エリオルと奈久留が出かけている間はスッピーと留守番になる。大抵の場所に出入りは自由とされているので魔術の本などが大量にしまわれている立派な図書室から本を数冊借りてきて庭先の東屋でハンモックに揺られて本を読むのが日課となっている。
ふかふかのクッションを背もたれに寛いでいる先輩従者にとある疑問を尋ねてみた。
「スッピーはさ。創られてからどれくらい経つんだ?」
「私ですか。かれこれ――」
見た目目付きの悪いぬいぐるみだけど彼もエリオルに創られた仲間だ。本名はスピネル・サン。触り心地は結構イイ。だが中々触らせてくれない。本人曰く手つきが厭らしいとのこと。失礼である。
「かれこれ?」
「言うとエリオルが怒りそうなのでやめておきます」
「ズルい」
「ではエリオル本人に尋ねてみてはいかがですか」
「上手くはぐらかされるに決まっている」
本をパタンと閉じてお腹の上に置く。スッピーは少し浮いて紅茶をお代わりを注いでくれた。手慣れた動作についつい魅入ってしまう。
「案外貴方なら素直に教えてくれるかもしれませんよ」
「予想を裏切る男だよ。エリオルは」
体を起こしてハンモックから降りて椅子に座り入れてもらった紅茶に手をつける。うん、美味い。案外イギリスでもうまくやっていけそうな気がする。このゆったりとした時間もまんざら嫌ではない。
「ならまたその逆の展開になるのでは?」
「……ううん、そういわれてみれば納得できてしまう」
今日のお菓子はヴィクトリアサンドイッチケーキだ。二枚のスポンジの間に生クリームと苺をサンドしていて上に白い粉砂糖が降られている。スッピーが器用にケーキカット用の包丁で切っていきお皿に乗せていく。
「スッピー、大きいのを所望する」
「食い意地だけは一人前ですね」
呆れてそう言いながらも大きいのを選んでくれるのだからスッピーは良い子だ。本人は甘いものが嫌いなので食べないらしいが、いつかスッピーにもこの美味しさを知ってほしいと思う。
フォークを手にし、早速口に放り込む。
「はむ!」
「大口開けてみっともない」
「もぐうぐ」
「食べてからにしてください」
アンタは私のオカンか。
「……んぐ。美味しいのに」
「しっかり餌付けされていますね。#name1#」
「美味しさに罪はない」
「はぁ、そうですか」
こうしてスッピーとのお茶会は楽しく時間が過ぎていくのであった。しかし、魔術の本って奥が深いなぁ。
私確か日本語しか読めないはずなのにしっかり字が読めてるのもきっと魔術のお陰なのかもしれない。
※
数日経った時、エリオルの部屋で面白そうな本がないか物色している時彼から贈り物をプレゼントされた。
「今日は貴方に差し上げるものがあります」
「なに。変なものはいらない」
ススッと手を引かれてふかふかの背もたれの高い椅子に座らせられる。エリオルは腕置きの部分に行儀悪く腰かけて少し背中を屈めて私の顔を覗き込む。
「いいえ、きっと気に入っていただけると思いますよ」
そう自信ありげな態度でぽわっと手の中に何かを産み出した。マジマジとそれを見つめて私は驚き呟いた。
「……何コレ」
「貴女の杖です」
「つ、え?」
ふわりふわりとエリオルの手から私の手へと浮かんでやってきた微妙な光を放つ杖とやら。どうにも私にはただの鍵にしか見えない。
「はい。貴方にも魔術を教えようと思いまして。こちらがあった方が何かと『今後』便利かと」
「……魔法の、杖?本当に?」
疑り深くなってもおかしいことはない。
だって杖には見えないのだ。どうしても。
鍵みたいのを興味深く観察しながらエリオルの説明を聞く。首から下げられるペンダント仕様でシルバーの鎖で繋がれた先に鍵のようなものがぶら下がっているのが魔法の杖。薔薇とほっそりとした月が微妙に重なり合っている模様だ。
ハッキリ言えば、綺麗だ。
心臓がどくどくと波打つぐらいに、それに目が釘付けになってしまう。
私の、鍵。
私だけの、杖。
食い入るように鍵を見つめる私の横でエリオルは静かに微笑んでは説明を始めた。
「この状態は『鍵』と言えばいいでしょうか。ええ。今#name1#は私の魔力と直結しています。貴女の器自体に問題はありません。ですが予想以上に魂の方が強く無理をすれば器が先に壊れてしまうかもしれない。この屋敷には僕の魔力が満ちています。だから僕と離れていたとしても貴女に影響はないんです。けれどもし万が一があった場合を考慮して#name1#には魔術をマスターしてもらいます」
「……いきなりすぎな気が」
「そうでもありませんよ。貴女の体調が良くなるまで待っていた方ですから。#name1#、貴女は僕と同じ『闇』の属性です。ですからこの杖の封印を解く時もその杖に適した言葉が必要です」
「魔法少女的なアレか」
私の頭脳では例え話に限界がある。高度なやつは無理だ。エリオルは苦笑しながら私の手を差し出した。どうやら立てという意味らしい。私は迷わずにその手に自分の手を乗せた。すると、ゆっくりと私を立たせると部屋の中心へと誘う。
「世間的に知られている定番かどうかは分かりませんが、僕と同じように続けて詠唱してください。『闇の力を秘めし『鍵』よ。真の姿を我の前に示せ。』」
エリオルの胸にある鍵が力ある言葉と共に淡い光を放ちだし、足元に魔法陣が出現する。私もエリオルに続いて詠唱してみた。心臓ドッキドキである。
「闇の力を秘めし『鍵』よ。真の姿を我の前に示せ。」
不思議な気持ちだ。何だか意識が研ぎ澄まされていく感覚になる。私の足元にも魔法陣が出現したが、エリオルとは別のもののように思えた。
「『契約のもとエリオルが命じる『封印解除(レリーズ)』」
「契約のもと#name1#が命じる『封印解除(レリーズ)』!」
互いの鍵が姿を変えて杖へと変化していく。エリオルの杖は彼の身長を超す長さがあり太陽をシンボルとしているのに対し、私は月を模しているようだ。上部にやや青みがかった月が象られ、ほっそりとした紫色の持ち手部分には薔薇を象った模様が上下に渡って施されている。長さは丁度バトンよりも若干長いぐらい。
「なるほど。これが私の杖か」
宙に浮いている状態からそっと手を伸ばすとしっくりと手の中に馴染むくらい私の手にフィットした。あれ、死ぬ前は魔法使いとかじゃないはずと首を捻ってみる。
しかし、エリオルのセンスも中々のものだ。これで魔法の呪文と踊りがセットなんだと言われたら速攻逃げたくなるがきっとそんなことはないだろう。この流れなら。
「上手くいきましたね」
「失敗する可能性もあったということか」
途端に顔を顰める私にエリオルは否定はしなかった。
「無きにしも非ず、です。貴女に関しては僕の予知はほとんど皆無ですから」
「へぇ。エリオルは予知ができるのか。じゃあこれから私が魔術マスターできるかどうかも分かるってことか」
そこは結構重要なところだ。変身しなきゃ駄目とか踊りが必衰とか私には無理な話だ。
「いいえ。貴女だけは残念ながら無理なんですよ。なんせ、貴女は……」
「私は?」
エリオルは何かを飲み込むように首を横に振って誤魔化すような笑みを浮かべて言った。
「……いいえ。なんでもありません。さて、それでは基本中の基礎からやっていきましょうか」
「スパルタ出た」
エリオルは本当に容赦なくスパルタ教育を実行した。
お陰で頭がパンクしそうになった。
さっきの、何を言いかけたんだろうと訊ねてみようと考えたが、どうせはぐらかされるに決まっているのでやめておいた。