清浦刹那の依存症 作:完結の陽炎
夕方になって帰りのバスで移動。
座席は前から順番に澤永と光、伊藤と刹那、桂と世界である。
持久性がない桂は泳ぎ疲れで世界の肩にもたれて居眠り。
世界は窓をぼんやりと眺める。
別れる順番として一番先になるのは澤永。
榊野町駅から電車で乗り換えるか、別のバスへ乗り換えるかだ。
次は世界と刹那で、模手原坂下駅前で解散となる。
最後は伊藤と桂と光で、模手原坂下駅前から電車で乗り換え込みの移動だ。
「……」
世界の後ろに刹那がついていく。
道の狭さで前後になっている。
そんな世界の背中へ声がかかった。
「世界、疲れた?」
「もうクタクタ。人に泳ぎ方を教えるのって大変」
「そう……」
「ふあー、今夜はよく眠れそう」
「……世界」
「んー?」
「明日のお昼も学食?」
刹那の問いかけに一枚の紙を渡す。
それは学食のメニューをコピーしたものだ。
注文をして食べた事があるものにチェックマークがついている。
「もうちょっとしたら、全てのメニューを制覇するよ。それが証拠」
「全部終わったら戻ってくる?」
「そのつもり。光や七海にも経過報告してるよ」
「桂さんはいいの?」
「え?」
「学食、いつも桂さんの隣で食べてるって聞いた」
「まあ、席を探すの面倒だからね。桂さんの隣ならすぐ食べられるし。桂さんにはちゃんと言ってあるよ」
「桂さんは何て?」
「ちょっと寂しくなりますと言われた。それで学食に新メニューが出たり、あるいは他の限定メニュ-が出てきたら情報提供をするように頼んだ。次があるとしたら、冬の季節メニューが出てくるはずだから、その時はそれを狙うつもり。まあ、数日もすれば食べ尽くして再び戻って来るけどね」
「そう……」
世界がここまで学食をするので興味を持ったのだろう。
刹那も学食を経験してみたい。
それを察して世界は勧めてみることにした。
「今度は刹那が交代で学食を試すといいよ。私みたいに制覇を目指して頑張ってみたら?」
「私一人で学食?」
「私がいなくなったら、再び桂さんの隣が空くからね。そこに刹那が入れば席探しに悩まなくて済むよ」
「……少しだけなら試してもいい」
「じゃあ制覇したら交代ってことで。桂さんにもそう言っておくから」
「う、うん」
世界が学食メニューを制覇する日。
桂と最後の食事を共にする。
そして世界が完食をして桂が寂しそうな表情を浮かべた。
「こうして西園寺さんとお食事をできなくなるのが寂しいです」
「頼んだ通り、新メニューの情報が出たら携帯に連絡して。あと明日から刹那が来るからよろしく」
「あ、はい」
「心配しなくても大丈夫だよ。きっと私以上に桂さんは刹那と仲良くなれると思う。同じ委員で相性も悪くないはずだから」
それから翌日の昼休み。
刹那が親子丼を持って桂の隣へ座った。
そのまま愛想もなく黙々と食べていく。
声を掛けにくい雰囲気。
桂はラーメンを啜るしかできない。
最初はこんなものという認識でその日は終わる。
次の日も、さらにその次の日も。
何日経っても刹那から話しかけることはない。
話すきっかけがない桂は困り顔での食事となった。
そんな中、世界は何をしているのか?
校庭で光と七海に混ざって弁当を食べていた。
「光、私がいない間の刹那はどうだった?」
「それはもう寂しそうにしてたよ。ねえ七海?」
「時々アタシたちが声掛けしたけどね。どっか上の空だったよ」
「光と七海がいるから平気だと思ったのに。でも刹那ってあまり喋らないタイプだったね。受け答えはするから、相手から話せばいいけど、桂さんだとちょっとキツイかも」
「絶対、二人してダンマリしてるよ。世界、あとでフォローしてあげなよ」
「だよね。刹那に学食を勧めたのは世界だし」
「そうだね。さすがにちょっとマズイからそうする」
世界が教室へ行くと既に刹那がいた。
学食を済ませたら直ちに教室へ戻っているようだ。
見つめる刹那に確認をとる。
「刹那、桂さんと会話した?」
「別に何も」
「……わかった」
「世界、どこへ?」
「隣の教室」
世界は4組の桂を階段の踊り場まで呼び出す。
刹那に対してのお詫びをしなければならない。
まことに申し訳ないと頭を下げる世界。
これまで人に頭を下げられたことがなかった桂は激しく狼狽える。
とにかく頭を上げてくださいと必死でお願いをするほどに。
そして世界は体勢を立て直してから話す。
「刹那はあまり自分から話すタイプじゃないんだ。でも話しかけたら応じてくれるから。あ、不愛想だけど悪気はないから、そこは許してあげて」
「わかりました。私も聞くほうなので、清浦さんと似ているかもしれません」
次の日には桂から話しかけるようにした。
質問であれば素っ気ないが簡潔な回答がある。
雑談であればふーんと興味無さげな態度。
これでは会話が続かない。
桂が一方的に話すことになり長続きする訳がない。
刹那の相手をするのに桂では荷が重い。
もはや世界が仲介に入らないと厳しい状況だ。
頭の中で西園寺さん助けてと思ってしまう桂。
そうなるのが自然であり同情を誘うものであった。
昼食後に教室で待機をする刹那。
それから間もなくして世界が戻って来た。
目と目が合い、世界のほうから話しかける。
それを刹那は期待していたのか。
表情には出さないが気分良く応じている。
「刹那、学食どうだった?」
「普通」
「賑やかな空間でも刹那は気にしない?」
「気にしない」
「隣で桂さんが話しかけても気にしない?」
「気にしない」
「いや、そこは気にしなよ。刹那って桂さんに興味ないんでしょ?」
「ない」
「やっぱり。ま、私も人の事いえないけど」
「……世界は、桂さんのことどう思ってるの?」
その問いかけで少し間を置く。
ジーと見つめてくる刹那の目。
まるで内側まで見通すかのように。
しばらくすると世界は感覚でわかってしまった。
「あーそういうことね」
「世界、答えになってない」
「刹那、仮に今、桂さんが転校でいなくなっても寂しいなんて思わないでしょ?」
「質問を質問で返さない」
「今の質問が私の答えに関わってるから。それでどうなの?」
「思わない」
「それが私の答え。私は上手く立ち回ってるに過ぎないから」
「私と同じ?」
「ところで刹那、明日以降どうする? 学食を続けるか、それとも私たちと一緒に食べるほうへ戻るか?」
「学食はもう充分。世界たちと一緒に食べる」
「わかった。桂さんには私から上手く言っておくから安心して」
それが刹那の出した答えならば尊重をする。
少し学食を経験したかっただけ。
桂に上手く言い訳をして了解を得た。
刹那の相手をしようとして相当にお疲れの様子。
たまに制覇をしていないメニューが入ったら世界が学食に来る。
それが桂の貴重な楽しみとなった。
「ま、こうして体育の見学で一緒しちゃうんだけどね」
「西園寺さんはお嫌ですか?」
「嫌だったらそもそも話しかけてないんだけど?」
「そうですね。すみません変なこと言ってしまって」
体育の合同授業。
グラウンドの端で見学をする世界と桂のやり取り。
ここで世界は改めての謝罪をする。
「刹那に関しては本当にごめんね。刹那って誰にでも素っ気ないから。桂さん、とっても苦労したと思う」
「いいえ、私こそ清浦さんの気を悪くしたのではないかと」
「それはないから安心して。あ、話は変わるけど、そっちのクラス委員って桂さんだけ?」
「あ、はい……私だけです」
一応いない訳ではない。
ただ桂一人に押し付けているだけだ。
つまり名義だけの幽霊部員ならぬ幽霊委員である。
「皆まで言わなくてもお察しするよ。あまり酷くなるようなら、厳しそうなお父さんに相談したら、速攻で解決するんじゃない?」
「それはちょっと……」
「切り札があるだけでも気持ちは楽になるってことで」
言いたいことは言っておく。
後でどうなろうと知った事ではない。
桂にとっては優しいアドバイスに聞こえるかもしれないが、世界にとってはただのエゴである。
ここで会話は一区切りとなり、ワンテンポ置いてから今度は桂が切り出す。
「西園寺さん、清浦さんって伊藤くんに片想いをしているって話ですが」
「あ、うん。皆には内緒にしてね」
「それはもちろんです。それで他にも伊藤くんに片想いをしている人がいるとしたら」
「それって桂さんじゃないよね?」
「私ではありません。同じクラスに加藤さんという人がいるんですけど」
「あ、七海と同じ女バスの人だね。私と接点はないけど聞いたことはある」
桂からの目撃証言。
取り巻きの女子に好きな人を言い当てられて赤面をする加藤。
まさに恋をする乙女そのもの。
伊藤と同じ中学出身らしく、その時から好きになっているようだ。
つまり刹那よりも前に伊藤のことが好きである。
こうなると刹那との噂を加藤が知って警戒対象になるかもしれない。
しかし露骨に排除するようなイジメはないはずだ。
そんなことをすれば、七海・光・世界が黙っていない。
女子グループを一斉に敵に回すほど加藤も愚かではない。
もっとも、刹那は伊藤の隣の席という現状に満足をしている。
それ以上を望んでいないため、加藤が心配するような関係がない。
「刹那は伊藤の隣の席になって、それだけで満足しちゃってるからね。でもその加藤さんは付き合いたいと思ってるクチかな?」
「おそらくそうだと思います」
「一応、刹那には言ってあるんだよ。彼女になってないから、他の誰かに取られても文句は言えないってね。まあ、刹那は好きな人が幸せになってくれたらそれでいい。そんな感じで自己完結しちゃうから」
「それは何だか切ないです」
「桂さんが見る限り、伊藤と加藤さんはお似合いだと思う?」
「はい。ポニーテールの活発的な女の子で、伊藤くんと話が合いそうです」
やや暗い表情で評価をする桂。
加藤からあまりいい接し方をされていないのだろう。
コンプレックスが刺激されてムカつく。
そんな加藤の気持ちが透けて見える。
だからこそ世界は知り合い程度でちょうどいいと思うのだ。
「そういえば桂さんって、伊藤のことは何とも思ってないの? なんか同じ電車に乗っている話は聞くけど?」
「ちょっと気になったことがあります。その電車で伊藤くんに見られてるような気がして。自意識過剰だとは思っていますが」
「気のあるそぶりをしてると、加藤さんが目の敵にするよきっと。刹那はお幸せって祝福しそうだけどね」
「それ以前に男の人がちょっと苦手なので」
「触れる触れられるが怖いという印象から来る男性恐怖症?」
「は、はい。私、小学の高学年ぐらいから胸が大きくなって、それで男子にからかわれることが多くて」
「なるほど、好き以前の問題があるから、加藤さんが心配するようなことはないって訳ね」
それでは仮に付き合っても上手くいかない。
無理をすれば男性恐怖症が余計に悪化をするだろう。
そこまで責任が持てないので世界は深入りをしなかった。
「ま、個人的には加藤さんの恋を見守るだけだね。きっと刹那も同じだよ」
実際のところ、加藤は刹那に対して特に警戒をしていない。
理由は簡単。
たまたま伊藤と廊下で会って話す機会があった。
その時に噂のことで尋ねると、明らかに違うと否定をしてきた。
隣の席にいるけど、お互いに干渉をしていないことが説得力を増す。
加藤がその立場だったら、絶対に伊藤と話しかけるからだ。
つまり、お互いにその気がないことへの証明となっている。