先生のお手伝い始めました。え?女装?趣味ですが何か? 作: 俺は人間をやめるぞぉ!
七囚人とは、先生がギヴォトスにやって来た日に連邦矯正局から脱獄した、七人の囚人のことだ。
そして今、狐の面の上からでも分かるような殺意を滾らせながら、そこに静かに、そして力強く佇む彼女、狐坂ワカモも、その一人である。
無差別で大規模な破壊行動を繰り返す凶悪犯。そんな彼女に付いた異名は、災厄の狐。
現在も指名手配中である彼女が...どうしてここに?
「...くそ。下がっててください、先生」
その辺の雑魚なら楽勝だぜなんて甘い考えだった。まさかこんな大ボスとエンカウントしてしまうとは。
呼ぶか?ワルキューレ...いや、そんな隙を見逃してくれるとは思えない。
待てよ?そもそもこいつの目的はなんだ?シャーレの先生を誘拐するつもりなのか?
「...先生に危害を加えるつもりですか?」
「先生に危害を?愛しのお方に、そんな真似が出来るはずがないでしょう?」
良かった、取り合えず最悪の事態は免れそうだ。てか愛しのお方?どゆこと?
まぁいいや。先生が目的じゃないのなら、やはり俺を襲ったのは
無差別の悪意。まさに厄災だな...
「いいでしょう、私も腹をくくります。ここであったが百年目、連邦生徒会の一員として、狐坂ワカモ...お前をひっ捕らえます」
「待って、シノン」
「え?」
臨時体勢に入った俺だったのだが、どういう訳か先生からの待ったが掛かってしまう。
「少し、ワカモと話をさせて」
「は!?災厄の狐とですか!?正気!?やはりさっき頭を打って...?」
「ねぇワカモ、これは一体どういうつもりなの?」
あぁ、無視ですか、へいへい。
こういう時の先生は強いな。意志が強い。相手がどんな存在だって、自分の意思を、責務を貫くんだ。
「申し訳ございません、先生。私、あなた様を失望させまいと、あなた様の前では絶対に問題を起こすまいと努力してまいりした...けれど、これだけは...我慢なりません。問いたださなければ、私はどうにかなってしまいそうで...」
災厄の狐は...いや、こいつは本当に災厄の狐なのか?
まるで、幼気な少女のような声色。か弱い、触れれば折れてしまいそうな、そんな印象を俺は受けてしまう。
今にも泣きじゃくりそうな...震えてる。
なにこれ意味分からん。怖い。この二人どういう関係!?
「あの狐坂ワカモがこんなになってまで問いただしたいことって...一体?」
俺は、固唾を飲んだ。
狐坂ワカモは、再びその凶悪な殺意を俺に向けながら、空気を震わせる。
「...先生」
「...なに?」
「そこの女とは...一体どのような関係なのですか!?」
「...は?」
間抜けな声を上げてしまったのは、俺だ。
そこの女?どこだ?
まさか、彼女にしか見えない存在がここにいる!?白装束の!?髪の長い!?井戸から這い上がってきそうな!?
俺は嫌な汗を頬に伝わせながら、辺りを見渡す。
「とぼけないでください!貴方です!!」
「お、俺ぇ!?」
なん、いや、お、俺男...あ、
そう言えば...女装してるんだった。
「まるで盛った雌猿のように殿方の情欲を煽る下品で低俗な粧い。あまつさえ愛おしのあなた様を誘惑しようとする節操のなさ...そこまでは百歩譲りましょう。しかし、それをあなた様は受け入れていた...もしかして、あなた様は.....」
酷い言い様だな、今日はかなり気合を入れてたって言うのに。
っと、多少落ち込みながらも、俺は行く末を見守る。
「...ワカモ」
「ッ...はい」
「この子は...男だよ」
先生は静かに、そして伝わる様に、たった一つの、そんな真実を...狐坂ワカモに言い放った。
「...は?」
今度は彼女が、間抜けな声を出す番だった。
バッと...俺に顔を向ける。狐の面の上からはその表情を確認できないが...多分すんごい顔になってるんだろうな。
「...お、おと、お...男?」
「あ、はい」
「そ、その...その姿は?」
「女装ですが」
「え、え...え?あ、え???」
すげぇ、おもれぇ、こんな反応してくれるんだ、災厄の狐が。
「なんで...女装を...?」
「趣味ですが...何か?」
「......」
あ、固まっちゃった。
「だからね、ワカモ。ワカモが想像してるようなことは、何もないんだよ?」
「ほ...本当に...?」
「うん」
先生が力強く頷き...そして、狐坂ワカモは膝から崩れ落ちた。
「わ、ワカモ!?」
「ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!私の早とちりであなた様にご迷惑を...
う、うぅぁ...どうか嫌いにならないでください....」
狐坂ワカモは号泣した。それはそれはもう盛大に。七囚人の威厳なんぞ微塵も感じさせないくらい、人目を憚らず。
...災厄の狐をこうまでさせるなんて...先生、アンタ何者なのよ....
「ワカモ、落ち着いて?私は全然気にしてないよ」
「グスッ...あ、あなた様.....」
「けど、シノンにはちゃんと謝ろうね?」
「はい....」
狐坂ワカモは先生に頭を優しく撫でられながら、ゆっくりと厄の籠っていそうな狐の面を外した。
「ご、ご迷惑を...かけました....」
「...いやうん、全然大丈夫ですよ.....」
一瞬、声が出なかった。仮面の下には、思わず絶句してしまうほどの美女があったのだ。
やはり七囚人...恐るべし.....
そんなこんな、先生が狐坂ワカモを慰めたのを見計らって...ようやく、ゲヘナ学園へ向かうことが出来たのだった。
・・・
オマケ「早瀬ユウカの憂鬱」
ようやく仕事が終わった俺は、いつもの服装に着替えてから先生と別れて、帰路を辿っていた。
女装は楽しいが、やはりいつもの服が一番しっくりくる。実家のような安心感である。
なんてことを考えながら徒歩を続けていると...目前に、明かりが灯っているのが分かった。顔を上げると、どうやらそれはラーメンの屋台らしかった。
(...ちょうどいいし、ここで夕飯済ませて帰ろ)
家の近場のコンビニで買おうと思っていたが、たまにはこういうのもいい。
「やぁ大将、やってるかい?」
「おうやってるよ、座んなあんちゃん」
小粋な大将が、気持ちのいい笑顔で俺を迎えてくれた。
当たりだな。
俺は少し楽しい気分になって、席を見る。
「すみません、隣いいですか?」
こんな夜だ、他の客と楽しくラーメンを食べよう。
「あ、はい。座ってください」
「...え?」
「...ん?」
俺の声に振り返ったその人は...どこか見覚えのある...いやそんなレベルじゃない。
「どうか...しました?私の顔に何かついてます?」
「い...いやぁ?全然?と、隣失礼しまぁす」
とにかく、座る。俺から頼んだわけだし、ここで「あやっぱりいいですぅ」なんて言えるわけない。
「も、もしかしなくても...早瀬ユウカさん...ですよね?」
「...私をご存じなんですか?」
そう、ご存じなのだ。早瀬ユウカ...俺が偶然訪れたラーメン屋に偶然いたこの客の正体は...早瀬ユウカその人だったのだ。
「ミレニアム学園のセミナー会計の早瀬ユウカさんですよね。ゆ、有名ですから、知ってますよ!」
「そうなんですか...自分を知ってる人と話すと、少しむず痒いですね」
ユウカは満更でもなさそうに、後頭部を掻いた。
...どうやら、俺が二葉シノンだってことには気づいてないらしい。
そう言えば、男装で会うのは初めてだな。ちょっとこの状況、面白いかもしれない。
「ここには、よく来られるんですか?」
「いえ、今日が初めてです。今日は偶然この辺りで仕事があったので、ご飯を食べてから帰ろうかなって」
「へぇ、普段はあまりこの辺りには来ないんですね」
「...前までは、仕事の合間で個人的に来ることも多かったんですけど...最近は、もうあまり....」
「そ、そうなんですね」
ユウカの表情に影が差した。
「そ、そうだ!?このラーメン屋、何かオススメってあります!?」
思わず話題を変える。
「私ここ...初めてだって言いましたよね?」
「で、ですよねぇ~」
やっべぇなんだこの空気。どうしたユウカ!?元気ねぇぞ!?
俺が気まずそうに笑っていると、大将がニカッと笑って、豚骨がオススメだと教えてくれた。
どうやらユウカが啜っているのも豚骨らしい。
俺は迷いなく豚骨を注文した。
「...ゆ、ユウカさん...もしかして何か、悩みとかあったりします?」
「えっ!?」
いや「なんで分かったの!?」みたいな表情やめてくれ。そんな憂鬱な感じ出されちゃ嫌でも察せられるからな!?
でも、普段から何かとユウカには世話になってる。今日だってあの書類の山を片付けてくれたんだ。
ちょっと相談に乗るくらい、してあげたいよな。
「良ければ、話してくださいよ」
「で、でもそんな...誰かに話すようなことじゃ.....」
「内容的に聞かれたくない話なら無理にとは言いません...けど、話したらちょっとでも楽になるかもと思ったなら...遠慮しないでください」
「...優しいんですね」
「よく言われます」
「ふふ...じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかしら」
ようやく、ユウカの顔の強張りが解けたような気がした
――続く
ほんとに続くか?