少年一人が住むにしては大きすぎる屋敷のキッチンへと降りてきた彼は手慣れた様子で道具をそろえ冷蔵庫から材料を取り出してミルク粥を作っていく。
材料はジャガイモ、チーズにバター、生姜にニンニク、食パンに牛乳。素朴でありながらほっと栄養満点なミルク粥だ。
元々料理を作ることは嫌いではないが今回ばかりは少し気合が入っていた。
なぜなら彼女が目覚める事は予知できなかったからだ。
いつ、どのタイミングで目が覚めることも分からず、彼女に体を与えてから今日気の休まる暇もなかった。一日一日が刻々と過ぎていく中、日本での約束の時間が迫っているのを感じつつ彼女の世話を甲斐甲斐しく行った。彼女の為に用意した部屋で彼女の為に着させたパジャマで彼女の為に創った器は完璧だった。生前の姿をそのまま後退させた姿は自分と並んで歩いたとしてもまったく違和感はない。
自分が先に創りだした従者二人には槍でも振りそうだと冷やかされたりもしたが冷ややかな笑み一つでクールに対応した。
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あれは気が遠くなるような昔のことだ。だがまだ鮮明に色あせない記憶の中にある。まだ彼が世界一の魔術師であった頃、顔なじみである魔女とその友人である転生を繰り返す少女とは腐れ縁のような関係だった。いつも暇そうにぶらりと遊びに来ては毎回同じやり取りをしている覚えがあった。
『クロウ、相変わらず暇そうね』
『……そんなに急ぎ足で来なくても』
書斎に籠っていると問答無用で突入してくるのも毎回同じ。
『大丈夫よ、これくらい。はい、差し入れの桃』
『これまた盛沢山なことで』
籠に溢れそうなくらいに盛られた桃の山を突き出しては嬉しそうに微笑む。
『でしょう!もぎ立てなんだから』
『で、見返りが欲しいと?』
籠を受け取りそう尋ねると少女は偉そうにない胸を張った。
『ええそうよ!よくぞ聞いてくれました!けち侑子は意地悪だから冷たいけど貴方なら可能でしょう?なんていったって世界一の魔術師なんだから』
『ふむ、それで願いとは』
『決まってるわ。私の胸をでっかくしてちょうだい』
『でっかくとはどのくらいに』
『でっかくはでっかくよ。こう、ぼぃーんと』
両手で分かりやすいジェスチャーを行うが意地悪したくなるというもの。
『ではぼぃーんとはどのくらいの大きさなんだい』
『……だからこのくらいのサイズでぼよよんって感じで』
『具体的にサイズで言うと今のどのサイズからどのくらいのサイズに変化したいと』
ぐっと詰まりそうな顔をして、仕方なく声を絞り出す姿はとても愛らしいと思った。
『………AからDよ』
『ほぉ。AからDとは』
『何か異論でも!?』
『望みは、薄いな』
『!?うぅぅ~~~、クロウのアホ!』
目尻に涙を溜めて桃を引っ掴んでは自分に投げつけるのも面白かった。彼女は懲りずに同じことばかり繰り返す。学習しているはずだろうにどこか抜けているところも愛嬌があった。
彼女はとことん私の予知をひっくり返した唯一の存在だった。
読めないのだ。彼女が関わることだけは私の力をもってしても敵わなかった。だからこそ惹かれるものがある。
それは神子特有のものなのか、それともそういう風に出来上がっているのか想像もつかない。
何にせよ、興味を引かれる対象であることは確実だった。
それが、どういった感情から引き起こされるものかも知っていた。だが、彼女が自分を見ることはないと分かっていた。彼女が見つめる存在はただ一人だけであって私ではない。
私は彼女の数少ない友人の一人に過ぎない。適度な距離で安全圏と言う名の異性の友人に過ぎない。それでも良かったのだ、私は。
心地よかった。三人で共に過ごす時間が。
私と、侑子と、彼女と。
ずっと変わらぬ時を過ごしたかった。だが人間には寿命というものがある。それは生きるものにとっての通過点に過ぎない。だが別れとは悲しいものだ。今までの幸福が終わってしまうから。
だから、私は。
それを終わらせたくないと願った。
願ってしまった。だから全てを歪めてしまった。
浅ましい願いの為に。侑子を鳥籠に閉じ込め、世界の調和を乱し均衡を崩した。それによって生じる悲しみも苦しみも私が願ってしまった故に歪められた姿。だがコレも彼女にとっては願いを叶えるための舞台に過ぎない。
彼女の願いは途方もなく大きいものだ。血族に幸福を与える為、まるで張り巡らされた糸のようにそこら中に彼女の想いが染み渡っている。私も彼女の願いを叶えるための駒でしかなかったのか。釈然としない想いを抱いていた時、偶然彼女に似た魂を見つけた。もう用済みと捨てられた魂がとても魅力的で私は気が付けばそれを拾い上げ新たな器を与えていた。
彼女と似ているようで似ていない、魂は美しい輝きを放っていた。
まだ死せるには惜しい魂を自分の手で染め上げていく。
失っていた欲望が蘇り自分のモノにしてしまいたい衝動に駆られた。たとえ転生後の姿とはいえ、ほとんど別れることのなかった魔力はいまだ十分に衰えを知らずにいる。だから彼女の器を創り上げることはそう難しいものではなかった。
倫理的感情よりも本能が勝ったのだ。
今度こそ、欲しいものは手に入れる。
グッと鍋をかき混ぜる木べらに力が入った。丁度いい煮加減で火を止めブラックペッパーを振り入れれば食欲をそそるいい匂いが辺りに充満する。
「『彼女』の為に作ったのですか」
「ああ、そうだよ。スピネル。お前も味見するかい」
気配無く現れた従者であるスピネルの為に受け皿に少しよそうと興味深そうに自分の肩に身を乗り出して乗ってくる。
まだ出来立てであることを知ると少し顔を顰めた。
「……熱そうですね」
「冷やしてから食べるといいさ」
「……そうさせてもらいましょう。しかし、珍しいですね。貴方が鼻歌を歌いながら調理するなど」
指摘されて初めて気が付いた私は目を瞬かせた。
「……?私はそんなことをしていたのか」
「これは、また面白いことになりそうですね」
揶揄いを含んだ言葉に「ああ」と同意しながら二階へ持っていく準備をする。小鍋に中身を少し移し替えトレイに小さめの受け皿とスプーンとそれぞれ乗せ腹を空かせて待ち焦がれているはずの彼女の元へ急ぎ向かう足取りは非常に軽かった。
「彼女を心待ちにしていたのは、貴方だけではなかったようですよ」
「ああ。知っているよ」
可愛い物好きの奈久留が彼女を放っておくはずがない。彼女の器を創り上げた頃は猫かわいがりしては離れずにいたものだ。
スピネルを伴って彼女が待つ部屋へと向かえば、案の定そこには先客が入室していた。
「奈久留」
彼女がいるベッドにちゃっかりと腰かけており、名を呼べばこちらに顔を向けて静かにしろとジェスチャーしてみせた。
「残念。天姫ちゃん少し前に寝ちゃったわ」
「……まだ魂の定着に時間がかかるか」
テーブルにトレイを置きベッドへと近寄って彼女の顔を覗きこめば、すぅすぅと小さな寝息を立てて眠っていた。掛け布団をそっと掛けなおすと奈久留が甘えるように抱き着いてくる。
「ねぇねぇ!天姫って私の妹みたいな子なんでしょ?」
「それは少し違うな」
「どう違うのよー?」
不満そうに頬を膨らませる姿は子供そのもので、かつて私が創った月とは正反対だ。だがそれも私が与えたもの。私が創り上げた存在。
そう、この眠る少女も、だ。
そっと頬に指先を添わせ柔らかな肌の感触を楽しむ。
「彼女は、私のものだ」
声に出して宣言すれば、事実はもっと色濃くなる。手が出せなかった存在が、魂の形を変えて今自分の手の中にいる。
愉悦に浸るなど、久方ぶりだ。