Q.命削ってる系の個性でもヒーローになれますか? 作:盛岡冷麺
プロヒーローになった時の私の年齢は、たぶん14歳くらい。
たぶん、というのも。
睡眠時間を削りとばして、治癒系の個性でも治しきれない体の不調は『早送り』で完治させて……と繰り返していたら、実際の歳は曖昧になってしまったからだ。
私の精神年齢、もとい私が生まれてから経った年数は10年ほど。
本来であれば、まだ小学校に通っていたはずの私をプロとして扱い、仕事も割り振るというのだからまったく公安は恐ろしい組織である。
いくら公安の人間としかコミュニケーションをとってこなかった私でも、それくらいの分別はつくのだ。
ただ、私にとって大切なのは一刻も早い両親の回復でしかない。
個性を伸ばす経験が積めるのなら、それで良いとも思っていた。
思っていた。
「……もう、無理」
あの頃の私はバカだったと言わざるを得ない。
バカの極みだ。
公安がこれまで耐えに耐え、積み重ねてきた負債の量を甘く見ていた。
公安がやりたくてもやれなかった仕事。
それは、公にできない犯罪への制裁。
警察や、ましてやヒーローには任せられない仕事の数々。
私はそれを一挙に背負うことになったのだ。
個性を成長させるなんて程度で済むわけがなかった。
「神野区にて敵とヒーローが結託して恫喝行為に及んでいると―――」「ヒーローが差別的な言動を繰り返しているとの通報が近寅市の市民から相次いで―――」「一部のヒーローが過剰な取り締まりを行っているのではないかと―――」「ヒーローを名乗る人物が不当に未会計の商品を―――」「ヒーロー事務所間の対立により救援活動が遅れる地域が発生して―――」「ヒーローが―――」「ヒ―――」
「………」
ヒーローってなんだっけ。
プロヒーローは数多くいるが、敵と共同した犯罪に走る者、金銭や名声のみを目的として志や行動の伴わない者、あるいはかつての情熱や正義感を失ってしまった者、等々。
ヒーロー
つまり、私が新人だろうと何だろうと関係はなかったのである。
私は疲れてしまった。
ただでさえ地を這っていたヒーローへの憧れは、とうに地中へ突き抜けて見えなくなっていた。
そんな私にトドメを刺したニュースがある。
『―――見えておりますでしょうか!? あちらのビルの屋上に立っている人物が “速すぎる男”、ホークスです! 弱冠18歳にして今年! 事務所を立ち上げたばかりの彼は、なんと先日発表されたヒーロービルボードチャートJP 下半期にて堂々のトップ10入り! 最年少にして! 最速で! トップ10入りを果たしたヒーローがまさに今、ビルの屋上から救護活動を行おうと……え? もういない? カメラに映ってない? ……さ、流石です! 速すぎます! みなさん、これが “速すぎる男” です! 彼の今後の活躍には大いに―――』
テレビを消して、くしゃりと頭を抱える。
暗い部屋、何もない部屋。
高いビルから見下ろした景色は、輝いているはずなのに色を失って見えた。
私と同じ、公安に育てられた少年。
彼はこうして脚光を浴びて、喝采を浴びて。
私はこの一年間ずっと日陰で、路地裏で、すえた匂いのする廃屋で、地下で、夜の街で、腐った人間ばかりを相手にしてきた。
真っ当な人間と最後に会話をしたのがいつだったかなんて、もう思い出せないくらい。
公安の通信相手? あれを真っ当な人としてカウントするのはごめんだ。
公安にいる人間で私が信頼していたのは会長だけだし、その会長とはもうずいぶん長いこと話していない。
ホークスのデビューと私の活動開始が重なったせいで、彼女はホークスに掛かりきりになってしまっている……とか、数ヶ月前に聞いたような気もする。
今私に指示を出しているのは会長とは相容れない派閥のようで、それが作為的なものなのかどうかは分からない。
ただ一つ言えるのは、私には
公安という組織で育って、未だにヒーローへの憧れを持ち続けていられる彼のことが、羨ましくて仕方がなかった。
そうして、限界を迎えた私は。
そのまま二年間、仕事を続けた。
◇◆◇
限界を迎えた人間が、その後どうなるかってさ。
限界をガリガリと削り続けて成長していくしかないと思うんだよね。
私は子供だったんだ。子供だったから、仕事が辛かった。
世の中の汚いことや理不尽なことを見たくなくて、辛くなってた。心の中で
でも公安の大人を見れば、通信を受けた現場に行けば、そんなのはありふれたことだって分かる。
私よりも苦しんでいる人たちがいる。
そういう人たちを助けなくちゃいけない。
私にはそのための個性があるんだから、理不尽に抗う力を持っていない人たちを守らなくちゃいけない。
そのためには、子供のままじゃ駄目だ。
守る側に回らないといけないんだ。
大人になるしかないんだよ。
私、もうすぐ二十歳だし。
大人になったら、仕事も辛くなくなる。
ヒーローへの憧れなんていらない。私がヒーローになれるから。
彼が “最速” で救うのなら私は “最大限” を救おう。
彼の手の届かないところまで全部、私が―――。
『それでは君が救われない』
スピーカー越しに声が流れた。
『なあ、廿普くん。君自身のことは勘定に入っていないじゃないか』
ここは、敵とヒーローが集会を行っていたという会場。
今は全員、私の個性によって眠りについている。
別に永遠の眠りとかじゃなくて、『早送り』で彼らが眠くなるまで数時間ほど送っただけだ。
その分彼らの寿命も失われたわけだけど、まあ悪党だからね。
頭ぶん殴って気絶させて縮む寿命とそう変わらないだろうし。
「あの、どなたですか?」
『僕かい? 僕は……―――オールフォーワン。君にはこれで伝わるだろう?』
それはそれとして、とんでもない大悪党が話し掛けてきたものである。
私は彼らの『取引内容』が記された文書の回収作業を中断し、スピーカーへと顔を向けた。
「オールフォーワン……えっと、今はどちらにいらっしゃるんですか?」
『ハハハ、それは言えないな。今回は僕のことよりも君について話したいんだ』
「……こうしてコンタクトを取ってきたということは、今回の事件は私が目的で起こしたものですか?」
『理解が早くて助かるよ、その通りさ。僕はずっと、君に会いたかったんだ』
砂嵐の映るモニターを見る。
向こうからはこちらが見えているのだろうけど、この一方的なやり取りを “会う” と表現すべきなのだろうか。
『辛かっただろう、普くん』
「……」
『君を拾い上げた大人は、君の味方ではなかった……そうだね?』
「……」
『僕なら、君を助けてあげられる』
はっ、と息が切れた。
「何を―――」
『分からないかい? 君の両親を、僕が助けようと言っているんだ』
『もう大丈夫。―――僕がいる』
取引をしよう、と彼は言った。
◇◆◇
「何を……やっているの、あなた達は……?」
「か、会長……!?」
とうとう私の仕事が会長に見つかった。
私に仕事を振ってくれる人の睡眠時間を『早送り』するために立ち寄った公安本部で、ばったりと。
……まあ、偶然じゃないんだけど。
「今まで、こんな報告は、一度も……!」
「そっ、それは……」
私の仕事のほとんどは、記録に残っていなかったらしい。
それは再発防止の観点からして、どうなんだろうか。
担当者不明にしてでも、残しておいた方が良かったんじゃないかなって。
「廿さん―――あなた、どれだけ個性を使ったの!?」
「えと、もうすぐ二十歳です」
私の上司を睨みつけていた会長から急に視線を向けられた私は、とっさに事実を答えた。
「っ、なんて事を……!」
頭の中で、私の実年齢との差を計算したのだろうか。
会長は怒っているようだったし、悲しんでいるようでもあったし、後悔しているようにも見えた。
それが私に向けられているのか、私の上司へと向けたものか、それとも会長自身へと向かうものなのかは分からなかったけど、次々と感情を顔に浮かべた会長は最後に、毅然とした表情で告げる。
「……目良。彼を拘束しなさい」
「はい」
「バカな! 会長ッ、私は確かに社会に貢献したはずだ! 彼女が担当した地域の犯罪率は確実に下がっている! 年齢を理由に持て余していて良い個性ではない! 彼女を有効に扱わなくては―――ぐぅっ!?」
「失礼」
上司が目良さん? に殴られて言葉を遮られていた。
いい気味である。
「廿さんは……しばらく自宅謹慎とします」
「はい。あの、会長?」
「連絡は追って……何でしょう」
「私を、雄英に入れてくれませんか?」
気を失って目良さんに引きずられていく上司を横目に、私はAFOとの『契約』を思い出していた。
「―――取引、ですか?」
『そう。僕と君で、対等な取引さ』
彼は『電波』という、人の脳に直接作用する個性を所持しているらしい。
この個性を用いれば、母と父の意識を取り戻すことも可能であると、彼は断言した。
『僕は
「……あなたが、母と父を回復させられるという確証は?」
『そうだね……ならばまずは今から一段階、意識を刺激しよう。君がこの契約に応じるかどうかは、その後の様子を見て決めれば良い。なに、僕からのサービスさ』
「は……? 待ってください、あなたは今、どこに―――!」
直後、スピーカーとモニターが破裂した。
「病院……!」
二人が危ない。
一つの時代を支配したほどの敵が、私の家族のすぐ傍にいる。
そう考えただけで、身の毛がよだつ恐怖を感じた。
すぐさま向かった先の病室で、二人は静かに眠っていた。
「無、事……?」
ベッドサイドモニターにも異常は見られない。
フラつく身体を抑えて二人のベッドの間に立ち、そっと手を握る。
滑らかで、細くて、ちょっと冷たい。
いつもの二人の手だった。
「っ!?」
その手に、軽く力が籠もった。
何年もずっと、何の反応も返さなかった二人が、私の手を握り返した。
それだけ。
「なっ、んで……私は」
私はそれだけで、嬉しくて泣き出しそうになってしまった。
だめなのに。
これが、本当に二人の意思によるものかも分からない。
AFOによって送られた電気信号に過ぎないかもしれないと、分かっていても。
ずいぶん久しぶりに、二人が私のことを慰めてくれたような気がして、嬉しかったんだ。
「……あ」
ベッド脇に置かれたパイプイスの上に、メモが乗せられていた。
電話番号だけが簡潔に記された、小さなメモ。
「……」
私はそこに、電話を掛けた。
『……やあ。契約成立、ということで良いのかな』
「…………はい」
『では、最初の指示を出そう』
―――雄英に入学しなさい。
「えっ」
ちょっと待ってほしい。