は雨天。
校庭は使えないので教室での弁当タイム。
光と七海が雑談をし、刹那はボーと誰もいない方向へ目を向ける。
いつもならそこに世界がいるので、目で追うのがクセになっていた。
「ダメだよ七海。刹那ってば完全に上の空」
「世界のいない刹那は、具無しのサンドイッチだね」
「言えてる。スカスカで味がパンだけって寂しいじゃん」
原因がわかりきっているので、二人が気を悪くすることもない。
今の刹那に何を話し掛けても無駄だ。
曖昧な返事にしかならないので放っておくしかない。