ブルアカ短編集   作:空調服

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一之瀬アスナと先生のささやかな密会

 日が落ちて夜も更けたというのに、連邦捜査部シャーレのオフィスでは未だ照明が煌々と執務室を照らしている。その明かりの下で、シャーレの先生が黙々と仕事を片付けていた。やっつけ仕事にならないよう、何度か見直しながら間違いのないように作り終えたデータを印刷して押印。ふぅ、と先生が溜息を漏らして壁掛けの時計を眺めると、針は22時を指そうとしていた。

 

 先生は"そろそろか"と呟いて、首元のネクタイを緩めシャツのボタンをいくつか外し、袖も捲って楽な格好になる。前髪をかき上げて伸びをしたところで執務室の扉が開いた。

 

「……ご主人様、来たよ」

 

 一人の生徒が、小声で自らの到着を知らせながら入室してくる。待ちきれずに急いできたのだろう、頬には朱が差して、息も少し乱れていた。背中と腰を通り越して足首近くまで伸びる、よく手入れされた美しいアッシュブロンドの長髪が照明の光を反射して煌めいている。軽く汗もかいているようで、彼女が来ているメイド服を大きく押し上げ、惜しげもなくさらけ出されている胸の谷間や瑞々しい太ももがこちらも光に照らされて薄っすらと濡れ光っていた。

 

「"いらっしゃい、アスナ"」

「うん、ご主人様。アスナはちゃんと、言われた通りにしてきたよ?」

「"あはは、アスナは良い子だね"」

 

 アスナが目を細めて薄っすらと唇に弧を浮かべたのは、果たして良い子と自らが主人と呼ぶ先生に言われた事への喜びか、それともこれから起きる事に対する期待か。

 

「"さ、アスナ"」

「はい、ご主人様……」

 

 焦らすように、アスナはとろんとした笑みを浮かべたまま後ろ手に組んでいた両手をゆっくりと持ち上げる。腕が彼女の短いスカートに当たって衣擦れの音を立てて、前に回された両手には先生が彼女へオーダーした通りの物が握られていた。それを認めた先生は満足げに頷いてアスナの頭を撫でる。気持ち良さそうに目を閉じされるがままになっていたアスナは「あは」と吐息のような微笑のようなものを零して

 

 

「じゃじゃーん!お勤め品の高級ステーキ肉でーす!なんと6割引き!」

「"流石だよアスナ!早速ご飯にしよう!"」

 

 

 戦果を華々しく誇って先生と二人して弾ける様な笑顔を浮かべる。残業続きでテンションの抑え方が大分緩んでいる先生とナチュラルにそんなテンションに追従出来るアスナ、二人の生み出す深夜のちょっとしたカオスだった。

 

 

 

 きっかけは、本当に偶然。たまたまその日先生は遅くまで残業で、アスナもC&Cの任務で夜遅くまで活動していた。このまま家に帰れば日付が変わる、そう思ったアスナがふと遠景に写るシャーレのオフィスが入ったビルを眺めるとまだ明かりがついているではないか。もしやと思ってモモトークからメッセージを入れれば、シャーレで休憩して良いと返ってくる。そこで夜食を共にして、その後寝落ちした先生をアスナが放り込んだ居住区のベッドで、眠気に耐え切れなかったアスナが先生しかシャーレ閉められないし、と一緒に朝までぐっすり。

 

 翌朝大いに先生が慌ててオチがついた、そこから始まった週に一回あるかないかの二人の秘密の時間だった。

 

「良い匂い~!まだかな?もうすぐ焼ける?」

「"もうちょっとだからあと少しの辛抱だよ"」

 

 シャーレの居住区でアスナは椅子に座ってぱたぱたと脚を動かしながら肉を焼く先生の背中をニコニコしながら眺めていた。特売情報を見つけた先生がアスナにモモトークで連絡を取り、予定が空いて居たアスナが喜び勇んで争奪戦を悠々突破した結果の戦利品。二人は交互に料理をする順番を入れ替えてこうして秘密のお楽しみの時間を共有しており、今日は先生が調理をする番だった。

 

「"アスナも焼き加減はミディアムで良かったんだよね?"」

「うん!私もご主人様と一緒でお願い!」

 

 じゅうじゅう、とと音を立てて焼き上がる肉の音と放たれる香ばしい匂いは既に部屋いっぱいに満ちていて、二人の空腹をこれでもかと刺激していた。既にパックのご飯とインスタントのお味噌汁、それとアスナが一緒に買ってきていたサラダが付け合わせ。メインのステーキに対して並ぶ食事のランクが一つも二つも落ちはするが、そんな事はこの深夜に味わう背徳の味の前には些細な事である。

 

 実際の所、料理の腕はアスナの方が何段も上だったがそれでも彼女は先生の手料理を食べたがった。最初の夜がそうだったから、特別な思い出なのだと。そうまで言われれば先生とて悪い気はしないし、他の生徒達に後ろめたさもあるのだが何より先生自身のストレス解消、その一助にもなっていた為この密会が続いている。

 

「"よし、そろそろ良い筈"」

 

 フライパンから下ろしたステーキ肉をアルミホイルで包んで休ませる。そのまま小分けにしていた調味料を空になったフライパンに掛け入れて、強火で熱してソースづくり。表面にこびりついた肉のうまみを、木べらでこそげ落としてソースの中に馴染ませていく。垂らした醤油の煮詰まる香りが、限界を迎えそうな二人の空腹へトドメを刺さんばかりに匂い立った。

 

「ご主人様~、私そろそろ限界かも~……」

 

 それまでニコニコ顔で料理をする先生の背中を眺めていたアスナであったが、流石に時間も遅く空腹感が頂点に達しようとしていたらしい。ぺたん、とテーブルに上半身を持たれかけさせてアスナが根を上げる。振り返った先生は大きな胸が押しつぶされて服の布地から色々とこぼれ落ちそうになっている光景を目にして慌てて視線を戻し、すぐ出来るから!と努めて平静を装って作業を急いだ。

 

 少しとろみが出てきた所で火を止め、容器に注いで小分けに。ホイルで包んで休ませていた肉をまな板の上に移し、まな板ごと食卓へと持っていく。事前に用意してあったスパイスや岩塩と一緒にソースを並べて、待ちわびたアスナが目をキラキラ輝かせて上半身をガバっと起こしてホイルを剥がしたステーキに瞳を奪われる。

 

 す、と包丁がさして抵抗も受けずに肉へと入る。軽く引けばすんなりと切り分けられて、覗く切れ目からはうまく熱が入った証に中心部だけに僅かなレアの赤味が残っている。つ、と一滴の肉汁がこぼれ落ちた。

 

「"さ、お待ちどうさま。ご飯にしようか"」

「待ぁーってました!はやく食べよう、ご主人様!」

 

 いただきます、と腹ペコ二人が口を揃えるとまずはソースをかけてぱくりとステーキ肉をパクついた。揃って柔らかな高級肉を幸せそうに味わい噛み締め、先生が我慢ならぬと言わんばかりに白米も口に含む。アスナはじっくり肉の味を楽しんでいるようで、ごくりと空腹にすこぶる染み渡る最初の一口を同時に飲み込んだ。おいしい、思わず口をついて出た言葉がハモって、二人は視線を合わせてくしゃりと笑った。

 

 

 

 座り方を浅くして、深く背中を椅子に預ける先生が満足げな溜息を付いた。眼前では同じく満腹になったアスナが元気も復活したようで、手際よく洗い物をしてくれている。あんまりこういう事を続けるのは良くないのかなぁと自分と彼女の立場を考えると浮かぶ考えを満腹からくる幸福感と眠気で今は蓋をすると、今度は自覚した眠気が急激に激務で疲弊した意識を犯してきた。

 

 アスナにステーキ肉の代金を渡さないといけないし、後はあの書類だけ……立たねばと思ってはいつつも姿勢が良くなかったのだろう。思考を回しつつ生まれた渦に飲まれるようにすとん、と先生は眠ってしまった。

 

「……これでおしまい!ご主人様、おわった──うーん、いつも通りお疲れだね?」

 

 振り向いたアスナが視界に寝落ちした先生を認める。どうしようっかなー、と悪戯を企む子供のような口調で、けれど表情にはひどく優しい母性すら感じさせる穏やかな笑みが浮かんでいた。洗い物の為にいつもの手袋を外していた彼女はそっと先生の頬に両手を伸ばす。眠りから起こさないように、柔らかな手つきでむに、と頬を解すように撫でつけた。

 

「そろそろ、こうしてるのも他の子にバレちゃうんだろうなぁ……仕方ないよね、ご主人様は皆の先生だから」

 

 そっと右手を動かして、寝息を立てる先生の唇に人差し指を当てる。他の子にこの時間は秘密なんだと言い聞かせるような仕草。

 

「でも……それまでは、私だけのご主人様、だからね?」

 

 その人差し指を自分の唇に当てて、クス、と微笑を浮かべた。そうしてアスナはキヴォトスの少女らしい身体能力で軽々と眠る先生をお姫様だっこで抱き上げると、シャーレの仮眠室へ先生を運んでベッドに寝かせる。明日は土曜日で少なくとも今のところ予定がないと言ってたから、きっとぐっすり眠れるだろう。

 

「んー、ほんとは一緒に寝たいけど」

 

 一人の方がきっと疲れも取れるよね、とちょっと寂しそうに続けたアスナはふと何かを思い付いたようで仮眠室を離れる。そのまま日付が変わる直前に戻ってきた彼女は食堂に置きっぱなしだったシッテムの箱を先生の傍らに置いて充電ケーブルを繋いで伝言の付箋をその隣に張り付けた。

 

「……おやすみなさい、私のご主人様」

 

 腰を落として先生の耳元でそう優しく囁いたアスナは、ついばむように先生の頬に唇を落とすと『してやったり』とにへらと笑って隣のベッドに潜り込む。きっと良い夢が見られそうだと予感しながら。

 

 

 

 翌朝、時刻は7時半を回る頃。ぱちり、と先生の目が開いた。一瞬自分が何処で寝ているか分からず周囲を見回し、シャーレの仮眠室で寝ていた事を認識する。アスナが寝落ちした自分を運んでくれたのを察して改めて周囲の様子を確認すると、真横のベッドではアスナが毛布にくるまるように丸くなって寝ている様子。今回は自分のベッドに潜り込んで来なかったのかと安堵9割、残念さ1割の苦笑が浮かぶ。

 

 傍らのサイドテーブルにはアスナがやってくれていたのだろう、フル充電が為されたシッテムの箱と付箋を見つける。付箋には『朝ごはんの用意はしてあるから温めて食べてね!』という伝言が末尾にハートマークと兎耳を付けたアスナの似顔絵と共に書き残されていた。朝食を抜きがちな先生を気遣ってくれたようである。

 

 なんでもするよ、と以前バニー姿のアスナに翻弄されていた頃に言われた時と同じように、思わず表情がだらしなく緩んでしまう。真っすぐに向けられた好意がこそばゆくもあり、正直に応えられない事が申し訳なくもあるけれど。

 

 ぐっすり眠れた事で疲れがいつもよりも取れたのだろう、軽く肩と首を伸ばして先生はベッドから出る。シッテムの箱と付箋を手にして眠るアスナに近寄る。

 

「"ありがとう、私の可愛いメイドさん"」

 

 言ってアスナの頭を撫でた先生は朝食を用意してから彼女を起こそうと思い至って仮眠室を後にする。先生が一度立ち去った薄暗い仮眠室で、身じろぎもせずにいたアスナの頬と耳が徐々に真っ赤に染まっていった。

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