この晩、ゼルランド魔鉱都市のありとあらゆる場所は活気だっていた。
とある場所では、大の大人たちが夢物語を夢見る子供に舞い戻り成長した身体を歓喜に震わせていた。また、ある場所ではその事象の詳細の確認に追われるヒトたちの成長した身体が苦悶に震えていた。
彼らが、歓喜し苦悶するのも当然だと判断できる。その日、伝説上の御伽噺の代表的な生物が自身の瞳に移しだされ、その記憶に鮮明に焼き付けられたのだから。
「────」
その、配膳された食事を一度、二度咀嚼しては口腔内に留める行為を続ける。本来なら、その濃厚に味付けされた食事を楽しむ行為をするはずなのに、あの守護竜や魔槍のことを考えてしまっている。それは俺は向かい合い食事を楽しんでいる同居人とは真逆の行為であった。
「おい! この馬鹿者。せっかくの食事の時間をそんな間抜け顔してする奴がおるか」
「ははっ。……そう、そうだよな。考えても出ない
「何を当たり前のことを云っておる。二代目の間抜けな顔を見ても食事が不味くなるだけだ、馬鹿たれめ」
「うんうん。ルーナちゃん云う通りだよ。うまいご飯を食べる時は幸せなんだから笑顔。笑顔」
俺の肩に手をポンと置きながら言葉を零す笑顔の男性の方に振り向く。
「誰って、ルクスさん。ははっ、見つける前に見つけられちゃいましたか。お仕事ご苦労様です。もう、今日のお仕事は終わりですか?」
「こちらこそ、お疲れ様。今日の分は終わったから後は飯食って寝るだけだね。それよりも、どうして此処に二代目がいるんだい? 珍しく配達の仕事かい?」
ルクスさんから発せられた言葉を耳した瞬間、夕食として提供されたパンプキンポタージュを数回大きく咽こんでしまう。この夫婦は全く同じことを同じよような笑顔で聞いてくるから似た者同士だなと感じてしまう。
「そうですよ。ほんと~に、珍しく配達の仕事ですね」
若干、嫌味を込めて返答する。だが目の前の青年は俺の嫌味に気づかないだろう。このルクスさんは極度のお人よしなのだから。
そんな彼が「相席、いいかな?」と許可を求めてくる。「勿論です」と返答するとルクスさんは「有り難う」と笑みをこぼす。その
四人掛けのテーブルで俺の左隣りに座ってからほどなくして、マーサさんとは色合いの違うエプロンドレスを身に着けた少女が本日の夕食メニューを配膳してもらいルクスさんと談笑をする。
「ふぅ、改めて二代目。有り難う」
「? いったい何のことですか? お礼を云われるよなことをした覚えはありませんが・・・」
俺の本来の仕事である、フローラさんの手紙はまだ手渡していない。
食事と共に出された蜂蜜酒を嗜みながらルクスさんは「ははは、やっぱり二代目はすごいなぁ」と言葉を口にしながら苦笑いを零す。
「だって、あの魔物を退治してくれたのは二代目なんだろぅ?」
「魔物? 魔物って、ああ、あのバカでっかい竜のことですね? あれ公国竜騎士団の方々でどうにか対処したらしいですよ。そもそも、俺は冒険者や騎士のように戦う者ではないです。ただの空の配達人です。あと不本意ですが何でも屋もですけどね」
「でも……そう、そうだね。二代目は先代よりも凄い空の配達人だよ」
腑に落ちていないという表情を作る。隣の席のルクスさんを横目に蜂蜜酒を舌で味わいながら、もう一度ほんの少しだけ考察を巡らせてみる。が、やはりこれと云っていい
「…そんなことよりも、ルクスさん。貴方宛てにお手紙を預かっています。受け取って貰えますか?」
「手紙? ああ、勿論だよ」
「フローラさんからです。今回は体調を崩されてしまって国際郵便団には間に合わなかったそうなんです。それと、これをどうぞ使ってください」
便箋を受け取りニコニコと笑顔を零しているルクスさんに簡易な装飾がされたペーパーナイフを手渡す。彼は、ありがとうと感謝の言葉を返しゆっくりと丁寧に封筒を開封し、これまた笑顔を零しながら手紙を読み始めていた。
横の席には手紙を嬉しそうに、愛おしそうに読むアデルさん。目の前には食事をどこまでも楽しんでいるルーナ。そんな二人の雰囲気に充てられていると自分の表情も緩くなってしまう。
「おい、何をニヤニヤとしている気持ち悪いぞ」
「気持ち悪くて悪かったな。ルーナ、俺は先代やルーナ達に…いや
「なぁ、二代目………」
横に座っている、ルクスさんの声が先ほどよりも鮮明に聞こえる。
いや、何故? これほどまで音が聞こえない。食事を楽しむ音、忙しくも充実した仕事の音色も聞こえない。まるで、すべの存在が音を発するのを忘れてしまったとも云わんばかりの状況が作り出されていた。
「……相席、よろしいかしら?」
その言葉にハッとなって目線を向けると、この状況を即座に納得してしまう存在が俺の視界に入り込んだ。
◆
その日、その時その瞬間、花雫の花園に存在したすべてのモノが一瞬にして魅了されてしまったと云えよう。種族を超えたヒトは男女年齢関係なく、眼に見えない音や色、そして時間さえもすべてが彼女と云う存在に下ってしまった。
美しく結い上げられた金色の長髪は水色の櫻と藤の形を模ったつまみ細工の簪が添えられ、藍色の瞳を持った切れ長の両目がすべてを吸い込んでしまう。左目元には泣き黒子がすべてを魅了するかの如く存在し、そして何より斜め上に長く伸びる耳が、その存在を一線を画すものへと押し上げていた。まるで、天女か女神とも認知したヒトがいたかもしれない。
誰も言葉を発さない。否、発することを許されてはいない。花雫の花園に響き渡るは彼女の漆黒のシックなヒールブーツの音のみであった。
「……相席、よろしいかしら?」
発せられた言葉は、まるで風鈴を想起させるような涼しげで心を落ち着かせる音色であった。
「勿論です……。振袖でいいのでしょうか? よく似合っていると思います。藍紫がまるで澄み切った冬の夜空のようですね」
「うふふ、ありがとう。國一番の職人が是非ともって下さった物なの」
その場で唯一、言葉を発したのは相席を求められたテーブルに座っていた黒髪の青年だった。
振袖の袖口からは中に着込んだであろう半透明の黒の花弁が見え隠れし、裾にもまるで翼のように見えるかのように職人の手が加えられていた。そして、なにより藍紫に彩られ星々が刺繍された振袖を澄み切った冬の夜空と表現したのは、彼が
「相席を許可していただき、心より感謝申し上げます。私はスィーリア・フィル・ローレライ…現クリスタル協会法王の任を任されている者です。そして、彼女は神殿騎士ロズファルア…」
スィーリアと云うなの精霊人の言葉と共に神殿騎士ロズファルアは腰を折り頭を下げた。
◆
仕事上、極稀に貴族と云った物好きの依頼を受けることがある。それも、下級貴族から上級貴族まで様々だ。それも、国を跨ぐ。
テーブルマナーと云えば適切だろうか。いや、仕草と云った方が的を射ているかもしれない。斜め前の女性のそれは、上流階級クラスが持ち得るモノを超えていると判断で来る。酔狂にもクリスタル協会法王を名乗らないなずだ。
「スィーリア様ですね。お、私は二代……」
「お名前は存じ上げております。二代目ユリエス・ヴィルザルド様でいらっしゃいましょう?」
にこやかに笑みを零す彼女を見据え、「(ああ、これは持っていかれそう)」とそっと心の奥底で思う。すでに隣に座るルクスさんは墜とされていた。フローラさんが居たらと思うと……。
「スィーリア様、私に“様”は結構です。貴女様のような方から頂く訳にはいけません。高貴な生まれでもありませんし、ただただ一介の配達人にすぎませんので。ご理解頂けると幸いです」
「では、ユリエスと…」と彼女は俺の提案をすんなり受けて入れてくれた。
それにしても、存じ上げております。か、クリスタル協会の総本山は
だとしたら、考えられる要因としては目の前で食事を貪欲に貪る少女しか考えられない。
「遠路遥々、私めに一体どのような要件がありますのでしょうか? 先ほども申したとおり私は一介の配達人にすぎません。法王様のお目に止まることはあり得ないと存じ上げますが」
背中がじんわりと汗をかいているのが判る。まったく、嫌な予感しか出来ない。
「先刻の勇姿を時計台から見届けておりました。飛竜と優雅に踊る
ある程度、この後どのような言葉が続いてくるのかが予想できてしまう。それにしても、七色の鎖の存在を知っているとは。
「二代目ユリエス・ヴィルザルドさん貴方にお願い、いえ、
彼女は「詳細は仕事を受けてくださるのならお話いたします」と続けて言葉を発した。本来ならば、断るべきなのかも知らない。だが、七色の鎖の存在を知る人物。何かしら俺が、────がこの地に招かれた理由も見つけ出せる要因にもなり得る。
そして、なによりルーナが何のアクションを起こさないもの理由の一つになる。「そんなつまらない
「お話は判りました……ですが、私は戦う、武器を振る者ではありません。それだけはご理解して頂きたい。もし仮に、不必要な戦闘行為が発生するのであれば、別途に報酬を請求します」
スィーリア・フィル・ローレライが依頼する仕事に関しては予測ができるが、どうなることやら。
「ユリエスさんには、私たち共に各地に赴きクリスタルの調査に参加して頂きたい。そうですね、私の見解としてはティアマト様がゼルランド魔鉱都市にお見えになった要因として風のクリスタルの異常にあると考えております……」
「クリスタルの異常……、ではスィーリア様は同様な事が他のクリスタルにも起こり得ると?」
彼女は「ええ」と短く肯定した。ほんの一瞬沈黙がこの場を支配するが、傍観者を貫いていた彼女がその沈黙を貪った。
「二代目、お主はこの
「ルーナ……。お前、何を云って……」
俺の食事にしか興味がないと思っていた彼女からの発言はまさに寝耳に水だった。