ナイトメア非英雄譚   作:アルパカ度数38%

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二階堂ユキオ:主人公。"運命の糸"。勇者の息子。
下野間チセ:知人の娘。


ex02-チセの勇者展デート

 

 

 

 夏の日差しが茹だるような暑さに拍車をかける。

べた付いた空気が張り付くように澱み、降り注ぐ陽光に粘度を与えているかのようだ。

汗を拭いながら、ミネラルウォーターを口にし数口。

既に温くなっていた水に内心舌打ちし、ため息とともに口を離す。

口元から零れた水がペットボトルを伝い、形作られた水滴が膨れ、やがて離れる。

地面に落ちた水滴が、コンクリに染みを作る。

その染みすらもが、見るうちに蒸発し消えていった。

 

「サングラス、意外と楽だなぁ……」

 

 クイッとサングラスを中指で押し上げつつ、呟いた。

簡単な変装用に用意したグッズだったのだが、真夏の日差しの中だと想像以上に楽だ。

瞳孔の色が濃い僕には無用の長物と思っていたが、考えを改めねばならないかもしれない。

逆に用意したベースボールキャップは蒸れてしまい、人目が無ければこの場で脱いでしまいたいぐらいだ。

メッシュ付きのものにしておけば良かったと内心で溜息をつく。

この時ばかりは、目立ちやすい灰色の髪が憎いものだ。

 

 あたりは子連れが多く、次にやや年がいった夫婦、若者は殆ど見ない。

夏休み期間という時期がらもあるのだろうが、今年は特に十代二十代の割合が少なく見える。

浮いてるなぁと独り言ちつつ、子供たちの甲高い声を背景に、ポケットから居り目のついたリーフレットを取り出す。

 

 <勇者展>。

毎年夏に行われる展覧会で、歴代勇者達に関する展示が行われている。

毎回メインテーマを決めて行われる展示だが、今年は20周年という節目の年であることから、父さんら今代の勇者展示がメインとしている。

そしてリーフレットによると、今年は急遽追加されたシークレット展示なる要素があるそうだ。

なんともコケそうな感じの展示だが、大丈夫なのだろうかと今から不安になってきた。

 

 そんな風にぼんやりとしていると、見知った気配を感じ、視線を上げた。

手を振りながら小走りで来る、白いワンピースの少女。

僕の前に辿り着くと、額の汗を拭いながら輝く笑みを浮かべた。

 

「ユキ……ユキさーん! お待たせしました!」

「あぁ、うん……」

 

 チセからの呼び名に、思わず何とも言えない表情を作る。

僕は月初の戦いが原因で、ある程度の知名度が出来てしまった。

特に勇者展となると、勇者の息子である僕が居て余計な騒ぎとなると困る。

帽子とサングラスという恰好でやってきたのは、そのためでもある。

だから何時もの「ユキオさん」という呼び名では困るのは間違いないが、かと言ってミーシャを思わせる「ユキさん」という呼び名も困る。

 

 情けない話だが、今のところ僕はミーシャを手に掛けたトラウマから、全く復帰できていない。

まだまだ肉は食べられないし、なんなら肉の焼ける臭いを近くで嗅ぐのもキツイ。

とは言え、露店やら焼肉屋の空調やらに近づかなければ、なんとか外出できる程度にはなっていた。

そこで毎年行っていた勇者展にまだ行っていなかったことに気づき、何時ぞやにまた会う約束をした同好の士、チセを誘いやってきた流れという訳なのだが。

 

 僕の微妙な反応に首を傾げるチセを、見やる。

下野間チセ。

繊維研の下野間さんの娘で、僕の二つ年下、まだ中学生の娘だ。

容姿は、その白い肌と金髪蒼眼が目立つ。

コロコロと変わる明るい表情と、色素が薄く煌めくように陽光を反射する髪の毛とが相まって、明るく可愛らしい娘だ。

趣味は美術鑑賞と中々ハイソだが、同時に勇者マニアでもあり、彼女も毎年欠かさずに勇者展に来ているのだという。

出会った時も、中々濃いめの勇者トークをしたものだった。

 

「そうだね、今日はその呼び方でも問題ないかな。

 色々気遣ってくれるのは、嬉しい。

 でもできれば、その呼び方は……普段は止してもらっていいかな」

「あ、はい。……今日一日は、大丈夫なんですか?」

 

 俯き気味に言うと、前かがみに、僕の視線の先に割り込んで問うチセ。

心配そうに見上げるその目に、思わず居心地悪くなって、視線を逸らす。

 

「まぁ、それぐらいなら。……悪い思い出ばかりじゃ、ないはずだから」

 

 今は、あまりに強烈な光景に塗りつぶされているだけで。

ミーシャとの、初恋の人との思い出は、大切で思い出でもあるのだから。

 

 そう告げると、ピタン! とチセの両手が僕の頬に張り付いた。

グイッと僕の顔を曲げて正面に、そのキラキラと輝く青い目で、じっと僕の顔を見つめる。

 

「なら、今日もたっぷりと思い出を作りましょう!

 呼び名の事が、仕方ないのは分かりましたが……。

 私が一緒に愉しい思い出を作って、その呼び名の楽しい度合いを、モリモリと上げて見せます!」

 

 と、僕の頬から手を離し、数歩下がるチセ。

そのままクルリと一回転、ビシッと人差し指を僕に突きつけ、ポーズを取る。

 

「なにせ私……結構な美少女ですから!」

 

 まるで示し合わせたかのように、降り注ぐ陽光が強さを増す。

チセの色素の薄い髪が、真っ白なワンピースが、キラキラと輝く。

自信満々の天真爛漫な笑みと相まって、まるで彼女自身が輝いているようで。

太陽のような娘だな、と自然に思った。

 

 それは、客観的に言って見惚れていたと言うべきなのだろう。

そんな風にしている僕を前に、徐々にチセの頬が赤く染まってゆく。

決めポーズのままプルプル震えているのだから、羞恥によるものだろうか。

このまま限界まで見つめていたくなる誘惑に駆られたが、なんとか抑え込み、まずは微笑み返した。

 

「もちろん、それはとても良く知っているとも。

 だから――」

 

 そのまま膝をつき――コンクリが結構熱い、思ったよりしんどいぞ――、頭を下げ手を差し伸べる。

ついた膝が熱くて一瞬涙目になってしまったのは、我ながら情けないが。

 

「お嬢様、本日は私めに案内させてくださいませ」

「……く、苦しゅうない」

 

 伸ばされた手を握り、数秒。

どちらが早いか、プッと吹き出した。

 

「プッ……! く、苦しゅうないって、それ良かったの? 美少女さん」

「ユキ……さんこそ、膝が熱くて涙目になってるじゃないですか! 折角なら最後までもっと格好つけてくださいよ!」

 

 立ち上がり、笑いながら、それでもなんとなく繋いだ手は離さないまま。

ゆっくりと二人、展示場の入場列へと並びに行く。

その頃には、少しだけ、胸の奥の憂鬱さは軽くなっていた。

 

 

 

*

 

 

 

 二人で見に来るのは始めてだし、とまずは順路通り。

地域別に別れた歴代勇者と聖剣の展示。

聖剣は、担い手によってその姿を最適に変えており、歴代勇者それぞれに異なる聖剣が受け継がれている。

西方のアーサー王とエクスカリバー、ジークフリートとバルムンク、ジャンヌ・ダルクに聖旗。

東方のラーマとナンダカ、二郎真君と三尖両刃刀、渡辺綱に髭切。

その他も歴史上の資料から勇者と推察される人物は多いが、明確に勇者と扱われるのは彼ら六人であることが多い。

ジャンヌ・ダルクだけは例外だが、その他は全て強大な魔物を倒し人類の危機を救ったと言われている。

 

「定番の話題だけど……聖旗だけは本当に聖剣なのか、首をかしげる所はあるよね」

「特殊な形状の聖剣に旗生地をつけていた説もありますけど……旗生地も聖剣生成についてきてるっぽいんですよね」

 

 話しつつ先に進むと、今度は旧勇者たちの宿敵に関する展示。

人類滅亡の要因になるとされた白き竜にファーヴニル、羅刹王、牛魔王、茨木童子らも著名な敵だ。

かつてはそれらを魔王とも呼んでいたが、今は魔王以外の呼び名を持たない魔族の王のみを魔王と呼称するのが一般的か。

古い時代であるが故に具体的な強さは分からないが、どれも恐るべき逸話を持つ相手ばかりだ。

 

「実際どれぐらい強かったんでしょう?」

「さて、色々な意見があるけど……今代の勇者の聖剣を見る限り、どれも位階100を超える敵だったんじゃあないかな」

 

 父さんの位階は素で132、聖剣が覚醒すればはるかに上。

魔王は劣化状態で位階140程度、四死天の位階が30程度下がっていた事を鑑みると、全盛期は低く見積もっても位階170を超えていた事だろう。

その魔王とやり合えていた事を考えれば、父さんの最大戦力はどう考えても位階160を超える。

聖剣覚醒を低く見て位階+30と考えたとして、どう考えても対する旧魔王たちの位階は100を超えていただろう。

 

 僕は、思わず自身の掌を見やった。

ミーシャを倒して以来、かつてナギの力を得て強くなったのと同様に僕の力は増大している。

まだ療養を優先しておりマトモに試せていないが、今なら体調が整えば劣化魔王相手でも瞬殺されない程度には戦いになるだろうか。

旧魔王とも戦いになる範疇、位階にして100を超えた事は確実だろう。

 

 そして魔王の展示の次には、今代の勇者と魔王に関する展示が行われていた。

 

「相変わらず、銅像ですねぇ」

「流石に身内の銅像はちょっと微妙な気分になるね……」

 

 ブースの中央には、見慣れた四人の勇者パーティーの銅像。

勇者、二階堂龍門。

聖女、二階堂ヒカリ(旧姓八重樫)。

賢者、薬師寺アキラ。

天仙、フェイパオ。

そして父さんの持つ、無銘の聖剣。

 

 魔族の進行順序が西欧、アジア、日本の順だったためか、生き残った英雄たちは四人中三人が日本人という事になった。

人種の偏りに他国の突っ込みが入りそうな状況だが、当時は国体を辛うじて維持できていた連合や州国も疲弊しきっており、勇者パーティーを中核とした決戦自体には物言いが入らなかったという。

 

 勇者、父さんは歴代最強の勇者である。

固有術式を持たないまま聖女を守る剣士として鍛え続け、四死天との決戦で聖剣に認められ覚醒するというドラマ性も大人気だ。

ついでに、亡き妻の形見のリボンでその長髪を常に纏めるという姿も、特に女性人気を押し上げているそうだ。

 

 聖女、つまり僕の母さんは勇者パーティーのまとめ役だ。

個人主義の三人を纏めあげ、更には軍や政府との折衝も彼女が中心になって行っていたのだという。

透き通るような美人であり、かつデキる女性という事から、男女両方からの人気が非常に高いとか。

 

 賢者、薬師寺アキラは汎用落としとも呼ばれた汎用術式の天才だ。

元々薬師寺家は位階測定を含め多くの術式を開発してきたが、彼は至上最も多くの固有術式を汎用に落とし込んだとされる。

露出が少ない個人主義者だが、一部の人間に狂信的な人気があるそうだ。

 

 天仙、フェイパオは仙術使いの武闘家である。

最高位の仙人の直弟子とだけあって、世間の汎用術式にない独特の仙術の使い手なのだという。

滅んだ祖国のために立ち上がった英雄という背景が、世界的な人気の高さの裏付けとなっているとのこと。

 

「賢者と天仙が表舞台から消えた事には、色々な憶測が出ていますよね……」

「そっとしておいてあげればいいのにね……」

 

 さて、僕は賢者と天仙がどうして姿を消したのか、知らない。

父さんも黙して僕に語らないし、世間一般に比べて何か情報がある訳でもない。

しかし今、ナギやミーシャを手にかけ英雄ともてはやされるようになって、それに嫌気がさす気持ちは少しだけ分かるようになった。

僕の場合、名声を求めておいて、いざ手に入ったら嫌がるというのは愚かしい話だが。

 

「さて、次はシークレット展示ですか……。楽しみですね、ユキ……さん!」

「うん、どんな展示が……ん?」

 

 と。

アレンジを加えつつも毎年お馴染みの展示を見終えて、シークレット展示に辿り着いたが。

なんか、見覚えのある姿が見えるな、と思わず立ち尽くす。

その銅像は、マッシュへアにミリタリージャケットとジーンズ、ブーツに身を包んでおり、片手に剣を、もう片手の五指から糸を出したポーズをしている。

見覚えがある気がするけど知らない人だぞ、と思い込もうとする僕を尻目に、横のチセから呆れ声。

 

「……うわぁ、身内どころかご自身が銅像になった気分ってどうです?」

「止めて、現実逃避してたのに……。てか、肖像権は何処……?」

「監修は二階堂龍門って書いてありますね……」

「父さんなんで僕を裏切ったの……?」

 

 なぜか脳内に、自慢げなすまし顔で褒めてほしそうに僕を見る父の顔が思い浮かぶ。

今日ばかりはグーで殴っても許されると思う。

なので想像の中でダッシュでグーを放つが、普通に受け流されて取り押さえられた。

想像の中でも勝てないのが悲しい。

 

 死んだ目になりながら、チセに手を取られ引っ張られつつ英雄二階堂ユキオ展を見る羽目になる。

実績、解決した事件、戦った敵であるナギとミーシャら。

そして謎の技解説に、チセが足を止めた。

 

「へー、英雄ユキオの糸剣は、糸剣ユマイヤって言うんだそうですよ。知りませんでした」

「僕も今初めて知ったんだけど……。ああいや、他の人にそういう技名を考えたって伝えられたことはあるけど」

「へぇ……右手の糸は右のシックザール、左手の糸は左のカルマっていうらしいですよ」

 

 先だって、ナギの技名ノートを読んだことを思い出す。

ナギが僕の技に着けた名前が、ユマイヤだのシックザールだのだったはずだ。

そして父さんは僕に彼女の遺品のノートを渡す前、検問のため内容を一通り読みはしたはずだ。

だから父さんがナギの考えた技名を知っているのはおかしくはないのだが。

 

「もしかして今、僕は使った覚えのない中二病技名を、知らないうちに世界中に、自分が考えた事にされて公表されてる感じ……?」

「そんな感じですね……かわいそ」

 

 切実に、このまま意識を失いたい。

あまり同情していない感じの「かわいそ」も、奇妙な強さでボディーブローしてくる感じで、中々効いてくる。

死んだ魚の目そのものになりつつ、チセに引きずられるように連れていかれた。

 

 

 

*

 

 

 

 お土産コーナーで更なるダメージを食らいつつ、会場を出てほど近く。

喫茶店の冷房で涼みながら、僕はぐったりとしながら向かいのチセを恨まし気に見つめていた。

何故ならチセは、卓上に先ほど買ったお見上げのうち幾つかを広げていたのである。

その殆どは、英雄二階堂ユキオのグッズである。

 

「いやー、毎年行ってたから勇者グッズは割と集まっていたので、今年はついつい……」

「本人を前に買うの、色々凄いね……」

「えへへ、褒めなくてもいいですよ~」

 

 全く褒めてないのだが、照れながら頬をかくチセが可愛らしいので流しておく。

溜息をつきつつ、コーラを口に。

いつもの甘い炭酸を摂取していると、ふと視線が気になり、面を上げた。

チセが、その青い瞳で僕をじっと見つめている。

 

「チセ?」

「……今日、楽しかったですか?」

 

 一瞬生返事が浮かんできたが、問うているチセの表情が真剣なのを見て取り、真面目に今日一日を思い返す。

思い出を作ろうと微笑む、太陽のように輝くチセ。

手をつないで、好きな物を語り合いながら連れ歩いて。

最後にはとんでもない展示でズッコケてしまったような心地だったけれど。

 

「うん、楽しかった。とっても」

「えへへ、良かったぁ」

 

 相好を崩すチセに、思わずこちらも目を細める。

にへらっと崩れる笑みは、本当に心の底から嬉しそうで、見ているだけでこちらの心が温まるようだ。

それが、落ち込んでいた僕が楽しい思い出を作れたことによる笑みというのだから、可愛らしさも一入というものだ。

 

 僕は、民衆のために立ち上がった英雄ではない。

結局のところ、自分のため、自分の家族のために立ち上がった人間であり、特段立派な動機で戦った人間とは言えないだろう。

この手で殺した人が、愛した人ばかりという状況からも、尚更だ。

 

 だから英雄と呼ばれ、多くの人を救った事に感謝の声を上げられるのが、心苦しかった。

感謝されるたび、僕が皆を騙しているのだと、そう糾弾されている気分だった。

療養中と公的にしているのは、誰にも感謝されたくないから、感謝を受け取る場面となりたくないから、という側面もあった。

 

 けれど、こんな笑顔が見られるのであれば。

僕の選択が、こんな笑顔を守る事ができたのであれば。

ほんの少しだけ、ちょっぴり。

自分の選択の価値を信じ、誰かの感謝を受け入れる事ができるのではないだろうか。

 

 そんな風に思えて、だから僕は。

ミーシャを手に掛けたあの日から、ようやく最初の一歩をどこかに踏み出せたのだと、そう思う事ができたのだった。

 

 

 




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