ナイトメア非英雄譚   作:アルパカ度数38%

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二階堂ユキオ:主人公。"運命の糸"。勇者の息子。位階161。
二階堂ヒマリ:姉。"よろずの殴打"。英雄。位階95。
二階堂ミドリ:妹。"陽光の湖"。英雄。位階94。
二階堂アキラ:自分が誰なのか、分からない少女(仮)。"時間の総舵手"。愚者。位階135。
二階堂龍門:父。"勇者の聖剣"。勇者。位階132~。
シャノン・アッシャー:連合所属。"赫の竜鱗者"。竜の英雄。位階96。
ヴィーラ・アントネンコ:旧連邦所属。"鏡面の黒子"。冬の英雄の娘。位階77。

二階堂リリ:ユキオの娘/妹。"運命の赤い糸"。運命凍結者。位階189。

体調不良だったので、超ギリギリでの執筆でした。
日曜の午後から火曜夜までだけで2万字書くの辛い……。


07-枯てよ血、果てよ命

 

 

 

「ここが南極……か」

「流石に南極に来たのは始めてですが……白いですわねー」

 

 呑気に言うシャノンの言葉に、ユキオがピクンと眉を動かすが、無言のままにとどめた。

小さく呼吸、余裕のなさを空気と共に吐き出してゆく。

龍門はそれを目に留めつつも、捨て置き静かに寒冷地での動きを軽く試す。

 

 南極は、雪と氷に覆われた世界だった。

それでも元は生命の動きというか感触はあったのだろうが、運命凍結現象により多くの生物はその動きを止めている。

故に、まるで視界の全てが死んでいるかのような光景。

運命の雪が降るのみで天候は明るく、埃の少ない空気の中、場違いなほど美しい陽光が降り注いでいる。

そのまるで人工物と見間違うような強烈な陽光が、むしろその死の世界の印象を強めていた。

 

 後衛であるミドリとアキラは厚着だが、残る前衛5人は比較的薄着である。

龍門はニットベストを着こんだスーツ姿で、他の面子も似たような恰好だ。

特に竜化変身をするシャノンは幾らか肌を露出しており、視界に入るだけで寒くなるぐらいだ。

龍門はアキラとシャノンを視界に入れないよう視線を外し、その感覚が指し示す存在の方へと視線をやった。

遠く、薄っすらと映る空を見上げた女性。

腰に下げた聖剣の柄に手を、その運命を感覚する。

 

「……私の聖剣は、覚醒不可能だ。あの娘の運命は、"赤外"……人類滅亡要因ではない」

 

 ホッとした様子で、ユキオが、そしてヒマリとミドリとが溜息をつく。

 

「良かった、やはりリリは人類を滅ぼそうなどとはしていなかった」

「ああ。だが、私の戦力が下がった事も意味する。

 ……ユキオ、お前がメインで戦うほかないという事だ」

「…………はい」

 

 神妙に頷き、ユキオが握りしめた手に視線をやった。

その仕草に、心惹かれるものと、無関心とが、龍門の中で渦巻く。

 

 龍門の中で、二階堂ユキオは既に死んでいた。

あの日龍門と同じ屋根の下、ユキオは薬師寺アキラの手によって爆散して死んだ。

それでもユキオであれば自己蘇生は可能と信じ、龍門は薬師寺アキラの討伐に手を貸した。

映像越しに見たユキオはまるで当人のように見えたし、その力も凄まじい物で頼もしく思えた。

しかし、直に再開したユキオは……よく似ていながらも、どこか別人であるかのように龍門には思えたのであった。

 

 もとより、龍門にとって妻であるヒカリこそが世界の全てだった。

ヒカリを呪いで失ってからは、世界の全てが色褪せてしまったかのようだった。

妻の忘れ形見である筈のヒマリとミドリの姉妹も、龍門にとっては興味を引く所のない相手だった。

ただただ惰性で妻の大切にしていた娘らを育て、オマケに妻の引き取ったユキオとミーシャを育てて、終わり。

それだけが龍門にとっての、残された生きる意味だった。

 

 それが覆ったのが、幼き日のユキオとの交流だった。

ユキオは育つにつれ、何処か妻を想起させるようになった。

具体的に何処がと言われると難しいが、細かな仕草、言葉の選び方、その精神的な強さ……つまるところ、纏う空気が似ていた、という言い方が正しいだろうか。

血の繋がらない、けれど何処か妻の面影を残すユキオに、龍門は実の娘以上に入れ込むようになってきた。

 

 しかしあの日。

自己蘇生を遂げたユキオからは、その空気が消えていた。

 

 その空気が何だったのか、龍門には分からない。

けれど何か徹底的な物がユキオから薄れ、掻き消えてしまったように思えたのだ。

故にそれ以来、龍門はなるべくユキオと対面しないよう、逃げ回るように国外の用事を済ませる事にした。

その空気のあったころのユキオを、忘れたくないから。

妻の残り香を受け継いだ頃のユキオを、塗りつぶされたくないから。

竜国における用事があったのは確かだが、こうまでユキオを避け続けたのは、そういった背景によるものだった。

 

 そして今のユキオは再び、僅かながらその空気を手に入れているように思えた。

何処がと言われると言葉にできないが、その目に宿る意志、所作一つ一つの動き、それがどこか再び、妻を思わせるように感じて。

 

「……アキラ」

「……何だい?」

 

 かの名を呼んで、少女の甲高い声で返ってくる違和感に、龍門は眉間をもんだ。

頭の奥から響いてくるような頭痛に耐え、問う。

 

「……ユキオの呪いとやらは、今どうなっている?」

「……最近、少しぶり返して強くなっている。それ以上は長くなるし、語らないよ」

「そうか」

 

 短く答え、龍門は瞼を閉じる。

朧気ながら、龍門は何故自分がユキオを自分の息子だと心の底から思えたのか、その理由に感づいた。

そしてそれは、これ以上追及すべきではない事だとも。

深い、溜息。

それが妻の遺志であり、またユキオにとっても幸福なのだろうと、理解して。

 

「……私は、呪いの事は忘れる。

 ユキオの事を、無理に避ける事も……無理に愛そうとすることも、しないだろう」

「……そうだね。それがきっと、いい」

 

 龍門は瞼を開き、意識をその存在へと切り替えた。

二階堂リリ。

ユキオが引き取り、龍門が追認する形で二階堂家の一員として受け入れた子。

ユキオの妹にして娘、死体の胎から生まれた命、禁忌の血を引いた子、祖父に使用されるために生み出された道具。

二階堂ユキオの番として生み出された、設計された生命体。

そのバグと言うべき生まれた自我は、しかしその血肉の設計通りにユキオを愛し、そしてその生まれた宿命のおぞましさが故に嘆き苦しんだ。

 

 龍門としては、この娘との繋がりは限りなく薄い。

この娘を引き取ってからはユキオを避けるために家に寄りつかなくなり、この一年半ほどで顔を合わせたのは両手の指で数えられるほどだ。

快活な愛らしい娘だったが、特段龍門の心を動かすほどではない。

街で見かける同世代の愛らしい子供と比べて、付き合いの分少し強く親愛を感じる程度か。

 

 命を賭けるほどではない。

彼女への親愛のためではなく、ユキオのために、かつて自分がユキオに感じていた親愛のために剣を取る。

だからきっと、龍門は今日も切り札を切らない。

今日の龍門の役割は、ユキオの剣を、言葉をリリの元に届ける事なのだから。

 

「リリ!」

 

 ユキオが叫び、前に進む。

リリの背から生えた赤い骨組みのような翼が羽ばたき、体ごとユキオへと向き直る。

すっかり育ち、まるでユキオと同い年ぐらいにまで育ったリリが、ユキオと視線を合わせる。

龍門もまたユキオを追って走り、その腰の聖剣が軌道に儚い光を残す。

聖剣は静かに青白く、その冷たい輝きを放っていた。

 

 

 

*

 

 

 

 風は凪いでいた。

白く輝く雪と氷の大地、陽光輝く青空から深々と雪が降る異様な光景。

その空から、随分と様変わりしたリリが降りてくる。

開けた雪の大地、僕とリリとが相対した。

 

 銀色の髪は腰ほどまで伸び、この白銀の世界の乱反射する光を受け輝いていた。

黒く染まっていたはずの瞳は金色に輝き、どこか僕の実母、フェイパオの瞳を思わせる。

赤い骨組みのような翼、そして真っ白な、まるでウェディングドレスのような服を着ていた。

その相貌はいくらか大人っぽくなり、僕と同年代ぐらいになっただろうか。

少し垂れ目気味だったのは変わらず、何処か幼い頃のリリの面影は残したままだった。

 

「父さま」

 

 予測できた呼称に、しかし僕は思わず息をのんだ。

リリが自分の出生の全てを知ったとアキラに伝えられたはずだったのだが、改めてそれを告げられた気分だった。

動揺が表に出てしまったのか、リリは寂しそうに微笑んで見せる。

 

「父さま、ここに……何をしに来たのか、教えてくださいますか」

「家出娘を、叱りに来たのさ。……一緒に"ここ"に帰るために」

 

 リリは、目を細めた。

気のせいでなければ、その微笑みは寂しそうなものではなく、何処か本当に嬉しそうなものに切り替わったかのように思える。

 

「そうだよ、一緒にお家に帰ろう!?」

「大丈夫、プリンは用意してある」

「お願いだ、もう一度……もう一度、一緒に居よう!」

 

 ヒマリが、ミドリが、アキラが次々に叫ぶ。

一人ズレた台詞にミドリの顔を思わず盗み見るが、真剣な顔なので素なのだろう。

仕方ないと思いつつ、リリに視線を戻し、手を伸ばす。

リリもまた、手を伸ばし……そして、その掌を僕に向けた。

 

 赤く輝く糸が、宙に発生した。

それが瞬く間に編み込まれてゆき、剣の形を作る。

全長1メートル程度、両刃の厚みのある刀身に、薄っすらと濡れたような輝き。

鍔には豪奢な装飾が施され、柄頭は大きく重く、重心を手前にして扱いやすくしている。

 

 僕もまた、震えながら、伸ばした手を翻らせ、掌をリリに向けた。

リリと正反対の糸、青白い糸が宙に生まれ、編み込まれる。

色を除けば鏡写しのような、同じディテールが生まれ、僕の手に掴まれる。

 

 人類が仰ぐ光。

人類存続のための光が剣の形をとった、人々の運命を決定づける剣。

勇者の聖剣の、その偽物。

人類存続という絶対の正しさである本物の光に対する、正しさを詐称するニセモノの光。

そのニセモノの光同士が、相対していた。

 

「リリ、良い子だからこの雪を止めてくれ。

 そして皆で……一緒に、家に帰ろう」

「私には、目的があるのです。

 私と父さまを除く、人類全てを凍結させてみせます」

 

 相対しているだけで、分かる。

リリの位階は僕をはるかに超えていた。

かつて僕は、覚醒を加味しても位階70に満たないぐらいで位階90のナギと戦ったが、その時の位階差は20と少し、出力にして4倍以上の差があった。

しかし今の僕とリリの差は、それを更に超えている。

10倍とは言わないが、6倍以上の差があってもおかしくはないだろう。

 

 背筋を冷や汗が伝う。

強烈な威圧のせいか、ただで寒い空気が、針のように全身を刺してくるかのよう。

生命としての本能がこの場から逃げろと叫んでおり、思考が澱み膝が震えて。

けれど。

 

「残念だけど、僕はリリを……"ここ"に、連れ帰りに来たんだ。

 リリ、君にそんな残酷な真似はさせないし……、一人に、或いは二人きりだけになんて、しない」

 

 "ここ"と、胸に手を当てながら叫ぶ。

今なら、まだ間に合う。

この雪も運命の力を持つ僕とリリの二人で力を合わせればなんとかできるし、その力についてもなんとか辻褄合わせして誤魔化して見せる。

リリが少し大きくなってしまったけれど、元々成長は速かったんだし、成長期だったんですで押し通す。

僕の全霊を賭しても、そうして見せる。

だから、と願いを込めて視線をやるが。

 

「……父さま。

 ならば今日は……初の、親子喧嘩と行きましょうか」

 

 リリは、嫣然と微笑みながら、糸剣を構えた。

僕も歯噛みしつつ、糸剣を構える。

背後、アキラとミドリを司令塔とし、他の面子も位置についたようだった。

 

「しっ」

「ふっ」

 

 轟音。

糸剣同士が激突、音を超えた一撃が衝撃波を辺りにまき散らし、僕らの髪を巻き上げる。

視線と視線とが絡み合い、互いの意図を探り合った。

バチリ、と赤と青の雷が煌めく。

疑似雷化加速、音を置き去りにし僕らは加速する。

咆哮。

 

「おぉおぉおおぉぉっ!!」

「はぁあああぁあぁっ!!」

 

 袈裟、逆胴、小手、翻って突き、切上、打ち下ろし、沈んで逆風、咎める下段。

超音速の剣戟が絡み合い、激突。

衝撃波が雪を、大地を、空気を切り刻み跳ね上げる。

 

 剣術に置いて相手を殺す太刀とは、不意を打った剣戟に外ならない。

最速の不意打ちとは、すなわち見えぬ剣、先の先の先。

位階差や身体能力差による、そもそも察知できない一撃。

それを狙うのがリリ、完全に位階で僕を超越した彼女の剣である。

技量で僕に大きく劣るものの、どこで覚えたのか基本的な動きぐらいはできている。

 

 対し僕は、いわば先々の先、意を殺す剣を狙っていた。

リリの剣は、身体能力で完全に僕を超越し、その剣はただただ全力で振るわれるだけで僕の対処能力を超えかねない。

後の先を狙えばそも防御ごと打ち殺されるほどの差があり、だからこそ僕はリリの意を読むことに終始していた。

剣を振るう動作、その動作の起こりである筋肉の初動、その初動を伝える神経線維のインパルス、その更に前にある意志の起こり。

そこまで先に読む事で、僕はリリより速く動く事は出来ずとも、早く動く事ができる。

僕にリリの攻撃を殺すことはできない。

だからこそ、リリの攻撃の意図を殺し、初動を殺し、姿勢を殺し、機先を制し続けているのだ。

 

 そこまでやれる技量差があってなお、互角、否やや不利。

だがそれは、一対一が前提となる戦況分析に過ぎない。

 

「そっげーき」

「っ……!?」

 

 超精度のミドリの弾丸が、リリの糸剣を叩く。

追撃の打ち下ろしを、それでもリリは大きくバックステップで回避。

更なる追撃として、アキラの重力球が迫る。

防御不可能のそれに舌打ち、リリは向かって右――僕の利き腕の逆――へ向かい駆けて。

 

「シィッ!」

 

 聖剣の光波が、予測地点を襲う。

目を見開き、リリは迎撃を選択。

赤い糸剣を構えたその瞬間、ぐらりとその姿勢が揺れる。

 

「遠隔生成、影の盾……なんとかいけましたね」

 

 それは、ヴィーラの持つ固有術式"鏡面の黒子"の応用発動。

足元に生成された、ツルリとした攻撃を受け流す盾の曲面に、リリが足を滑らせたのだ。

対処が遅れたリリの元に、光波が激突。

 

「そしてファイアブレスですわ~!」

 

 と同時、追い打ちの火球が光波ごとリリへと激突、爆発。

灼熱と共に、土煙と水蒸気とが上がり、視界が遮られる。

即座に僕は後退、皆と足並みを合わせながら煙を注視する。

影が僕の前に煙から脱出、切りかかろう……とした瞬間、直感が警笛を鳴らした。

即座に後退すると同時、影……赤い糸の塊がパカリと割れて、糸が先ほどまで僕が居た場所を拘束して見せた。

 

「あっぶな!」

 

 思わず叫ぶ僕を尻目に、リリの本体は煙から飛び出て父さんに強襲をかけていた。

圧倒的速度で切りかかり、辛うじて父さんが一撃目を防御。

足を浮かせ、上手く衝撃を使って弾き飛ばされる。

そのままリリは追って体を沈み込ませるようにしながら踏み込み、地を這うような低い剣戟が振るわれようとし。

 

「よいしょ!」

 

 姉さんの"よろずの殴打"。

地面に叩きつけられたそれは、地面越しの殴打として足元からのアッパーとなりリリを殴打していた。

当然のように防御を差し込んでいたリリだが、その体重の軽さもあり、強烈なアッパーに数メートル近く、体を浮かせてしまう。

だが。

 

「……こんなもの?」

 

 鈴の音のような声。

空中を舞ったままに、リリはその両手を振るう。

瞬間、赤い糸がその隠蔽を無くし姿を露わにした。

体勢を戻そうとする父さんと、援護のために近寄っていた姉さん、影から再び武具生成のタイミングを計っていたヴィーラの三人が捕縛される。

後方で構っていたミドリとアキラの二人も狙われていたようだが、アキラの対抗術式によりどうにか、事なきを得たようだ。

しかし、リリの目の前で拘束されてしまった父さんと姉さんは、絶体絶命のピンチと言える。

 

「その言葉は、そのままそっくりお返しするよ」

 

 だが一瞬遅れて、僕の張り巡らせた青い糸が露わになった。

空中の疑似支点を用いて張り巡らせたそれは、一人浮き上がったリリを完全に捉えていた。

目を見開き拘束を力任せに破るリリだが、僕がリリに追い付く方が早い。

逆袈裟、リリの二の腕を僅かに裂き、小さくも血の花を咲かせる。

 

「……っ!」

 

 初撃をもらったのは、リリの方。

その精神的衝撃に顔を歪めつつも、リリは距離を取る。

同時僕も糸を振るい、味方を拘束する赤い糸を破壊する。

数メートルの距離を取って、再び僕らは相対することとなった。

 

「……さて、振り出しに……まぁ、リリのダメージ以外は戻ったんじゃあないかな?」

 

 肩を竦めつつ、糸剣を手に余裕そうに見えるよう祈りながら微笑みかける。

困ったことに、リリは想像より数段強い。

いくら出力が上だからと言って普通に剣戟でついてこられるとは思っていなかったし、糸使いとしての力しか使っていないリリに、ここまで押しきれないとは思わなかった。

 

「そうですね……確かに私が、やや不利を負ったのみです。ならば……」

 

 何せ彼女は、単なる糸使いではなく、"運命の赤い糸"使いなのだ。

その本領を発揮する前から押しきれないほどの差が出るとなると、それだけで十分すぎるほどの絶望的な差だろう。

それを示すかのように、リリはふわりと両手を振るい……。

 

「少し、本気で行くです」

 

 運命使いとしてのリリが、姿を見せる。

 

 

 

*

 

 

 

「……は?」

 

 誰の声か、疑問符が響いた。

その先には、天を人差し指で指し示したリリがおり。

その示された空には、巨大な隕石が見えていた。

 

「……え、あ、ちょっと嘘でしょ!? でかくない!?」

「10kmだっけ、恐竜を絶滅させたやつ。あれ、もっと大きくない?」

 

 ミドリが呆然と呟く通り、明らかに隕石の大きさは10kmを超えていた。

間違いなく、人類を一撃で滅ぼし得る攻撃である。

内心舌打ち、仲間の様子を確認するが、辛うじて冷静で居られるのは父さんぐらいで、姉妹の凶行にアキラですら冷静さを失っている。

大きく息を吸い、叫んだ。

 

「隕石は僕が防ぐ! みんなはその間のリリの攻撃に耐えてくれ!」

 

 フェイパオから汎用落としした疑似雷化は、汎用術式の状態では長距離移動に向いていない。

レールを生成、一瞬で音速の十数倍に達し、落ちてくる隕石からの相対距離を少しでも縮める。

空を行く中、片手を思いっきり伸ばす。

同時、全霊を賭して術式を走らせた。

過負荷に鼻血が垂れ、瞼裏の毛細血管が破裂し、血の涙が流れゆく。

 

 質量での対抗では、隕石の破片が降り注いでしまうので避けねばならない。

ならば狙うは、かつて運命転変で汎用取得した重力術式による破壊。

目血に耳血に鼻血、口からも血液を垂らしながら全力を超えた高速演算を走らせる。

隕石の正確な直径と体積を、その中心位置が何処にあるかを、観測術式が。

その質量を僕の術式が何秒で消し飛ばせるかを、演算術式が。

そしてその最終結果通りの力をどのように走らせるかを、僕の脳裏が演算し続ける。

脳を焼くような負荷、神経を焼き切る灼熱。

絶叫に似た咆哮と共に、僕は可能な限り近づいてからその術式を発動させた。

 

「運命転変、汎用重力術式――ブラックホール!」

 

 隕石が"折りたたまれ"始めた。

紙風船にストローを刺して吸い込めば、こんな感じになるのだろうか。

人類を滅亡させ得るような巨大な隕石は、ベコベコと音を立てながら内側に吸い込まれるようにその質量を減じてゆく。

 

 それは、かつて薬師寺アキラが発動したものと似て非なる力。

あらゆる質量を吸い込むブラックホールを生成するのは同じだが、僕はその生成時間を完全制御することに成功していた。

その巨大な隕石の中心に生まれたブラックホールが、丁度隕石を飲み込み切るのに必要な秒数。

それだけの時間が経過すると同時、その黒い超重力の渦は、そのまま掻き消えて消滅した。

流石にミスると洒落にならないので、運命転変による乱数制御を前提とした術式だったが、どうにか上手くいったようだ。

 

 成功に一安心と溜息をつきつつも、反転。

超音速で地表目指して再度駆ける。

十秒ほどで地表に到達、今まさにアキラに切りかかろうとするリリを視界に、疑似雷化、速度を一気に跳ね上げた。

間に入ると同時雷化を解除、質量を取り戻し降り下ろしの赤い糸剣を受ける。

咄嗟の事だったので、技術もクソもない単純な受け方になってしまう。

凄まじい重い剣に、全霊を込めて対抗。

 

「ぐ、がぁぁっ!」

「父さま、流石早いです。でもその分ちょっと、消耗は重かったみたいですね」

 

 淡々と言うリリは、恐ろしいことに片手で糸剣を握っている。

こちらは両手持ちで全霊を込めているというのに、なんていう馬鹿力なのか。

脂汗をかきながらの全力だというのに、押し込まれてゆき、ついに膝をついてしまう。

 

「が……ぐぁあああ!!」

 

 割れんばかりに奥歯を噛みしめ力を込めるも、辛うじて押し込まれるペースが下がっただけだ。

拮抗にすら持って行けない状況に焦ると同時、発砲音。

リリが、波打ったように見えた。

 

「攻撃中でもすり抜けるの!?」

「父さま、リリのやつ、さっきから殆どの攻撃がすり抜けるんだ!」

 

 おそらくミドリの援護だったが、リリはそれを意に介してすらいなかった。

絶望が頭をよぎると同時、しかしリリは跳躍し、飛びのいた。

父さんの聖剣による攻撃を、避けたのである。

距離を取るリリに、僕は肩で息をしながら立ち上がり、大粒の汗で覆われた額を拭った。

 

「情況、は!?」

「ヴィーラとシャノンは直接接触で凍結させられてしまった!

 さっきからリリへの攻撃がすり抜けてしまう、龍門の聖剣と、私の運命の術式だけ避けているから、恐らくは通り得る!」

 

 とすると、僕の糸剣もか。

そも僕の糸剣も通り抜けられるのであれば、先ほど糸剣だけすり抜けて僕の体を切ってしまえばよかったのだから。

対するリリは微笑み、少し得意げにしてみせる。

 

「正解です。運命操作の応用による、確率操作。

 準備すれば隕石も呼べますし、ミクロの世界にしか存在しないトンネル効果も、マクロの世界に持ってこれるのです」

「そいつは……とんでもないね……」

 

 トンネル効果、量子力学に置いて、粒子がエネルギー不足の状態でも障壁を貫通しすり抜ける事を指し示す。

非常に低確率でしか起きないため現実にマクロの世界で観測されることはまずなく、ミクロの世界でのみ観測される事象だ。

確か一部のトランジスタに置ける電子の振る舞いの計算で必要になる事が多く、ナノレベルの半導体設計などに使う理論だったか。

 

 それを確率操作で、肉眼視認が可能なレベルで引き起こすというのは、恐るべき強さだ。

何せ運命に干渉可能な攻撃以外は、リリに攻撃してもすり抜けてしまうということになる。

この場で言えば、僕の攻撃全般と、父さんの聖剣、アキラの運命の術式を織り交ぜた攻撃だけが有効打になりうるということか。

 

「姉さん、一度下がって。私のところに」

「……でもっ」

「でもじゃない。いいから早く!」

 

 ミドリが戦力外通告を受けた姉さんを後退させ、場は三対一の様相となる。

リリは先ほどの切り傷は既に塞がっており、出血での体力低下はあるものの、さほど大きな消耗はない。

対し僕はかなり大き目の運命転変を打っており、父さんもアキラも大小の傷に幾らかの消耗を見せている。

先ほどと異なり、こちらの不利といった所か。

 

「……父さま、これでも諦めてはくれませんか」

「まさか、この程度の不利で?

 悲しいことにこれぐらいの不利状況は頻繁に背負ってきているんだ、諦めるには早すぎるさ」

 

 軽口を叩きつつ、糸剣を構える。

靴裏から糸が四方八方に伸び、空間を微細な糸が漂い感覚器の代わりとして情報を拾い始める。

読みづらくした薄い呼吸で、しかし深く肺の空気を入れ替えてゆく。

 

 リリの攻撃、の前兆、の意の起こりを捉える。

疑似雷化、超音速の剣が唐竹にリリに迫った。

直前でリリの視線に違和感、咄嗟に雷化を解除し剣を降り下ろす。

 

「っ!?」

 

 息をのむ音、リリの糸剣が跳ね上げられ、僕の剣を逸らしてみせる。

今の一瞬、リリは剣を受ける気すらなかった。

理屈は良く分からないが、疑似雷化しているとすり抜けモードのリリに攻撃が通用しないと見てよいか。

だがそれを言えば、恐らくリリもすり抜けモードと疑似雷化と同時利用ができないのだろう。

というか、同時利用できたのであれば、僕が隕石を破壊して戻ってくるまでの間に仲間が全滅していないとおかしい、ということになるか。

 

「同条件、か!」

「読みが、早いです!」

 

 結局僕とリリのスピードとパワーの差は変わらない。

しかしリリのスピードが落ちるということは、周りの人間が介入しやすいということになり、当然僕の有利に働く。

そして最初の雷速剣戟で、ある程度リリの太刀筋は読み、学習済みだ。

 

 剣を受け流されたままに姿勢を低く、同時背に隠していた運命の糸針を放つ。

眼球に向かってきたそれに、リリは反射的に糸布を作り叩き落す。

が、それは同時自ら視界を隠す行為と同義だ。

僕はリリの背面に回りながら背に向けて切りかかり、糸布を退けたリリの視界には父さんが映り聖剣で切りかかろうとしている。

 

「こんなもので!」

 

 リリは半回転、僕の糸剣を優先して撃ち落す。

同時に地面から糸槍を生成、突き上げて父さんを狙った。

その瞬間、黒い重力波が父さんの前面を覆うように一瞬発動。

赤糸槍を防御無視の、アキラの重力術式が崩壊させる。

その隙を縫う父さんの剣戟は、リリの背の翼が縦横無尽に動き薙ぎ払って見せた。

 

 遅れ、リリが気付く。

僕の糸剣はしなやかにぐにゃりと曲がり、リリの撃ち落しの切っ先を包み込むように沈んでいた。

僕は既にぐにゃりと曲がった糸剣を手放し、糸剣生成の青白い光と共に新しい糸剣を掴み振るっている。

腰の入らない剣戟は、リリにとって脅威にならない。

しかし直感故にか、リリは一瞬雷化し高速後退、僕の糸剣を辛うじて避けた。

同時に糸剣が解け、当たっていれば拘束に成功していただろう糸が弾ける。

 

「油断も、隙もない!」

 

 リリが叫ぶが、これで終わったと思う方が油断だろう。

リリの糸剣が再生成、超速度の横凪ぎが振るわれるその寸前、僕は全身で前に倒れ込んだ。

靴裏を配置していた糸で背後に引っ張り、勢いよく姿勢を前に倒したのだ。

頭蓋の上を赤い糸剣が過ぎてゆくのを感じつつ、倒れ込みながら生成した糸剣を手に。

地面にトランポリンのように貼ってあった糸布に、柄頭を激突させる。

弾力による反発と同時、糸布と柄頭双方に走らせた電磁力が、強烈な反発を生み出した。

 

「シィィイィッ!」

 

 何時か赤井に使った必殺剣の、バリエーション。

前に倒れ込むような回避という通常ありえない動作、足元から上がってくる突きという意識の裏の剣戟、それも電磁加速した超音速の刃が、リリに突き刺さり……。

 

 ざざ、とモノクロの光景。

 

 リリの横凪ぎが振るわれるが、その刹那、リリの意図が切り替わったのを感じる。

多分、運命転変を消費させたのだ。

即座に先ほどまで立てていた必殺剣の計画を棄却、考えていた第二案に行動を変える。

靴裏の糸を引っ張り、超高速で膝をつく。

直後胴を狙っていたリリの横凪ぎが、僕の首に叩き込まれた。

 

「え、あ」

 

 呆然としたリリの声。

くるくると、僕の首が回る。

角度と直前の動きで調整した通り、僕の首はリリに向かって飛び、その視界を隠す。

同時僕の首から下は、予定していた通りに立ち上がりつつ切り上げの剣戟。

動揺していたリリの脇下に、糸剣が叩き込まれる。

防御を僅かにしか抜けず、糸剣は僅かに刺さり殆ど殴打の効果のみ。

しかしリリの体が浮き、無防備に。

同時僕の首から上が、糸を通じてアタッチメントでくっつき、一呼吸。

酸素を蓄えた全身の筋肉が脈動し、軽く入っただけの糸剣に全霊の力が叩き込まれて……。

 

 ざざ、とモノクロの光景。

 

 リリが横凪ぎを力づくで止めて、背後に全力後退。

動きから二回か三回は運命転変を消費させたと判断、僕は糸剣を大上段に構え後退するリリを追う。

全霊の力を込め、獅子咆。

 

「はぁぁああっ!!」

「……っ!?」

 

 僕の気迫にリリが集中し、カウンターを狙い糸剣を構えた。

僕をはるかに超える出力やリソースを持つリリにカウンターで待ち受けられると、僕はほぼ必敗となる。

単純に見てから考えてカウンターで動くのが間に合ってしまうので、単に先に動くと敗北が確定してしまうのだ。

だからその選択肢は、一対一ならば、花丸を上げられただろう。

だが。

 

「かは……!?」

 

 音もなく背後から近寄っていた父さんの聖剣が、リリの横腹に突き刺さる。

脇から切り上げられるそれは、あまりの位階差や運命属性の強弱故か、リリの皮膚を突き破ることは不可能だ。

しかし単なる殴打としては十分で、その威力にリリの足が浮き、肺が圧迫され、呼吸が乱れる。

有効打を与えうる位階の僕が、裂帛の気合で大上段を用意したその目の前で、だ。

 

「はぁぁっ!」

 

 咆哮と共に、糸剣を全力で叩きつける。

青白く光る剣が、リリの肩口に激突。

鎖骨を切り裂き、白いウェディングドレスを鮮血に染め、しかしそこまでで剣が停止する。

南極大陸ごと真っ二つに割るぐらいの気合だったんだけど、数センチ切り込んで終わりですか、と僕は顔を引きつらせ……。

 

 ざざ、とモノクロの光景。

 

「父さま、強すぎませんか!?」

「……消費は三回か、四回か」

「……冗談でしょう!?」

 

 叫びつつ、リリは横凪ぎを止めて全力で空中に退避する。

次々に飛んでくる運命属性付与の重力術式をひらひらと回避しつつ、雷化を防ぐためのけん制であろうミドリの狙撃をすり抜けていた。

リリと決裂して戦闘になった場合、ある程度リリを消耗させなければ無理に連れて帰る事もできない。

だから運命転変を切らせて消費させるのは既定路線だった。

 

 その上で、リリは今後僕との近接戦闘はなるべく避けて動くだろう。

何せリリと僕では、近接戦闘の技量が違いすぎる。

考えていた策のうちどれが刺さったのかは分からないが、多分面白いように刺さったのではあるまいか。

とは言え欲を言えば、リリが深い警戒なしに僕と近接戦闘をしてくれるボーナスタイム、その間に運命転変を5回ぐらい切らせ消耗させたかった。

想定通りだが、最大限上手くいったとは言えないぐらいか。

 

 僕と父さんは即座に移動、重力術式をマシンガンみたいに打ちまくっているアキラの元に戻ろうとする。

が、僅かに早いタイミングで、無数の糸槍を放ちながらリリはアキラの元へ突撃。

アキラは重力術式で飛んでくる糸槍を叩き落すも、向かってくるリリへの迎撃は僅かに間に合わない。

僕が疑似雷化を使えば間に合い、そして恐らくリリもそれを待ち構える心構えだろう。

だが、僕はその必要がないのだと、そう信じていた。

 

「お姉ちゃん……」

 

 横から強襲するヒマリ姉。

それをすり抜けモードを強制し、電磁加速させないための攻撃に過ぎないと考えたのだろう。

リリは攻撃を無視して、アキラに向け剣を振るおうとし。

 

「パァーンチッ!」

「かはっ!?」

 

 しかし、その拳が突き刺さった。

位階差故に威力は大きく減じられつつも、全く意識していなかった攻撃に、リリが目を見開き固まる。

何故と目で問うリリに、ヒマリ姉が叫んだ。

 

「どーだ、ミドリ監修の"確率を殴る拳"!」

「……"よろずの殴打"……!!」

 

 そしてその瞬間、各々射線を被らせることなく僕らは攻撃の準備を完了していた。

ミドリの最大射撃、アキラの重力砲撃、父さんの聖剣光波、そして僕の電磁加速糸槍。

合計すれば、リリでさえもマトモに食らえば意識を失いかねない攻撃が、同時に放たれて……。

 

 ざざ、とモノクロの光景。

 

 横から強襲するヒマリ姉に、リリは標的を変更。

その意志の変わる起こりを捉え、僕は疑似雷化、超速度で姉さんの防御に向かおうとする。

が、リリの動きが速すぎる。

雷化した僕にほど近い動きで、その掌底を姉さんに叩き込んだ。

 

「お休み、姉さま」

「姉さん!?」

 

 叫びつつも雷化を解除、糸剣をリリに叩き込もうとするも、一手遅い。

リリはふわりと浮き上がるようにして僕を避け、空中にで翼を広げる。

ふわふわとアキラの重力球を避けつつ、空中で糸槍を電磁加速、即座に放ちつつ自身は僕へと突撃。

空中からの強襲を僕がどうにか防ぐと同時、糸槍の着弾音が響いた。

 

「ミドリ姉さまにも、凍ってもらいました。

 思っていたより、ずっと厄介でしたね」

「……ミドリは、本物の……天才だからね」

 

 冷静に告げるリリは、先ほどまでから更にその圧力を増していた。

想定を超えた力の差に、冷や汗が出てくる。

本能が体を震わせ、虚勢の笑みを浮かべるので精一杯だ。

 

「凍結が進み、世界中の人々の内、まだ凍っていないのは……龍門さんと、アキラだけです。

 だから世界の運命を凍結させ続ける力を、大きくカットできました。

 ……ここからが、私の……本気以上の、全力です」

 

 ギギ、と音。

リリの背に生えていた、骨組みだけのような姿をしていた赤い翼が、その数を増やす。

一対から、六対十二枚の翼へと。

……接敵時は6倍以上と言っていた力の差だが、今は8倍ぐらいと考えても間違いないだろう。

絶望的と思うべきか、翼の枚数よろしく6倍のパワーとか言われないだけマシだと思うべきか。

 

 全力を発揮したリリとの戦いが、今始まろうとしていた。

 

 

 

*

 

 

 

 互いの糸が、ヒトガタを形どる。

赤と青、色違いの糸が編み込まれ、巨人を作り出す。

生まれた赤と青の巨大な糸人形が、膝をつき、その両手を雪原に置いた。

 

「おぉおぉおおぉぉっ!!」

「はぉあぁぁっ!!」

 

 絶叫と共に、全身の力を振り絞り、地面を吸い込む。

糸巨人が雪を、大地を、氷を纏いその質量を増してゆく。

青い光と赤い光が、真っ白な巨人の表面に、メロンの網目模様のように浮いていた。

 

 かつて僕は、薬師寺アキラを相手に数百万トンの土糸巨人を作った。

その時は疑似地球、薬師寺アキラの製造した魂の術式を埋め込まれた土台があった故に、効率よく土糸巨人を作る事ができた。

対し今は、何の変哲もない、南極の台地。

しかし一年半の力量増加が効率の差を覆し、かつてとそん色ないほどの雪糸巨人が生まれ、その拳を握りしめる。

 

 全長、数キロ。

絶大な巨人たちが向かい合い……それが、始まった。

 

 殴打。

殴打、殴打、殴打、殴打……。

思考をそれで埋め尽くし、全霊の害意のみで脳裏を埋め尽くす。

工事現場の、百倍五月蠅い轟音。

超音速の数百万トンのラッシュが、ぶつかり合う。

 

 すぐに砕けた質量が粉塵となり、視界を遮る。

超質量の粉塵は青空を覆い隠して曇り空にしてしまい、暗闇に閉じ込めてしまう。

暗くぐちゃぐちゃの轟音だけが響く世界、赤と青の巨人を覆う筋だけが光源となり、その殺意を振りまいていた。

 

 喉が枯れんばかりの絶叫、その叫んだ自分の声すらも聞こえない。

大地が揺れ、何処が地面なのかも分からなくなる。

立っていることすらできない振動、崩れ落ち、転げながらも、絶叫と共に巨人の拳を振るう事だけは辞めない。

 

 無限の時間のように思えた、ラッシュの力比べ。

実際には数十秒程度のそれは、互いの糸巨人の崩壊と共に終わった。

舌打ち、視界の確保に汎用術式で風を吹かせると、同様にしていたリリの姿が浮かび上がる。

 

「が、げほ、クソ……!」

「はぁ、はぁ……」

 

 消耗は、明らかに僕の方が大きかった。

僕は血反吐をぶちまけながら、ふらつきつつどうにか立っており。

リリは汗を滲ませ肩で息しているものの、新たな傷はなく、精々純白のドレスが粉塵で汚れたぐらいか。

 

 辺りの地形は、完全に変化していた。

南極大陸の平原部分とは言え、見渡せば氷山や雪山のような起伏が見える場所だったというのに、今はもう荒れ果てた平原しか残っていない。

雪で埋め尽くされていた大地のうちいくらかは、元の土壌である白っぽい土が顔を見せていた。

父さんとアキラは、何処にいるのか分からない。

凍り付いた仲間と共に避難したところまでは見えていたが、恐らくかなりの距離を取っているのだろう。

ここからは、最悪僕一人で戦わねばならなかった。

 

「まだ、だ………」

 

 絞り出し、糸剣を作り出す。

応じるようにリリが赤い糸剣を作り出し、構えた。

間合いは百メートル以上、しかし僕らの最大速度からすれば瞬きの間に詰められる距離だ。

空気を張り詰めさせながら、僕らは遠い互いの姿を観察し次の一手を読み合い……。

汗が、リリの瞼に垂れる。

 

「っ!?」

 

 瞬間、生成した鏡面レールを残しつつもリリの死角に回りつつ、糸剣を振るう。

古典的な手だが、普通に引っかかったリリは、辛うじて防御。

超音速の剣戟がぶつかり合い、発生した衝撃波が残っていた粉塵を弾き飛ばす。

空を覆っていた粉塵の雲すらもが吹っ飛び、再び晴天の太陽が僕らを照らして……。

つまり、一瞬前に生成した鏡面のレールが、リリの目に陽光を反射して見せる。

 

「う、あっ!?」

 

 くらりとよろめくリリに、深く息を吐き、腰を落とし、鋭く一手。

小手切り、リリの右手首、その動脈をスパリと切断。

ブシュ、と炭酸飲料を開けたような音、鮮血が弾けるように飛び出た。

白いドレスが、赤く染まる。

出血、つまり体力の低下。

そのまま切り返し、跳ね上がる切上の剣を、リリは歯噛みしつつ受けた。

今まで使っていなかった左手を沿え、両手持ちで、だ。

鍔迫り合い、当初僕が避けていた形ではあるが。

 

「……おぉおおっ!」

 

 ここを好機と見、僕は咆哮と共に歯を噛みしめた。

ガキンと奥歯が噛み合い、全霊の膂力が糸剣へと伝達、モーメントがその切っ先に集まり、切断力となってリリの守る脇下、重要な欠陥の集った場所を狙う。

糸剣で受けるリリは、片手首の動脈を切って大量出血中だ。

治癒術式を回す暇もなく、剣に力を込めれば出血がさらに増え、さらに慣れない両手の剣戟では僕の剣戟を中々打ち破れない。

しかしここでもう一手深い傷を負えば、意識を落としてしまいかねないため、次ぐ傷は負いたくない。

 

「まだ、です!」

 

 故にリリが狙うは、逆転の一手。

傷を負った腕に敢えて力を籠め、その腕力で無理やり僕を弾き飛ばした。

鮮血を散らしつつも、距離を取って汎用の止血術式、次いで造血の術式。

しかし僕は即座に追撃、造血の術式を中断させ、リリに近接戦闘を強要させる。

 

「父さま、近すぎ、です!」

「娘に近づいて嫌がられるのは、世の中の父親共通だってさ!」

「嫌ではない、ですが、性格悪すぎです!」

 

 そうかな? そうかも。

とは言え、遠距離戦闘ではモロに出力差の影響が出るし、最悪もう一度雪糸人形戦になれば、消耗した僕ではボロ負けだろう。

それが分かっているので、僕はリリに貼りつき距離を空けさせたくない。

 

 地面から糸槍が飛び出るのを察知、回避のためレールと短時間雷化でのターン。

側面に回り込んだ僕の袈裟の一撃を、リリの剣が超膂力で弾き飛ばす。

インパクトの瞬間既に剣を手放していた僕は、剣戟の勢いのまま肘をリリの顔面向けて叩き込む。

 

「顔、は酷くないです!?」

 

 空いていたリリの手で受けられ、そのまま超握力が握りつぶさんとするのを予感。

肘を引く。

運命の糸で縫ってある肘部分の糸布がひとりでに破れ、滑りの良い裏地と合わさり、リリの手元には破れた生地だけが残る。

目を見開くリリ。

半回転、低い姿勢で糸剣を生成。

ひざ下を切り裂く最下段の剣戟、しかしリリの動体視力では見て間に合い、あっさりと剣が踏みつぶされ砕かれる。

普通に超硬度の筈の剣を踏み割られて、思わず顔が引きつる。

 

 剣を踏み割った足から、赤い糸が滲む。

深紅の糸槍が射出、跳ね上がるように起きて回避するも、その先にリリの剣戟が迫る。

咄嗟に糸剣を生成、逸らすような角度で受けるが、その衝撃を散らし切れない。

地に足がつかない姿勢、僕をはるかに超える超膂力が迫る。

 

 衝撃。

視界が揺れ、一瞬思考が止まる。

かは、と背中を叩きつけられて、一瞬息が止まった。

遅れ一気に立ち上がるも、追撃はなく、代わりに離れた距離のままリリは集中してその手を開いている。

しまった、と思うが早いか、その呪文がリリの口をついて出た。

 

「運命転変・異世界化学兵器――限定顕現」

「は?」

 

 予想外の内容に、一瞬思考が止まった。

同時、僕の目の前に、白い円筒形の筒が現れた。

鉛筆型の形状、十数メートルはあろうかというサイズ。

表面には Intercontinental Ballistic Missile ――大陸間弾道ミサイル、とラベルが貼られている。

ミサイル、確か軍事兵器として開発されていたが、術式に効率で勝てず燻っているモノだったはずだが、大陸間とは?

などと思った瞬間、その先頭、弾頭が光輝いた。

 

「しまっ……」

 

 意味不明な内容に、つい観察を優先してしまった。

ミサイルであれば弾頭を積んでおり、先端が爆発するのは見て分かるはずだ。

瞬時に糸を編み込み、全身を包む形で防御結界を作りだし……。

悪寒。

"あれは、あの術式と同じ防御が必要だ"。

脳裏をよぎる何かに従い、防御結界の中に、二重に金属質な分厚い結界を生み出して。

辛うじて咄嗟に入れ込んだ細工が完成したのと、同時だった。

 

 音が、消えた。

遅れて衝撃、先の糸巨人の殴打に勝るとも劣らないエネルギーの奔流。

丸くなった僕とその結界が、弾かれ、吹っ飛ばされる。

灼熱、結界の断熱を超えて全身が煮えたぎるような熱量が僕を焼く。

数秒、恐らく限定顕現とやらの時間が過ぎるが速いか、耐え切れずに結界を解いた。

 

「ぐ……」

 

 初めに外殻の弾力と断熱の糸を解き、次いで金属の糸壁を開いた。

青白い糸が掻き消えてゆき、青い金属の糸壁はそのまま糸剣へと変形、地面に突き立つ。

 

 地形が、変わっていた。

1キロ以上に渡り、爆発の影響は出ていた。

凹凸になりながらすり鉢状に削れた地面、僕はその一角、僅かな段差に引っかかり倒れていた。

先の糸巨人同士の殴り合いでもう限界だったのだろう、地面が所々陥没したり大きく隆起したりで凹凸に削れ、所々解けた雪と氷が水となって流れている。

 

 震える体にむち打ち、どうにか立ち上がろうとする僕の前に、影が落ちる。

羽ばたくリリが、疲弊した、しかし僕よりも余力のある顔で浮遊していた。

 

「……糸巨人と比べるとコスパが悪いんですが、展開速度と防御しづらさで勝る……つもりだったんですが。

 なんでミサイルって見て、即座に放射能封じの金属壁を作れるのです?」

「なんと、なく、ね」

 

 ほぼ直感だったが、やはりあれは放射能を伴う爆発だったらしい。

放射能は大きな原子の厚い壁を作る事で防ぐことができ、僕は糸剣を作る要領で金属質な分厚い糸壁を作って防御したのだ。

ほぼ直感だったが、なんとか上手くいったのだろう。

……というか、放射能、もう影響は消えたのだろうか。

放射能の半減期なんて覚えてないが……リリが防御を解いている以上、恐らくは運命転変の仕様上、影響を限定できているのだろう、多分。

 

「……なるほど……父さまの呪い、ですか」

 

 リリが目を細めた。

僕は言われた内容が頭で繋がらず、疑問符を浮かべる。

しかしその内容が理屈を結実する前に、リリがその手の糸剣を構えた。

僕もまた、地面に突き立っていた糸剣を構えて。

 

「父さま、その消耗ではもはや、リリの剣に耐えられないでしょう。

 少し痛いと思いますが……、行動不能にさせてもらいます」

 

 静かに、しかし罪悪感に顔を歪めながら、リリは言った。

六対十二枚の骨組みだけの翼が開き、その骨組みの間から、薄っすらと緑色のエネルギーが吐き出される。

それは、光の翼を纏った、天使であるかのようだった。

運命凍結の雪が舞い降りる中、雪と氷の白銀世界、銀の髪と金の瞳を持った少女が、鮮血に染まったウェディングドレスから深紅の翼を開き、赤く輝く剣を手に僕へと構えている。

それはまるで、僕に死の運命を告げる、告死天使のような装いで。

非現実的なほどに美しく、残酷に思える光景。

 

 あぁ……しかし。

この戦いは、僕の勝ちだった。

 

 パッ、と。

突如リリの体が、独りでに裂かれ鮮血を吹き出した。

 

「あ……え?」

「……運命転変・水繰り暗渠――水鏡改変・鏡地獄合わせ」

 

 僕はあの爆発が放射能を伴う爆発だと直感し、金属壁を作って防御した。

同時に少しばかり小細工をし、荒れ狂う放射能を少しばかり手に入れていたのだ。

旧友・コトコの固有術式"水繰り暗渠"の応用技、水鏡……放射能の反射材として使われる水ベースの鏡。

かつてナギに利用した、ミドリの放った光線を包んで保管した、内部が完全鏡面となる鏡地獄の球体を作る術式。

それらを合わせる事により生まれた放射能の保管庫を、開くことなくその上にかぶせるように糸剣を作り、隠密化。

そして糸剣をかぶせて隠していた、視認不可能かつ指向性を付与した放射能の刃を振るい、リリの体を焼き切ったのである。

 

 信じられない物を見る目で、ゆっくりと崩れ落ちるリリ。

僕は空中に飛び出し、飛行すらもままならないリリを抱きかかえた。

そのまま斜めになっている崖に背から激突、クッションになりつつ、すり鉢状になった崖を落ちてゆく。

 

「とう、さ……」

「僕の、勝ちだ! リリ君を……無理やりにでも、連れて帰って見せる!」

 

 叫びながらずり落ちてゆく途中、急に浮遊感。

見れば大口を空けた洞窟があり、僕はちょうどその入口の真上を浮遊しているらしかった。

リリを抱きしめる力を強くしつつ、糸を放とうとし……ダメだ、力が殆ど残っていない。

舌打ち、背中側にクッションのように糸を張り巡らせるだけにし、地面に激突。

息を詰まらせつつも、そのまま十メートルほど、洞窟の奥まで滑り落ちた辺りでようやく止まった。

 

「……げほ、ず、随分落ちてきたなぁ」

 

 そっとリリを床におろしながら、洞窟の中を確認する。

浅い洞窟で、今いる場所が殆ど最奥。

中は殆ど氷で出来ており、床も天井も全てが凍り付いた凄まじい光景だ。

流石にこの疲労だと入口まで行くのに少し休憩が欲しい所だが、と思いつつも、リリの顔を見やる。

 

 ダメージの瞬間青白くなっていたリリの顔色は戻り、既に血色良くなっている。

最後の放射能切りは流石に治りが遅いが、他の傷は全て治り、もう普通に動けそうに見える。

良かったと言えば良かったのだが、よく考えるとここから力づくで暴れられると普通に僕が負けそうだぞ?

困りながらリリの顔を見つめていると、微笑みかけられた。

 

「確かに……戦いは、父さまの勝ちです。

 リリの敗因は……やはり、思い切りが足りなかったところ、でしょうか」

「……そう、なるね」

 

 リリの敗因、というか僕の勝因は、思い切った攻撃をできるかどうかだった。

リリに防御用の運命転変を切らせて消耗させるため、僕はリリに致命傷を与えかねない攻撃を躊躇なくしてみせた。

対しリリは、より余裕のない僕を間違って殺してしまわないよう、僕が絶対に対処できないような攻撃はしてこなかった。

 

 つまるところ。

僕の勝因は、大切な人を殺しなれた、躊躇のなさ。

ナギを、ミーシャをこの手にかけた、人でなしの経緯。

 

「でも、父さま……ごめんなさい」

 

 倒れ伏したままのリリが、その両手を伸ばす。

僕が手を伸ばしその両手を握ってやると、ぐいっ、と引き寄せられた。

膝をつき、リリの上に覆いかぶさるような姿勢になる。

吐く息がかかるような、距離の近さ。

 

「試合ではなく、勝負に勝ったのは、私です。

 龍門さんとアキラは、たった今、その運命が凍結しました」

 

 え、と、思わず漏らした瞬間。

リリが輝き始める。

その全身から虹色の輝きを放ち、それらが氷の洞窟の内装に反射しキラキラと輝く。

 

「今、この世界で生きた運命は、リリ……私と、父さまの二人だけ」

 

 凄まじい力の奔流。

その金色の瞳から、そっと涙が溢れる。

その涙を拭ってやりたくて、けれど僕の両手はリリに塞がれたままで。

僕はリリのその涙をどうすることもできないまま、その言葉を聞いた。

 

「この術式を走らせるための……条件が整ったのです」

 

 僕の理解を超えた、巨大な術式が……走り始める。

 

 

 




>勝因は、大切な人を殺しなれた、躊躇のなさ。
→主人公が持ってちゃいけないタイプの勝因である。
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