夢を見ていた。そう、これは夢だと実感が持てる夢を見ていた。
「なぁ、────。お前は、この
双月の星光に照らされ決して色わせることのない子供のような笑顔の老人がそう言葉を零す。
彼の言葉の意味を深く考えず、俺は星々の舞踏会である
「俺は、偽りだとは思わないよ。この手が届きそうな星々の光は確かに存在してるんだから」
「………」
俺がそう答えると、老人は視線を外し再度、
俺の返答に満足したのか、はたまた落胆してしまったのかは判らない。だが、老人はそれ以降言葉を零すことは無かった。もう、かれこれ一年近く昔の出来事。
小高い丘の上にポツンと存在していた一軒家の屋根で起きた出来事だった。
そんな穏やかな時間から少しして、その老人の生涯の幕を閉じた。彼は、星の海へと堕ちて逝ってしまった。それが伝説とまで云われた先代ユリエス・ヴィルザルドと俺の最後の会話だった。
◆
「…エスさん! ユリエスさん!」
俺を必死に夢の海から引き揚げようとしている人物の声が聞こえる。その声は懐かしい夢を塗りつぶしていき、俺は瞼を開く。
「ああ、ユノか…すまない。いったいどうした?」
心地よいエンジン音が鳴り響く宿直室の壁に寄りかかっている内にうたた寝をしてしまっていたらしい。
「艦長…ギルバートさんが呼んでます。急を要する仕事だって……」
俺を夢の海から引き上げた少年は、亜麻色の髪を結って、一見すると少女のような儚い印象を覚えさせる少年だった。名はユノ。幼いながらもこの飛空艇の立派な整備士だった。そして、俺を呼んでいるギルバートと云う人物は飛空艇アスラエールの艦長にあたる人物だった。
ユノのに続き、手狭な宿直室から出ると視界いっぱいに蒼と白が飛び込む。そして、刹那の内に頬が強めの風を感じた。
飛空艇アスラエールは全長70メールほどの大きさを有する小型に部類される飛空艇。そんな、飛空艇の細い通路を横風にされられながらも、ギルバートがいる操縦室へとユノと共に向かう。
「ギルバート来てやったぞ……」
操縦室には操縦桿もとい、ハンドルを持つ操縦士と副操縦士を横目に難しそうな顔をしてコンパスと空図、魔鉱探査機器を睨んでいる浅黒い男性がいた。コンパスに睨みつけている初老の男性に声をかける。そのうち彼は、俺とユノの姿を確認すると手招きをした。
「ユノ。この寝坊助ヤㇿウに説明してやれェ…」
「あ、はい! ユリエスさん。約10分前に魔鉱探査機器に西南西約15キロ地点に中規模の
「リスティリア王国、リギュウステル級か……」
「はい。反応を確認してからすでに10分程経過してますから恐らくはもう…」
「…足はリギュウステル級ゥにはかなわん。彼奴らもう解ってんだろゥな」
「さすがに、気が付いて当然か…今回は優秀な人材が乗っていたか。それまでがそこまでだったか、もしくはサボっていたかどちらかもしれないな…艦長さん」
そう言葉を零すが、ギルバートは気にも留めなかった。
飛空艇アスラエールは偽装貨物艇だ。王国の第三主要都市で出会い乗せてもらっている。王国の騎空艇団に掴まったら、有無も言わさず極刑は免られない。
現在位置、王国領から公国領まで距離を考えると攻めてくるとしたらこのタイミングだろう。
「ユノ、
「はい!
「ゼデル、アデル。寝坊助ヤㇿウが発艦後、雲に潜るぞォ! 舵しっかり握っておけェ」
ギルバートの指示を最後まで聞くことなく操縦室を出て、再び春先の風を受けながら
「ユリエスさん。短い間でしたが、沢山のお話が出来て良かったです……」
名残惜しそうな表情したユノがハッチの操作盤を操作すると、アスラエールの格納庫の扉が開き俺の背にフライジャケット越しに風が突き抜けるのを感じる。そして、彼は発射装置に手を伸ばした。
「いずれ、縁があればきっとまた会えるさ。だから、ユノも胸張って頑張れよ」
「はい! 夢は諦めません。僕もユリエスさんのような
彼らとは同じ、
「(ああ、いい笑顔をする)じゃあ、行ってくる」
その言葉を零した瞬間。
◆
飛空艇アスラエールの発射装置から
船体に沿う様に折り畳まれた、両翼を展開すると同時に船底から甲高い音と共に虹色の輪が
「さぁ、行こうか! 相棒!」
右手のアクセルグリップに魔力を伝道させグリップを操作する。グリップに魔力を流すことで燃料タンクに収められている液化した
アクセルグリップを回し、爆発的な推進力を発揮させ
「…シルフィードか。コイツは運がいい……」
リスティリア王国、リギュウステル級シルフィード。王国領の飛空艇としては、最初期に建造されたものだと記憶している。
シルフィードはリギュウステル級の中でも全長100メートルほどの中型艇に分類され、哨戒艇に該当する
シルフィードは、哨戒艇だ。そして、今日の
俺達は飛空艇アスラエールとは、別の浮星魔鉱反応を見せるモノだ。彼らとて、間抜けではあるまい。偽装貨物艇の関係者だと認識されているだろう。
「はぁ~。これは、前言撤回かなぁ」
シルフィードの甲板にとある人物を視界に捉えると、ため息を零す。
シルフィード自体の追っ手を妨害するのは容易い。これに関しては運がいっていいだろう。だが、視界に捉えてしまった人物が悪い。
焔のように燃える紅い髪。王国騎士団の黒制服を窮屈そうに着こむ鍛えられた躰。そして、黒制服とは相反する純白の片マントには彼を象徴するであろう紅獅子が刺繍されていた。
その男性が王国騎士団に所属してそんなに年月は経っていない。そろそろ三年が経過するかしないかと云った状況下であった。だがしかし、たった三年で彼はおおよそ上級貴族しか就くことが出来ない地位まで上り詰めていった。
しかしだ、相手がどのような存在だろうと俺は命を懸けて仕事を全うする。失敗は許されない。あのようなことは二度と起こすべきではない。それに……。
「そこまで、気を張ることもないか」
俺がシルフィードに辿り着き
「ったく! 追尾弾を混ぜるなって。って煙幕弾もか!」
風を掌握し
煙幕が拡散しきる前に、
「さて、アスラエールも雲の中に逃げ切れたようだし。これでお仕事終了っと」
ゴーグルに備えつけた望遠鏡の役割を果たすアーティストで状況を確認し、急降下を開始する。
シルフィードとの距離を把握し、船体に沿う様に折り畳まれた両翼を展開しシルフィードに接近。さらに、両翼のスポイラーを展開する。
シルフィードと交差する瞬間、両翼のスポイラーから
「
まったく、何処まで云っても優秀なんだからなぁ。彼、ヴィクターに勝てる要素と云ったら、農作業と空を飛ぶこと以外ないんだよなぁ。
「ああ、止めだ。止め。それに、早く帰らないと
再び
◆
独りの女性が廊下をゆっくりと歩いていた。純白の祈祷衣、純白のベールを纏う姿は婚姻を行う女性の姿を彷彿とさせるほど美しく、神秘的であった。
彼女の歩みを見るモノは廊下を薄く照らす焔の揺らめく蝋燭だけだった。彼女の息遣いも歩みの音もなく、ただただ焔の揺らめきだけがその場を支配していた。数分だろうか、彼女は歩みを続けとある空間へと歩みを進める。そして、彼女はゆっくりと両膝をつき両手を組んで祈祷を始める。
彼女が祈祷を開始してから、数時間が経過した時だった。祈りの対象である
「………………………」
「スィーリア様! 風の
修道女の衣装を纏った女性が額に汗を滲ませながら言葉を零す。
「………………………」
「スィーリアさ、ま……」
「……判っています。……旅の準備をして頂けますか? それと、緊急事態であることも判っていますが此処では静かにしなさい。祈祷の妨げになります」
スィーリアと呼ばれた女性が立ち上がり、そう言葉を零し
彼女たちが退室した空間ではふよふよと浮かぶ
漆黒の点を伴って鈍く輝き始めたのだった。