天姫の従者創りは中々個性的に続いている。つい一昨日には自分の手で縫ったぬいぐるみを操って、
「エリオル、ついにできた!従者だ!可愛くできたと思うぞ」
と私の部屋に飛び込んできて叫んでいたが、そこは「違うな」とやんわりと否定すると天姫は見るからにがっくりと肩を落としてすごすごと自分の部屋に帰ろうとした。だが私がぬいぐるみの出来栄え褒めると天姫は嬉しいのか頬を緩めて、
「だったらエリオルにやろう。日頃のお菓子の礼だ」
と言って床に跳びはねていたそのぬいぐるみを捕まえて私に手渡して気分よく自分の部屋に帰って行った。
どうやら魔力を注ぎ込むやり方は覚えたようだがまさか物体に仮初の命を与えるとは。魔法というよりは傀儡とでも言えばいいか。糸目のぬいぐるみと視線が合うとガンを飛ばされた。
「何見てんだよ眼鏡」
「……」
私が創ったモコナ=モドキはもっと愛嬌があったし口調も悪くはない。どうやら天姫のような反抗的な部分を性格として多少受け継いでいるらしい。口さえ開かなければ可愛がってやろうと思っていたが。
「あーあ、なんでオメエなんか相手にしなくちゃ」
「黙れ」
と脅しつつ首なのか胴体なのか分からない所をきゅっと絞めるとすぐに静かになった。
「わかればいい」
あまり五月蠅いのは好みではないので魔力を吸い取ると普通のぬいぐるみへと変化を遂げた。せっかく天姫が初めて作ったぬいぐるみなので記念にと私の部屋のベッド脇に置いてある。だがそのぬいぐるみの姿はどう見ても私と侑子が共に創り上げたモコナそっくりで妙な気分になってしまうな。
後、口調も態度も悪い。
……彼女があの世界でのサクラさん達と共に旅をしたのは知っているが、今の天姫があの出来事を覚えているとも言い難い。まさか直接恋人の名を覚えているかと尋ねるのも墓穴を掘るようなものだ。所詮世界一と謳われた私も一人の男ということだな。天姫の口から私以外の男の名を聞きたくないなど。
「浮かない顔ね」
「……ああ、少しな」
此方で知り合った友人との久しぶりの茶会の席には天姫の姿はない。今の時間帯は庭でスピネルと走り込みをしているのだ。
私の友人である観月歌帆が揶揄うようにピタリと私の憂いの元を言い当てた。
「例の想い人についてかしら」
「まぁそうなる」
否定したところで言い当てられるに決まっている。ここは素直になってみることにした。すると歌帆は目を瞬かせたのち声を弾ませた。
「あら。珍しい。貴方が素直に応えてくれるなんて」
「天姫の影響、と言っておこう」
「フフッ、エリオルに影響を与える注目の彼女とは挨拶させてくれないのかしら?」
そう言って歌帆は窓から庭先を眺めた。その視線の先にスピネルと共にラジオ体操をしている天姫の姿があった。今の時間帯は朝ではないが習慣なのだろう。その動きは機敏としていて見ていてサッパリするものだ。
微笑ましいものを見るように歌帆と私はしばらく一人と一匹を見守った。
「今は遠慮してくれ。どうせ日本に行けば顔を会わせるだろうに」
今は余計な接触は避けたい。というか今は天姫とはゆっくり過ごす時間を誰にも邪魔されたくないというのが本音か。私も独占欲の塊だな。
あとでそろそろ休むように伝えなければと思いながら静かに紅茶を飲むと歌帆は驚いていた。
「……まさか、彼女を日本に送る気?でも彼女は未知数よ。どんな影響を与えるか分からないのではないの?」
「確かにな。だが出来るなら私は天姫をさくらさんに会わせてあげたいんだよ。魂は違うが確かに彼女は天姫が知るサクラ姫だ」
きっとこの先さくらさん自身が杖を手渡すその日に全ての歯車が正しい姿に戻りだす。
歌帆は頬を手を当てては心配そうな顔をする。
「……天姫さん、辛くならないかしら」
「仮にそうなったとしても、私は会って欲しいと願うよ。まぁ、最終判断は天姫に任せるつもりだ。行くか、行かないかは彼女が決めることだしな」
いずれ彼女が自分の手で従者を創ることができたのなら、その時は尋ねることになるだろう。歌帆には新たな従者創りの件は話しているので合点がいったように納得した顔になる。
「それで、従者決めとやらは日本へ行くための下準備というわけ。さしずめ保護者役というところかしら」
「そのような従者であればいいが……。もしかしたら、ケルベロスと対抗馬と言ったところかもしれないな」
これは予知ではなくただの勘だ。私の内に宿る膨大な魔力を持ってしても天姫に関することに手を出すことはできない。彼女には秘めたる力があるのかもしれないな。
「ケルベロス……クロウカードの守護者ね。今頃、さくらさんのお家の本棚に眠っているものね」
「ああ、まだその時ではない。来年が楽しみだ」
「本当に」
私たちは 時々会話を弾ませて楽しんだ。来るべき時に備えて。『最後の審判』は必ず起こるだろう。それは天姫がいようといまいと関係がない。起こるべくして起こること。
侑子の口癖のように。
この世に偶然はない。あるのは必然だけ。
さて、せっかく作ったローリー・ポーリーを天姫に食べてもらわねば後でなぜ自分の分がないのかと文句でも言われかねない。歌帆が帰ってから丁度良いタイミングで天姫が屋敷内に戻ってきたのでシャワーを勧めてからお茶の準備をする為に一度キッチンへと戻った。すっかり主夫のような生活になっているが、もし天姫が日本へ行くことを選んだらこの楽しみのきっと暫くはなくなると考えると寂しい気持ちにもなる。天姫は私の心情など分からずにいつも通りのお腹を抑えながら催促をしてくる。ああ、髪はしっかりとスピネルがドライヤーで乾かしていたので風邪をひくことはない。
「エリオル、お腹空いた」
「今日はジャム・ローリー・ポーリーだよ」
既に支度は終えているのでテーブルへと駆け足で寄ってきた天姫は笑みを浮かべて喜んでいた。
「おお!ぐるぐる巻だな。さすがエリオル。素晴らしい出来栄えだ」
心からの賛美の声についおどけて執事のまねごとをしてみせた。
「お嬢様にお気に召していただけてなによりです」
胸に手を当て軽く頭を垂れると天姫は顔を顰めて
「……それ、寒気がするからやめてほしい」
と訴えてきた。別に可笑しいところはなかったはずだが。
「フム、私は存外気に入っているが」
このようなやり取りは単なるじゃれ合いみたいなもので目くじら立てるほどのものでもないはず。何が彼女の琴線に触れたのか。天姫は至極真面目に言った。
「私はお嬢様ではないしエリオルは私の執事ではない。上下関係は私達の関係を壊すものではないか?好き同士の者は上下関係にあったとしても傅き傅かれなければならないのか?」
まさかここでもストレートに来るとは。つい言葉を失ってしまった。紫紺の瞳に心が貫かれる。
「……」
「執事のまねごとなど、エリオルに似合わない」
私という男を知り、受け入れた上でのはっきりとした言葉は、ある意味口説き文句とも取れる。
至極当然のように言われ、どう対応していいのか頭から抜け落ちてしまった。ただ、抑えることのできない衝動、この私が照れることなどないのに、いとも簡単にこの少女に翻弄されてしまうなど。
嬉しいと思うなど、いつ以来か。
「………参った、な」
「エリオル?頬が赤いが……どうした。熱でもあるのか」
口元を片手で覆って顔を逸らす私の顔を覗きこもうと下から上目遣いをする彼女を憎たらしいとも思う。
「……違うよ。貴女の言葉が真っすぐすぎて、辛いのだよ」
「私がか?」
きょとんとした顔での言っている言葉の意味を少しも理解していないらしい。なおも私の顔を気にしている。本当に、どうして。
私は天姫の背に腕を回して抱き寄せた。
「うわ」
驚いて声を上げる天姫を抱え込むように抱きしめる。
「みないでくれ、今のこんな顔を貴女にみられたくない」
「だからっていきなりすぎじゃ、エリオル?」
彼女の肩に顎置いて甘えるように顔を擦りよせた。
「好きだよ、天姫」
「え」
「貴女が愛おしいすぎて、どうにかなってしまいそうだ」
色々と自制もきかなくなってしまいそうで、怖くなる。私の想いが無垢な彼女を潰してしまわないか、傷つけてしまわないか。
そんな真っ黒な私の感情も知らずに天姫は可愛らしい声で抗議をしてくる。
「だからって吃驚する。予告というものをするべきだ」
「私も貴女に毎回驚かされているからおあいこだろう」
「まーそうか」
簡単に納得してしまう姿がをみると悪い男に引っかからないだろうかと不安になる。少しだけ、日本に行かせることを辞めさせようかとの考えが頭を掠める。
「痛いぞエリオル」
「すまない」
つい抱きしめる手に力が入りすぎた。
離したくない、どんなことがあっても。
私の想いが膨れ上がる一方、彼女はどう思っているのか、その返答をいつか訊くことになる時、私はどんな表情になっていることやら。
だが今はこの温もりを感じることだけに専念することにした。
【愛しいからこそ切なさも増す】