カードキャプターさくら 星屑の涙   作:サボテンダーイオウ

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05 レモンパイ

正直彼女の魔術に対する認識がこれほどまでとは。

 

「よし。コレも覚えた」

 

そう言って先ほど教えた魔術をまるで蛇口の水を捻るように簡単にこなしてしまう姿には言葉を失うしかなかった。最初こそ、蝋燭を消すための風を起こせなかったというのに今では庭の木々でさえ倒してしまいそうな強力な風を起こすことができている。しかもそれを完璧にコントロールし、手中に収めてしまうとは。彼女の手の中には球体に閉じ込められた暴風そのものが収められている。今部屋の中でそれを解き放てばもれなく台風一過という状況になるだろう。お世辞抜きに賛美の言葉を送るしかない。

 

「……流石天姫ですね」

 

「そうでもない。結構癖が強いぞ。エリオルのオリジナルは大概こんなのばっかりだ」

 

むうと唇を尖らせては軽く睨みつけられたがまったくその威力もない。むしろ構いたくなる衝動を起こさせる。どうして彼女はこう、私のツボをいちいち刺激してくるのか。ついつい手が出てしまうのは彼女のせいにしておこう。

 

「僕の癖が強いのは昔からですよ。それでも貴女になら御されても構いませんけどね」

 

彼女の傍に近寄っては空いているほうの手を取ってキスを落とすと冷めた視線を送られた。

 

「……セクハラ第二弾」

 

「好意を持っての行動ならセクハラではありませんよ。ね?前にも言いましたけど」

 

「私は物覚えが悪いからな。また同じことをしたら同じことを言うだろう」

 

「そうですか。では僕も同じことを言うと思います」

 

まだまだ彼女には私の想いは伝わらないようだ。これは長期戦で挑まねばなるまい。

 

「……狸親父」

 

「フフッ。僕が狸なら天姫には猫がお似合いでしょうか」

 

「猫耳はいらないぞ」

 

「残念ですね」

 

パシッと軽く払いのけられたが痛みはなかった。

しっかりと気遣ってくれているところが可愛らしい点だ。

 

「ではそろそろミッディティーブレイクにしましょうか」

 

「もうそんな時間か。全然気づかなかった」

 

部屋にある置時計に視線を向ければ時計の針は丁度16時を指している。

 

「アレだけ集中していたんですから無理もありません」

 

天姫は杖を鍵の状態に戻してぐーんと伸びをしてからいつもの言葉を口にした。

 

「今日のおやつは?」

 

「レモンパイです」

 

天姫と過ごしていくうちにお菓子のレパートリーも段々と増えていくことは自分にとっての変化ともいうべきもの。作り手のやる気を起こさせる彼女からは毎回美味しいの一言が漏れる度に次はもっと美味しい物を作ると意気込む自分がいるのは驚きだ。

 

「酸っぱい?」

 

「爽やかな味で疲れも飛んで行ってしまいますよ」

 

天姫はうむと一つ頷いては素直な態度を露わにした。

 

「食べる」

 

「では行きましょうか」

 

微笑んでいつものようにエスコートすると天姫は慣れたように身を委ねてきた。

 

この三日間付きっ切りで天姫は魔術をある程度覚えきった。基本は完璧に出来上がっている。後はスポンジが水を吸収するがごとく得た知識を全て自分のモノに変換するセンスだけだが、天姫は難なくクリアした。やはり改造された魂魄は特別ということか。

 

レモンパイを切り分けて天姫用の皿に乗せると早速彼女はフォークを手に口の頬張った。そんなに口に溜めなくともまだお代わりはあるというのに。

 

「……エリオルは食べないのか。美味しいのに」

 

「貴女の美味しそうな顔を堪能してからいただきますよ」

 

紅茶を飲みながらそう答えれば天姫は微妙な顔つきになった。

 

「……私の顔は食べられないぞ」

 

「でも僕から見ればとろけるほど美味しそうです」

 

冗談のつもりだったのだが、本気でとられたか。途端に戸惑いの表情を浮かべ若干引き気味の体勢をとられてしまう。ああ、フォークを握る手が震えている。

 

「噛む、のか」

 

「噛んでから舐めてもいいですね」

 

勿論違う意味だが。今はさすがに子供のままでは色々と世間的にマズイものがあるだろうからそこはもうすこし大きくなってからにしてみようと思っているが、理性が保つかどうか。我慢大会というのも悪くはない。

 

「セクハラ第三段!」

 

「手厳しいですね」

 

楽しい感覚が蘇ってくる。光とのやりとりをしているようだ。彼女は事あるごとに自分の胸の話しばかりしてきたものだが私としてはもう少し色気のある話もしたかった。無意識にセーブでもかけていたのだろうか。異性の友人として節度ある態度を示していたとか。……今更、野暮な話だったな。彼女はもう、いないのだ。

 

今私の手元にあるのは、

 

「……なんだ。人の顔をじっと見て。あげないぞ」

 

私からレモンパイを盗られまいとお皿ごと腕で覆い隠そうとする意地汚く愚かで可愛らしい少女だ。

 

神崎天姫。

光と同じ容姿を持ちながらまったく違う魂の輝きを放つ特異な娘。

 

「貴女のありのままが好きですよ」

 

ついぞ出た私なりの告白に彼女は怪訝な顔で「はぁ?」と首を捻って見せた。

 

光と重ねてみていた当初よりも天姫の方がより愛しいと思えるようになった。少し感情に疎いところもあるがそれも今後徐々に私との思い出を重ねて勉強させていけばいい。

共に生きていくことができるのだから。だが、それまでにはやるべきことが少々残っているがな。

 

どうやら思考に浸っていると天姫は私の告白に困惑しているようだ。

 

「私には、エリオルの好きが分からない」

 

「……」

 

私が言う好きとは異性に対しての気持ち。だがとある感情が欠落している彼女には理解しがたい不可解な感情なのだろう。

人として当たり前のものが欠落している不完全さ。それは彼女にしか理解できない苦しみであり、私がすぐに与えられるものではない。

 

「好きって気持ちは知識としてある。それもきっと私は経験してきたことなんだろう。でも、今の私にはさっぱり分からない。……エリオル。好きって、なんだ」

 

まるで迷い子のように縋る瞳が私の卑怯な心を突いてくるようだ。

 

「……その感情を理解するには貴女も僕のことを知っていただかなければなりません」

 

「エリオル、を、か」

 

直感で私の本性を勘付いた

以前のクロウ・リードの話を打ち明けるということは、神崎光の実態を知ることになる。

 

「嫌ですか?」

 

そう尋ねれば天姫は困ったように眉を下げた。

 

「……嫌というか。私はエリオルが誰なのか知らないから。だから、………」

 

途中で言葉を詰まらせて、胸元の服をぎゅっと握りしめては視線を逸らす彼女に私は椅子から立ち上がりすぐ彼女の目の前に膝をついてその小さな手を両手で包み込んだ。

 

「ゆっくりでいいんです。僕を、以前の私ではない、僕を知ってください」

 

「前のエリオル?」

 

自分ばかりの好きを押し付けたところでそれは独り善がりということをすっかり失念していましたね。

 

「貴女には言うつもりはありませんでした。ですが、貴方に『好き』という感情を理解してもらう為にも少し昔話をする必要がありますね。―――聞いてくださいますか?」

 

「知りたい。エリオルのこと」

 

真摯な瞳で私を見つめる天姫に私はゆっくりと頷いてみせた。

 

時間を掛けて昔の自分という存在と神崎光という数奇な運命を辿った少女の関係を打ち明けた。天姫は黙って私の話に耳を傾けていたが、ある点に気づくと納得したようにぽん!と手を叩いた。

 

「なるほど。どうりで違和感があったわけだ」

「何がですか?」

「エリオルの一人称だ。普段は『僕』と言ってるけどどこか無理してるとこがあったから。ならもう偽らなくてもいいんじゃないか」

 

思いがけない提案に私は目を瞬かせ一瞬言葉を失ってしまった。

 

「……僕、では変でしたか」

「変じゃないが何か違う」

 

真顔でそんなことを語られて可笑しくてつい笑ってしまった。

 

「……ふふっ、そんなことを言われたのは初めてですよ」

 

天姫は何が可笑しいんだと不思議そうな顔をして私を見つめては思い出したように紅茶を一口口に含んでからレモンパイをグサッと行儀悪く刺して大口を開けて放り込む。その一連の行動を何回か繰り返してお腹を満たされたのかようやく話は再開した。

 

「もう敬語もいらないだろう?」

 

「貴女はそれでいいんですか」

 

「ありのままの私が好きだと言ったのは誰だ。それに私は神崎光の贋作ではあるが本物ではない。私の魂を創った以前の創造主はそうであるよう望んでいたはずだろうが、あいにく私は神崎光とは別物になっている。そんな私を今さら神崎光に似せようとエリオルは望むのか?」

 

彼女は自分の気持ちをそのままストレートに言葉にする。人よりも淡泊だがその言葉は酷く胸を打つ。私は前世のしがらみから無意識に逃れようとしていた。ずっと離れることのない前世のクロウ・リードは確かに私だった。エリオルとして産まれた私はクロウ・リードではなく柊沢エリオルとなった。だからこの気持ちが彼の延長線で繋がった気持ちだと思いたくない。これは、私の想いだ。

 

「……望みません。今の貴女を好きになったのは私ですから」

 

あくまでクロウが欲していたのは神崎光。

だが私が大切にしたいと思う人は、神崎天姫。

 

私の答えに天姫は「なら敬語はなしだ」と握手する為に手を差し出した。

 

「……わかった。では今日から君の前で偽るはやめよう」

 

「うん。じゃあほら。よろしくの握手だ」

 

どうやら私の彼女への好意はとりあえず保留された模様。まず好きという感情を理解することが彼女の中で最優先事項らしい。ならば、私はこれから堂々とアプローチすることができる。たとえば、無防備な彼女の手を取ってそのまま柔らかな頬にキスをするとか。

 

「!」

 

「……貴女は本当に可愛らしいよ、天姫」

 

そう耳元で囁けば、天姫は肩をぷるぷると子犬のように震わせてキッと私を睨んでは

 

「セクハラ第四弾!」

 

両手で私の顔を追いやってなぜかその場から逃走をはかった。だが彼女が逃げる場所など予想済みなので私はこの場を片づけてからゆっくりと彼女とのかくれんぼを楽しんだ。

 

『これからは全力でかからせてもらおうとしよう。』

 

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