カードキャプターさくら 星屑の涙   作:サボテンダーイオウ

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09 トライフル

『つまらないもの』。トライフルというがそんな名前がついたお菓子を作ることにした。だが天姫はまったくつまらないものじゃないと鼻息荒く言い返す。

 

「余り物のフルーツをふんだんに使用してるのになんでつまらないものなんだ!?生クリームとか使ってるじゃんか!むしろ豪勢じゃないか!誰だつまらないものなんて言ってるのは」

 

それを私に強く訴えても仕方がないというのにムキになる姿が単純だが愛らしい。これが他者であったなら無視するか軽くあしらう程度で済ませるだろう。自分も大概興味を引く者以外は無関心だ。

さて、暫く共に作れる機会も無くなると思うので今日は天姫と共にお菓子作りをしてみた。と言っても簡単にできるので一人で十分なのだが肩を並べて作業することが何よりの楽しみとなっている。

割烹着が板についてきた天姫の隣で危なっかしい手つきに内心ハラハラしながらも手を出すな!と子犬の牽制をされては横で見守るしかない。なぜいちいちやることがこう私の心を刺激してくれるのか。一度は、解明してみたい謎だ。

 

 

上手く出来上がったトライフルを二人で分け合いつつ、相変わらず小動物のように頬を膨らませて咀嚼している天姫に私はあの話を切り出した。

 

「天姫、日本に行ってみないかい?」

 

「んご?」

 

「全部食べてからでいいから」

 

食べている途中で口を開こうとするので手で制した。天姫は怪訝そうに眉を顰めてんぐっと飲み込んだ。

 

「……日本?理由を言ってくれ」

 

「………来年の春にある出来事が起きる。ある可愛らしい少女を巻き込んでな。天姫にはその彼女を近くで見守って欲しいんだ」

 

「……どうして、私に頼む」

 

理解に苦しむと言った表情だった。確かになんの関係もない人間のためにいきなり日本に飛べとは横暴と受け止められても仕方ない。だが私には確信があった。少女の名を告げば天姫はきっと日本へ行きたくなるはずだと。

 

「少女の名は、木之本桜さん」

 

みるみるうちに天姫の顔が強張っていく。そして、呆然と呟いた。

 

「……サ、クラ……?」

 

と。天姫は何度も何度も確かめるようにその名を口にした。

 

「さ、くら?さく、ら……?」

 

「………」

 

「あれ、なんで私。聞き覚えがあるような……」

 

天姫は額を抑えながら顔を俯かせた。声を震えさせて何かを必死に思い出そうとしている。失われた何かを取り戻そうとする様はみていて辛いものだ。

 

私は椅子から腰を浮かして彼女の震える肩にそっと手を置く。

 

「天姫、……日本に、行きたいかい?」

 

そう尋ねれば彼女は俯かせていた顔をゆっくりとあげた。紫紺の瞳はゆらゆらと揺らいでいて抑えがたい感情に頭が理解できていないのだろう。だが天姫は本能で切なげにだがはっきりと訴えた。

 

「……サクラって子に、会いたい。会いたいよ。エリオル。【どうしてそう思うのかかわからない】。でも、胸の奥が熱くて、火傷しそうで、苦しいんだ。……その子に、会ってみたいんだ」

 

私の胸元に縋りついて訴える天姫の手を取り、私は目を細め小さく頷いた。

 

「ああ。行っておいで」

 

私の素直な答えに天姫は戸惑って見せた。普段、屋敷から出ることを許さない私の発言として信じられないからだろう。不安げに尋ねてくる。

 

「いいの?私、エリオルから離れてもいいのか?」

 

「ああ。でも再来年には私も日本に行くよ。それまでは天姫だけに任せてしまうことになるが」

 

彼女の性格上他人に好かれる傾向があるので心配はある。勿論、男関連でもだ。だがそこらはあの従者に厳しく言い聞かせておくことにしよう。

 

私の見苦しい嫉妬など全く知らずに天姫は不思議そうに首を傾げた。

 

「任せる?エリオルも来るのか?」

 

「ああ、でも天姫は天姫らしく過ごすといい。無理をしてはいけないよ。君は頑張りすぎるところがあるからね」

 

彼女の頬に手をやり軽く撫でると天姫は気持ちよさそうに瞑目しては自らの手を重ねてきた。その姿は母猫に縋る小さな猫のようだった。

 

「うん。わかった」

 

「……いつになく素直だな」

 

なんて意地悪も言いたくなるくらいに普段のツンとした姿からは想像もできないほどで揶揄いたくなる。

 

「………なんでだろう。わからない。ただ」

 

「ただ………なんだい?」

 

顔を近づけて小さな声で囁くと天姫は紫紺の瞳を開き、

 

「……ありがとう」

 

と今まででとびっきりりの極上の笑みを浮かべた。私はつい、無謀にも彼女の唇を衝動的に奪ってしまうほどにその笑顔は魅力的だった。

 

 

彼女がイギリスを発つのはまださくらさんが目覚める前の年の冬に入ってからの事。天姫を友枝小学校に転入させる手筈は既に整っている。家はさくらさんの家の隣が都合が何かと都合がいい。その方が天姫の身の安心も保証される。

 

日本にも私が所有している屋敷はあるが、そこだと少しさくらさんの家から遠ざかってしまうので不便なのだ。

 

本当なら共に日本まで付いて行きたいところだがそれでは元々の計画が台無しになってしまう。ここは涙を飲んで空港で見送るすることにした。彼女の荷造りを私とスピネルで手伝うと、あっという間に作業は終わってしまった。ちなみに日本へ向かう当人は私の部屋でイメージトレーニングなるものに夢中だ。小学生になるのは久しぶりなので失敗しない為の挨拶に余念がないらしい。天姫なら大丈夫だと思うがな。

 

「寂しくなるな」

 

つい、こぼれてしまう私の本音にスピネルは同意を示す。

 

「ええ。元々屋敷内は静かなのが当たり前でしたが、今ではうるさいくらいがちょうどいいと思えるなど。天姫の影響が強いのですね」

 

そう言ってスピネルは「これも要りますね。向こうも寒いはずですから」とマフラーと毛糸の帽子に手袋をクローゼットから取り出した。

その横で奈久留が大げさにため息をついては天姫の服を胸元で握りしめたまま私に詰め寄ってきた。

 

「あーあ!私も付いて行きたい~!天姫一人だなんて変な奴に捕まったらどうするのよエリオル!?」

 

「それは大丈夫だ。私が何の用意もなしに彼女を送り出すと思っているか?」

 

私は奈久留から天姫の服を奪い取ると彼女専用のアタッシュケースに再度しまい込む。皺が寄らなくてよかった。

奈久留とスピネルは声を揃えて頷いた。

 

「ないわね」「ないですね」

 

「だろう」

 

そもそもそんな危険地帯に行かせるものか。

彼女の為に出来得る限りのことはしてやるつもりだ。

 

天姫が日本へ発つ前日の夜、寝間着姿の彼女は私の部屋を訪れた。遠慮がちにドアの隙間から顔をひょっこりと覗かせて私の姿を見つけるとほっと安心したように顔を緩める。

 

「エリオル、少しいいか?」

 

「いいよ。おいで」

 

手招きして誘うと天姫は頷いて私の元まで小走りでやってくる。自分が腰掛けていた愛用の椅子を彼女に譲り私はひじ掛け部分に持たれるように背を預けると彼女は「行儀が悪いぞ」と窘めてきた。

 

「なら寝台に共に座るかい」

 

と手を差し出して誘ってみればなぜか天姫はブルブルッと震えて「なんか悪寒がするからやめておく」と寒そうに自分の体を抱き込んだ。

ふむ、悪戯しようと思ったが失敗に終わったか。

 

部屋の中は常に快適な温度に保たれているが、出発を前に体調を悪くするのはいただけない。彼女の為に自分が羽織っていたカーティガンを彼女の膝に掛けてやる。

 

「ありがとう」

 

目覚めたばかりの頃よりも表情が豊かになった彼女との夕食作りも賑やかな食卓を囲む家族団らんという体験も全て天姫が与えてくれたもの。柔らかな髪に指先を絡めて弄べば咎められることもない。私からの触れ合いに慣れてきたからか、それとも別の何かが作用しているのか今の私には分からない。

だが一つだけハッキリしていることがある。

 

この時間が何よりも幸福であるということ。いつまでも続けばよいと願う童話の中の姫のような気持ちに陥っているのだ。

 

しばし互いに無言のまま時間だけが過ぎていく中、唸るように腕を組んで天姫は確認する様に言った。

 

「エリオルはここに残るんだよな」

 

「寂しいかい」

 

「うーん、少し?」

 

「疑問形なのが気になるな」

 

天姫はしばし思案したのち、真剣な表情で私に自分の心境を説明しだ。

 

「今までエリオルと過ごすのが当たり前だったから急激な変化はきっと多少なりとも私に影響を与えるはずだ。だから今の私の落ち着かない気持ちも多分それなんだと思う」

 

「そうか」

 

冷静な自己分析結果だ。

 

「でも、嫌な気持ちじゃない」

 

「……そうか」

 

「………もしかして、これも好きって気持ちなのか、な?」

 

「……だったら私は嬉しいが」

 

それがどういった好きという意味なのは私も、彼女も分からない。今分からずともいいと私はいいと思う。

私の答えに天姫は若干頬を緩ませた。

 

「そうか。……エリオルは嬉しいか」

 

「……天姫、怪我をしないように」

 

「うん」

「無理をしすぎてもいけないよ。でも諦めてもいけない。君には力がある。その力の意味を理解しなくてはいけないよ」

 

「うん」

 

「それから。……ちゃんと連絡をしてくれ」

 

「うん。するよ」

 

私が顔を近づけると彼女は瞼を下した。それは了承の意と受け止めて私はそっと唇にキスをする。重なるだけの軽いキスだ。

 

「………」

「……」

 

彼女が私をどう思っているか。

 

「エリオル」

「なんだい」

 

まるで彼女はいつもの様にお菓子を作るぞと同じ誘い方をする。

 

「今日は、一緒に寝るぞ」

 

「………」

 

これが大胆と言わずしてなんとする。思わず眩暈がしたくらいだ。だが天姫がそういう意味で言ったわけではないことはすぐに分かった。

 

「エリオルの温かさ、覚えておきたいから」

 

「ああ。いいよ」

 

彼女は子供。彼女は子供と自分に言い聞かせて動悸が激しく脈打つのを気にしつつ私達は手を繋ぎ合って深く眠りについた。

 

不思議と自分の邪な気持ちは抑えられ、いつになくスッキリとした目覚めを迎えた。

 

「行ってきます。エリオル」

 

「ああ。気を付けて行っておいで」

 

天姫はささやかな変化を告げて日本へと飛び立った。

 

【どうか、彼女に新たな道が開けますように】

 

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