気分が高揚する。
身体の中からふつふつと湧き上がる熱にこれまで突き動かされるのは久々だった。外界の凍てつく雨など、俺にとって夏場に浴びる冷水のシャワーでしかなりえない。
雲海を切り裂き、魔鉱都市の歪に増築されて生み出された街並みを針の穴に糸を通すかのように翔ぶ。
「――――」
意味にならない
この
五人目? いや五匹目を同様に時計台付近に墜とす。そして、
どんな理由で、何が原因でティアマトが此処に存在しているのか。俺が幾ら思考の
目の前に存在するのは一切の曇りなど許さない澄み切った瞳。俺を見定めるかのように存在している守護竜の瞳だけだった。
「――ティアマト、アンタに恨みなんてこれっぽちない。ただ、そこに居られると手紙が届けられないんでね。退いてもらおう!」
「――――」
微笑みが零れる。
雲海が竜巻となり、紫電が竜となり俺達を襲う中微笑みが零れたのだ。
目の前に襲い来る圧倒的な暴力は刹那に命を刈り取るだろう。だが、そんな状況下であっても気分は何処までも何処までも高揚し続ける。
◆
「――――」
ティアマトと
数十分だろうか。はたまた数時間だろうか。いや、実際は数分間しか経過していないのかもしれない。自身が感じとる時間と時計台の双子が世界に刻む時がここまで狂ったことは、
「(……これ以上は……)」
たった数分。されど数分。それだけの時間で、ヴィクトリアの体力は枯れ果てようとしていた。
ティアマトに挑む前に妹や弟と戦闘を繰り広げていたとしても、俺の目にはまだまだ十分な体力があったと判断したはずだと云うのに……。
「キュゥ。キューイ」
ヴィクトリアは、息を整えながら若干だが不安そうであり、かつ可愛らしい音色を奏でる。
「……有り難う。でも、ここまでで大丈夫。君の家族は取り戻せた。ここからは、俺一人で十分さ。これ以上、アレとやりあって君が怪我でもしたら、君の綺麗な翼が羽ばたくのを見れなくなる。それは、とっても悲しいよ」
そう、彼女の瞳を見ながら言葉を繋げ朱色の首の竜鱗を撫でる。
「おい! 毎度毎度いけしゃあしゃあとよく歯が浮いた言葉が云えるな。この軟弱者!」
「歯が浮いたって、そんなことじゃないだろう。ただ、素直に感謝の言葉を伝えただけだって」
ヴィクトリアを撫でる手を止め振り返る。そこには、不機嫌だと云わんばかりの表情をした少女、ルーナが傘を差しながら立っていた。
「ふん。どうだかな…それよりも妾はお前のおかげで腹が減った。早く決着をつけてこい!」
「腹が減ったって…おまえなぁ。」
こんな状況でも普段と変わらない様子を見せるルーナの姿に、言葉にほんの少しだけ心が軽くなる。しかしながら、ゼレランド魔鉱都市を支配するティアマトをどのように退けたらよいか方法が全く想像が出来ていないのが現状だった。公国の手配した
「―――仕方ないなぁ。15分だ。15分でこの雲を晴らして見せる。それまで少し我慢していろ!」
両手の掌で顔面と張り付いた前髪の雨粒を押し払い、緩んだ気持ちを再度引き締る。
「(人的被害はあったはならない…炭鉱夫の人達は明日も仕事なのだから)」
◆
黄金に縁取られた純白の旗を手に取り天に掲げる主人を背に雲海を凝視する。今のところ、守護竜ティアマトの紫電は此方には手を伸ばしてこない。要因ははっきりとしている暖色の粒子に
「あれが……ユリエス・ヴィルザルド……」
あれが、同じ人間だとは、最早思えない。同じ人族だと
「一緒に頼んでみる?」
そんな一声が私の
「ロズは昔から変わらないわね」
いったいどれだけの間、自分の主人と目を合わせていたのだろう。
「いえ、スィーリア様……私は……」
続くこと言葉が口から零れ落ち要素とした瞬間、時計台の根本から空気さえも押し返すほどの
◆
一つ判ったことがある。自身し纏わりつく暖色系の粒子はありとあらゆるモノを癒している。自分が負った傷であろうが建物の破損すら。まるで時空間に干渉するかのような感覚さえ覚えてしまう。
「(余計なことを……)」
余計な思考を破棄し、自身の神経を研ぎ澄まし集中させる。
「(start-up)」
◆
魔鉱都市という一枚の
左端の翠から伸びる紫に向かうかのように右端から黒の線が奔り、その線の周囲を暖色が取り囲む。
黒の色が左端へと伸びていくと同時に紫の線は黒に浸食され隠されていく。だが、紫の線は浸食よりも数を増やし、あまつさえより太く描かれる。しかし、黒はそんな紫さえ塗りつぶした。
ふと
“ああ。そうだ、黒を飛ばしてみよう。黒を飛ばして翠にぶつけてしまおう。”と
答えを得た描き手は黒の線を左側へではなく灰色を敷き詰めた
描き手の口角が上がっている。満足のいくものが描けたのだろう。さらに、描き手は画材へと色を加えていく赤や青、黄、色鮮やかな虹を翠に纏わせる。そして、翠を黒が天から貫いた。
画材に描く手を止めない描き手の視線がふと翠色の絵の具の瓶に向く。
“そういえば、この翠色は貰い物だった”
絵の具の瓶に氏名は記入されていない。だが、そう絵の具はとても大切にされていると理解できる。まるで、長年大切に大切にされていたものだ。まるで祈りを込めているかのように持ち主の
描き手は、画材に絵を描くのをやめ、机の引き出しの一番上を開け翠色の絵の具を大切にしまい込んだ。
“また、使わせてもらうからね”
描き手は引き出しに鍵を閉め、微笑みを零した。