ブルアカ短編集   作:空調服

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先生がアスナに膝枕するお話。


一之瀬アスナと先生の膝枕

時刻は丁度22時を回ろうとしている。連邦捜査部シャーレのオフィスでは、今日も先生が黙々と残業していた。業務自体は実は効率化が進んでいるのだが結局何かあれば仕事が増えて、そしてここは騒動の絶えないキヴォトスである。そういう訳で仕事自体は進めやすくなったと思ったら、今度は単純な物量で圧殺されているような状況であった。

 

「"ふぅー……なんとか終わったぁ"」

 

 データに不備がないかチェックして、それらを連邦生徒会の各担当者宛てに送信すると先生はぐでー、と愛用のオフィスチェアの背もたれに体を預けてぐったりと溜息を付いた。長時間ディスプレイとにらめっこしたせいで充血した目に目薬を垂らして揉み解し、それから両腕をぐっと伸ばして凝りを解す。ぱきぽき、と関節が鳴る音がした。

 

「たっだいま~!ご飯にしよ、ご主人様!」

「"おかえり……うん、おかえりでいいのかな?ありがとう、アスナ。助かるよ"」

 

 いつものメイド姿のアスナが、チェーン店のテイクアウトが入った袋を片手に執務室へと入ってきた。30分ほど前、シャーレのオフィスが見える距離に居たらしく『ご主人様ー?シャーレの電気ついてるけどお仕事中?ご飯食べた?』とメッセージがモモトーク越しに届く。そこからやり取りした結果、シャーレに食材が無い為アスナがハンバーガーのセットを買って来てくれたのが現在である。

 

「えーっと、こっちがご主人様のベーコンエッグバーガーのセット、ポテトだけLサイズで、ドリンクがアイスコーヒーだね!」

 

 ナゲットもあるよ!私は晩御飯食べちゃったからアップルパイとコーヒー!などと言いながらニコニコといつもの笑顔で接してくる彼女に先生も釣られて笑いながら執務机を離れて応接用のソファーに二人で腰を掛けた。買ってきたものを広げ終えたアスナは極々自然な調子で先生の隣にぽすんと腰を下ろし、先生の分の食事の包みを剥がして差し出した。

 

「食べさせてあげよっか?あ~ん、ってしてあげるよ?」

「"うん、自分で食べるから大丈夫だよ……"」

 

 苦笑と共に断るとえ~、と不服そうにはあまり聞こえない声色でけらけら笑いながらアスナはハンバーガーの包みを渡してくれた。空腹で作業をしていた身には高カロリー食品の香りがひどく堪える。大きな口を開けてあぐ、と勢いよくバーガーにかぶりついた先生の口内に、チェーン店ならではの安定した品質の食べ覚えのある味が広がった。個人経営の品質重視なお店が出すバーガーには及ばないものの、それでも十二分に美味しいと感じるパティやその他具材の味わいが先生の胃を満たしていく。

 

「おー、やっぱり男の人って食べるの早いんだね」

「"……ンぐ、ごめんごめん。ちょっとがっついちゃったよ"」

「あはは、私もお腹ペコペコだったらそうなっちゃうから気にしないで食べて?うん、私もアップルパイたーべよっと!」

 

 あまーい!と幸せそうにアップルパイをパクつくアスナを微笑ましく眺めながら先生も食事を進める。あっという間に食べ終えてしまったバーガーの包みを丸めて、ちょっと配分間違えたなぁと思いながら先生はナゲットとポテトに手を伸ばした。マスタードソースへナゲットをディップしたところで

 

「ご主人様!ナゲット一個ちょーだい!」

「"はいはい"」

 

 あーん、と口を広げてちょうだいアピールをする彼女に先生は何も考えず手につまんでいたナゲットを与えた。ぱく、とアスナがナゲットを頬張り、その際に唇に先生の指が微かに触れる。残業続きの疲労が思考を麻痺させていたのだろう、普段やらないような事をした先生はそれに気付かず自分も改めて取ったナゲットをソースに漬けて、口へと運んだ。

 

「"この時間に良くないとは思うんだけどカロリーが染み渡る……”」

 

 指に付いたソースを舐めとった先生がぼやく。何故か、その先生をアスナが目をまんまるに見開き、顔を真っ赤に染めて見つめていた。どうかした?と問われるもなんでもない!と首をぶんぶんと横に振る。先生が舐めたのは、先程アスナの唇に触れた指であった。

 

 

 

 そのまま結局ポテトも分け合いながら平らげて、アイスコーヒーを啜りながら先生は一息ついた。本来ならばこの後帰宅するべきなのだが、明日締切の書類の事を考えると今日もシャーレに泊まる事になりそうだった。

 

「ん~、ご主人様最近買い物いけてないよね?またコンビニのゼリーと栄養ドリンクばっかりになってる」

 

 奥のキッチンでアスナが冷蔵庫を覗いて声を上げた。自宅とシャーレそれぞれに寝泊まりする生活が続いているのでどうしてもその辺が疎かになりがち。言った彼女自身もそのこと自体は理解しているのだろう、仕方ないという表情を浮かべている。先生はバツが悪そうに頭をかいて誤魔化すようにははは、と笑った。

 

「ねぇご主人様、明日買い物行かない?私、午前中で授業終わるし任務も入ってないからお昼前からシャーレに来れるよ」

「"確かに当番の皆が飲む分のお茶とかスポドリエナドリも買い足さないといけなかったな……アスナ、お願いしても良い?"」

「はーい!ミレニアムを出たら連絡するね!」

 

 ふたりでおっかいもの!と上機嫌そのものの様子ではしゃぐアスナに先生は微笑んで、その日はそこでお開きになった

 

 

 

「ご~しゅじんさま~!こっちこっち!」

 

 翌日、先生は昼手前に待ち合わせた場所でぴょんぴょん跳ねつつ手もぶんぶんと振るアスナと合流した。盛大な歓迎っぷりに照れくささを覚えつつ先生は彼女へ買い物に付き合ってくれる事に礼を告げる。

 

「"自分だとあんまりスーパーごとの値段なんて気にしないからなぁ"」

「私も普段はあんまり気にしないよ?でも色々今日は買わないといけないって言ってたから」

 

 今日は制服姿の彼女は、左手に持つ端末を操作し今日の特売情報などを見せてくれる。なるほど確かに飲料の箱買いはシャーレ最寄りのスーパーと比べてもかなりお買い得だった。

 

「曜日とかでどこのお店も特売とか色々やってるから、私も調べたら一杯出てきてびっくりしちゃった」

「"自分で買いに行く時は全部近い店で済ませちゃってたよ……"」

 

 たまに当番に来てくれた生徒達が買い物を変わってくれた時、別の店舗のレジ袋で帰ってきた事を思い出す。皆しっかりしてるんだなぁといささか情けない気持ちになる先生であった。

 

 

 

「"スポーツドリンクは500mlの箱入り、お茶は2L入りで、後は軽食代わりに日持ちするお菓子、と……"」

「あ、このチョコレート新しいヤツだ。ご主人様、これ私が欲しいからお会計別にするね」

「"うん、そうして貰えるかな。でもお金は私が出すからもっと好きなの買っていいよ"」

 

 やったー、と喜びながらもアスナは先生がカートを押すかたわら、てきぱきと目ざとく必要な物を手押しカートに乗った買い物かごへと放り込んでいく。そもそもがメイドとして家事が出来る彼女なので、この辺の買い物もお手の物と言った所のようである。

 

「シャーレで使うのはこの辺かな?ご主人様、これから何処かの学校に出張とか遠出する予定ある?」

「"今のところは急な要件が無ければ遠出はしないかな……そうだね、一週間くらいはシャーレに居ると思うよ"」

「それじゃあ冷凍しておけるおかずとか作ってあげよっか?シャーレに居るって事はお仕事たまってるんでしょ?」

 

 そうだなぁ、とぼやいて先生は消化すべき仕事の中身を振り返る。先週までのシャーレの任務で使った弾薬費の清算書と報告書。併せて提出するのは── 一瞬気が遠くなるような感覚を覚えた先生は少しばかり引きつった笑みを浮かべて

 

「"お願いしても良いかな?多分、何日かは泊まり込みになるだろうし……"」

「はーい、アスナちゃんにお任せ!……泊まり込みは仕方ないんだろうけど、泊まるならちゃんと寝て欲しいな?」

「"……善処するよ"」

 

 シッテムの箱で事務処理もなんとかならないかな、内心ぼやく先生のすすけた表情をアスナは珍しい困ったような苦笑を浮かべて眺めている。結局、シャーレに戻ってからもアスナに書類整理を手伝ってもらって、今日だけは自宅に帰れた先生であった。

 

 

 

 それから数日。アスナが作り置いてくれたハンバーグなどの、男性の食欲に嬉しいご飯を食べてしのぎながら先生はなんとか仕事を落ち着かせた。連邦生徒会への提出書類や各校からの問い合わせ、それらを送信して返信し、暫く待っても追加の仕事や不備の指摘、確認の連絡が来ない珍しい時間。16時前には仕事が一段落して手持無沙汰気味に先生は淹れたインスタントのコーヒーを啜った。

 

『ご主人様、お仕事どう?なんとかなった?』

『"おかげさまでなんとかなったよ、今なんてちょっと暇になっちゃった"』

『すごーい、お疲れ様!それなら遊びに行くね!』

 

 ぴこん、とモモトークの通地に端末を見てみればアスナからの連絡。こちらが忙しい事を気にしていてくれたようで、当番外なのに掃除やゴミ出しのような雑務をまめに顔を出して引き受けてくれていたのは助かった以外の何物でもない。お礼にご飯でもごちそうしなきゃいけないなぁと先生が考えている間に彼女は夕日が差し込み橙色に染まるシャーレのオフィスに到着した。

 

「やっほー!お仕事片付いて良かったね、ご主人様!」

「"うん、本当に良かったよ……アスナも助けてくれてありがとう"」

 

 学校帰りなのだろうか、制服姿でシャーレを訪れたアスナは感謝を告げる先生に満面の笑みとVサインで応える。そのまま彼女はソファーでくつろいでいた先生の隣にすとんと腰を下ろすと、コンビニで調達してきたのであろうちょっとしたお菓子類を広げて先生と雑談に興じた。どういう訳かゲーム開発部を占拠したネルとトキが対戦ゲームで張り合って、アリスが収拾がつきません!と嘆いて面白かっただとか、連邦生徒会から出した筈の書類の督促が来た(向こうも忙しく勘違いだった)くらい忙しかった時の話だとか、そういう他愛もない日常の話。

 

 そんなは雑談に興じていると珍しい事に。くぁ、と先生の眼前でアスナが小さくあくびをした。口元に手を当ててむにゃむにゃとするアスナは先生に見られていたのに今更思い至ったのか、はっとした様子で恥ずかしそうに笑った。

 

「"アスナの方が今はお疲れかな?任務で忙しかったりしたの?"」

「えーっと、実は夜に監視任務があったからここ2日くらいあんまり寝てなくって……あ、でも私は元気だよ?」

 

 聞けば交代する筈のカリンが急遽別件にあたらなくてはならなくなり、それでらしい。キヴォトスの生徒である彼女がその程度で体調を崩すとは思わないが、それでも眠そうな状態でシャーレに顔を出して雑用までしてくれたとなれば少し話が変わってくる。

 

「"アスナ……うん、まぁその顔を見れば私が言いたい事は判ってくれてると思うけど"」

 

 いつも朗らかな彼女にしては本当に珍しい、バツが悪そうに視線をしれーっと逸らす姿に先生は思わず笑ってしまった。なんだか今日は珍しい姿が見れるな、と思っていると照れくさそうな笑みを釣られて浮かべていたアスナがふと何かを思い付いたように聞いてくる。

 

「ねえねえ、ご主人様。アスナちゃんに膝枕とかしてみない?」

「"うん?私がするほうなの?"」

 

 別に良いけど、とあまり考え無しに返事をするとやったーと声が聞こえるや否やアスナは先生の太ももに倒れ込んで来た。もぞもぞ、と姿勢を動かして高さや丁度良い角度を探っているようで、太ももと言う箇所でそれをやられるとこそばゆい以上に妙な感覚。幸いにして早々に落ち着く姿勢を見つけたらしい彼女は後頭部を先生のお腹に向けた横寝の状態で目を閉じる。

 

「"……私の膝枕って堅そうだけど寝れそうなものなの?"」

「ふわふわって感じではないね?でも丁度いい感じ!私のふとももとやっぱり違うねー?」

 

 むに、と自身の太ももと先生の太ももを触り比べるアスナに苦笑しながらやめなさいと嗜める。姿勢から必然的に流し目のような形で先生を見上げるアスナは、眩しそうな表情を浮かべた。不思議に思う先生の視線を遮るようで遮らない、絶妙な角度でゆらゆらと彼女は自身の左手をかざして指の隙間から先生を見上げている。

 

「ご主人様は、キラキラしてて眩しいね。ずっと……見てたいけど、たまに眩しすぎるかも」

「"……気付かない間にエンジニア部の子達に、Bluetooth操作のLED照明でも身体に仕込まれたのかと思っちゃった"」

「なにそれ。でもエンジニア部の子達ならなんかやりそうだね?」

 

 けらけら笑うアスナの両瞳を先生はそっと片手で覆った。不思議そうにする彼女の頭をもう一方の手で撫でてやると、心地良さげにアスナは吐息を漏らして口元を緩める。

 

「"眩しいならちょっと目を閉じて一休みも必要だよ。疲れてると目がチカチカして考えがまとまらない事もあるからね"」

 

 だから今はゆっくり休んで、そう先生は言いながら彼女の瞳を覆った手の、人差し指と親指で優しく目を解すようにしてやる。されるがままにしていたアスナは自身の手を先生の手に重ねて軽く握ると、それからすぐにヘイローがふっと消えて寝入ってしまったようだった。

 

 穏やかな気持ちで寝入るアスナを撫でる先生であったが、これから彼女が目覚めるまでの1時間ほどの間。太ももの痺れと戦い続ける事になるとはまだ気付いていなかった。

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