Over The Another Sky   作:あるぷす

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1話目

 

夢を見ていた。そう、これは夢だと実感が持てる夢を見ていた。

 

「なぁ、────。お前は、この蒼穹(そら)が偽りのモノだと云われたら信じるか?」

 

双月の星光に照らされ決して色わせることのない子供のような笑顔の老人がそう言葉を零す。

彼の言葉の意味を深く考えず、俺は星々の舞踏会である夜空(そら)を仰ぐ。

 

「俺は、偽りだとは思わないよ。この手が届きそうな星々の光は確かに存在してるんだから」

 

「………」

 

 俺がそう答えると、老人は視線を外し再度、夜空(てん)を仰いだ。

俺の返答に満足したのか、はたまた落胆してしまったのかは判らない。だが、老人はそれ以降言葉を零すことは無かった。もう、かれこれ一年近く昔の出来事。

小高い丘の上にポツンと存在していた一軒家の屋根で起きた出来事だった。

そんな穏やかな時間から少しして、その老人の生涯の幕を閉じた。彼は、星の海へと堕ちて逝ってしまった。それが伝説とまで云われた先代ユリエス・ヴィルザルドと俺の最後の会話だった。

 

「…エスさん! ユリエスさん!」

 

 俺を必死に夢の海から引き揚げようとしている人物の声が聞こえる。その声は懐かしい夢を塗りつぶしていき、俺は瞼を開く。

 

「ああ、ユノか…すまない。いったいどうした?」

 

心地よいエンジン音が鳴り響く宿直室の壁に寄りかかっている内にうたた寝をしてしまっていたらしい。

 

「艦長…ギルバートさんが呼んでます。急を要する仕事だって……」

 

 俺を夢の海から引き上げた少年は、亜麻色の髪を結って、一見すると少女のような儚い印象を覚えさせる少年だった。名はユノ。幼いながらもこの飛空艇の立派な整備士だった。そして、俺を呼んでいるギルバートと云う人物は飛空艇アスラエールの艦長にあたる人物だった。

ユノのに続き、手狭な宿直室から出ると視界いっぱいに蒼と白が飛び込む。そして、刹那の内に頬が強めの風を感じた。

 飛空艇アスラエールは全長70メールほどの大きさを有する小型に部類される飛空艇。そんな、飛空艇の細い通路を横風にされられながらも、ギルバートがいる操縦室へとユノと共に向かう。

 

「ギルバート来てやったぞ……」

 

操縦室には操縦桿もとい、ハンドルを持つ操縦士と副操縦士を横目に難しそうな顔をしてコンパスと空図、魔鉱探査機器を睨んでいる浅黒い男性がいた。コンパスに睨みつけている初老の男性に声をかける。そのうち彼は、俺とユノの姿を確認すると手招きをした。

 

「ユノ。この寝坊助ヤㇿウに説明してやれェ…」

 

「あ、はい! ユリエスさん。約10分前に魔鉱探査機器に西南西約15キロ地点に中規模の浮星(ふせい)魔鉱反応を確認しました。恐らくは……」

 

「リスティリア王国、リギュウステル級か……」

 

「はい。反応を確認してからすでに10分程経過してますから恐らくはもう…」

 

「…足はリギュウステル級ゥにはかなわん。彼奴らもう解ってんだろゥな」

 

「さすがに、気が付いて当然か…今回は優秀な人材が乗っていたか。それまでがそこまでだったか、もしくはサボっていたかどちらかもしれないな…艦長さん」

 

そう言葉を零すが、ギルバートは気にも留めなかった。

 飛空艇アスラエールは偽装貨物艇だ。王国の第三主要都市で出会い乗せてもらっている。王国の騎空艇団に掴まったら、有無も言わさず極刑は免られない。

 現在位置、王国領から公国領まで距離を考えると攻めてくるとしたらこのタイミングだろう。

 

「ユノ、空路用小型艇(ツークフォーゲル)浮星石(ふせいせき)はどうなってる?」

 

「はい! 炎華石(えんかせき)、浮星石共に満タンに補充は完了しています!」

 

「ゼデル、アデル。寝坊助ヤㇿウが発艦後、雲に潜るぞォ! 舵しっかり握っておけェ」

 

ギルバートの指示を最後まで聞くことなく操縦室を出て、再び春先の風を受けながら空路用小型艇(ツークフォーゲル)が格納されている格納庫に向かった。

 

 空路用小型艇(ツークフォーゲル)に乗り込み、エンジンを始動させ発艦のタイミングを待つ。

 

「ユリエスさん。短い間でしたが、沢山のお話が出来て良かったです……」

 

名残惜しそうな表情したユノがハッチの操作盤を操作すると、アスラエールの格納庫の扉が開き俺の背にフライジャケット越しに風が突き抜けるのを感じる。そして、彼は発射装置に手を伸ばした。

 

「いずれ、縁があればきっとまた会えるさ。だから、ユノも胸張って頑張れよ」

 

「はい! 夢は諦めません。僕もユリエスさんのような空路用小型艇(ツークフォーゲル)乗りになります!」

 

彼らとは同じ、蒼穹(そら)の元で生きていく。縁は鎖のように繋がっていく。

 

「(ああ、いい笑顔をする)じゃあ、行ってくる」

 

その言葉を零した瞬間。空路用小型艇(ツークフォーゲル)は後ろ向きに蒼穹(そら)に投げ出させた。

 

 飛空艇アスラエールの発射装置から蒼穹(そら)に投げ出され、空路用小型艇(ツークフォーゲル)は宙を二転三転しながら、藍色に塗装された両翼を展開する。

船体に沿う様に折り畳まれた、両翼を展開すると同時に船底から甲高い音と共に虹色の輪が蒼穹(そら)に広がっていく。まるで、静かな湖に石を投げ入れ広がる波紋のように虹色の輪は二重、三重と広がってゆく。

 

「さぁ、行こうか! 相棒!」

 

右手のアクセルグリップに魔力を伝道させグリップを操作する。グリップに魔力を流すことで燃料タンクに収められている液化した炎華石(えんかせき)と魔力が反応し両者が混ざり合うことで炎華石はエボルト燃料へと昇華する。そして、空路用小型艇(ツークフォーゲル)の心臓を鼓動させる。

空路用小型艇(ツークフォーゲル)は勿論の事、現行する飛空艇の推進力はエボルト燃料だった。

 アクセルグリップを回し、爆発的な推進力を発揮させ蒼穹(そら)を切り裂いゆく。空路用小型艇(ツークフォーゲル)を背面姿勢からロールさせ水平飛行に移行し、180度回転。蒼のと白に彩られた無限の庭でリギュウステル級の飛空艇の探索を開始する。そして探索を開始し数分もしない内にリギュウステル級の飛空艇を視界に捉える。

 

「…シルフィードか。コイツは運がいい……」

 

 リスティリア王国、リギュウステル級シルフィード。王国領の飛空艇としては、最初期に建造されたものだと記憶している。

シルフィードはリギュウステル級の中でも全長100メートルほどの中型艇に分類され、哨戒艇に該当する(ふね)だった。

 シルフィードは、哨戒艇だ。そして、今日の蒼穹(そら)は晴れてはいるが、雲量としては5程度。それでも恐らく、俺が彼らを視界に捉えるよりも彼らは俺達を発見していたに違いない。

 俺達は飛空艇アスラエールとは、別の浮星魔鉱反応を見せるモノだ。彼らとて、間抜けではあるまい。偽装貨物艇の関係者だと認識されているだろう。

 

「はぁ~。これは、前言撤回かなぁ」

 

 シルフィードの甲板にとある人物を視界に捉えると、ため息を零す。

シルフィード自体の追っ手を妨害するのは容易い。これに関しては運がいっていいだろう。だが、視界に捉えてしまった人物が悪い。

 焔のように燃える紅い髪。王国騎士団の黒制服を窮屈そうに着こむ鍛えられた躰。そして、黒制服とは相反する純白の片マントには彼を象徴するであろう紅獅子が刺繍されていた。

 その男性が王国騎士団に所属してそんなに年月は経っていない。そろそろ三年が経過するかしないかと云った状況下であった。だがしかし、たった三年で彼はおおよそ上級貴族しか就くことが出来ない地位まで上り詰めていった。

 

 この世界(・・・・)での最初の友人と云うべき男の者の名はヴィクター。通り名を紅獅子(あかしし)

 

しかしだ、相手がどのような存在だろうと俺は命を懸けて仕事を全うする。失敗は許されない。あのようなことは二度と起こすべきではない。それに……。

 

「そこまで、気を張ることもないか」

 

俺がシルフィードに辿り着き特別製の煙幕(にげちゃうくん)で妨害、アスラエールが雲の中に逃れれば仕事完了。そんな、思考を巡らせているとシルフィードから、爆音が発せられ魔力を纏った鉄球が俺達を襲う。飛来するのは八つの鉄球。その幾つかは安易に回避できたが、残りが曲者であった。

 

「ったく! 追尾弾を混ぜるなって。って煙幕弾もか!」

 

 風を掌握し蒼穹(そら)を縦横無人に空路用小型艇(ツークフォーゲル)を泳がせる。時に優雅に時に鋭利に輪舞を繰り広げ追尾弾同士を衝突させる。それでも追尾してくる鉄球を空路用小型艇(ツークフォーゲル)に装備してある魔力で強化を施したマスケット銃で迎撃する。最後に遊撃したモノが煙幕弾であったが、今後の行動の脅威になるモノではなかった。

 煙幕が拡散しきる前に、空路用小型艇(ツークフォーゲル)の両翼をたたみ、炎華石(えんかせき)を爆発的に消化させる。現存型の空路用小型艇(ツークフォーゲル)の耐久力を遥かに凌駕するほどのエボルト燃料が発生し、シルフィードの遥か頭上に昇り上がる。

 

「さて、アスラエールも雲の中に逃げ切れたようだし。これでお仕事終了っと」

 

 ゴーグルに備えつけた望遠鏡の役割を果たすアーティストで状況を確認し、急降下を開始する。

シルフィードとの距離を把握し、船体に沿う様に折り畳まれた両翼を展開しシルフィードに接近。さらに、両翼のスポイラーを展開する。

 シルフィードと交差する瞬間、両翼のスポイラーから特別製の煙幕(にげちゃうくん)を噴射する。

特別製の煙幕(にげちゃうくん)。生成方法は水浄石(すいじょうせき)緑風石(りょくふうせき)、蟲の血をよく混ぜ込む。通常の煙幕とは違い、魔鉱探査機器の精度を鈍らせる効果がある。空賊などが好んで使用する煙幕だった。

 特別製の煙幕(にげちゃうくん)で紫色の煙幕を発生させシルフィードの視界を覆い尽くす中、友人の視線と交差する。

 

彼奴(あいつ)、笑ってたな。こうなるって結果が判ってたのかよ……」

 

 まったく、何処まで云っても優秀なんだからなぁ。彼、ヴィクターに勝てる要素と云ったら、農作業と空を飛ぶこと以外ないんだよなぁ。

 

「ああ、止めだ。止め。それに、早く帰らないとアイツ(・・・)怒こるからなぁ」

 

 再び空路用小型艇(ツークフォーゲル)の両翼をたたみ、エボルト燃料を吹かし蒼穹(そら)を切り裂く。

 空路用小型艇(ツークフォーゲル)は日中の流れ星となり第二の故郷へと翼を広げる。

 

 

 ◆

 独りの女性が廊下をゆっくりと歩いていた。純白の祈祷衣、純白のベールを纏う姿は婚姻を行う女性の姿を彷彿とさせるほど美しく、神秘的であった。

 彼女の歩みを見るモノは廊下を薄く照らす焔の揺らめく蝋燭だけだった。彼女の息遣いも歩みの音もなく、ただただ焔の揺らめきだけがその場を支配していた。数分だろうか、彼女は歩みを続けとある空間へと歩みを進める。そして、彼女はゆっくりと両膝をつき両手を組んで祈祷を始める。

 彼女が祈祷を開始してから、数時間が経過した時だった。祈りの対象である巨大魔鉱結晶体(クリスタル)に微かな変化が起こった。

 

「………………………」

 

 巨大魔鉱結晶体(クリスタル)の変化の兆候が見られた瞬間、入口のドアが音を立て開かれた。

 

「スィーリア様! 風の巨大魔鉱結晶体(クリスタル)が……」

 

 修道女の衣装を纏った女性が額に汗を滲ませながら言葉を零す。

 

「………………………」

 

「スィーリアさ、ま……」

 

「……判っています。……旅の準備をして頂けますか? それと、緊急事態であることも判っていますが此処では静かにしなさい。祈祷の妨げになります」

 

スィーリアと呼ばれた女性が立ち上がり、そう言葉を零し巨大魔鉱結晶体(クリスタル)を背にし歩き出す。それに付き添う形で報告に来た修道女も後に続く。

 

 彼女たちが退室した空間ではふよふよと浮かぶ巨大魔鉱結晶体(クリスタル)がひっそりと輝き始めた。

 

 漆黒の点を伴って鈍く輝き始めたのだった。

 

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